アンパンマンの『スピカ』と琴星


アンパンマン
   『スピカ』



競馬界を席巻。早くも時の馬となったハープスター号。
彼女の祖母ベガは琴座の一等星の名称で、“ハープスター”というのはその別称というのは広く知れたところであるが、その琴を爪弾くオルフェウス(オルフェーヴル?)の音色に感動したのがペルセポネ。
ペルセポネの母は乙女座となる女神デメテルなのだが、その一等星は『スピカ』という。
日本人なら誰もが知る『サザエさん』『ドラえもん』『ドラゴンボール』に並ぶ不朽の名作アニメである『アンパンマン』には、唯一の馬のキャラクターとして描かれている天馬(ユニコーン)が登場してくる。それが『スピカ』である。

作中ではオーロラの夜空を眺めているアンパンマンたちの元へ『スピカ』が遊びにやって来て、夜空の散歩へと出掛けるというストーリーが描かれている。『スピカ』に導かれたメロンパンナはロールパンナと回り逢えるのであるが、これをメロンパンナは『スピカ』のお陰と感謝する。
ここで注目して頂きたいのが、

【1】『スピカ』が乙女座とは一見関係の無い馬のキャラクター、それも空を飛べるユニコーンとして描かれていると言う事。

【2】『スピカ』が登場人物の大切な人を回り逢わせる重要なポジションとして描かれている点。


民俗学的考察から鑑みるに、乙女=純潔の象徴→処女に従順になるという一角獣を連想。
そして人と人との絆を紡ぐという点では、現実の神馬の役割(白いという点、幸せを運ぶという信仰、神を下ろす…人と神との間に入る縁としての役割など)、また七夕の織姫と彦星の関係を連起させる。
それ故、子供にも受け入れやすい空飛ぶ子馬が選ばれたのではなかろうか。
意図は不明だが、深層心理ではそうした馬の見えざる力が働いていたような気がしてならない。



そして今、『スピカ』のように光り輝く一等星『ハープスター』がターフへと舞い降りる。
ハープスターがあまりにも眩く流れてゆくその流星跡に、スピカの記憶が舞い起こされた。

不思議な一等星同士の瞬きが、まさにイマ胸奥で煌々とキラメキを放っている――。

馬民俗学 * 02:59 * comments(0) * - *

アクア・メモリー≪馬と海豚の民俗学的想念譚≫


アクアメモリー
海豚
  民俗学的想念譚



馬は「幸運を運ぶ動物」などと言われ、民俗学的見地から眺望する際にも、人と常世とを繋ぐ、非常に重要な位置づけにある動物である。西洋においても「幸福」の象徴であり、神聖視されてきたことは、
これまでの
馬民俗学コラムで述べてきた通りである。
しかし、世界的に馬と同様の理念視地の置かれる動物が存在する。それがイルカである。

遙古より、地中海世界の民たちはイルカが空中から空へと飛び跳ねる様を見て、海中(現世)から水面(結界)を越えて、空中という来世へと往来できる動物と見なし、自分たちの世界へともその姿を投影した。そして両界…すなわち“あの世”と“この世”を往来できる動物として崇愛・敬愛の念を重ね、寵愛し続けてきた。また一方では、イルカは水中を最も速く泳ぐことのできる生物であることに着目し、霊魂を冥界へと運ぶ使者として、あるいは常世へと渡る乗り物として愛でられてきた。これは日本における馬の民俗学的視点とも一致している。特に沖縄における馬の役目とはピタリとマッチしていることが何とも不思議な心持にさせられる。そんな陸と海の異なる世界の二者が、意外な所で邂逅を果たす瞬間(とき)がある。馬とイルカが繋がる接点。その一つが爛櫂札ぅ疋鶚瓩任△襦
ギリシア神話の担い手であった人々は、飼い馴らしていた馬たちの神を、ポセイドンとして崇め、奉っていた。やがて、彼らの中からバルカン半島の南部に移住する者が現われ、広大な海を目にする。
実は、その一部の民族がギリシア人。彼らは帆船を作り、海に進出する。大海原をゆく船の姿は草原を走り抜ける馬の姿に重なる。このことから、古代の詩人たちは船を「海の馬」とよび、馬を船にも例えて表現した。彼らにとって、海の恩恵は馬の恩恵とも重なる。こうしたことから、ポセイドンは「海の神」に変身し、奉られるようになったというわけである。
話を元のレールへと戻そう。そのポセイドンの忠実な使いとして知られるのがイルカなのである。イルカはポセイドンの一目惚れしたアムピトリテを探し出し、その手柄から星座の一つに加えられたという。倏廊瓩鉢爛ぅ襯瓩一つの線で繋がった瞬間である。



