シーバード ―Sea-bird供 【超完全版SSS+α】〜地球生誕史上究極サラブレッド〜

 
   シーバード


世紀海鳥

地球生誕史上最強馬


父 ダンキューピッド
母 シカラーデ
母父 シカンブル

生年:1962年
性別:牡
毛色:栗毛
国籍:フランス
生涯成績:8戦7勝[7-1-0-0]
フリーハンデ:145 ※フランケル登場に史上最高値からは陥落も中距離以上のレーティングは今だ史上最高値。
主な勝ち鞍:凱旋門賞、英ダービー、サンクルー大賞、リュパン賞、グレフュール賞、クリテリウム・ド・メゾンフィラット、ブレゾン賞

「世紀の名馬」という称号がある。あなたならこの名誉をどの名馬に授けるだろうか?私には本馬シーバード以外にこの称号がふさわしい馬など考えにも浮かばない。その神がかり的強さ、神格的オーラ…常軌を逸したスピード能力と加速力…そしてその一生まで、何から何までが特別な「百年に一頭」な馬だった。
シーバードを生産したのはジャン・テルニンク氏。繊維業で富を築き、ノートルダム・ド・リスル牧場を創設。また厳格なカソリック信者で、自らの生産馬にも神聖な名前を付けている。それが彼が生産した名馬サンクトゥス(聖なるかな)や、父ダンキューピッドといった馬名に顕著に表れている。そんな中、シーバード(かもめ)というネーミングには神聖な雰囲気は微塵も感じられず、底抜けに明るいイメージが脳裏をよぎる。もしかしたらこの命名、神からのお告げだったのではないだろうか?そう推測せねば納得のいかない馬名なのである。

さて、それはさておき、史上最高最強のサラブレッド・神鳥シーバードの壮大なる蹄跡を振り返ってゆくこととしよう。
シーバードの調教に携わったのはティアンヌ・ポレ師。主戦騎手としてはT.パット・グレノンが手綱を握った。グレノン騎手はオーストラリアの田舎競馬の出身。まさか史上最強馬の手綱を取ることになろうとは、本人も夢にも思わなかったことだろう。
またその血統だが、とても誉められたものではなかった。父ダンキューピッドはマイルで勝ち星を上げるものの、大レースを勝つような馬ではなかったし、母方の血統を見ても、平地競走の勝利数がゼロという、三流馬の血統だった。そんな暗澹たる血統から、闇を切り裂く一線の光…大空へと白きカモメが飛んでゆく…。日本で言えばオグリキャップを思い浮かべて頂きたい。見捨てられたような血筋から現れた究極の名馬…それが日本のオグリキャップであり、フランスのシーバードなのである。実はこの2頭の強さは、ネイティヴダンサーの隔世遺伝と言われている。両馬とも父系の3代前にネイティヴダンサーが顔を覗かせているのである。


〔父ダンキューピッド〕

シーバードはフランスはカルヴァドス県にあるビクター牧場に1962年の3月8日降誕。父ダンキューピッドも惨憺たる評価を受けていたが、母のシカラーデの評価はそれ以上に、暗渠の中さらに潜りこむほど低く、2戦して2着が最高で母系を5代遡っても未勝利馬しかいない。シカラーデは生涯に4頭の子馬をもうけているが、活躍したのはシーバードのみである。そんな貧弱な系統にも関わらず、シーバードを産むまで生きながらえる事が叶ったのは、母母の全姉のカマリーが英1000ギニーを優勝したためと言われるが、シーバードを産んだ翌年、ついに見切りをつけられ、殺処分。肉屋へと売り飛ばされてしまっている。
そんな母の暗迷なる末路も他所にシーバードはグングンと成長を遂げていった。
成長とは裏腹、仕上がりは遅く、シーバードはその神の巨翼をゆっくりと広げるかのように、1964年9月2日、悠然とシャンティ競馬場へ登場。プレゾン賞(芝1,400m)へ出走し、鼻差の一着。二走目は同年9月18日に行われたクリテリウム・ド・メゾンフィラット(芝1,400m)。勇躍メゾンフィラット競馬場に神翼を降ろした。このレースも短首差の一着。二着は後の仏オークス馬ブラブラだった。
そして「世紀の敗戦」の日がやってくる。10月11日のロンシャン競馬場、ブルゴーニュの森には、早くも晩秋の風が吹き、木々を揺らしていた。グランクリテリウム(芝1,600)には、シーバードと同廐のグレイドーンが出走してきていた。グレイドーンは芦毛の綺麗な馬で、モルニ賞・サラマンドル賞と連勝中で、厩舎の期待を一心に集めていた。ポレ調教師もまだこの時、グレイドーンがシーバードより強いと考えており、グレイドーンを先行させ、シーバードを後ろから行かせた。シーバードが追い込んで、あわよくば勝てればいいという考えだったようだ。ところがこの一戦、実はいわく付きで、最初からグレイドーンを勝たせるためのレースだったと言われている。それが本当かどうかはわからないが、そんな意図が見え隠れしていた節も確かにある。
シーバードの主戦グレノン騎手は、グレイドーンに乗り、シーバードにはM.ラウロン騎手が騎乗。シーバードはかなり賢い馬だったようで、いつもと鞍上が違うことを知るやいなや、神経質な一面をのぞかせ激しく入れ込んでしまう。なおかつ、最後尾からの追走。シーバードは直線に入ってもまだ最後方。先頭にはグレイドーンが立ち、後続を突き放してゆく。その時である。シーバードはその光の神翼を広げ、一気に進出。なんと騎手が引っ張りきりになって抑えているにも関わらず、猛然と追込み、11頭を一瞬にして飲み込んでしまった。グレイドーンにあと2〜1馬身と迫ったところがゴールだった。この一戦以降、グレイドーンは不振に陥り、勝てなくなってしまう。スランプ脱出を図るため、アメリカへと移籍するも不調を脱することはできず、結局22戦8勝という単調な成績で一生を終えている。

年が変わり1965年、シーバードは眠らせていた究極無比のポテンシャルを、一戦ごとに剥き出しにしてゆく。4月4日、ロンシャン競馬場で開催されたグレフュール賞(芝2,100m)から伝説となる年のスタートを切った。このレース、すでにレースを使われていたコルデュロイやパスカンといったフランスの有力3歳が集結していたが、シーバードは全くの馬なりのまま3馬身差の楽勝。つづく5月16日のリュパン賞(芝2,100m)ではさらに相手が強化され、ダイアトム(シーバードとリライアンスがいなければ、フランス史上最強馬と言われてもおかしくない程の強豪)や仏2000ギニー馬カンブレモンらも出走してきていたものの、シーバードは軽がると抜け出し、馬なりのまま6馬身も突き抜けてしまった。
この頃になると、「とんでもなく強いフランス馬がいる」という噂が、風に乗り、ドーバー海峡も越えて、イギリス全土へと広まっていた。シーバードは悠然とした面持ちで渡英。6月2日のエプソム競馬場に姿を現した時、シーバードは「世紀の名馬」と讃えられるだけの風格と神々しいまでのオーラを身に纏っていた。レースはシーバードが簡単に抜け出し直線先頭。軽く仕掛けられると、超次元の加速を見せ、後続に追撃不可能と言えるまでの絶望的な着差をつけてしまった。残り100mを残し勝負を決めてしまったシーバードは、馬なりのまま最後の直線を駆け抜ける。そしてなんと、最後の最後は完全なキャンターでゴール板を通過するのだった。メドウコートが猛然と追い上げてきたが、キャンターに入ったシーバードに2馬身差まで迫るのがやっとだった。

【エプソムダービー1965】



▲〔英ダービー(1965)ゴールの瞬間。写真からもシーバードが手綱を引っ張られ、抑えられている様子が窺える〕


▲〔1965年・英ダービー別角度からのゴール前写真〕

決してダービーのメンバーが弱かった訳ではない。英2000ギニー馬ニクサーと前述メドウコートの他にはデューハーストS、コヴェントリーS、グリーナムSを勝ったシリーシーズン。インペリアルSとチェスターヴァーズの勝ち馬であるガルフパール。ダンテS馬バリメライス。ディーS5馬身差圧勝のルックシャープ。ホワイトローズSを5馬身ちぎって参戦のアイセイ。リングフィールドダービートライアル快勝で臨んできたソルスティスと、相当の豪傑が集結していたことを付け加えておく。
また、しっかりと追い続けていれば、10馬身差以上の着差は軽く開いていただろうと、当時の評論家たちは述べている。

故国フランスへと凱旋帰国したシーバードは、歴戦の古馬相手となるサンクルー大賞(芝2,500m、現在は2,400m)に出走。ここでもダービーと同じようなレース振りで2馬身半差の楽勝。この時はゴールのかなり前から追うのを止めており、まともに追っていたら大差勝ちもありえるほどだったという。初の古馬との対戦だったが、いきなりフランス最強古馬のフリーライドを沈めてしまい、現役欧州最強の座もほぼ手中におさめ、もはやシーバードに課せられた使命は、凱旋門賞制覇、世界N0.1の玉座しかなかった。



〔調教師ティアンヌ・ポレ氏に引かれてパドックを周回するシーバードとパット・グレノン騎手〕


1965年の凱旋門賞、「世紀の名馬」シーバードを倒すべく、世界中から史上最高レベルのメンバーがフランスに集結した。


史上最強レベルの
 1965年凱旋門賞メンバー



リライアンス
(フランス)

ジョッケクルブ賞(仏ダービー)・パリ大賞(芝3,000m)・ロワイヤルオーク賞(芝3,100m)と仏三大レースを史上唯一頭制した不敗の名馬。リライアンスはフランソワ・デュプレ氏の持ち馬としてマロニエ賞(芝2,400m)でデビュー。つづくオカール賞も5馬身差の圧勝。そして三大レース完勝。フランスでは向かうところ敵なしだった。


ダイアトム
(フランス)

そのリライアンスのライバルで生涯4着以下が一度もない“鉄壁の巨人”ギー・ド・ロスチャイルド男爵の持ち馬。プランス・ド・ランジェ賞を勝ち、勢いをつけての参戦。


メドウコート
(アイルランド)

英ダービーの後本格化し、愛ダービー・キングジョージ圧勝。レスター・ピゴットを主戦としてシーバードに立ち向かう。
メドウコートはアルゼンチン伝説の女傑ミスグリージョの血を引いている血統馬でもある。

▲〔ミスグリージョ〕


トムロルフ
(アメリカ合衆国)

遠い海を渡り、アメリカ合衆国からも強豪参戦。プリークネスS馬で全米最優秀3歳馬。ケンタッキーダービー僅差の3着。ベルモントSも2着惜敗と、この世代最強の米国3歳馬だった。9月28日の火曜、専属の装蹄師とガードマン役の退職保安官を侍り、パリ入り。フランク・ホワイトリー調教師の本気度も最高レベルのもので、乾草と水をアメリカから大量に持ち込んできた。鞍上にはシューメーカー。当時の全米最高のトップジョッキーである。
彼はトムロルフに対して次のように述べている。「ギャラントマン以来の最強の3歳馬」。凱旋門賞を前にサイテーションH、シカゴアンH、アーリントンクラシック、そしてアメリカン・ダービーと圧勝の4連荘。勢いも雰囲気も最高潮のままフランスへと乗り込んできている。

アニリン
(ソヴィエト連邦)

極寒の地ロシアからは、今だにソヴィエト連邦(ロシア)が誇る史上最強馬。ソヴィエト三冠馬で、東欧やドイツのGI級でも圧勝。米国遠征も果たし、欧州クラシック馬を一蹴している。生涯成績28戦22勝の豪傑であった。

マルコヴィスコンティ
(イタリア)

イタリア1965年、真のダービー馬。不運にもダービーで25馬身差の絶望的大出遅れ。しかし神懸った追い上げを見せ、3着。ようやく馬群に追いついた時は最終コーナーを曲がり終えた時だったと言われ、明らかにこの馬こそがイタリア最強であることは明白だった。後のミラノ大賞馬(2回)。その他にジョッキークラブ大賞など。

オンシディウム
(英国)

コロネーションカップ馬。他にGI級レース多数勝ち鞍あり。気まぐれな馬で、圧勝と凡走を繰り返し、超一流になりそびれていた。しかし、凱旋門賞を前についに覚醒。直前の調整レースとしてグッドウッド競馬場でレースをすると、エクリプスS勝ち馬クレーグハウスに15馬身という豪烈な大差を突き付け、パリへと乗り込んできた。引退後はニュージーランド、オーストラリアへと渡りトップサイアーとなる。

デミデュエル
(ドイツ)
当時のドイツ最強馬。カピエロ賞、プランタン大賞などを勝ち、バーデン大賞では4馬身差圧勝し、勢いを駆っての参戦。

その他
フランス最強古馬でガネー賞馬のフリーライド。彼は引退後、南アフリカで種牡馬として活躍することになる…超素質馬であった。
競馬の母国・英国からはもう1頭出走してきていた。鹿毛とも黒鹿毛ともとれる珍妙な毛色で身を目立たせつつ、ジョンポーターS、ハードウィックSなどを勝ってきたソデリニ(後にダービー馬を輩出)である。
欧州各地で暴れ回る実力馬カルヴァンは、クリテリウム・ド・サンクルー馬で、ヴィシー大賞を4馬身差の圧勝でロンシャンへと矛先を向けてきた。
デズモンドSを圧勝し、愛セントレジャー3着のケァリフは、敏捷性抜群の快速馬で、メドウコートのペースメーカーとして出走してきていたのだが、ただのペースメーカーではないような只ならぬ雰囲気を醸し出していた。
一方、米国に生まれ、フランスで異色の存在となったティミーラッドは、ボワ賞とコンセイユムニシパル大賞を圧勝。様々な地域へと来訪し力を叩き上げてきた名馬である。
さらには、仏オークス馬ブラブラ。グレイトヴォルテジュールSを別次元の内容で快勝し、勢いに乗るラガッツォ。この馬はキャリアが浅く、大変身もありえた。
そしてブサック氏が送り込む不気味な刺客アルダバンエメラルドも只ならぬ雰囲気を醸し出している…。
エメラルドは1943年の凱旋門賞で大健闘したエスメラルダの娘で、モーリス・ド・ニュイユ賞馬。キャリアが浅く大波乱を起こすならこの馬なのではとの見解が多かった。
そのエメラルドの僚馬アルダバンはマルセイユ大賞馬で、血統的には非の打ち所のない良血馬だった。
ダフニ賞、シャンティ賞を勝ち上がってきたシジェベールはフォワ賞を勝って参戦。しかし、とてもこのメンバーでは荷が重いようだった。


