『とある競馬の金細工師』 最終回「さらばオルフェーヴル」



さらば、
  
オルフェーヴル

      また会う日まで


この日が来る事は、今年の初頭から分かっていた事ですが、やはりその瞬間が眼前に訪れると、寂寥の念に絶えないものがありました。
GIは6勝でしたが、その勝ち鞍で収まらないものを、この馬は持っていましたね。
ヤンチャな性格、その立ち居振る舞い、個性の塊のような強烈なキャラクターで、記憶から離れようにも離れられない名馬です。もちろんその性能も異能異端の破格のものは言うまでもないこと。
“斬鉄剣”と言われた切れ味と瞬発力。重馬場への超絶的適性。逸走してもGI級馬たちを置き去りにする無限大のポテンシャル。何もかもが破格の、それこそ牴修永瓩別焦呂任靴拭
そして引退し、彼は「伝説の名馬」へと昇華しました。
最後の有馬記念はおよそ8割のデキ、全盛時よりは明らかに調子が落ちている状態にも関わらず、ゴールドシップ以下、中長距離のGI常連馬たちに8馬身もの大差をつけて大圧勝。

この馬が実力で屈した馬というのは、トレヴくらいのものでしょう。
トレヴとて同斤量かつホームである日本で対決すればオルフェが勝つのではないでしょうか。
そしてこの日のオルフェーヴルはどこか神々しいものがありました。
ディープの引退レースでは、世界のどんな名馬を連れてきても、今日のディープには勝てなかったろうと、確信しましたが、今回もあの時と同じ。
12月22日、あの日のオルフェーヴルに勝てる馬は、世界に存在しなかったと確信しています。

最終コーナーから一気にまくる姿を見て、感極まり「オルフェーーーッッ!!!!」…と大絶叫。
あそこまで叫んだのは、2012年の凱旋門賞以来でした。

この歴史的大勝を世界中の競馬ファンが注目していたようで、世界各地から賞賛の言葉が上がっています。フランケルやブラックキャヴィアが世界中を魅了したように、オルフェも世界中のファンを魅了していたのです。フォア賞連覇、凱旋門賞2年連続2着、彼がフランスで解き放ったパフォーマンスを目の当たりにすれば、それも当然でしょう。
世界中の競馬ファンとホースマンを釘付けにし、日本馬の価値を世界に認めさせたオルフェの功績は非常に大きいものがあります。

入場人員は昨年を大幅増。オルフェ効果は間違いないでしょう。
そして引退式には6〜7万人のオルフェファン、競馬ファンがこの馬の門出を見送ろうと、闇夜に溶けていく競馬場に留まり、最後の暇乞いを交わしました。

オルフェに伝えたい。

最初は嫌いだった。
いつからだろう。
遠く感じてた君の走る背中を
いつも近くに感じてた。

忘れない。

オルフェーヴルに助けてもらったあの時を。

励ましてもらった全レースを。

本気で夢見た凱旋門賞を。

忘れない。
語り継ぎます。貴方の「すごさ」を。


オルフェから受け取ったメッセージを胸に、4年後へ向け歩いてゆく。

さらば、オルフェーヴル。
また会う日まで。


 

とある競馬の金細工師(オルフェ応援コラム) * 00:12 * comments(0) * - *

『とある競馬の金細工師』 〜【凱旋門賞】―Merci beaucoup.Orfevre―



凱旋門賞・欧州制圧への2012年!
「オルフェと
 スミヨンが走る時、
  モノガタリは
 はじまる―――!!」


天翔
 凱旋門賞まさかの2!!