 ユニコーン
    つながる
海豚


もう一つ、馬とイルカが結ばれる接点がある。それが爛罐縫魁璽鶚瓩任△襦Eサイトでも一角獣の特別コラムや展示室を多く設け、その存在性を調査しているが、ここでいうユニコーンは北極海に棲息するイルカと同じ鯨目の海獣イッカクを指す。荘厳なる白い子馬は純粋な心を持つ処女にしか心許さず、もう一方の北海で哭く一角鯨は、イルカと酷似した特徴を持っている。聖なる一本の角で馬とイルカが一つに繋がる――・・・。
イッカクを日本に広めたのが江戸時代に仙台で医者をしていた大槻玄沢だとされており、彼が紡筆した『六物新志』(天明6年・1786年刊)というオランダの妙薬を記した書本に人魚などと共にイッカクは紹介されている。
さて、イルカはまた人魚とも多く描写されることの多い動物であるが、そこにも馬へと結びつく概念が存在している。

  


▲〔江戸時代に“麒麟”として描写された“一角獣”〕




   人魚海豚

    
イルカと人魚が寄り添う微笑ましいイラストや、一緒に仲睦まじく泳ぐ絵画は顕著に見受けられる。
イルカは躍動感があり、男性的イメージが強い。“Swing the dolphin(〔男性が〕自慰行為をする)”という隠語すら英語にはある程である。一方、人魚は淑やかで女性的理念を孕むパーソナリティーを多く含有しているのではないか。絵画において、人魚が男性でない背景にはこうした人間の深層心理が反映されているのは間違いなさそうだ。
この異種間異性に類似する例が日本にはある。それが東北地方の岩手県近辺に古くから根ざすオシラサマ信仰。「馬と娘が恋に落ちる」という馬娘婚姻譚や蚕神にまつわる伝説・民話・フォークロアである。
こうした異類婚姻譚は日本の昔話にも多い。「鶴の恩返し」など、魚や人魚といった異種が人間の男性と結ばれる奇談は四世紀の中国書『挿神記』の影響によるものと言われる。また西洋のイルカのイメージはシェークスピアによる影響が大きいと分析されている。戯曲の一つに「人魚がイルカの背で歌うのを聞いていた…」なる一編が登場し、叙情的に盛り上げるのである。


  馬海豚神意


さて、傾聴・括目すべきはここからで、古代ギリシアそして多くの文明を継承するに至ったローマ世界において、イルカは“海”を示唆し、海を象徴するものとして描かれてきた。他方、アポロンやポセイドンといった神々の使いとして、イルカは人を背中に乗せて助け、神話の中神々に仕えてきた。そうしたイメージから、強く速いイルカは霊魂を冥界へと誘う使者としての地位をも確立していったのである。
東洋においては馬がイルカに取って代わった。貴族・皇族・武士が跨り、とてつもない速さで駆け抜ける馬は“神(カミ)”であり、神の乗り物(依り代)であり、神を下ろす、あるいは一体化する心意がそこに鎮座し、万民の観念の中浸透していった。
馬とイルカは現世と来世とを行き来できる神聖なる存在。西洋と東洋、異なる世界の信念がここでクロスオーバーすることは非常に興味深い。馬民俗学的視野において重要な接点である。
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馬民俗学 * 19:43 * comments(0) * - *