・・・・・・…――至極と言えるメンバーに、大気さえも震えて感じる。これだけの相手を向こうに回し、シーバードは2.2倍の圧倒的支持を受けつつロンシャンに登場。「世紀の名馬」の馬場入りに、シャンゼリゼ通りは静閑を失い、ブルゴーニュの木々一本一本が震え、大気も張り詰める――。


▲〔シーバードの馬場入り〕

【凱旋門賞1965】


シーバードは中団からやや前方につけ、直線で颯爽と抜け出してくる。一瞬リライアンスと並ぶが、それも束の間。馬なりのまま世界中の最強馬たちを突き放してゆく…残り200mの地点でシーバードは大きく左に寄れ、気性の悪さを出してしまうものの、鞍上グレノンは勝利を確信しきっており、なんとこの時点で手綱を緩め、馬なりにさせた。シーバードは左へ左へと寄れ続け、馬場中央よりもスタンド側、大外に膨れながらのゴールへと向かう。
これは新馬戦でも下級戦でも、重賞レースやただのGIでもない…世界最高峰中の最高峰、それも犹望綺廼の布陣瓩噺討个譴織瓮鵐弌爾梁靴辰神こ最高ランクの国際GIなのである。
とても信じられないような光景であった。大きく寄れながら、まるで木漏れ日の中、日々の調教を終えるかのように、ゆったり楽に、完全なキャンターのまま世界最高峰のゴール版を通過していった。
まばゆいばかりの極光を放つ神翼が、大きくはばたいた。世界はあまねく包まれ、世紀の神鴎の前にただひれ伏すしかなかった。


▲〔1965年 凱旋門賞ゴール前〕

リライアンスに6馬身、3着ダイアトムには11馬身もの、驚異的大差をつけてしまっていた。
まともに追っていれば、軽く10馬身差は着差は広がっていただろうとの見解を当時の文献には散見される。
スタンドへと帰って来るシーバードに、競走馬に対するものとしてはフランス史上最大級の拍手喝采、賞賛、激賛の声が送られ、ロンシャンを黄昏が包み込んでもなお、宵闇の空、響き渡たり続けた。


    
 〔1965年凱旋門賞、レース前の返し馬時のシーバード〕

シーバードの競走能力は明らかに“神の領域”のものであり、サラブレッドの最終到達点と考えられるようになった。
レース後、グレノンは常識を語るかのように飄々と答えた。



「競りかけて来る馬がいなかったから、この馬の本当の強さはまだわからない。シーバードは自分の乗った馬の中ではもちろん、自分の見た馬の中でも、間違いなく最高の馬だよ」

果たしてどれ程に強い馬だったのだろうか。
この凱旋門賞にノーザンダンサーやシンザンも参戦していた場合どれ程戦えたのだろうか。


〔ノーザンダンサー(右)。連対率100%の日本最強三冠馬(19戦15勝)とカナダ最強三冠馬(18戦14勝)。2頭の対決というだけでも超ドリームマッチだが、凱旋門賞1965に参戦していれば、ダンシングブレーヴの凱旋門賞レベルと双肩と云われることなく、歴史上地球における史上究極最高レベルのレースが実現していたことだろう。文句なしに凱旋門賞史上孤高のレースとなっていたはずだ。〕


〔ポーランド史上最強牝馬にして、いまだ史上最強馬として称えられる“ワルシャワの女王”デモナ。1961年生まれの彼女も、シーバードと対戦する可能性はあった一頭。18戦14勝、ポーランド三冠&オーストリアセントレジャーの実績を引っ提げ、ぜひ1965年凱旋門賞へ参戦してほしかったところだ。この馬も参戦していればさらに1965年のレースレベルは上がっていたことだろう。〕

時空を超え、セクレタリアト、リボー、はてはディープインパクトやオルフェーヴルと対峙、合間見えた場合、どんな競馬をしていたのだろうか。
夢は尽きない―――…・・・・・・―



「上の海鳥の写真をクリックするとシーバードの貴重なレース映像をご覧頂けます!収録レースはグランクリテリウム、グレフュール賞、リュパン賞、英ダービー、そして凱旋門賞です!し・かも・調教師のティエンヌ・ポレ氏のスペシャルインタビュー付きですよぉ♪」



「リュパン賞はダビスタの画面外へ突き抜けていく状態(笑)。英ダービーは神、降臨!凱旋門賞では“神の領域を超える走り”をご堪能頂けると思います!でも…左周りがベスト条件だったんですね…シーバードって…凱旋門賞は本気を出せない条件だったのに、馬なりであの強さ、あの走り…それを思うと、この馬すごすぎます…ッ!!」



凱旋門賞直後、シーバードは米国ケンタッキーのダービー・ダン牧場で種牡馬入り。しかし、これだけの馬としては物足りない成績と終わってしまう。そんな中、凱旋門賞を勝つ女傑アレフランスやアメリカで大活躍するリトルカレントを出したことは、せめてもの救いだった。



フランスに帰り、種付けする直前の1973年3月15日、腸閉塞により生涯の幕を下ろした。12歳という若さだった。しかし…これも神のお告げだったと言うのだろうか。シーバードは手厚くねんごろに葬られるどころか、繋養先の牧場から運び出され、肉屋へと売却されてしまうのだった。頭部は剥製屋へ持ち込まれたが損傷が激しく、復元できなかったのだという。
(ところが、フランス現地においては肉屋へと売却された記録が残っていないという。フランス史上に残る不名誉な行為であることから記録がすべてもみ消された可能性もあるが…母が食肉にされたのは事実であり、その悲劇性になぞらえ、話に尾ひれがついて肉屋へ売り飛ばされたという噂もある)






曇りなき神空を往くカモメが、海の彼方へと飛び去っていく…。


果てのないやわらかな大空へ―――。



 
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奇跡の名馬 (仏国・独国・伊国・愛国の名馬) * 07:21 * - * - *

2016Classic未来回帰線〜2015-2016クラシックランキング最終〜

 
うみねこ選ぶ!
クラシック
   ランキング

  2016

さぁ来ました!この企画。
今年の3歳クラシックは超絶ハイレベル!
毎年毎年、そんな話が…?
いやいや、今年は正真正銘のスーパースター世代でした。

『宇宙を統べる奇跡の最強世代』と言っても過言ではないでしょう。
宇宙=世界の認識。
まず、この世代は無敗馬出現率が異常。
中京、新潟、小倉、札幌すべての2歳チャンピオンが無敗。
ひまわり賞、コスモス賞、アイビーS、ききょうS、野路菊S、やまぼうし賞、プラタナス賞、
サウジアラビアロイヤルカップ、などなど、ほとんどのレースで無敗馬、着差を広げての連勝馬、
連対率100%馬、ダート無敗馬が出現しているのです。
黄菊賞、百日草特別、京都2歳S、デイリー杯、萩S、東京スポーツ杯、兵庫JG、カトレア賞、
アスター賞、北海道2歳優駿、でも上述の条件満たす好素質馬が続々。

しかも、まだまだ晩秋のこれからの時期にディープ産駒の超大物たちが
まだまだ控えている状況。
期待は烈速に神風神速を巻き起こしつつ、鵬程万里の眺望を呈しています。

その波は世界でもうねりを起こしています。

米国BCジュヴェナイルでは5戦無敗、GI3連勝馬が。
BCジュヴェナイルフィリーズでも4戦4勝GI3連勝のとてつもない牝馬が出現。
英国では「天才少女」と呼ばれる韋駄天牝馬アカプルコという馬、
なんと2歳8月で、古馬の最強クラスと公式戦でガチンコ対戦。
対戦レースはヨーク競馬場のナンソープS(芝1,000m)。
並み居る古馬のGI馬たちを向こうに回し、1番人気。
レースでも古馬を圧倒し、あわや勝利という所まで逃走を続けるも、最後は力尽き2着。
この時点でこの世代はとんでもない世代になるかもしれない…と思いましたが、
まさかここまでのレベルになってこようとは。

さぁそれではいってみましょう!
空前絶後のハイレベル世代の最終ランキングです!!

クラシック2016
  ランキング
(牡馬)


ランキング初登場馬には名前右にNEW!を表示。
次回は…ついに最終ランキング!
多分、ダービーから2週間以内を予定(笑)。

我が心のダービー馬 
ハートレー


府中芝2,000mにて颯爽と圧勝圧巻のデビュー勝ち。インコースからやや中央へ進路を取り、
直線抜け出すと一気に後続を突き放し、セーフティリードを構築。
ムーアは追い続けたが、これはムーア独特の騎乗方。余裕は十分とノーステッキであった点が
それを如実に物語る。世界のムーアが手放しの絶賛。
「必ずグループレースを勝てる馬になる」。大切に育てていってほしい。
2戦目では朝日杯以上の超ハイレベルメンバーが集結するも、あっさり一捲くりで一蹴し、
ロードクエストを弾き飛ばし圧勝。ディープインパクトのような跳びの大きい走り。
こんな産駒をずっと待っていた。
共同通信杯で謎の大敗。能力からは信じ難い敗戦。
敗因としては…
‘眇び先行天国の馬場。
∩案深夜までの降雨と急激な気温上昇により馬場と特殊化に拍車がかかったたため。
B焦呂茲蟒鼎57kg。
さ骸蠍鯊紂手の合わない横山騎手の騎乗。
ノれに乗れぬまま追走に脚を使い、その上鞭を連打されレースを拒否してしまった。
δ汗杏埖。60%の仕上がりで、一部からはあの仕上げで勝つつもりなのか?と疑問が投げかけられていた。

いずれにしろこのまま終わる馬ではないはず。
ボウマンがダービーで乗せてくれと懇願し、ムーアも一目置く日本馬。
新鞍上に戸崎騎手が決定。本番での大逆転を期す。
左前跛行で皐月賞回避…
さらには骨折…いつの日かまた輝き放つ日を信じ続けて、復帰を待ちます‼!

戦線離脱
(いれば現在でも2位〜4位内)
シルバーステート SS

ディープインパクト×ロベルト系という、これまで成功パターンが出ていなかった血統から出現した異質のディープ産駒。
極限切れと瞬発性能に、パワー溢れるエナジーを織り交ぜたような走り。
調教でも古馬重賞馬やGI常連馬を馬なりはおろか、引っ張りきりであおる凄まじさ。
うみねこいわく、『第二のグラスワンダー』。
新馬戦は熱発直後で全く態勢も整わぬまま挑み、アドマイヤリードの2着に敗れるも、2戦目で本領発揮。
やや重の馬場、しかも中京終盤開催で馬なりのままレコード勝ち。5馬身差の大差。
3戦目では驚愕の瞬間加速を肩ムチだけで反応。2歳戦の芝2,000mでは全世界史上最速となる3F32.7で圧勝。
競馬新次元のモンスターホースである。2016年はドゥラメンテとともに海を渡るか。
しかし、無念の戦線離脱…若駒の屈腱炎ゆえに能力減退も十分にありえる。

1位 ディーマジェスティSS+→


「飛ぶ」ではなく、「沈み」ワープするディープ産駒。
史上究極レベルの強さを皐月賞で発現。
レースレコード1:57.9、34.0という極限の時計。
強風と前残り傾向の馬場、大外18番枠、そして出遅れながら、
4角10番手からの差し切り。
史上最強のメンバーを相手に史上最強のパフォーマンスで世代制圧。
共同通信杯連対、皐月賞連対の馬の強さは過去の歴史と名馬たちが証明済み。
ダービーは惜しくも3着。以下のデータに該当すれば、100%馬券になることを証明してくれた。
 
ディーマジェスティは二冠馬になれる資格アリ!

【共同通信杯で連対して皐月賞でも
       連対した馬のダービー成績一覧】


※馬名右の( )年数は3歳時、ダービー開催時の西暦。
また、第一回から第16回までは
「東京4歳S」の名称で施行。
芝1,800m、現在施行の条件となったのは
1971年以降であることを留意されたい。


タケシバオー(1968年)
共同通信杯:1着
皐月賞:2着
日本ダービー:2着

カブラヤオー(1975年)
共同通信杯:1着
皐月賞:1着
日本ダービー:1着

テンポイント(1976年)
共同通信杯:1着
皐月賞:2着
日本ダービー:7着

ミスターシービー(1983年)
共同通信杯:1着
皐月賞:1着
日本ダービー:1着

ビゼンニシキ(1984年)
共同通信杯:1着
皐月賞:2着
日本ダービー:14着

アイネスフウジン(1990年)
共同通信杯:1着
皐月賞:2着
日本ダービー:1着

ビワハヤヒデ(1993年)
共同通信杯:2着
皐月賞:2着
日本ダービー:2着

ナリタブライアン(1994年)
共同通信杯:1着
皐月賞:1着
日本ダービー:1着

タヤスツヨシ(1995年)
共同通信杯:2着
皐月賞:2着
日本ダービー:1着

タケミカヅチ(2008年)
共同通信杯:2着
皐月賞:2着
日本ダービー:11着

ゴールドシップ(2012年)
共同通信杯:1着
皐月賞:1着
日本ダービー:5着

イスラボニータ(2014年)
共同通信杯:1着
皐月賞:1着
日本ダービー:2着

ドゥラメンテ(2015年)
共同通信杯:2着
皐月賞:1着
日本ダービー:1着

リアルスティール(2015年)
共同通信杯:1着
皐月賞:2着
日本ダービー:4着

ディーマジェスティ(2016年)
共同通信杯:1着
皐月賞:1着
日本ダービー:?