「10月7日」、その日は、日本競馬の悲願宿願が大いなる曙光を浴び、歴史的瞬間を迎えることになるはずだった。
牾旋門賞、優勝瓠
今年の最大目標であり、日本競馬界にとっても究極無比のハイライト。世紀の瞬間はもう手の届くところまで来ていた…。

デインドリーム、スノーフェアリー、ナサニエル…これに加えミアンドルを大差引き離したノーリスクアットオールも回避表明。
1番人気に推されるオルフェーヴル。2006年のディープインパクトに続く、欧州調教馬以外による1番人気の支持を受けての出走となりそうな見込みが立ち始める。

これにより色気を見せたのは「低レベル」と揶揄されている欧州各国の3歳馬たちだった。締め切りベルが鳴る前にと言わんばかりの大挙登録。滑り込みで世界最高の勲章を掴みにやってきたのだった。チェコ共和国最強のミハイルグリンカも参戦、アガ・カーン軍団もギラギラと眼光をチラつかせ急遽の殴りこみ。
そして英国三冠を逃し、非望に暮れていたキャメロットも何ということかデットーリを背にパリへと乗り込んできたのだった。

凱旋門賞戦線は一転二転。にわかに風雲急を告げる。
そんな中、凱旋門賞の枠順抽選会が催される。

    「18」

会場に悲鳴とも驚嘆ともとれない、ため息のような歓声が上がる。
大外へと配置されることになったのはなんと、1番人気・日本代表にして日本最強三冠馬オルフェーヴルだった。
凱旋門賞においては、大外18番からの優勝というのは、リボーの曾孫であり、史上6頭目の凱旋門賞連覇を1978年に達成したアレッジド以来出ていない。優勝はおろか、連対すら無い。大外番からの優勝は2003年の13番ダラカニ、1986年の15番ダンシングブレーヴなど…ほんの数例。そのいずれもが歴史的名馬であり、並のGI馬ではたとえ欧州調教馬とてその牙城を崩すにいたっていない。

 「好走不可能ハイばいばい!」
凱旋門賞
  
好走不能となる
  三大悪条件

大外番からの発走。

最後方待機。

4角10番手以下の位置取り。

…これは馬場が悪くなるとさらに拍車が掛かる。
この条件が揃ったら、超のつくような名馬でも惨敗の二文字がちらつくことを心に決めなければならない。


▲〔凱旋門賞連覇のアレッジド。〕

オルフェーヴルは発走前に苦境に立たされた。
しかも雨がシトシトと降り続き、不良の中での闘いはもはや決定的だった。それは現実味を帯びてきたオルフェーヴルの凱旋門賞制覇が、霞の中へと消えていきそうな、そんな感覚だった。

    

オルフェーヴルの最終追い切り調教は非公開の中敢行された。
その内容は驚愕のもの。
アヴェンティーノともう一頭がオルフェーヴルの10馬身前を行き、オルフェーヴルは馬なりのまま追走。
そして最後は何と10馬身千切っての大差の先着。
  
オルフェーヴルは究極の120%へと仕上げられた。
これまで見せてきた非凡稀有なる瞬発力…
菊花賞の時は犹妥慣瓩斑唸渉感技佞聾譴辰討い燭、その切れはもはや神をも切り裂く爛薀哀淵屮譟璽畢甬蕕遼睥呂鯣襪瓩討い拭
狄性瓠弔垢覆錣曽鐚韻箍甬遒量焦呂了脹討垢蕕睫任垢襪曚匹痢超常絶する破壊力。
オルフェーヴルの全開全力を解放する舞台が、凱旋門賞になるのだろうと、オルフェーヴルを知る日本のファンは確信していた――。

重馬場はオルフェーヴルの真の力を呼び覚ます。

雨は、私はこの時「恵みの雨」「勝利の雨」だと確信しきり、しめしめと思っていた。馬場が悪化すれば枠の有利不利は若干だが緩和される。内のグリーンベルトも悪化を免れないからだ。


▲〔日本ダービーの不良馬場で見せた34.9の剛脚と馬群を抉じ開けた勝負根性。そしてウインバリアシオンを跳ね返した驚異的粘り腰。この勝利で池江調教師は凱旋門賞を意識し始めたという〕

木漏れ日の陽光が頬を照らすパリの早朝。
世紀の決戦の日は静かにやって来た。
凱旋門賞まで24時間を切っていた――。


  凱

(※▲をクリックすると仏語実況版2012凱旋門賞をご覧頂けます)