七夕天馬(チガヤテンマ) 〜日本ペガサス論考〜

 
   七天馬
    (チガヤテンマ)
〜日本版ペガサス論考〜
 

日本の一部の地域では、七夕を前に藁馬をこしらえ、天へと祈りをはせる。
この習俗に関しては、これまで幾度となく日本各地の事例をふまえ論究してきたが、今回は一風変わった藁馬を紹介したい。
埼玉県・秩父郡長瀞町では、茅で天馬雌雄2頭を作って吊るす家があるという。
この馬は七夕様に願いを伝えてくれるとも、里帰りの仏様を迎えに行くのだとも言った。


▲【チガヤテンマ】


こうした藁馬が存在すると言うことは、非常に興味深い事実で、いつの頃からこの風俗が根付いたのは調査中だが、これは日本人も“ペガサス”を夢想していたという、何よりの証。
想像による産物なのか、それともなんらかのルートでギリシャ神話が伝播したのか。
その部分を掘り下げていくことで、新たな日本人像が見えてくるかもしれない。


▲吊るされた天馬



天へと綴る切なる想いは、人類共通なのかもしれない…。

馬民俗学 * 11:28 * comments(0) * - *

馬だるま

 
馬は「幸運を運ぶ動物」などと言われ、民俗学的見地から眺望する際にも、人と常世とを繋ぐ、非常に重要な位置づけにある動物である。
さて、前置きはこれくらいに、年頭のコラムゆえ縁起の良い話を紹介したい。
節分が行われる頃、静岡県富士市にある毘沙門天妙法寺に催される「だるま市」。
ここでは興味深いものが売られている。
それが「馬だるま」というもの。


  【馬だるま】

「だるま」というものは、禅宗開祖の達磨の座禅姿を模した置物・玩具で、宗教を越え、広く親しまれている。それというのも、だるまは倒れても直ぐに起き上がることから、“転ばない”=「失敗しない」、七転び八起きの縁起物として愛されるため。
この馬達磨は、「決して転ばず倏廊瓩行く」という意味があるのであろうか。

また「だるま」と馬という括りでは、このような面白いものもある。

ダルマ乗り馬の絵馬

馬にダルマが乗っているという珍重な絵馬。
これは大変に縁起良い、幸運を呼び込む絵馬なのだという。
だるまは大変目出度いものというのは既に触れたとおりで、そのだるまがキセルを吸っているというのは、安心や余裕を意味するもので、翻って牋続攅運瓩魑Т蠅垢覲馬なのである。






馬民俗学 * 09:25 * comments(0) * - *

馬瓦

 
屋根を覆う建材である瓦。古来中国より仏教とともに伝来されたこの文化は日本でも根付き、独自の発展の道を歩んできた。その過程で創作されたのが「魔よけ」としての文化・習俗を孕むもので、有名なところでは“鬼瓦”が有名であるが、馬の瓦というのもある。
民俗学的見地から見ても、多面的意味意義を包摂している“馬”という概念。その精力・繁殖力、猛々しい程の♂のシンボルから、邪悪を振り払う魔除の観念を馬は持ち合わせている。

  
〔東京は日野市。川崎街道を越えたところに位置する大宮神社の馬瓦。干支瓦の一つである〕


〔愛媛県は今治市にある馬瓦の馬像〕


   
〔こちらは上岡馬頭観音の馬瓦〕

一般の民家に見られることはほとんどないが、普段の営みの中散策などした際は家々の屋根瓦を眺め、馬たちを探すのも、中々一興ではなかろうか。


     
もし一般の家庭で“馬瓦”を使っている方がいましたら、ご一報頂けましたら最高です!
よろしくお願い致します♪

【写真提供・引用】
秋山由美子、なるみ様、あきたん様ほか

馬民俗学 * 00:42 * comments(0) * - *

四大幻神騎獣翰求〜星海にたゆたいし者と邪心貫きし聖駒〜

 四大幻神騎獣翰求 
〜星海にたゆたいし者・
  邪心貫きし聖駒たち〜


日本各地には、摩訶不思議・奇異不可解な馬にまつわる伝説・奇談が残されている。
その幾つかにスポットライトを当て、沈思潜考に耽り、その秘譚へ思いを巡らしてみようではないか。
ここでは、私が現在調査中の3つの伝説を紹介しよう。