共同通信杯と皐月賞を勝った馬は、5頭いてゴールドシップとイスラボニータ以外は皆ダービー馬となっている上に、
菊花賞に出走しなかったカブラヤオーを除いて2頭が三冠馬となっている。

ダービーを逃したゴールドシップとて秋には菊花賞を優勝。
リアルスティールもその後は3着内を外すことなく、ドバイターフを優勝。
ダービーを逃しても結果を出している。

また共同通信杯と皐月賞で共に連対した上記11頭の内、共同通信杯後3戦し皐月賞後にもNHK杯に出走していたタケシバオー、
ストライキの影響で開催にズレが生じ、ダービーのレース中に骨折していたテンポイント、
共同通信杯後2戦・皐月賞後にNHK杯に出走し優勝していたビゼンニシキ(さらに不運なことにシンボリルドルフが同期)、
わずか1勝しか挙げておらず、完成度や能力面で明らかに見劣っていたタケミカヅチ、距離不安のあったイスラボニータ以外は、
全馬ダービー馬となっているのである。
では、なぜゴールドシップやリアルスティールはダービーで連対すらできなかったのか?


《ダービーで連対可能な
   両レース連対馬の三大条件》


☆3勝以上、または重賞1着歴、もしくは連対率100%、いずれかの条件を皐月賞終了時点で満たしていること。

☆キャリア5戦以上でダービーに臨んでいること。4戦以下は無敗なら問題無し。

☆共同通信杯後、皐月賞までに1走のみ。皐月賞後はダービーまでレースを使っていないこと。


これら三つの約束を守っていた馬で以下の内2つ以上の条件に合致した馬のみがダービー馬の勲章を戴冠できる。

★デビューから全戦1番人気。

★5馬身差以上の大差勝ちが2度以上。

★皐月賞で2分を切る時計で快勝(重・不良馬場時除く)

★負けたのが1度のみ。

★上がり3F34秒0以上の高速上がりを2回以上記録。

ゴールドシップ、リアルスティールら はこれらの条件を満たせず
ダービー戴冠を逃したと言えよう。

ディーマジェスティのダービー連対は間違いないか!?

さらに!

今年の日本ダービー5月29日

過去この日に開催されたダービー馬は…

ナリタブライアン

ディープインパクト

オルフェーヴル。

全馬三冠馬に。



さらに
57k(牝55k)以上を背負いつつ、1:58.2以内で走破しながら、
34.2以下の上がりを繰り出した馬は必ずGI2勝以上のポテンシャル確定。
(牝馬は該当無し、レコードはラブリーデイの1:57.8)

1位 1:57.8 
ラブリーデイ
57k 34.2

2位 1:57.9 
ディーマジェスティ
57k 34.0

3位 1:58.1
マカヒキ 57k
33.9

4位 1:58.2
ドゥラメンテ
57k 33.9

次点
1:58.6 
ダイワメジャー 57k 33.9

1:58.6 
ナリタトップロード58k 34.1

能力の裏付けなくして、出せない数字。
いくらハマっても、能力が高くないと出せません。

さらにさらには!

グレード制導入以降、皐月賞で4コーナー10番手以下から差し切った馬は…

ナリタタイシン
ディーマジェスティ


2頭のみなのだが、出遅れかつ強風、大外枠、前残り傾向の馬場で10番手からの差し切り、
しかもレコードで34.0という皐月賞史上No.2の烈脚で圧勝。

もうどう見ても只の名馬ではない。

大外18番から優勝した馬

トウカイテイオー
サニーブライアン


以上の2頭のみで、2頭とも圧勝でダービー馬に輝き、
二冠を達成している。


さらにさらにさらには‼!


【4月17日開催皐月賞馬は歴史的名馬揃い】
1960年4月17日 コダマ

1966年4月17日 
ニホンピローエース

1977年4月17日 
ハードバージ

1983年4月17日 
ミスターシービー

1988年4月17日 
ヤエノムテキ

1994年4月17日
ナリタブライアン

2005年4月17日
ディープインパクト

2011年4月24日 
オルフェーヴル(当初の予定だと4月17日開催)

2016年4月17日 
ディーマジェスティ

これらの内、2連勝で皐月賞馬になった馬は、

コダマ
ハードバージ
ミスターシービー
ナリタブライアン
ディープインパクト
オルフェーヴル


これら5頭のダービー成績は…

なんと

6戦5勝。
2着1回。
連対率100%!


3連勝で皐月賞を制し、ダービーへその勢いのまま
臨んでいた馬は…


コダマ
ミスターシービー
ナリタブライアン
ディープインパクト


これら4頭のダービー成績は…

なんと

4戦4勝。
勝率100%!!


ディーマジェスティは未勝利から共同通信、皐月賞と3連勝中
ということは・・・



ちなみに、1977年にはマルゼンスキーが。
1988年にはオグリキャップがおり、2頭が皐月賞に出ていれば、ほぼ勝ち、
日本ダービーで二冠を達成していたはずである。

【三冠馬11年周期説】
1983年 ミスターシービー
↓11年後…
1994年 ナリタブライアン
↓11年後…
2005年 ディープインパクト
↓11年後…
2016年 ディーマジェスティ?


ディーマジェスティ、沈みワープするディープ産駒。
この馬こそ、ディープ産駒の最高傑作に成れうる器と確信します!


1位 マカヒキ SS+↑

あまりの楽勝ぶりに大きな話題を呼んだマカヒキ。
3コーナーから徐々に進出開始。4コーナーでは外から楽々と前に取り付き、
直線は一気の超加速を馬なりで披露。
最後はデムーロが愛撫しながらの大楽勝。
2戦目の若駒Sでは、鼻出血後の休養明けながら、スローペースを後方待機。
逃げ切り濃厚のノーブルマーズをノーステッキで颯爽と交わし、持ったままの楽勝。
上がり3Fは32.6という驚愕震撼の数字がマークされていた。
弥生賞ではリオンディーズとエアスピネルを一気に撃破。
弥生賞レコード1:59.9、上がり33.6というGIレベルの超絶タイムで勝利。
中山で上がり33.6は究極とも言える上がり。父ディープの記録した皐月賞の
ラスト200のラップすら更新する凄まじさ。
究極のキレ味を全開にダービー馬に輝いた。父の雪辱を晴らすべく凱旋門賞の噂も。


1位 サトノダイヤモンドSS+↑

超高額馬が揃いに揃った頂上決戦的風潮が流れたメイクデビューにて、馬なり持ったままで圧勝。
メンバーレベルとレースレベルは2015年のメイクデビューでは最高レベルであった一戦。
そこでこのパフォーマンスは驚愕のもの。里見オーナーへ悲願のGI勝利をもたらすのはこの馬か。
きさらぎ賞でも楽々と直線で馬なり持ったままで加速していき、大楽勝。
1度だけ合図の鞭を入れられただけ。ルメールいわく「不要な鞭だった」とのこと。
池江氏はメジロマックイーンのような馬と表現。
ダービーは本当に惜しい鼻差の2着。安定感なら世代でも図抜けた物を誇る。
GIをまだ勝てていないが、その能力は120%GIレベル。サトノのGI初制覇はこの馬にかかっていると言っても過言ではなかろうが…海外ならあっさり勝てるのでは?

3頭同率1位とさせて頂きました。
ダービーは本当に上位3頭は紙一重であったことは間違いなく、3頭が別々の時代に生まれていれば、間違いなく二冠馬以上になっていたはずです。ディープ、オルフェ、ドゥラメンテといったのような突出した馬と別の時代であれば、間違いなく二冠以上取れている印象。本当にこの世代にトリプルクラウン級が3頭集まってしまった…そんな印象が強く心に残ったダービーでした。


4位 リオンディーズ S

フォイヤーヴェルク、シャイニーダスト、イフリート、アドマイヤダイオウなど、
評判馬、高額馬がズラり揃ったデビュー戦で馬なりで一捲り。33.4という豪脚を
繰り出し、鮮烈な圧勝劇を決めて見せた。
エピファネイアの半弟、シーザリオの仔という血統背景も強力無比。
エピファネイアより上のポテンシャルを持っているという。
朝日杯ではエアスピネルを問題にもせず圧勝。史上初のキャリア1戦での朝日杯優勝馬に輝いた。
同じ時代にディープ究極の3頭がいたことが不運。
例年なら二冠馬のポンテシャル。まだまだ成長の余地十分。再度のGI戴冠はまたすぐやってくるだろう。
ダートで見てみたい気もする。

5位 エアスピネルS 
(マイルなら上位と互角以上か)無敗のデイリー杯2歳S馬。

ダービー上位3頭がいなければほぼ二冠は取れていたであろう。
中距離路線、マイル路線を歩むか、海外に活路を見出せばすぐビッグタイトルは手に入るはず。

6位 スマートオーディンS
東京スポーツ杯を驚異の脚で快勝。
毎日杯にて阪神1800以上にて史上最速の
上がり32.7で楽勝。それまでの最速は
オルフェーヴルの32.8。

7位 ヴァンキッシュラン青葉賞を勝ち急上昇中。凱旋門にも登録あり。
8位 ロードクエスト
9位 プロディガルサン リアルスティール全弟。金子氏が「瞳がディープそっくり」と絶賛。
10位 レーヴァテイン

レーヴディソール、レーヴミストラルの兄弟だが、自在性は兄弟一か。
後方待機策から一変、仕掛けられるやあっという間に先団へと取り付き、
ノーステッキで軽く追われるだけの大楽勝。

離脱 バティスティーニ 無敗の黄菊賞勝ち馬
11位 マウントロブソン スプリングS勝ち馬

12位 アジュールローズNEW! プリンシパルS勝ち馬。勝ちタイム1:59.2は史上2位のタイム。
13位 ナムラシングン 
14位 アドマイヤダイオウ
15位  サトノキングダム 無敗のセントポーリア賞馬。
16位  ロイカバード 連対率100%の福寿草特別馬
17位  アルカサル 2戦2勝の山吹賞馬。
18位  リライアブルエースBNEW!
19位  ジュンヴァルカンB
20位  エルプシャフトB ブエナビスタ、ジョワドヴィーヴル、アドマイヤオーラ弟 
21位  ブラックスピネルB 連対率100%の萩S馬
22位  メートルダールB
23位  ミライヘノツバサB

24位  マイネルハニー
25位  ジークカイザー  無敗の若竹賞馬
26位  ゼーヴィント
27位  ロジクライ シンザン記念勝ち馬
28位  レプランシュ
30位  プロフェット
 京成杯勝ち馬
31位  アストラエンブラム 
32位 オーダードリブン

33位 ジョルジュサンク クラシックボーダー馬
34位 レインボーライン アーリントンカップ馬
35位 ティソーナ マーガレットS馬
36位 ブレイブスマッシュ いちょうS馬

37位 ボールライトニング 京王杯2歳S馬
38位 ロジインパクト 芝2,000mデビュー戦でディープに次ぐ史上2位の上がり33.2を記録。
39位 シュウジ  無敗の小倉・中京2歳チャンピオン
40位 アーバンキッド

41位 ダノンアローダ
42位 キラージョー
43位 ケルフロイデ 
無敗のきんもくせい特別馬
44位 ロスカボス 無敗の野路菊S馬
45位 キラージョー
次位 シゲルノコギリザメ
   



クラシック2016
  ランキング
(牝馬)

  最終発表です!!


1ジュエラーSS 

牡馬相手のデビュー戦で出遅れるも、直線だけで一気の超加速。馬なりの圧勝。
時計も1:48.8と十分なクラシックレベル。実は牝馬の最強馬はこの馬かもしれない。
父ヴィクトワールピサ、母父ピストレブルーという血統も重厚感と威圧感あり
申し分ない。牡馬のトップグループとも戦えるのでは。
マイル〜1,800ならメジャーエンブレムだろうが、それ以上の距離ならジュエラー有利では。
桜花賞戴冠。オークスは怪我により回避も、ブエナビスタのごとくの豪脚と柔軟性を持つ。
順調に回復さえすれば、二冠濃厚か。


2 メジャーエンブレムS
牡馬を相手に2連勝。アルテミスSではデンコウアンジュの末脚に不意を突かれるも、
阪神JFでは一気の先行押し切りで力の違いを見せ付けた。
ルメール大感激の期待を寄せるダイワメジャー産駒最強牝馬。
クイーンカップでは5馬身差をほぼ馬なりの楽走かつ1:32.5というレースレコード。
3歳2月に32秒台は史上初。テイエムオーシャン級どころではなく、ダイワスカーレット級も
目指せる大器であろう。桜花賞はルメールの騎乗ミスにより敗退するもNHKマイルカップを快勝し、名誉挽回。
秋は紫苑Sから秋華賞へ向かう。

3位 シンハライトS

桜花賞で圧倒的成績誇るディープ産駒だが、今年送り出すのはこの馬。
3戦3勝のチューリップ賞馬。勝負強く、勝負根性も抜群。
オークスではシーザリオのような絶望的位置から差し切りついにGI戴冠。
秋の最強女王決定戦に備える。


4位 チェッキーノANEW!
3強に続く存在。秋華賞で一泡吹かせてやりたいところだろう。

5位 アットザシーサイド
6位 ロッテンマイヤー
7位 エンジェルフェイス
8位 ビッシュ
9位 メイショウタチマチ
10位 キャンディバローズ
次位 カイザーバル
   ソルヴェイグ
   ラベンダーヴァレイ



3歳ダートランキング
1位 アルーアキャロル

出遅れ、大外を馬なりで捲り、大野ジョッキーが珍しく坂下持ったまま。
気合を入れられると猛然と加速し、後はそのまま馬なりのまま7馬身差の大楽勝。
2着馬も折り返しの未勝利戦を快勝していることからも、相当な大器の片鱗を感じる。
復帰戦の500万下も出遅れながら馬なりのまま、持ったままで3馬身半差楽勝。
この日の良馬場で36秒台を馬なりは相当優秀。調教タイムも持ったままで
メジャーエンブレムと互角の時計。倒したモンスターキングやストロボフラッシュの
能力からも、この馬が尋常な馬でないことが良く良く察知できよう。

2位 グレンツェント

3位 ゴールドドリーム
4位 ストロングバローズ
5位 ラ ニ UAEダービー馬

6位 ケイティブレイブ
7位 サウンドスカイ
8位 キョウエイギア
9位 モンスターキング
10位 デピュティプライム
11位 タイニーダンサー
12位 レッドゲルニカ
13位 エイシンヒマワリ
14位 マリナーズシチー
15位 インザバブル
16位 ストロボフラッシュ

17位   ポッドガイ[川崎]6戦6勝
18位 モダンウーマン[門別]
19位 カツゲキキトキト[名古屋]13戦7勝
20位   アンサンブルライフ[浦和]
的場が「この馬でダービーを勝てなきゃもう勝てない」と呟いたという。

21位 ライゾマティクス[門別→船橋]
次位 スアデラ、モルゲンロート


うみねこ注目馬
ヒコーキグモ

ヴァ−ミリアン産駒で5戦2勝2着1回3着1回の素質馬。
母はカミヒコーキ。19の「あの紙飛行機曇り空わって」を想起させるナイスネーミング。
空色のブリンカーとバンテージも素敵です!
初代ヒコーキグモのことも思い出す、愛される馬になりそうです。
これからの活躍に期待!