フォア賞に同じく、アヴェンティーノの後ろを歩くオルフェ。
二人引きでデビュー以来最高と言って良いほどの、不気味なまでの落ち着きを払ってオルフェーヴルはパドックを周回している。
今回の遠征、アヴェンティーノの存在は非常に大きいものだった。オルフェーヴルが日本と変わらぬポテンシャルを見せることができたのも、彼のおかげと言って差し障り無いだろう。
本場場入場後も2頭は時間の許す限り時間を共にしていた。
一頭一頭、ゲート内へと収まり、オルフェのメンコが外される。
スタート後、極端な出遅れも無く、揃ったスタート。オルフェーヴルは掛かるような素振りを見せるも、折り合って後方馬群に待機。
うまく末脚を溜めているが、あまりに位置取りが後ろ過ぎる…。
中枠から発走したアヴェンティーノがオルフェの位置を確認し、誘導するかのように外へと誘導。フォルスストレートを迎え、アヴェンティーノの脚色が怪しくなる。最後力尽きるように…最終直線でオルフェを促すかのように見送るアヴェンティーノ。
そうしてその時がやって来た―――

オルフェーヴルのモンスターエンジンが唸りを上げ始め、順位を一気に上昇させる。
そして一際目映いまでの後光を背景に、幻の翼が舞い降りる――…・・・

私はこの時、馬頭神社で願った祈りが、翼へと姿を変え、オルフェへと届いたのだと、そう思った。

日本の願いと想いを集約した走りを、光の翼を束ね、いま解放つ――。
金色の翼、金細工完成――…
オルフェーヴル、全開。

瞬時にキャメロット、グレートヘヴンズ、セントニコラスアビー、ミアンドル、マスターストロークらを置き去りに、馬なりのまま地の果てへと突き放す。
そうして残り300m、ゴーサインが出されると、一方的なまでにグングンと差を広げ、早くも勝利を意識させるほどのリードを作り上げてしまった。

スミヨン騎手も先頭に立った時、勝利を確信していたという。
現地のファン・関係者一同も、そして日本から声援を送るホースマン、競馬ファン、オルフェファン、そして競馬を知らない人までも、誰もがオルフェーヴルの優勝を確信していた。

しかし、ゴールまで250m切った地点から大きく内へと切れ込み、減速してゆくオルフェーヴル。それでも勝利は確実なものだった。
それだけ大きいセーフティリードに見えた。

あと100m。一度交わし去ったはずの4歳牝馬ソレミアが猛然と追走してくる。恐るべき執念で差し返さんとするソレミアを見てもまだ日本のファンはオルフェの勝利を疑わなかった。ギリギリで粘りこめる!だいじょうぶ!!…
残り20m。信じられない事が起きてしまう。
オルフェーヴルは走法が乱れはじめ、内埒にぶつかり、スミヨン渾身の右鞭も追うに追えない…。万事休す。


ソレミア、1着ゴールイン。日本の夢はまたも散った――…・・・――

レース後、1999年の凱旋門賞と同じく、勝者のみならず2着のオルフェーヴルへも大きな拍手喝采が上がった。いや、エルコンドルパサーの時以上に、その声は大きいものだった。勝ったソレミアは42倍の伏兵。モンジューは大本命だったがゆえ、温度差は当然と言えば当然で、馬券上の差かもしれないが、それ以上にオルフェーヴルのパフォーマンスが圧倒的過ぎた為なのかもしれなかった。
それは当然と言えば当然で、大外18番で不良馬場、それを後方待機で直線最後方から3〜4番目という絶体絶命のポジションから馬なりで先頭まで並びかけ、残り300mから独走態勢へと移行した馬など、過去に存在しえないのだから。ダンシングブレーヴに匹敵するスーパーパフォーマンスだったと、心から激讃したい。
レース直後、現地のファンからは