その1.
新城島の海馬(ザンノイオ)
竜宮・人魚相関考


ザンノイオ一尋鰐

古文書に曰く
「その神、12年に一度、
月の船にて舞い降りる。
その神の名は『シギラ』。
曰く『シギラ』とは
『開く儀』なり
『蘇生する儀』なり
『再生の儀』なり。
その神の降り立つところ
空と海とが
邂逅う(であう)場所にあり。
海の彼方に現れる、
蓬莱島とはこのことなり」


その2.
久米島に現れた
一角獣
                ≪琉球麒麟

沖縄県は久米島に伝わる馬の角は、琉球王朝の尚王より授かったものだとされる。
太古の沖縄に一角獣が生まれていたのだろうか。


その3.
大分県・高千穂の龍駒伝説

そして“龍駒”である。この馬は頭部に角が生えており、同町の祖母山に棲息し、とある民家に飼われていた馬との間に子馬をもうけたのだという。その仔馬にはまた角が生えており、明治初年まで生きていたという(多くの目撃談あり)。
  ≪ 龍 駒 ≫


その4.
三宅島一角獣殺人事件


  

10月末、私はこれら3つの忌まわしい怪事、その一つである三宅島の一角獣の正体を掴むべく、伊豆七島へと向かうことを決意した。しかし、計画直後に台風14号が発生。
何か胸中に嫌な予感が去来していた。何か蜥蜴を虫篭に入れて庭先にぶら提げておくような…言い知れぬほどの心揺す振られる感覚に取り巻かれたのである。
とは言え、私の探究心はすでにエンジン全開で止められそうにない。止せばいいものを、伊豆七島は三宅島へと向かうことを心に決め、鉛色の曇天を見つめた。

神着村の角馬事件

神着一角
昌泰元年(898年)の1月24日。伊豆七島に浮かぶ三宅島の神着村で起きた事件。
壬生という家の妻女は、首山という山の方へ向かっていつも小用を足していたのだが、これを毎回見ていた馬がいた。ある時、妻女はからかい半分でこの馬へ話かけ、こう言った。

「お前に角が生えたら、何でも言う事を聞いてあげる」

妻女は、馬などが人間の言葉を理解できる訳がない、万一理解していたとしても、角を生やす事など出来るわけがないと思ったのだろう…それは当然のことである。
しかし、何という事か、この馬に本当に角が生えてきてしまったのである。妻女は何とか誤魔化そうとしたのだが、時すでに遅し。
妻女は馬の玩具にされ、最後は角で突き殺されてしまった。
(話にはもう一パターンあり、こちらは娘に小用を足させていた母親が「角を生やせたら娘をやろう」と問いかけ、馬に角が生えてくる)。

女性の家族は、これに震撼し、戦慄と怒りに身を震わせながら、馬を全員で手にかけ殺してしまったという。
馬の角は今もこの家に残され、死んだ馬は首神社の三島明神として祀られいると伝えられる。また殺害された女性は、こばし神社に祀られたのだとか…。

現在でも、事件の起きた1月24日の夜は、決して外へ出てはいけない、と戒められている。





「島へ行こう…行けばきっと何か見えてくるはず…」

テレビでは、台風の動向を伝えるニュースキャスターがまるで訴えかけるような視線で予報を読み上げていた。出発は翌日。愁雨が激しく戸を叩き、木々は胸騒ぎを掻き立てるかのように、葉音を立て続けていた――。
AM10:30頃、羽田へと到着。三宅島の行きの便は席が確保できたが、すっかり忘れていた。
帰りの便の空席のことを、心と頭どちらの管制室にもその情報だけぽっかりと抜けていたのである。
慌てて携帯から調べてみると…