次のページに前回までのランキング、載せてます!
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地福のトイトイ

地福トイトイ

山口県山口市阿東地福の集落一帯に古くから伝わる民俗行事。
小正月の夜、毎年1月14日に子供たちが藁で作った縁起物の馬の人形(藁馬)を
持って各戸を巡り、笊に入れた藁馬を玄関口に置いて、「トイトーイ!」と
声をかけて隠れる。
家人は藁馬の返礼として笊に菓子や餅を入れる。
子供たちは家人に見つからないようこれを回収して帰るが、
この時、家の者に見つかってはいけない。
見つかると水をかけられる。この水がかかると、縁起が悪い、風邪を引くと言われている。
2012年、国の重要無形民俗文化財に指定された。


▲〔地福の集落〕

【“といとい”の起源】

その濫觴は江戸時代中期、各地の村落の辻に、建立が流行した道祖神に因む物だとされる。
1月14日、村人が道祖神の周囲の草を刈り、道祖神を洗い清めた。
その日、子供たちは大きな藁馬を作り、これを台車に乗せて道祖神に参拝したという。
大人たちはこの労を労うべく、餅、菓子、果物でもてなしたとされる。
後に、この道祖神祭りは各戸にて行われるようになっていったらしい。


美空
「なぜ藁馬なんですか?調べてきました??」

●なぜ藁馬なのか?
民俗学的に、馬は神の依り代という記号である。
馬は武士や高貴な貴族の乗り物であり、イコール神の乗り物と考えられてきた。
神が乗ってやってくる神聖な者という認識がある。
しかし、馬を収める訳にもいかない。
そこで絵馬や藁馬の存在が希求されてくるのである。

土着の農耕馬への感謝を込めての祭事ゆえ。
戦前にはこの地でもたくさんの馬が飼われていたという。
古の頃より、人に寄り添ってきた馬たちへの感謝、謝辞の
念を込めて、五穀豊穣を祈るため。

昭和初期頃まで、家々それぞれで馬を飼っていたが、そうした馬が納屋を放れ、
他家の門口から入っていくと、「入駒」といって大層喜んだという。
この祭事はそれに端を発するものと伝えられている。

※ちなみに牛が入り込んでくると良くない、縁起が悪い、人が死ぬと言われ、
 実際に牛が入り込んだ家では不吉な不幸が舞い込んだ。
 (三ヶ月の間に家族を2人も亡くされた方からお話を聴きました)

以上の3つの理由が主として挙げられると思われるが、おそらくはの
意向が強いと推考される。

以前は山口県、中国地方の島根、広島の沿岸部を除くほぼ全域、
農山間部を中心として盛んに行われていたという。
しかし、いずれの地域でも廃れ、地福にのみ伝わるものが最後の民俗と言われる。


夕方18時、宵闇に村落が包まれた後、子供たちが公民館に集合し、
といといが始まる。


出発時の様子。私うみねこも同席させて頂きました。
この日は山口新聞の記者さん、香川県から民俗資料館の方が1名、
そしてその他の記者の方が2〜3名という取材陣でした。


民家の玄関前に置かれた藁馬。「といとい」の歴史を遡及していくと、
いまとは違ったルールが設けられていたことが多々見られる。
幾つか挙げておきたい。

・昔は水を掛けられた方が縁起が良かったこともある。
→もともと子供の行事として昼間に行われていたが、
青年らが農事用の手縄などを夜間に行うようになり、
「水掛」が始まり、以降夜間に移っていったらしい。
「水をかけてやった」「上手くよけた」などと、
駆け引きを楽しんでいたという。
水を一杯かけられた者はその年、水利が良いと言われた。

・大人の回る地域もあった。

・藁馬ではなく、絵に描いた馬を使っていた時もある。

・一部の部落で子供たちが勝手に行っていたが、
廃れるのは勿体無いということで、子ども会が立ち上げられ、
今の形の民俗文化が引き継がれていった。


それでは、2016年1月14日に行われた「といとい」の模様を
ご覧頂こう。

(撮影:うみねこ)




といといが終わると公民館へ再度集合し、頂いたお菓子を
みんなで分け合い、温かいお茶、お汁粉、沢庵などが子供たちへ振舞われる。
(私も頂きました。とっても美味しかったです。本当にありがとうございました)

   
▲〔「ほほえみの郷 トイトイ」。平成22年2月、地区内唯一のスーパーが撤退し、住民の不安が高まったことをきっかけに、世代を超えて話し合いの場を持ち、多くの住民の協力(資金面を含めて)により開設された。現在では、多くの高齢者の方々が若いリーダーと一緒に「地域スーパー、交流スペース、移動販売、ごようきき」などの事業を展開されており、地域の暮らしを支えている。NPO法人。施設の中には会議の出来るスペースや休憩できる場所も設けられている。地域憩いの場所である。

馬の関わる民俗祭事を研究する者として、実際に参加し、
リアルタイムで肌で感じることのできたこの経験は、何物にも代えがたく、
私の馬研究人生においても、貴重な宝物となりました。
子供達の元気な「といとーい!」「ありがとうございました!」の声に、
元気と幸せを貰った気がします。
 
日本人が忘れつつある、連れ添ってきた古の愛馬たちの記憶、
人と馬との絆のあたたかさを感じれる、日本の宝といっても過言ではない
民俗祭事であると確信致しました。
 
お汁粉を一緒に頂いた際には、自分の小さい頃、母郷の栃木で行われていた
民俗祭事の「どんど焼き」を思い出しました。
懐かしい人のあたたかさが地福にはあるのだと思います。
 
私も及ばずならがら、次回作の出版本にて「といとい」の記録と記憶を綴り、
未来へと伝えていきたいと思います。
またいつか、「といとい」を見に、そして子供達に会いに地福へ伺えたらと思います。
本当に色々とありがとうございました。

   
 

展示室 * 01:20 * comments(0) * - *

コリスバール―Chorisbar―狄拭Υ饑廚量焦廊



コリスバール



 奇跡名馬

324戦197勝
   世界競馬史上
     最多勝保持馬



父 マイレヴェリー
母 カンポアレグロ
母父 キャプテンアルコック

生年:1935年
性別:
毛色:鹿毛?
調教国:クレブラ島(プエルト・リコ)
生涯成績:324戦197勝
[197-86-31-6-1-3]
主な勝鞍:ルイスムニョスリベラメモリアル、197勝の世界最多勝利ギネスほか

私はこれまで、『奇跡の名馬』というタイトルを掲げ、世界中のありとあらゆる馬を紹介してきた。その中でも今回紹介するコリスバールは特別中の特別な馬である。何しろ、賞金額が低い競馬後進国の離島に生まれながらも懸命に走り続け、どんな名馬も辿り着くことのできない永遠の金字塔を打ち立てたのだから…。
  
▲〔心が透き通るような島の海。今にも漣が奏でる潮騒が聞こえてきそうだ〕

 
▲〔子供たちの描いた絵。島民と海に見守られながら偉大な記録は誕生した〕


▲〔伝説の名馬を追って。ポーズを取る(?)Y子女史〕



▲〔圧倒的レースぶりで神威的競走能力を全開させ続けた。しかしこの成績、とても雌馬とは思えない…〕


西インド諸島のイスパニオラ島東方に浮かぶ小さな島、プエルト・リコ。コリスバールは1935年、その領に属するクレブラ島に生まれた。プエルトリコは全体に低い丘陵性の山地からなる。島ではサトウキビ、コーヒー、タバコの生産が盛んだが、セメント、製紙、肥料などの工業もある。


▲〔コリスバールの獲得総賞金は$44,341,83。主戦を務めたのはアンゲルT.コルデロ騎手〕

  
▲〔近海ではこれ程の巨大なカジキが獲れることも〕

コリスバールはこの地で調教を受け、競走馬としてデビューした。
彼女が生活の拠点とし、営みを送ったクレブラ島は、プエルトリコの東に浮かぶ面積約31km²の小さな島である。
世界でも5本の指に入るフラミンゴビーチ。この海の波音を、眺望を、コリスバールも見聴きしていたのだろうか。


▲〔フラミンゴビーチ〕

凄まじいのがやはりこの戦績。1937年にデビューし、1947年までの10年間も競走生活を続けて紡ぎあげたのが、『324』というレース数。そして積上げた『197』という勝ち星。これがいかにすごい事かは、幾つか類例を呈示すれば明らかとなる。


 ◆100戦以上レースを消化した
        世界の主な競走馬たち

  

ガルゴジュニア
⇒159戦137勝

マジェスティックベンチャー
⇒217戦8勝

フィッシャーマン
⇒120戦70勝

エクスターミネーター
⇒100戦50勝

▲[エクスターミネーター]

メリック
⇒205戦61勝

ハートランドヒリュ
⇒127戦4勝

ウズシオタロー
⇒250戦15勝

スタイミー
⇒131戦35勝

レッドラム
⇒110戦27勝



▲[ウズシオタローの出走記録を塗り替えたヒカルサザンクロス号]
地方競馬出走回数上位馬一覧
※ ばんえいを除く
(2014年10月1日現在)

セニョールベスト  409戦
ミヤマリージェント 329戦
タマノジョケツ   308戦
ダイナブロス    300戦
アイエスリリー   281戦
カイヨウヒート   280戦
マヤフェアリー   278戦
ハッピーコマチ   268戦
キクノガイア    268戦
メイショウハヤテ  267戦
ベルモントボンバー 267戦
ヒカルサザンクロス 266戦
ヒートアップ    263戦

 
「現存する、確認可能な資料・文献を読み解くと、日本競馬史上最多出走記録は…参考記録ですが春木競馬のコガネマル。この馬の残した476戦だと伝えられています!でも出走数に比例するように勝利は上げられず…上述した地方馬たちもそうですよね。コリスバールって一体…。でも…すごいお馬さんたちですよねぇ…」


…以上に上げた馬たちも凄まじい成績である。100戦以上消化できる時点で、身体の頑強性と桁外れな健康に恵まれた、本当に「無事是名馬」な偉大な馬たちである。しかし、レース数と比例した勝利数を上げることは、その出走数が多ければ多いほど、奇跡にも近くなる。世界中を探しても300戦以上も無事に出走できた上に、160勝以上の勝利数を上げることができたのはこのコリスバールただ一頭だけなのである。つまり、コリスバールは世界競馬史上に類例を見ないほどの稀有な300戦以上の出走経験記録を持つと同時に、世界競馬史上最多勝利記録を、今もなお保持し続ける馬なのである。

しかもこの馬、本当に信じられないことなのだが、牝馬なのである
 
あのキンツェムをも超絶する史上最強の頑強性と精神的強靭性を兼備した歴史的女傑とも言える。

キンツェムも短距離から超長距離まで不問の適性を示していたが、このコリスバールもプエル・ト・リコで施行されている全ての距離において勝ち鞍を、それも殆ど毎回トップハンデを背負いながら掲げ続けていた。130ポンド(約59kg)の酷量を載せ快勝したことも3度あったという。第二次大戦前に生まれた、しかも小柄な牝馬に課せられる斤量としては破格のものであった。


▲〔わざわざプエルトリコまでさまざまな資料集めに行ってくれたY子女史は調査を終えるまで牡馬と思い込んでいたらしく、牝馬だと知ったとき、唖然呆然としてしまったらしいです〕


 


コリスバール蹄跡】


それでは、その生涯成績の足跡を仔細に見ていこう。
まずデビューイヤーの1937年は11戦6勝。3歳時は16戦して12勝2着4回のパーフェクト連対。
4歳時が14戦13勝3着1回とこれまたパーフェクトに近い成績。
5歳時から出走数を一気に増やし44戦も消化。6歳時にはついに覚醒期を迎えたようで、51戦37勝2着14回…つまり生涯2度目となる年間パーフェクト連対を達成したのである。
7歳時は生涯最多となる年間出走数53走。
8歳で20戦、9歳で13戦…ついに3着以下の着順も目立ちはじめ、ついに盈虧(えいき。衰えること)の時を迎えたかに見えたが、10歳になって再度の30戦越えの39戦!そして11歳で35戦し、2年連続の23勝。そしてラストイヤー、12歳時は28戦16勝という成績をターフへ刻み、競馬場を去っていった。
以下に彼女の10年間に渡る成績表を簡易ながらご紹介させて頂こう。


 コリスバール生涯成績


▲〔引退レース後に祝福されるコリスバール〕

☆1937年11戦6勝

☆1938年16戦12勝
※パーフェクト連対!

☆1939年14戦13勝

☆1940年44戦28勝

☆1941年51戦37勝
※パーフェクト連対!