「お前がナンバーワンだ!怪物を倒しにイギリスへ行け!!」

との激励が上がり、戦った他16人の世界的名手たちは口を揃え、

「あの馬はバケモノだ」

…と震撼し、戦慄を口にしていた。

オルフェの上がり3Fは推定38.0。
あの馬場では究極とも言える数字。日本の高速馬場の良馬場換算では…おそらく32.0〜31.8クラス。
特に抜け出す付近では推定11.9を計時している。あの馬場では物理的に限界を超えた驚愕的数値である。ダンシングブレーヴの英国ダービー(良馬場)は最後の1Fが10.8だったらしいが、オルフェもロンシャンの極悪不良馬場において究極の数値を叩き出したのだ。
現地のツイッターでもオルフェーヴルの驚愕的パフォーマンスに驚きと賞賛の声が数多く上がっていたと言う。
また、ぺリエはソレミアを称えるとともに、オルフェへの賛辞も忘れなかった。

「とても抜き返せるとは思っていなかったが…先頭に立ってから、オルフェーヴルは走るのを止めてしまったように見える…」

と、首を傾げた。
もしかするとだが、あまりに強すぎて直線流し過ぎてきたことがかえって仇となってしまったのだろうか?利発で賢明なオルフェは、先頭に立った時点で競馬は終わり…と思っているのかもしれない。
言わば強すぎるが故の敗戦…そう思えなくもない。

しかし、シーバードやダンシングブレーヴ、セクレタリアトやリボーといった超のつく歴史的名馬たちに伍す程の、超次元のパフォーマンスを見せたことはまず間違いない。
これまで日本馬は力づくで捻じ伏せられ、跳ね返されてきた。しかし、今回は違う。圧倒的パワーで粉砕し、凱旋門の常識を、欧州超一流馬たちのプライドを完全に破壊した。
しかし、崩れ去った瓦礫の中から、一瞬の虚を突いて飛び掛ってきた淑女の凶刃に、オルフェは刺され狹狙皚瓩箸覆襪海箸鯢じられてしまったのだ。
どうだろう?私はそんなイメージなのだが…。

【オルフェ凱旋門破壊す】
  
オルフェ
「ハッ!キャロットだのサオダケだの、オーブンレンジだの、セントなんちゃらのベイだの、大した事ねーな!オイ!!楽勝だぜ」

 
ソレミア
「…チャ〜ンスですわ!シルブプレっ!ムッシュ・オルフェ、覚悟ですのよ〜」

ブスッ!

  
「いてぇ〜まいったぁ〜!!」


「はぁ!?負けちゃうのかよっっ!!」
(ゴール前のシーンに目が点の美空&Y子女史)



 レース後コメント


  池江泰寿調教師

 
「今日は夜遅くまで応援してくれた日本の皆様、申し訳ございませんでした。イギリスやフランスのダービー馬には大きく先着しているのですが、勝負事なので勝たなくてはなりません。後方で折り合いをつける事は予定通りでした。早めに抜け出して目標にされた分、交わされてしまいました。私の技術が世界レベルになかった。日本の三冠馬が世界のトップクラスにいることは証明できた。また出直して勝つ為に戻ってきたい」


  C.スミヨン騎手 


「先頭に立った時は勝ったと思った。途中右鞭に持ち替えたものの、さらに内へ寄って行った。抜け出してからソラを使うような所があったかもしれない。ゴール直前でもう一度大きくよれてしまった。後ろから来ていることは分かっていたが残念だ。過去の日本馬の中では最高のパフォーマンス。よくやった。勝ったと思ったが、最後の所で差されて残念だ。」

    

  
レース翌日、スミヨンはこう語った。
オルフェーヴルは私が騎手人生で出会った最高の馬です。凱旋門賞で最後方の位置取りから、残り300mで先頭に立った馬を私は他に知りません』

夢は終わらない――。
Everlasting…
いつか叶えるその日のために。
夢見続ける。
涙はその日のために。




次のへ―――。


Merci beaucoup,
    Orfevre!
続きを読む >>

とある競馬の金細工師(オルフェ応援コラム) * 08:54 * comments(2) * - *

『とある競馬(フォア賞)の金細工師』

 
、燦然たる
  
海外デビュー

凱旋門賞視界爽明!!