×(空席なし)

…の表示が恨めしいまでに並んでいる。
もはや駄目元で問い合わせてみると、奇跡的にも1席だけ用意出来たというではないか。
何事も諦めては駄目だ。最後の最後までやってみるものである。
台風が迫る空港は、皆いつもにも増して足早に見え、何か怪獣襲来を知らされた民衆のように次々と飛行機内へと吸い込まれていく。
台風の報せを聞いた際は、まさか三宅島の一角獣が来ることを拒んでいるのか…とも思ったが、やはり杞憂のようだ。あとは島へと渡り、フィールドワーク開始だ…。
三宅島へと飛び立つプロペラ機から見下ろす景色。あっという間に眼下には空港や半島、ビル街や民家、船港の模型が現れる。
目的地・一角獣による殺人事件のあった島まであともうわずか…という時だった。
信じられないことが起きたのである。

「只今、機長より緊急連絡がありました。当機は不具合が生じた為、これより羽田空港へと引き返させて頂きます。皆様には多大なご迷惑をおかけしますこと、お詫び申し上げます」

…なんということか。出発直前、私は「これで飛行機が故障して飛ばなくなったら、本当に来るなって言われてるみたいだな〜」などと、暢気な考えを巡らしていたのだが、まさかそれが現実になろうとは…。

   
…やはり、三宅島の一角獣は私の来島を快く思っていないのか。
何か見えざる大きな力に跳ね返されるように、私は今回の来島を諦め、フィールドワーク先を東北地方へと変更。


「本日は大変申し訳ございませんでした。お詫びと致しまして、お一人様三千円の交通費を支給させて頂きます。また払い戻しに関しましては……」

▲手渡されたお詫びの交通費

これまで、こんなことは経験したことがなかった。
ある意味貴重な体験をすることが出来たと言えるのかもしれない。
しかし…――。
言い知れぬ胸のさざめきが収められぬまま、次なる目的地の搭乗口へと踵を返し、ツカツカと歩を進めた。
決して振り返ることなく――…。


  
いつか必ず…
決意も新たに見つめる夕刻の滑走路。

これら四大神話を紐解く日は、果たしていつの日になるのだろうか。
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馬民俗学 * 21:56 * comments(0) * - *

倏廊瓩貶僂錣蠅隆饕

わりの奇談  
   

朝鮮の『三国遺事』には、不思議な白馬が登場してくる。
新羅の始祖である爛劵腑灰鮫瓩僚仞犬砲泙弔錣襦慷饑言睿叩戮涼罎里海箸澄

森の中に大きな紫色の卵がある。
その前には白い馬一頭、額ずいて礼拝していたという。
その卵から生まれたのがヒョコセだったと語り継がれている。

       

なぜ白い馬が卵を崇めなくてはならないのか?
民俗学の眼鏡をかけ、考察を重ねてみると、色々と興味深いことが推理想論として捻出されてくる。

紫色の卵は朴(パク)に似ていたという。朴とは「ひょうたん」のことを指すのだが、古代人は天空、すなわち宇宙を“丸いもの”と考えており、抽象的円形なのではなく、「ひょうたんのような形」「卵のような形」と説いている。
さて、それでは天空を韓国語(朝鮮語)にするといかなる言葉になるのであろうか。
それはなんと驚くべきことか、「ハヌル」といい、この言葉を解析すると「ハン(大)」「アル(卵)」に分解できるのだという。また日本においても、古代人たちは宇宙を鶏卵のような形だと捉えていたことが『日本書紀』に見て取れる。

瓠甅ひょうたん瓠甅宇宙

この三者のフレーズがリンクした訳だが、肝心の馬はいかなる意味を示唆するものなのか。
その推析を進める上で、興味深い事例を紹介しよう。
新羅の都があったとされる慶州で発掘された155号古墳は天馬塚瓩噺討个譴討い襪里世、この中から発掘されたのが、壺の中に安置された卵の約20個。死者の卵からの復活(再生)を祈ったものだと考察される。
つまり、古代においての生命観念は、新しく生まれるのではなく、生まれがえる…すなわち新生ではなく「再生」であると考えられていたようなのだ。