▲〔1941年のとあるレースでのゴール前〕

☆1942年53戦28勝


☆1943年20戦7勝

☆1944年13戦4勝

☆1945年39戦23勝

☆1946年35戦23勝

1947年28戦16勝


【ここに注目!】
 
197勝は当然ながら世界記録。ギネスブックにも掲載される。

1937年〜1942年の5年間は4着以下一度もなし。

上述記録を戦績に置き換えるとさらに凄みが加わる。
なんと…5年間で189戦して4着以下一度もなかったのである。


生涯324走し、内321戦が5着内入線。

10歳・11歳で23勝。これもまた世界記録。



「見れば見るほど、記録だらけの馬ですね〜」

まさに「奇跡の名馬」コリスバール。小さな島に降誕した盲亀浮木の名馬は、晨夕、懸命に調教をこなし、ひた向きに生きた。





                    
〔調教時の貴重な写真〕


カリブの夜空に散らばる星たちから、煌めく純粋無垢な瞳を天与され、小さな小さな競馬場を駆け回って圧倒的な力を見せつけた。
島民たちは、この名馬との邂逅をどのような心持ちで受けとめたのだろうか。


                     
〔南国の美女。彼女の記憶にコリスバールの名は…〕

幸せを呼び込むという桃色海豚。
コリスバールはイルカのようなしなやかなモーションと、俊敏な機動力とを兼ね備えていた。
そんな彼女の姿に重ねてしまう1頭が、川崎競馬のドルフィン号である。


▲〔ドルフィン。川崎競馬所属の牝馬で、サウスヴィグラスの産駒。ピンクのブリンカーとその走りはコリスバールを想起させる〕


美空私とうみねこさんが、ドルフィンに心魅かれてしまうのは、きっとコリスバールに知らず知らずの内に重ねてしまっているところもあると思うんです。さくらんぼ色の淡いメンコの色×ドルフィン=ピンクイルカっていうところも魅力的な所のひとつではあるんですが…写真のコリスバールとドルフィン…どことなく瓜二つと思えませんか?
    

キラキラとまばゆいまでに輝きを放つ白い砂浜と青い海のコントラスト…小さな島の競馬場から“奇跡”と言う名の『虹の橋』を世界へ架けたコリスバール。
しかし、残念ながらコリスバールの起こした『奇跡』を知る者は少ない。

…さざめく波の音が奏でられるビーチに微風が吹く頃、
オレンジとピンク色の空が島を包んでいた。


遙か遠く残音残していく鴎たちの声。
海鳥たちはマーマレードエーテルの空へ消えていく――…
     
     

斜陽の中、そっと瞼を閉じてみる…



瞑想し夕凪の空に想いを重ねる――…

数十年前の珊瑚の島へ、心と記憶の時間旅行…
するとそこには、待ちかねたように頬摺り寄せてくる一頭の馬が。


天運のポテンシャルを宿した『一角鯨』…       



  
▲〔たくさんの島民から愛され、蜜語をかけられた愛おしき競走馬。花束・贈り物を持ってくるファンも絶えなかったという〕

     
【コリスバールと同じように離島に生まれた白い奇跡】

25429
ネヴァド

プエルトリコの離島、ヴェスケス島で育ったパールバックスキン馬(白毛)。

父ガルゴ。母キュビレット。父はマンノウォーの血を継承する系統。

ネヴァードの母、キュビレットの血統は不詳。それでも競走馬として登録されたことに、昔日の憐愍を感じてしまう。

1929年生まれ。生涯254戦29勝。1931年から1938年まで競走生活を続けた。

純白の光沢ある毛色と緑色の眼を持っていたという。全世界白毛世界最多勝馬。
オーナーはアントニオ・キャティンチ氏。
ネヴァドはプエルトリコの様々な競馬場で競走していたが、一番のベストコースは

キンタナ競馬場だったという。
ネヴァードは引退した1939年の暮れ、崩御。

常軌を逸したレースへの連戦と酷使がその遠因となっているのかどうか、

その因果関係に関しては不明である。


コリスバールが織り成した「324」の物語と「197」の“奇跡”。

 

        

  

 

        

  

               

         


      


夕凪の中、漣が奏でるメロディが心の琴線を爪弾き、
彼女の記憶と記録は語り継がれていく――…・・・

▲〔ほぼ毎週のように走っていたコリスバールは、島民たちにとってもきっと何気ない日常の“しあわせ”な1ページのような存在だったのではなかろうか…〕


犹笋凌瓦虜埜紊了戮┐任△襦∨殘学校時代のN.Sさん。
彼女との出逢いと同じ位、奇跡的犧桃邂逅瓩凌監阿髻▲灰螢好弌璽襪砲牢兇犬討い襦宗宗…私が咫尺することの叶った最高の名馬だと、それが彼女コリスバールだと、ずっとずっと信じている。
                        

プエルト・リコ島の夢の名馬コリスバール。
いつかどこかで回り逢いたい――…

“奇跡”をカタチにした存在。
愛おしき
彼女こそが―――…・・・

   

奇跡の名馬



   
  
 

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奇跡の名馬 (中米・カリブ海の名馬) * 01:11 * - * - *

さくらんぼ一角獣の恋浜漣唄 〜秋色椛と鯛焼き日和Ver.うみねこ助手・美空のコラム〜




   一角獣
   恋浜漣唄



お久しぶりです!
社会人一年目を迎えました美空です。
これまでみたいにたくさんの情報を書き込むのは難しい状況ですが、
読んでくれたらとっても嬉しいですっ!

うみねこさんに「ちょっとだけでいいからお願い!」…
って頼まれちゃって…断れませんよねぇ!

春に書いたものをちょこっと改造した秋バージョンです!
トリビアは古いままですが…
がんばって追加めざしますから、時々のぞいてみてください!

さてさて…

「うみねこさんの実家は栃木県の今市市、木和田島ってとこにあるのですが、
そこにはとっても珍しい馬頭観音があるんです!」
これがそれっ!

(撮影:うみねこ1990年頃)

見猿・言わ猿・聞か猿のレリーフのある馬頭観音様なのです。
なんか日光らしい…
うみねこさんの調査でこの辺で草競馬が行われていたことが
明らかになっていますが、たくさん馬が飼われていた一つの
証になっていると思います。
馬力石などもすぐ近くにあるんです。
うみねこさんと栃木に行った時、私もそれを確認してます。

日本にはたくさん馬と人が織り成す民俗祭事がありますよね。

古い伝統祭事や秘祭は、どんどん若い人の乖離によって
失われつつあります。
馬と人をつなぐ、貴重な文化遺産を失くしてはならないと
そう思う秋の日なのでした。


うみねこさんも私も、馬民俗研究はしてるけど、
実際にお祭りに参加したことないぞ!…って!
まぁお互い忙しいし…中々時間も無いですけど、
『といとい』とか『藁馬引き』には参加して
みたいなぁ〜ってそんなことも考えたりしてます。


(小さい頃の美空の写真です)


民俗とか古いもの、山奥の秘密の風習とか、もぇ〜ってしちゃうのが、
うみねこさんと私です(笑)。
最近グッと来たのが、【日本在来馬】紹介のページにものっけてますが、
在来馬紹介のビデオ。古き良き日本の映っている、NHKっぽい映像です。
めちゃぐっときますっ!(^▽^*)
競馬のシーンもありますよ♪







こんなペイントアートを施した壁を街中で見つけて微笑ましく…って落書きはダメですぅ!

でも…なんか春らしくて見とれちゃいました(笑)。
ここで宣伝です!
うみねこさんがいつの間にやら『ユニコーン』のページを更新してます。

むむむ…!この骨は!!?
詳細は写真をクリックして確認です!




都市伝説
  トリビアNo.228

イルカという意味の馬名
世界で一番最初に名付けられ、
競走馬として走った国は日本



1908年に生まれたデルフィン(Delfin)号(鹿毛、牝)がそれとされている。
この馬は父セントフランシス、母馬不明というもので、1914年に日本へやってきた。
豪州生まれなのだが、日本でデルフヰンの名前で登録されている。
Dolfin、やDelfinの登録でこれ以上に古い海豚馬名は無く、このデルフヰン号が世界最古の海豚馬(?)となりそうである。

都市伝説
  トリビアNo.229

◇「レコードで勝ったにもかかわらず
失格でもないのに
レコードが残らなかった馬がいる
」◇

1955年に生まれたオータジマ号がその馬。
父トサミドリ、母ヒデヒカリ、母父ダイオライトという血統の牡馬。350kgぐらいしかなかったという、史上最低馬体重(推定)の障害馬。
障害で18戦12勝という優秀な成績を残し、1959年の春の中山大障碍(現在の中山グランドジャンプ)を優勝。
中央引退後は地方・南関東大井へと移籍。後の天皇賞春・有馬記念馬となるオンスロートを、晩年にも関わらず撃破するという性能の高さを見せた。小柄ながらダートでは相当のポテンシャルを秘めていたようである。


オータジマの大障害のタイムは4分43秒フラットと、前年秋ケニイモアのレコードより1.8秒速かったが、レコードとしては認められていない。これは当時のバリアーが固定式のため、仮柵を置くと計測開始位置までの助走距離が延びてしまい速い時計が記録されるからである。しかし障害競走では計測開始位置が変わらない。よって、オータジマの場合、助走距離は変わらず、本馬場の5mの仮柵により数メートル余計に走ったのにもかかわらずレコードにならなかった。
なんと可愛そうな…。

いかでしたでしょうか。
復活のトリビア!
復活のF…ならぬ復活のT!
どーでもいい話ですね(笑)。

それでは、また!
仕事、がんばります!!

いつ書けるか分かりませんが、楽しみにしていてくれたら、すっごい嬉しいです。
バイバ〜イ!




ポプリの小箱 * 15:34 * comments(0) * - *

ポプリの小箱.ACT78【彗星ハートレー降る夜に】





ども、うみねこです。
現在2017年の7月に『奇跡の名馬(仮タイトル)』を発売させて頂くべく準備を着々と進めておりますが…
次回作は大岡賢一郎さん以外にも超大物が多数協力してくださる超大作となる予定!
全国書店とアマゾンのダブル販売を予定しています。
先日はとある競馬アイドルの方とも打ち合わせ。その方の繋がりで超大物もついに参戦!
どうぞ、お楽しみに!!


ハートレー…
【探査機ディープインパクトが観測した太陽系の彗星】。
ディープインパクトを継ぐ者としてなんと粋なネーミングなのか。

今年のディープ産駒はハートレー、マカヒキ、シルバーステート、サトノダイヤモンド、ロイカバード、レーヴァテイン、エルプシャフト、リライアブルエース、ポルトフォイユと超絶無比の素質馬揃い。
201“6”年、ディープインパクトの第“6”世代、ディープインパクトは“6”の数字が運命数。
ついにディープインパクトの最後継馬が出現するのかもしれません…。
【ディープインパクト都市伝説】
 

▲この記事の
 関わる

という部分を読んでみてください。いかに“6”という数字がディープにとって特別な
数字であるかが窺いしれてくるのです。ハートレーは6枠デビューで、ホープフルSは
6番で圧勝。はたして次は?


〔巨鵬の翼ともとれんが如くの雄大かつダイナミックなハートレーの飛翔走法。ムーアとボウマンを虜にしてしまった〕


我が『うみねこ博物館』でも時折ご紹介しております民俗祭事『といとい』。
国の無形文化財に指定されたそうです。よかったですね〜!
次回作の本では、こうした馬に関わる民俗文化も紹介していくつもりです。
それでは、その『といとい』の様子を、ご覧ください!
映像は【TVF2015筑紫哲也賞】受賞作品『といといの子どもたち』です。

こうした伝統文化、民俗風習がずっとずっと残っていってほしいものです。
いつか私も参加しようと考えています!


最近は「うまっぷる ことり」さんとお会いさせて頂く機会があり、先日は府中にて競馬観戦にも同席させて頂いちゃいました!

(ことりさんのウミネコイメージ)

ことりさんのご友人はディープに魅せられて競馬を見始めたらしいですが…
きっとディープインパクトを切っ掛けに競馬を始めた人って相当な数いるんでしょうね。
やはり、ディープは偉大なのだと思いました。
私の助手的存在の美空もディープからです…そう言えば(笑)。

仕事で香港、マカオ、ロシアはハバロフスクへ行ってまいりました!

ハバロフスクでは…↑のような18歳の女の子と仲を深める機会があり…
なんと騎手をやっている娘でびっくり!

香港・マカオでは競馬場にも行って来ました。
マカオのタイパ競馬場は運良く開催にも立ち会え、観戦でき、馬券も買えました!

マカオの名馬をご紹介しましょう!

ルュエンヤットフォーエヴァー

父 オーナーズリスト
母 ロワセット
母父 ラングフール


生年:2005年
性別:せん馬
毛色:鹿毛
調教国:マカオ
生涯成績:62戦12勝[12-10-12-27]
主な勝ち鞍:マカオ三冠(マカオギニー、マカオダービー、マカオゴールドカップ)、ザ・マカオ・スターオブザサンドステークス、マカオカップ、ウィナートロフィー他


ディープが3冠を成し遂げた2005年に誕生し、
マカオ競馬3冠馬となった名馬。芝ダート、距離不問の活躍を見せました。
ダンチヒの3☓3というクロスを持ち、なおも現役というレジェンド。
あのソーユーシンクと対戦したことも。
オーストラリアでも活躍し、G1で最高3着、重賞級で2着健闘のシーンも。


〔三冠達成し祝福されるフォーエヴァー〕


美空:うみねこさん、他にもマカオの名馬調査してきたみたいで、ルュエンヤットフォーエヴァーは次の本にしっかりとした文章に起こして、収録したいって言ってます!
それはそうと…今年の2歳馬ランキング、そろそろお願いしますぅ★

2015年夏、プエルトリコがデフォルトしちゃいました…
不動産価格も下落しているようで、将来発展する余地があるなら、今がまさに突撃の時!
…でも結構税制が厳しいのでダメかなぁ。
そのプエルトリコは隠れた名馬の名産地!
中でも伝説中の伝説、あのキンツェムの54連勝を超えた永劫不滅の56連勝!
奇跡の名馬カマレロのレース映像をごらんください。


レース映像がくっきり見えるのがコチラ。若干ではありますが…
新聞記事や54連勝達成の瞬間、その後の競馬場の雰囲気、そして初めて負けた時のレースのゴール前、そしてこの世を去った時の報道まで収録されているという、超貴重映像が収録されているのが、下↓の動画です。

いまは銅像となり、競馬場名やレース名として名を残し、レジェンド中のレジェンドとなったプエルトリコ史上最強馬の1頭として語り継がれています。

▲〔カマレロの銅像〕



お久しぶりですっ!美空です。
お元気ですか?
私の例年恒例(?)の七夕コラムをアップしました☆
ぜひご覧ください!
それにしても…最近て異様に暑くありません?
なんなんでしょうか…。

カトちゃんケンちゃん
ごきげんテレビ

 幻競馬登場回

あの加藤茶と志村けんが、転がしで一世一代の大勝負!?
学校で預かった生徒たちの修学旅行のお金、全員分を失くしてしまった女性のため、
志村と加藤は質屋で何とかお金を作り、場外馬券場へ乗り込むのだが…。


この回で志村と加藤が最後の大勝負したのは、
1987年12月19日の中京競馬場で行われた芝2,000mの3歳新馬戦と思われます。
実況がラジオたんぱで、ブイメッセンジャーやミスターアダムスの名を出していること、
左回りの競馬場であることから分析。
最後の最後、全額ぶち込んだ3番の馬はと言うと…
ワイドハスラー。
う〜ん、この中で一番出世するのが、ミスターアダムスなんですよね。
天皇賞2着にもなる馬です。
…転がしも欲張るとろくなことありません(笑)。


どんな組み合わせだ…
人魚と一角獣をいまだ追い続けてますが…。
民俗学的にも非常に重要な意義を持つ2者。
美空もコラムをちょこっと書いてくれてます。
そちらもどーぞ!

競馬には…ほとんど関係ないのですが…小さい頃、土曜日が楽しみでなりませんでした。戦隊シリーズに日本むかし話、クイズダービーに『加藤ちゃんケンちゃんごきげんテレビ』、土曜ワイド劇場と…家族みんなで見ていましたが、いまあんなゴールデンないよなぁ(笑)。
『カトケン』で時々怖い話やるときが何気に楽しみで(笑)

こちらは幽霊編。

カトちゃんと志村の泊まる部屋に馬の置物が(笑)。
動き出さないかと注目してましたが…
『カトケン』って何気に競馬の話題が出てきて楽しめます(笑)。
レンタル店でも借りれる物には、菊花賞とかの話題も。
オグリキャップの話もチラッと…出てきた覚えが(笑)。
カトちゃんも志村さんも競馬好きだからかなぁ。



ほんっっとぉうに遅くなってしまい、誠に申し訳ございませんでした。
2014年秋に開催されました予想大会、『Fever Turf2014秋』の結果発表になります!



うみねこ:それでは発表します…

『うみねこ博物館 Ferver Turf2014秋』優勝者は…

総獲得ポイント 3,430pt

朝霧さんです!!
おめでとうございます!

しかも!
なんと、なんと初参戦から三連覇!!!

ただただ
凄すぎます…

そして!
準優勝は…

総獲得ポイント 2,280pt
T.Kさんです!

初開催の大会から皆勤賞で参戦中の大常連様です!
連覇でスタートし、常に好成績!!
その安定感は計り知れないものがあります。

つづいては…三位!

総獲得ポイント 1,350pt

美空です!

しかし…我々管理サイドの人間は対象外となりますので…

あらためまして…
総獲得ポイント 1,300pt
ヤスダさんです!

こちらも古くからの大常連様!
これからもあたたかな馬たちへの眼差し、そのままに競馬を楽しんでいってくださいね★

以下、全順位になります。
※敬称略

優勝   朝霧      3,430pt
準優勝  T.K      2,280pt
3位   美空      1,350pt
4位   ヤスダ     1,300pt
5位   うみねこ    1,220pt
6位   わをん      990pt
7位   ぬもんちゅが   940pt
8位   Y子       630pt
9位   ゴルゴ      500pt




ゴルゴ「あれ…!?おれがぺけ!!?てんくうぺけじけん!!??何かの間違いだろ…参加レースもそこそこにこの聖跡ってないわ…」


優勝〜3位入賞の頭書の成績を収められた皆様には、
以下の↓賞品をお送り致します。



それでは、また!
『Fターフメモリー』の出版される頃にお会いしましょう!
ばいば〜い★

どもですぅ!
美空ですっ★

以下が賞品ラインナップなのです!

要チェックなのです!


★.・°.。予想大会賞品一覧.・°.。


優 勝 
2014凱旋門賞ハープスター&ジャスタウェイ&ゴールドシップ3頭単勝馬券
 3頭の応援タオル付☆
  蹄鉄小銭入れ
ディープインパクト限定版クオカード
さらに!副賞として
『奇跡の名馬2(仮)』一頭自由執筆権発売前郵送お届け


準優勝 
ポケットブリーダー『トウカイテイオー二世』
※未開封・未使用です。すでに絶版の貴重な携帯ゲームになります。
さらに!副賞として
発売前郵送お届け

三位 
ディープインパクト&ハーツクライ・ホログラムしおり
さらに!副賞として
発売前郵送お届け


さて、みなさんは、『馬好きOL うまっぷる ことり』さんをご存知でしょうか?
You tubeにて毎週予想動画をアップされており、いまやチャンネル登録者数は約5,000を超えようか!…という勢いです。

ことりさんから快諾を頂き、我が『うみねこ博物館』でもことりさんをご紹介!↓の動画にて予想はアルテミスS。

9番人気のココロノアイを本命に推し、見事大的中!競馬はじめてから僅か一年とは思えない知識と簡潔明瞭な予想を披露してくださいますよ。高松宮記念とスプリンターズSでは、いまや日本の現役屈指のスプリンターとなったスノードラゴンも大抜擢!
とにかく見やすく、分り易い!
競馬を始めて間もない方女性の方にとってもオススメな予想家さんです。
数あるYoutube動画予想家の中でも『うみねこ博物館』超一押しの女性予想家さん、『うまっぷる ことりさん』のブログはコチラ!↓

▲〔画像をクリックorタップすると、【ことりさんのブログ】へジャンプできます!〕

私はことりさんのまっすぐで直向な馬への想いに心打たれ、初心に返り咲きました(笑)。
さぁ、みんなで応援&一緒に予想して大万馬券をGet!

競馬闇トリビア

▲助手の美空には書くのを頼めない程やばい…危険なトリビアです…。
見るも見ないもアナタ次第です!


最新のお知らせ

八本脚の馬の写真、アップしてあります!

コリスバール、超完全版(改)に仕上げてあります!

プチ奇跡の名馬、更新しました!最新作【ペルーのファーラップ】『マイセン』です!



プチ奇跡の名馬No.25

  とあるペルー
  真紅の稲妻(ファーラップ)

 マ イ セ ン


父 アダムズアップル
母 デルフト
母父 ユアマジェスティ

生年:1936年
性別:牡
毛色:栗毛
調教国:ペルー
生涯成績:23戦19勝

彼方はご存知だろうか。
“マイセン”という一昔前のメビウスの名前ではない、ペルーに実在した伝説の名馬の名前を。
世界競馬史において、知名度とその風貌が瓜二つと言えるのが、マンノウォーとファーラップではないか。
“ビッグレッド”と呼ばれ、一世を風靡したスーパーヒーロー・マンノウォーが去ってから20年近い歳月が流れた米国へ、またも赤い衝撃波が到来することとなる。
“ペルーのファーラップ”とまで謳われた、当時の南米最強馬マイセンが、ペルー19戦15勝[15-2-2-0]の実績を引っ提げ乗り込んできたのである。1,300〜2,400級の大レースを飲み込み、短距離・チャンピオンディスタンスにて60kg以上の斤量を背負いながらのレコード圧勝と、もはやペルー国内はおろか南米において無双無敵のままの参戦。


▲[デイリーレーシングフォーム1941年6月19日の記事。「我々が見てきた馬より一回り大きい」と、マイセンの巨体に脅威を感じている節が窺がえる。]


▲〔パドックを周回するマイセン。1940年代としては相当な巨体である。〕


ところが、マイセンは環境に馴染めなかったのか、持てる潜在能力を遺憾無く発揮することなく、4戦全敗でペルーへと踵を返すことになるのであるが、第二次大戦の最中にあった当時の米国では、戦慄を覚えるほどの衝撃があったはずで、その心模様は当時の記事や写真から滲み出ている。
もはや誰も語ろうとしない、大戦中の米国へ単騎乗り込み夢を見た、南米の伝説的名馬の話であった…




『奇跡の名馬』がTSUTAYAさんと紀伊国屋書店さん、有隣堂のWEB・オンラインページに登録されました!

美空
「これまでの『プチ奇跡の名馬』1〜24は狢海を読む(2P目)に♪
よりたくさんの名馬を、見やすく保管すべく…

『プチ奇跡の名馬』は保管庫を新設し、そちらへ全てまとめました!

お時間あります時にぜひチェックしてみてくださいね☆

『ラーメン百馬さん』
お邪魔しました!


最近食べ歩きが趣味になりつつある、うみねこです。
「サイキックたこ焼き」に続いてご紹介するのがコチラ!
『ラーメン百馬』さんです!
(上の写真をクリックorタップすると『百馬』さんのHPへ飛びます)

店内に入ると、蹄鉄や左馬の将棋駒、おもちゃの馬など、あらゆる馬が出迎えてくれます。
な〜んかほのぼのして落ち着く雰囲気がそこにはあります。いい意味でラーメン屋さんぽくない、いい雰囲気が醸し出されています!たくさんの人に愛されている店なんだと、その節々から感じられます。
だからほんわかムードで落ち着けるように感じたんでしょーね(^^;)

オリジナルのチロルチョコ、テーマソング、ロゴマークやオリジナルTシャツまであって、すごい!の一言。
チロルチョコとロゴシール、頂いちゃいました!店長ありがとです!
さて、そのお味ですが…

私が頂いたのはコチラ「八王子ラーメン」。
黒糖とんこつスープが絶品!
メチャンコウマイヨ。
きっと競走馬のメチャンコハイヨもそういいます(笑)!
タマネギたっぷりで、ネギ大好きな私はそれも気に入りました。


▲〔店内の様子その E皇垢ススメの本やファンキー・モンキー・ベイビーズのモン吉さんのサインも。モン吉さん常連らしいですよぉ。チラシも店長直筆であったかみがあります〕


▲〔店内写真その◆テーブル席では靴を脱いでマッタリ。家族や友人と来ても楽しそうですね〕

『百馬』の由来は『百旨』からとのことで、「百人の人に旨いと言われたい」との願いが込められているそうです。
細部の一つ一つまでこだわりがある所も、共感が持てました。
何より、店長さんがすっごくいい方!会ってみれば分かるはずです。
東京競馬場へ行った帰りは、「百馬」へGo!

≪営業時間≫
AM11:00〜24:00
休みは不定休。

≪アクセス≫
八王子駅から降りて南口。南口を出てすぐ目の前のエスカレーターを降りずに右手へ。
右手に線路、左手にスーパーアルプスの細い道をまっすぐ行くと階段がありますので、そこを降りてまっすぐ!



日本&世界レコード一覧表、完全版として更新致しました!
以下の写真イラストをクリックすると各レコード表へ飛びますんで、ぜひお時間ある際に一読くださいませ。


世界レコード[芝部門]



世界レコード[ダート部門]


さて、通りすがり様より、【世界記録】の項に関しまして誤表記があったことをご指摘頂きました。
自分の精査が至らぬことで、誤った記録を掲載していたことを、この場を借りて、心よりお詫び申し上げます。
まだまだ修正至らぬ所や誤表記があるやもしれませんが、どうか寛大なるお心で「ここ違いますよ」とご指摘・ご指南・ご鞭撻頂ければ幸いにございます。何卒宜しくお願い致します。

いくつか重要なお知らせが以下にあります!
お暇な時に目を通して頂ければ…と思います。


美空
「うみねこさん!大変ですよ!!この記事、見てください!!」
『奇跡の名馬』
東京中日スポーツ

井崎先生のコラムにて
紹介されました!!


ついに井崎先生に読んで頂けました!
競馬風俗研究家の立川末広さんも読んでくださっており、
「名著の中の名著」と、これ以上無い、賛辞も頂きました。

▲〔5月13日付けの東京中日スポーツの11面に掲載の井崎先生のコラム『競馬探偵』より。井崎先生の印象に最も残ったのは意外な名馬なのでした。〕

そのおかげなのか、売り上げ超上昇!!
売り切れになるのも時間の問題です…また増刷なのか?
ちなみに須田鷹雄さん古谷剛彦さん赤見千尋さん井内利彰さん辻三蔵さんも手にとってくださっています。
グリーンチャンネルの『競馬コンシェルジェ』司会の小木茂光さんも読んでくれています!
さらには!
あの日本競馬伝説の騎手、皇帝シンボリルドルフの主戦だった岡部さんも目を通してくださったとか、いないとか…
さらに精進して、4年後、『奇跡の名馬』を超える至高の一冊を仕上げて見せます!

『奇跡の名馬』TSUTAYAさんと
紀伊国屋書店さんのオンライン・WEBに
登録されました!
有隣堂さんにも!!

※以下の画像をクリックorタップで購入のページへ飛ぶ事ができます! 





さくらんぼ歩きスマホにご注意!ゆう★

『うみねこ博物館』やその他競馬サイト、グリーンチャンネルモバイルは
周囲の迷惑にならないよう、ご覧くださいねぇ★黒猫


↓にさらなるお知らせがあります!