  
▲〔再生するためには一定の期間、狭い空間にいることが絶対条件とされていたようで、閉鎖的空間を作る卵はピッタリと判断されたということだ〕

それでは、馬は何の役目を果たしているのか。
これはただ単純に生まれ変わる…「馬」れ変わる…というシンプルな掛詞にある訳ではなく、馬=神聖・高貴な存在位置にある記号として捉え、一つは生まれ返る者の象徴として、そしてもう一つはこの世へと運ぶための存在・媒体として希求されたのではなかろうか。

   
▲〔奄美地方では赤ん坊の額に小さなカニを這わせる民俗習慣がある。カニは甲羅を脱いで再生することから、赤ん坊に再生を促す目的のならわしであると考察される〕


  ◆不死身

そこで、一つ奇怪な話を紹介したい。
その生まれ変わる為の依り代である馬自身が
復活を果たしたというもので、俄かには信じ難い珍事である。

その馬の名はカナストス。
1951年のペルーにて、その怪事は起きた。
飛行機で輸送中であった競走馬の一頭であるカナストス号が突然機内で暴走を始めた。
狂乱状態に陥った本馬は機内を破壊し始めた為、操縦士は止むを得ず、拳銃を2度発砲。
弾丸はカナストスの頭部に命中、血を流し倒れ、乗員は事無きを得た。
その後、辛うじて不時着し、整備を開始した二日後のことだった。

  
▲〔絶望に暮れる不時着後の乗客たち。まさか事の発端である死んだ猗反有瓩復活しようとは、夢にも思わなかったに違いない〕

なんと絶命した筈のカナストスがケロリとした顔で起き上がり、復活を果たしたのである。
獣医師の判断を仰ぐと、カナストスは全くの健康そのもので数週間あれば競馬に復帰できるとの診断を下された。
カナストスはなぜ、どうして生き返ることができたのか。真相は謎に包まれている。

馬民俗学 * 05:40 * - * - *

紅の藁馬/藍の藁馬

 【藁馬藁馬
  
岐阜の山間、山奥の小さな集落から、勇壮な太鼓の音が響き渡る。
その昔、岐阜山中の村々では、太鼓を打ち鳴らし馬を奉納し、
五穀豊穣を祈る儀式があった。
馬はやはり、この世と常世(トコヨ)をつなぐ、神の降りる神聖なモノとして考えられており、いわば“塞の神”としての役割を果たす者と信じられていたようである。

  
▲集落の祭りの日、太鼓を打ち鳴らす少年

この民家で編まれた青い頭絡と鞍をつけた藁馬と朱色の頭絡と鞍をつけた藁馬は、一対の藁馬のようだ。藍色の馬は牡、紅色の馬は牝と推察されよう。
藁で作られた馬も、“塞の神”として位置づけして考察し、記号化すると民俗学的にもそれは人々の祈りを神へと届ける為のモノ、もしくは神が降り、乗ってやってくる為のモノとして考えられる。
つまりはこの世界と別の世界を繋ぐ一つの犇性瓩里茲Δ覆發里任△蝓⊃世箸猟命手段のようなものだった。

                                        





藁馬へと捧げられる果物・野菜…神と人との間を行き来する馬への敬い、感謝、そして祈願が込められた切実なる貢納品の珠玉の数々は、七夕での饂飩や西瓜、白飯なども同じ系列を成すものであろう。