一角獣…私、うみねこはユニコーンが実在すると信じています。
もちろん、突然変異としてです。神話そのままではないにしろ、世界中で、そしてここ日本でも角が生えた馬の報告はあり、その馬たちの消息と生涯の足跡を現在調査中です。そして角がある馬が競馬に出走したことがあるのか…。
そんな幻の記録を追い求め、今日も歩いています――。
(手掛かりや、角が生えた馬知ってる!見たことある、聞いたことある、伝説なら…何でも構いません。情報求ム!プロフィールのYahooメール、もしくは当コラムのコメントへドシドシお送りください!)

阿部憲一さまより貴重な情報を頂きました!

米国二冠馬ベルマー。鉄色芦毛のバイコーン。
そしてもう一頭、マルーニッド(Marooned)号という去勢馬は1930年代初頭、世界恐慌の時代に61戦21勝の大活躍をおさめたバイコーンだったという。
ちなみに…バイコーンとは二つの角を持つ動物を指します。

さらに一角獣の新情報が入りました!


▲〔一角獣追跡調査専門コラムへとリンクしてます!タップorクリックでGo!〕


重要なお知らせはニュースコーナーを見るぞよ…






どうも!うみねこでありんす。
どもぉ〜美空でぇす!


ウィキペディアの参考文献に当サイトが初の登場!
『フラムドパシオン』のウィキでは、『奇跡の名馬』が参考文献一覧にありましたが、『コトノアサブキ』のウィキでは、この『うみねこ博物館』自体が参考文献として取り上げられておりました!!
ついに当サイトも公的情報サイトとして認知されたのか…と感慨も一入(ひとしお)です…。

リンク、貼っておきまぁ〜す。

コトノアサブキ

↑ウィキペディアの『コトノアサブキ』へと飛びます。
クリックorタップで、レッツCheck it!


フラムドパシオン
リンク先はWikipediaの『フラムドパシオン』になります。
それにしても、いまだクロフネの最高傑作はこの馬だったと信じています。
確実にGI級の能力がありましたし、あのUAEダービーのメンバーは今年のJCダートのメンバーよりさらに二枚は上の超絶的伝説クラスの名馬たちが揃っていましたからね…インヴァソール、ウェルアームド、シンパティコブリボン、ドミンギン、ゴールドフォーセールほか、南米競馬史上最強馬と後のドバイWC馬、そして南米の怪物たちを相手に、先着した実績は十二分に日本のダートGI4つ分くらいのものはあったでしょう。
引退後ノーザンホースパークで乗馬になっていましたが、その後は九州へと渡り、消息不明。
いまどうしているのでしょう…一目会いに行きたいです。
情報下さる方、いましたらコメント欄に一筆、お願い致します。

この馬がGI級と信じる参考レースを2つ。youtubeでとうぞ!



【2歳500万下/中山ダ1800】

▲当日の古馬1600万下より速い、2歳日本レコードで大差勝ち。


【ヒヤシンスS2006】

▲直線前が塞がれるも、大外へ回し、手前を替えず、軽い肩鞭一つで後のGI馬を相手に圧勝。




ざ・ボヤキ

やれやれだぜ…。

「福水ホテル」が
「福永ホテル」にしか見えてこない…
病気だ…。





跡の名馬』NPO法人に…!


うみねこさんの愛の結晶である『奇跡の名馬』が、この度NPO法人の自費出版ネットワークのホームページに公式登録されました!
これからもあたたかなご支援、叱咤激励のほど、よろしくお願い致します!
(ミソラ)


訂正お詫び
新執筆馬
お知らせ

8月17日、南アフリカ古の最強短距離馬ブラックキャップ、アップ致しました〜!



【奇跡の名馬】絶賛発売中!!

増刷版発売中です!!
売り切れそうな勢いです…!!(汗)

2011年12月19日(月)より、絶賛好評発売中
おかげ様で、売り上げランキングが最高で273位をマーク!
(^▽^;)

これも偏に、日々あたたかなご声援と叱咤激励を送ってくださる愛読者の皆様と馬を愛するすべての方々、そして何といっても世界中のお馬さんたちのおかげに他なりません。
ただただ感謝感謝の想いです。


  

馬にまつわる祭事や風習などのお話も募集中!

こんな変わった馬が関わる祭りがある!
一風変わった馬の風習が残る…なんて情報を待っております!!
うみねこが調査に乗り出すかもしれませんよぉ!


名馬や馬券に関する思い出・募集中!
 

※タイトルイラストをクリックして投稿ページへどうぞ!
一人何回でも投稿可能。


投稿頂いた内容は、次回作にすべてそのまま収録。
巻末にて紹介させて頂く予定です。


【 語ろうよ! 】

 
犒納板BBSはコチラ


コスモルスリーフ】

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- * 05:50 * comments(13) * - *

F.ターフメモリー


『F.ターフメモリー』。


これが次回作のタイトルになります。

2017年、オルフェーヴル産駒がデビューする年であるこの年に、出版を予定しています。

そして――…

東京オリンピックにて、武騎手の夢見る『五輪競馬』が開催されることを、心より祈念しています。
さらに、全世界の競馬場をめぐり、いまだ未知の名馬たち、そして馬民俗学の研究を進め、第三弾の出版も考えています。
そして、そしていつの日か競馬好きが語り合える『競馬カフェ』を営業したいと思っています。

私、うみねこは馬が大好きです。
これからも、100年先も――
この想いは変わりません。

ここで重大なお知らせがあります。
誠に勝手ながら当サイト『うみねこ博物館』はしばしの間、更新休止。
来期以降の予想大会も暫くの間休止とさせて頂きます。


理由としましては、我々運営側の生活環境の激変にあります。
私うみねこは社長秘書として世界を飛び回ることになりそうであること。
Y子女史は結婚と転職。
そして美空は就職が決まった事。

中途半端な事はしたくなく、いったんの活動休止となります。
当サイトを楽しみにご愛読してくださっている方々、予想大会に参加して下さっている常連様、そして馬を愛する全ての方々に申し訳ない想いで一杯です。

本当に申し訳ございません。

しかし、私たちは必ず帰ってきます。
いつの日か、必ず。


そして2017年の出版は絶対の…
皆様との、オルフェとの、約束
です。


また2014年秋季大会の賞品と順位発表は遅れるかもしれませんが、必ず行いますので、どうかご安心ください。
それに、気まぐれで突然更新したり、世界記録やレコードが更新されたら、その部分だけでもアップしたいと思ってます!

それでは、また!
しばしのお別れです。

あ!コメントしてくださったら必ずお返事は致しますし、名馬投票はずっとずっと受け付けています!



馬が走り続ける限り、私たちの心はいつも、いつでも一つです。
馬を見たら、競馬を見たら、私たちのことを、『奇跡の名馬』を、そして…
『うみねこ博物館』を思い出してくれたら、嬉しいです。


全ての馬たちと、馬を愛する全ての人たちへ…
心から贈りたい―――
F.ターフメモリー。



 

- * 05:21 * comments(0) * - *

クレヨンしんちゃん 幻の競馬登場作品 『競馬場はおもしろいゾ』

クレヨンしんちゃん

『競馬場はおもしろいゾ』


出典articleimage.nicoblomaga.jp

クレヨンしんちゃん』(作:臼井儀人)は生意気でいたずら好きな5歳の幼稚園児、野原しんのすけを主人公として、両親をはじめとする周囲の大人たちが、主人公の巻き起こす騒動に振り回される日常を描いたギャグ漫画作品。1990年に『漫画アクション』で連載を開始し、2000年に『まんがタウン』に移籍するが、臼井の死去のため2010年に連載終了。同年からアシスタントらにより『新クレヨンしんちゃん』のタイトルで連載を再開している。1992年にテレビ朝日がアニメ化し、1993年からは毎年アニメ映画が制作されている。いまや誰もが知る日本を代表するアニメの一つである。

さて、この『しんちゃん』の中に、競馬場で1日を過ごす野原一家が描かれた回がある事をあなたはご存知だろうか。

それが以下の『競馬場はおもしろいゾ』である。


【競馬場はおもしろいゾ】


※音声にご注意ください。 

▲〔パドックにて歓談する野原一家。作品中では馬券オヤジのみならず、若いカップルや女性客、そして家族連れが多く訪れるシーンも描写されており、競馬が“ギャンブル”としてのみならず、大衆文化・大衆娯楽として受け入れられてきている時代を描き出している。〕


 

▲〔メインレースに組まれていたのは『双葉賞』。勝ちタイム1:11.1から分析するに、ダートの1000万条件クラスか。1990年代中盤、そして右回りの周回コース、芝コースであることから府中ではなく中山競馬場ではないかと推察される。〕

 

展示室 * 06:38 * comments(0) * - *

コンダード ―Condado― °・。爽碧なる翼音の貝殻。°。・.●古の珊瑚礁にたゆたいし十二海神騎●。・.


 【

Dear my Friend,
碧い眼の黄金巨神


 プエルトリコ
伝説の幻王神駒
 

父 ガドスティック
母 プルププ
母父 アリュメェル

生年:1934年
性別:牡
毛色:栗毛
調教国:米領プエル・ト・リコ島

主な勝鞍:クラシコ・プエルトリコ、コパ・ナヴィダット(2回)、クラシコ・ホセ・E・ベネディクト、コパ・ゴベルナドル、クラシコほか

プエルトリコには偉大な名馬たちが数多く闊歩していたことは、当サイトや『奇跡の名馬』をご愛読頂いている方にとっては既知のことであるが、今回もまたプエルトリコの名馬を紹介したい。
今回はあえて生涯成績を伏せている。それはこの後、本文をじっくりと吟味し、その驚愕の真実を瞼へと収めて頂きたいが為である。
コンダードの戦績発表の前に、ありとあらゆる書肆、書庫、書牘(しょとく)、書篋(しょきょう)、文献を照査・尋繹することで巡逢叶った絶界烈空、空前絶後の狂震的成績を残した名駿たちを列挙しておこう。

世界に散在する、信じ難き神駒たちの蹄跡を…ここに綴ろう――。


驚愕
成績を上げた

名馬
たち




324197
[197-86-31-6-1-3]
コリスバール



253160
[160-55-15-23]
ヨウコノ


父 リトルナップ
母 シーセイント
母父 セントジェームス

生年:1936年
性別:牡
毛色:栗毛
調教国:プエルトリコ
主な勝ち鞍:クラシコ・コメルシオ、コパ・ゴベルナドール(2回)、クラシコ・プエルトリコ、コパ・ナヴィダッド(2回)、コパ・ジョージワシントン、コパ・ホセ・セルソ・バルボサ


138119
[119-11-4-4]
コフレス


父 クノッビー
母 カラミア
母父 ウォーフェイム

生年:1932年
性別:牡
毛色:鹿毛
調教国:プエルトリコ
主な勝ち鞍:プエルトリコフューチュリティ、コパ・ゴベルナドール、クラシコ・プリマヴェーラ、クラシコ・プエルトリコ、コパ・ナヴィダッド(連覇)、クラシコ・アボリシオン・デ・ラ・エスクラヴィタッド、コパ・プレジデンテ・デル・セナード(連覇)


競走馬生途中からの…
史上最多連勝記録

49連勝を記録した
プエルトリコ伝説の名馬。


191132
リノックスバル


1年間で56戦46勝。
サラブレッド年間最多勝世界記録。



多勝参考記録

1949年、メイクビリーヴという繋駕速歩馬(トロッター)が53勝を記録したと伝えられている。

1956年、
ヴィクトリーハイ65勝という歴史的スーパーレコードを記録。この馬はペーサーだったが、全馬種を含めた最高記録はこの馬の勝利数ということになる。


※以下の画像をクリックすると世界記録集へジャンプできます!
 

信じられない世界の超絶記録集へどうぞ…



6838
[38-25-4-1-0-0]
グラボ


父 グッドシティズン
母 チックミント
母父 チックル

生年:1940年
性別:牡
毛色:黒鹿毛
調教国:プエルトリコ
主な勝ち鞍:クラシコ・エデュアルド・コーティニョ・インシュア(三連覇)、クラシコ・プエルトリコ(連覇)、クラシコ・コミッション・ヒピカ・インシュラー(連覇)、ジーザス・T.ピニェーロ、ディア・デ・ラ・ラサ、プリマヴェーラ


60戦以上消化しながら、生涯連対率92.6%を記録。
ビッグレースを使い続け、なおかつ結果を出し続け、その上4着が1度きりあるだけという驚異的安定感を見せた。


5843
[43-8-3-2-2-0]
カデネタ


父 ルカドール
母 ハットメーカー
母父 タイムメーカー

生年:1955年
性別:牝
毛色:鹿毛
調教国:プエルトリコ
主な勝ち鞍:クラシコ・ルイス・ムニョス・リヴェーラ、クラシコ・コンスティチューション、クラシコ・ラ・オルキデア、クラシコ・ディア・デ・ラス・マドレス、クラシコ・エウゲニオ・マリア・ホストス、クラシコ・ディア・デ・ポンス

ダート1,100m1:06.3の驚異的(当時のものとしては)レコードをマーク。
牝馬で50戦以上消化しながら、生涯一度たりとも掲示板を外す事はなかった。

しかし…それ以上のカリスマ女帝がいた。

12946
[46-28-16-39]

 【 ラ ・ フェ


父 プライメイト
母 バンナーベアラー
母父 クワトルブラス

生年:1957年
性別:牝
毛色:栗毛
調教国:プエルトリコ
主な勝ち鞍:クラシコ・コンステチューション、クラシコ・サンチアゴIパンティン、クラシコ・レジメント・65・デ・インファンテリア、クラシコ・ディア・デ・ラ・ラサ、クラシコ・パブロ・カサルス、クラシコ・ディア・デル・ヴァテラノ、クラシコ・エウゲニオ・マリア・ホストス、コパ・ホセ・セルソ・バルボサ


“プエル・ト・リコ競馬

史上最強女帝”
…と謳われる名牝。

▲〔楽々と大差勝ちするラ・フェ〕


ラ・フェ…“La Fe”とは、「信仰」の意味。
彼女を崇愛するファンは至福の時間を共有できたことだろう。容姿・レース戦法はダイワスカーレットそっくりだったが、取り巻く雰囲気はウオッカの方が似ていたかもしれない。