▲藁馬と同じく縁起の良い鶴と亀の藁玩具

古来より、私たちは馬を神聖視してきた。
この心象は今も競馬という概念を通し一般に浸透している。
もちろん現在でも神馬は存在しているし、流鏑馬やチャグチャグ馬こ、馬っ子つなぎ、初午など、“馬”が塞の神の役割を果たしている神事・祭事は多く継承されているが、現代一般大衆に一番馴染み深く、多世代に広範囲に渡る普及率を見せているのはやはり競馬と言えざるを得ない。
“英雄”・“皇帝”・“怪物”・“貴公子”・“帝王”・“覇王”などと、馬を神格化視する向きには、やはり古の時代より人馬が紡ぎ上げた心象の流れを汲んでいるように感知するのである。

■写真提供・協力■
秋山由美子、衣川あゆみさん、美甘千鶴子さんほか
                          

馬民俗学 * 07:50 * - * - *

ピンクスカイテイル 鷽珪訶腓反裕伝説

 〔

古文書に曰く
「その神、12年に一度、
月の船にて舞い降りる。
その神の名は『シギラ』。
曰く『シギラ』とは
『開く儀』なり
『蘇生する儀』なり
『再生の儀』なり。
その神の降り立つところ
空と海とが
邂逅う(であう)場所にあり。
海の彼方に現れる、
蓬莱島とはこのことなり」



≪ザンノイオ(一尋鰐)≫




私が現在、倏鰐餌学瓩箸靴童Φ罎靴討い襪里沖縄・八重山諸島に浮かぶ島・新城島である。
この島は“人魚伝説”があり、その昔、人魚を琉球王朝へと献上していたのだという。
そして…その人魚たちはこう呼ばれていた…

ザン

またの名を――

海馬

と―――…・・・。




まずこの新城島についての詳細と歴史を記しておく。

新城島
沖縄本島からさらに南―。
八重山諸島に浮かぶ小さな島である。上地島と下地島の2つの小島から成り、パナリ島とも呼ばれている。観光施設や宿泊施設は一切なく、定期船も飛行場もない。島へと渡るには石垣島から船をチャーターするか、ツアーを利用するしかない。
島の人口は全部で7人。郵便局(郵便ポスト)はあるものの、店などもない。かつては小学校もあったが、現在では過疎化が進み廃校となってしまっている。
面積が1.5k屬両さな島で、1日もかからず一周できる。

かつてこの島では琉球王府への人頭税として人魚…
ジュゴンの肉を献納していた。
それというのも、この島には稲が育たず、野菜も作れなかった。そのため琉球王はジュゴンの漁を島民たちに許可したのだという。



…ジュゴンを島民たちは“ザン”と呼んだ。
島には乱獲に乱獲を重ねたジュゴンたちを悼むための“ジュゴン神社”があり、そこにはジュゴンの亡骸・遺骨が懇ろに弔われている。この神社への立ち入りは禁止。撮影も禁止で、このルールを破る者は報復を受けるという…。

島民たちにとって、ザンは命の支えとなってくれた神聖な存在なのだろう。
ジュゴンたちが“海馬”と呼ばれたのは、彼らが馬に似ていたからではなく、真意は“そこ”にあるのではないか。
つまり、異界を繋ぐ記号であり、神聖な存在である記号を示す倏廊瓩箸いΤ鞠阿法△修陵道僂盥腓錣餐曚そ鼎佑燭里任呂覆ろうか。

面白いことに、西洋にも牾で廊瓩和減澆靴討い襦



ヒッポカンパス

ポセイドンが御する海馬であり、脳の海馬も“Hippocampus”と呼ばれている。海馬がタツノオトシゴ(Sea-horse)に似ていることにその由来が起因しているというが、ジュゴンはどう見ても“馬”には見えない…。神の乗り物、高位貴族、王族、武家が乗る生き物…その神聖神格視する理念が牾で廊瓩箸い新語・概念を創出したような気がしてならないのだ。