159137

ガルゴジュニア

39連勝馬。

12281
[81-29-3-9]
ココリソ



父 コリト
母 アピアレンス
母父 スウィープ

生年:1940年
性別:牡
毛色:鹿毛
調教国:プエルトリコ
主な勝ち鞍:クラシコ・コミッション・ヒピカ・インシュラー(3回)、コパ・4・デ・ジュリオ、クラシコ・ホセ・デ・ディエゴ、コパ・ナヴィダッド、トロフェオ・デ・ラ・ヴィクトリア


↑の父もすごい…
4437

[37-5-1-1]
コ リ ト


コリトの娘、最高傑作。
3726
[81-29-3-9]
カンシオネラ


父 コリト
母 コプレラ
母父 ロイヤルミンストレル

生年:1943年
性別:牝
毛色:鹿毛
調教国:プエルトリコ
主な勝ち鞍:ルイス・ムニョス・リヴェーラ、コパ・ゴベルナドールほか

プエルトリコの牝馬として最多23連勝を記録。


リボーの孫、Inプエルトリコ最高傑作。
8645

[45-18-11-6-1ー5]
リボッツヴェルセット


1975年生まれの、この馬の持ちタイムはプエルトリコ競馬の常識を転覆させるほどの衝撃度であった。

【ダ1,100m】
⇒1:05.1
1979年8月7日記録。

【ダ1,400m】
⇒1:22.3
1981年9月13日記録。

【ダ1,700m】
⇒1:42.4
1981年5月29日記録。

【ダ1,800m】
⇒1:50.2
1981年6月23日記録。

▲〔大差勝ちするリボッツヴェルセット。〕

214100
[100-44-23ー23-7-17]
テ ィ テ



12070
フィッシャーマン

7773

カマレロ
 

プエルトリコ三冠、無敗56連勝馬。

25429
ネヴァド

プエルトリコの離島、ヴェスケス島で育ったパールバックスキン馬(白毛)。

父ガルゴ。母キュビレット。父はマンノウォーの血を継承する系統。

ネヴァードの母、キュビレットの血統は不詳。それでも競走馬として登録されたことに、昔日の憐愍を感じてしまう。

1929年生まれ。生涯254戦29勝。1931年から1938年まで競走生活を続けた。

純白の光沢ある毛色と緑色の眼を持っていたという。全世界白毛世界最多勝馬。
オーナーはアントニオ・キャティンチ氏。
ネヴァドはプエルトリコの様々な競馬場で競走していたが、一番のベストコースは

キンタナ競馬場だったという。
ネヴァードは引退した1939年の暮れ、崩御。

常軌を逸したレースへの連戦と酷使がその遠因となっているのかどうか、

その因果関係に関しては不明である。


近代の
プエルトリコ三冠馬

ヴェルヴェキャンディB


さらに、これらに加え、各大陸の最多勝馬も記しておく。

各大陸エリア
史上最多勝馬

※繋駕速歩・ばんえい除く。
これが完全版。『ヒアーザドラムス』の項にしるしたものは誤り含む。



アメリカ大陸

キングストン
138戦89

欧州大陸

カテリーナ
171戦75
大英帝国の誇る歴史的最強女帝。

オセアニア
アングロアラブ

ジョロックス
95戦65
※確認できるもののみ。
年度代表馬8回
18歳で2勝
一年間に31戦30勝2着1回


サラブレッド

グローミング
67戦57


南米大陸

フロルデロート
72戦54


日 本

キノピヨ
96戦62


南アフリカ大陸

ヒアーザドラムス
59戦33


ご覧頂けたただろうか。
これらの名馬は各大陸で最多勝を誇った名馬、年間最多勝記録をマークした馬、そして150戦以上の驚嘆に値する歴史的蹄跡を残した名馬中の名馬たちなのである。
しかし、コンダードの戦績を目にすれば、それらは心の彼方へと消失霧散することだろう…
それでは、コンダードの生涯成績を記そう。



生涯成績

213
152

[152-41-9-3-7ー1]


▲〔記録的大差で後続を引き離し圧勝。当時を共生したコリスバール、リノックスバルらのさらに上をいく“ミステリアスモンスター”。スタートで立ち遅れる癖が無敗記録に瑕疵をもたらすことになるが…ほとんど出遅れても最後は引き離してのウォークオーバーでゴールインだった。プエルトリコ真・史上最強馬はこの馬だろう。敗戦はそのほとんどが出遅れや馬具の不備などの不利を被ってのものだった〕
 


213戦も出走し、掲示板入着率驚異の99.5%
複勝率90.6%!!連対率70.4%!!!

これらは全て160戦以上消化した馬の
世界記録(World Record)
になるんです!!  

 

 





もはや言葉にもならない…
150戦以上消化した馬の中では最高の連対率を誇る。
永遠なる記録を残した稀覯の名馬コンダード…彼の詳細にルーペを向けてみよう。


プエルト・リコ島の首都サン・ファンの界隈、コンダドは澎湃と波が轟動する、大西洋の海原を臨むリゾート地。ホテルやコンドミニウムが多く立ち並び、観光客や若者たちの声がにぎやかに響き合う。

 
▲〔コンダドのビーチとリゾートホテル〕

本馬コンダードの名前の由来はこの街にあると思われ、隘路の先に至るまで、パノラミックな眺望が広がる都市(まち)のように、茫洋たる競走生活を展開してゆく。
紺碧の瞳で他馬を睥睨し、震該させる程の威光を全身から解き放つ黄金の馬体。
小兵ながらも、豪胆なるままに競馬場で躍動。



烈炎のごときに猛るコンダードは、自在の脚質を仙術や宝貝を手繰る神僊(しんせん)そのままだった。黄昏に染まる巨神が繰り出す轟脚に、どんな名馬も平伏すしかなく、プエルトリコの大レースを次から次へと鯨飲。


▲〔コンダードが日々歩んだ調教場への長閑な道。この道を行き来しながら、伝説は神話へと昇華してゆくのだった〕

日進月歩、勝鬨の咆哮を上げる青い目の黄金獣は、44連勝という絶大なる記録に逢着。この記録を凌ぐ連勝記録は、上述している49連勝のコフレスの記録しか、存在していない。


▲〔農作業を終え、コンダード出陣のレースへと馳せ参じるべく、農作物を積んだまま向かおうという勇ましい(?)島民〕

一シーズンのみで38勝を挙げるという、途轍もない暴君振りを全盛時に見せていたことも心に留めておいて頂きたい。この記録を超えるのは、サラブレッドでは46勝と40勝、という2つのみ。
これらの記録だけでも、いかにとんでもない競走馬であったかが覗いしれよう。



コンダードの口取り写真、その背景には凱旋を祝福する人々が金色の巨神へと祈望の眼差しを向けている。
その中の一人…嫣然と佇む白いワンピースの少女は、寄り添う父へささやくように言葉をかける…



「あの金色に輝くお馬さんは…お父さんの馬?」

父は満面の笑顔、小麦色の肌と対照的な白い歯を見せ言い放った――


「あぁ、そうだ。一番強くて速いお馬さんだよ。お前のために勝ち続ける。最強の名馬さ!」

コンダードの馬主、ホセ・コル・ヴィダル氏の言葉である――。



▲〔ホセ・コル・ヴィダル氏、カマレロに続く2頭目の三冠馬(23連勝を記録)で生涯成績64戦56勝。プエルトリコ史上最強の一頭に数えられしカルディオロゴの口取り式。愛娘の手を握り、引き締める表情はすでに次戦を案じてのものか。カメラ目線でニッコリと微笑む少女が愛くるしさを滲ませる、陣営の雰囲気が不思議と伝わる一枚である〕







それから数十年の時がたった――



世界を歪めた大戦が終わり、人は皆、過去の名馬など、記憶の片隅にも留めていない…



…どこか空虚な平和の空。






大人になった彼女はコンダードの墓標に語りかける…
「Dear my Friend,Thank you Condado…」


透き通った碧い海のどこまでも、その言葉は響いていった――
果ての波打ち際に転がる貝殻は、その琴音に耳を欹て、誰かに昔話をささやく日を夢見つづけている―――…・・・・・・







  コンダードの
関係者一同



主戦騎手
ギレーモ・エスコバール

調教師
インクス・ラモン・リオベットJr.

馬主
ホセ・コル・ヴィダル

生産者
テオドロ・ヴィエラ・ソラ



「ありがとう、走り続ける君に――…・・・」

 

 

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奇跡の名馬 (中米・カリブ海の名馬) * 18:21 * comments(0) * - *

ソランミ・テイル・ウインドメロディ―Great Horse Premium Memorium〜≪うみねこ博物館殿堂馬≫〜

   

幸せを運ぶという伝説の紺碧なりし幻鳥爛愁薀鵐澂瓠
彼の持つ尾からたなびかれる音韻は漣が奏でる海風の旋律。
遙かなる名馬たちの記憶が今、呼び覚まされる―――…・・・


ここは『うみねこ博物館』に展示されている名馬の中でも、うみねこ氏が
厳選に厳選を重ねた名馬を展示したメモリアルホールです。
現在選出されている名馬は…



リール
トカラ
シーバード
ヤタスト
ミニモ
デモナ
イェルバアマルガ
サントリン
トリニカロル
シュヴァルツゴルト
マーメイド
エレノア
ディープインパクト
ヒコーキ
シンプリィーマジック
カリユシドルフィン
マジカルゴールドダスト
フェアアンドスクウェア
ジェラバブ
サヴァジェット
クシピアース
ミスパイン
ウィーゴーイージー

フラケル

第二インペリヤルミストラル
ヨウコノ
コフレス
ペルラ・フィナ
キンツェム



以上の29頭に加え、コリスバールコンダードの2頭を加えた計31頭となります。
なお、コリスバールとコンダード、そして史上最強とウミネコが信じ続けているシーバードは常にトップページにて展示させて頂くこととさせて頂いております。ちなみに、コフレスヨウコノぺルラ・フィナにつきましては、コンダードと同ページに、簡略したものではございますが、プロフィールを掲載しております。
またデモナと第二インペリヤルミストラルに関しては本ページ下部に掲載展示させて頂いております。

それでは、凛然たるこの聖堂では雑念を捨て、ごゆっくりとお楽しみください…。


 殿一覧



【琉球史上最強馬】
〜沖縄いにしえの幻の馬〜
ヒコーキ


【西インド諸島史上最強女王】
シンプリィーマジック



【ちゅらさんの島の名馬】
カリユシドルフィン




【フィリピン史上最強馬】
フェアアンドスクウェア





【世界史上初のダービー・オークスダブル】
エレノア



【西アジア史上最強牝馬】
ミニモ



【白鯨神話】
クシピアース



【ペルー史上最強馬】
サントリン


【ケニア史上最強馬】
ジェラバブ




【南米大陸史上最強馬】
ヤタスト




【南米伝説の名妃】
イェルバアマルガ




【伝説の白神駒】
リール




【ベネズエラの歴史的スーパーヒロイン】
トリニカロール




【スペイン史上
 最強牝馬にして
  史上最強三冠馬】

トカラ


【世界史上最強馬】
シーバード



【平成の天馬・
日本近代競馬の結晶】
ディープインパクト



【天使のタマゴ】
マジカルゴールドダスト


【ドイツの黄金女帝】
シュヴァルツゴルド



【グレナダ儚泡の血統馬】
マーメイド




【南半球伝説の
  ハーフサラブレッド】

サヴァジェット



【米国の真・不敗神話35戦35勝】
ミスパイン


【サラブレッド超越・伝説のアパルーサ】
ウィーゴーイージー


【Eternal Legend】
フランケル




Kincsem



瑠璃色Z馬論考



ソールトゥザエーテル
〜夢幻の名駒集〜



イニシエの神馬たち
〜明治・大正・昭和期における
   草競馬の伝説の名馬たち〜



明治期日本、史上最強馬
 “第二インペリヤル・ミストラル”


父 フロレンティン
母 クローズザドア
母父 ウィズダム

生年:1894年
性別:牡
毛色:栗毛
生涯成績:99戦17勝[17-16-14-52]
※日本では3戦3勝。
主な勝ち鞍:オールエイジドS、トキオS、オールカマーHほか


1894年に米国で生まれ、1901年まで同地で競走馬として生活を送った後、日本へ。
当時の持ち込み馬・胎内輸入馬には「輸入」を意味する“Imp(Important)”が馬名表記の冠に付いた。
入国してきた際、日本レースクラブがそれをインペリアルの略と曲解してしまい、本来の名前である“ミストラル”の前に“インペリアル”が付けられ呼ばれることに。こんな所に懐古の趣きが滲みでているが…それはさておき、そのレースぶりたるや、残された資料文献によれば強烈なインパクトを残した3戦だったようである。たったの3レース、それも3日間1日1レースの3連闘だけで【明治時代日本最強馬】の地位を確立してしまったのだから余程のものである。
英、ピューアゴウルド、ミラ、第二メルボルン、ヤングオーストラリアらを超越する衝撃度だったようで、その凄まじさは、その着差の表現に良く現れている。なんと…“一町分”!ヤタストの道路一本分の長さに匹敵…いやそれ以上のものか。
一つ町分くらい、正確な着差が不明なほどの超大差勝ちということだから、おそらく100m〜200m分くらいは引き離していたものと思われる。
突如現れた米国からの金獅子…黄金龍の出現に、ただただ愕然とするほかない他陣営であったに違いない。
1901年〜1902年に米国と日本の静岡で種牡馬として繋養されていたという記録があるという。



次室にて狡鏡箋録集瓩鯏玄┐靴討ります。
     
「『うみねこ博物館・別館』への入り口は↓をノック(クリック)してどうぞ!」


うみねこ博物館別館入り口




 


【光翼天翔ゴスペル】
―Devine Saver―

  ★馬民俗学最新コラム★
  ☆*☆ニジイルカ☆*☆



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