〔新城島へ夜の帳が降りた頃…島には神聖かつ荘厳なオーラとどこか懐かしい想風に取り巻かれている…〕


そして――。

その馬を神として見るその信念は、現代の私たちがスーパーホースたちへと向ける情念・祈念に非常に近いものを感じてならないのである。

セクレタリアト…
リボー…
シーバード…
そして――

ディープインパクト・・・…――――


その想いこそ
究極の存在

超常的究極神想夢念



上手くはいえないのだが…
この新城島には絶対に何かある…



     海

     空

    琉球

    人魚

   そして

すべてが一つの線で繋がるこの地に私が未来永劫に希求する牴燭瓩あるような気がしてならないのである――。


冒頭で語られている琉球神話を読み解き、新城島の海馬考と一つに結ばれた時、その真の答えが導きだされるような気がする―…―。

  

夢の本が完成した暁に、ぜひこの島へと渡り、その謎を解いてみたいと想う。

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馬民俗学 * 08:21 * comments(0) * - *

十二支考・馬


十二の月…十二の方角…そして十二時…。
日本のみならず、世界には狃銃鶚瓩箸いζ端譴奮鞠阿存在している。
そして日本で馴染み深い“十二”を連想させるものと言えば、狃銃鷸扠瓩任呂覆い。
そもそも狃銃鷸扠瓩箸浪燭。そしてその中で馬はどんな役割を成しているというのか。その俗信・信念を構築する根底にあるものを紐解き、考察していってみたい。

実は、狃銃鷸扠瓩粒鞠阿脇本のみではなく、世界全体に根付く論考年想であり、民俗学の巨人・南方熊楠も考案・考察した主著『十二支考』の中で彼は、馬についても多くを語っている。

日本における十二支は、古代中国から伝わり伝承したものである。実は、十二支とは動物とはまったく関係がなく、順序を表すための記号・標章のためのものであった。いつの頃からか動物が当てられるようになったのかは定かではないが、万民誰しもが暦を記憶できるよう、身近な動物を割当てたという説と、バビロニアの天文学にある十二宮が伝播したものであるとする2説が考査されている。
ちなみに十二支の動物は、鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪であるが、他国他地域では少々異なり、インドでは鶏がガルーダ、ブルガリアでは虎が猫に、アラビア世界では龍がワニに取って代わっている。


〔イリノイ州の小さな牧場に暮らす乗用馬アレクシス・スピードロープ号〕

さて、そこで「馬」についての見解を深めていってみたい。馬は十二支の相関方位において狷遶瓩貿枌屬気譟∋刻上11〜13時、暦の上では旧暦5月、五行思想の中では“火”にあたり、陰陽道では猴朖瓩紡阿靴討い襦十二支の中でも爍鍬疊嵬椶箸いΑ⊆造飽嫐深な番号に配置されたところを見るに、いかに馬が人間にとって重要な家畜でありパートナーであったことが伺えてくるような気さえしてくるから不思議なものだ。

【神話から読み解く】
 
馬という生き物は、実に古い、盤古の世から登場してきている。あのヤマトタケルも東方へ向かう際、馬に御したらしい。また『日本書紀』や『古事記』の中でも馬の姿は目ざとく見受けられるほか、『因幡の白兎』の中登場してくる「がまの油」は「馬の油」であるとする諸説もある。
そして、馬は神々の乗り物であると考証したような事実と回り逢うことになる。神代の時代を生きた神武天皇は龍石という馬に乗っていたとの文字も見られる他、あの仏陀もカンタなる馬を愛馬としていたという。

しかし、考古学上の解析結果から、日本に馬事文化が根を下ろしたのはもっと後の時代であったのだと言う。弥生時代より以前には馬は日本に存在していなかったという。その記実は、『魏志倭人伝』の中、仔細に伝えられているのである。
それではなぜ「馬」は登場してきたのだろうか?ここに一つの齟齬が生じてくることになる。
神聖なる乗代と考えられた馬という存在が、知られることにより後から伝承に後付けされた…とも考えられなくはないが、真実はもっと深いところにあるような気がしてならない。


【Y子の見解】
 
「なんか難しい話ですけど…馬が南っていうのはイイ感じですよね♪建築物の方位でも、北は忌み嫌われてますけど、南は良いこといっぱいですもんね〜!馬が守ってくれてるような気さえしてきます」



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