日本を発ち、決戦の地フランスへと渡ったオルフェーヴル。
今年の最大目標であり、日本競馬界の悲願大願でもある凱旋門賞へ向け、現地での調教を進めている。
共に海を渡たり帯同するアヴェンティーノの存在もあってか、常時落ち着いた雰囲気。池江調教師も「オルフェはフランスでの生活を楽しんでいるようだ」と、語っている。これは至極順調に調教過程が進んでいるのと、それと同時に現地にいかに彼が順応しているかを、如実に物語る、凝縮された印象的一語である。

 
▲〔渡仏直前のオルフェ。8月25日午前8時18分、本馬は帯同馬のアヴェンティーノと共に成田国際空港から出発し、現地時間8月25日午後5時47分にフランスのシャルル・ド・ゴール国際空港に到着。その後、現地で調教師として開業している小林智厩舎に入厩した。8月27日から調教を開始し、9月5日にはスミヨンが騎乗して感触を確かめた〕

 
▲〔シャンティ、エーグル調教場でのオルフェーヴル。フォア賞最終追い切りでは2頭を相手に大差の先着。この内容に欧州メディアも度肝を抜かれた〕

こうした中、クリストフ・スミヨンとオルフェのファーストコンタクトが実現。スミヨンはオルフェを絶賛。

「乗り難しい馬には思えない。乗る度に信頼は増してゆくね」

「日曜日が楽しみでならない」

そして…
「フランケル級の馬」
「彼のレースはVTRで何度も見ている。フランケルと同じくらい印象的だね。追い切りでも馬なりで千切ってしまう辺り良くにているよ」


  
回顧


快晴の下行われた2012フォア賞。
ついに我等がオルフェーヴルが出陣。
世界が注目するフランスデビューとなった。1つ前のレースで放馬がありレースのスタート時刻が遅れるというアクシデントがあったものの、プログラムは順調に遂行されている。

オルフェーヴルも終始落ち着いた素振りでパドックを周回。
アヴェンティーノの後ろにいることが精神的不安を払拭しているのであろう。さらに池江調教師自らが、2人引きで引き馬をするという念の入れよう、これもあってかオルフェは飄々とした足取りでロンシャンの馬場へと入っていった。
スタート地点のゲート前にてメンコが取られると戦闘態勢へ完全移行。
スタートで前上がりになり若干の立ち遅れを喫したオルフェーヴルであったが、気持ちは切れていない。それどころか、早くも先頭へと向かわんばかりに疾駆してゆく。先導役となったのが帯同のアヴェンティーノ。
やはり…レースは超常的超スローで展開されていった。前半1,400m通過がなんと1:36.34!日本では考えられないような世界を、口を割り完全に折り合いを欠いて走るオルフェ。一瞬、阪神大賞典の悪夢も脳裏をかすめたが、そこは世界の名手スミヨン。難なく手綱を縛り、インコースへと誘導し、折り合いをつけることに成功。フォルスストレートから直線へ入ると、オルフェーヴルが自慢の瞬発力犹妥慣瓩鯣揮し、アヴェンティーノが開けたスペースを一気に突き抜け先頭。追い出しを待つ余裕を一瞬作り、猛追してくるミアンドル、ジョシュアツリーを従え最後10メートルは流しながらのゴールインで、華々しい世界デビューを飾って見せた。


▲〔2012年フォア賞(ゴール前)〕


 レース後のコメント

C.スミヨン
「余力を残して勝つことはできた。凱旋門賞を勝つ為には120%の準備が必要。細かい修正点も見えたし本番までに改善していければ。馬はまだ全能力を出し切っておらず、残り3週間で池江さんが最高の状態に仕上げてくれるでしょう」

池江調教師
「そう簡単には勝たせてくれない。スミヨンには決してコントロールしやすい馬ではないということを本番前に知って欲しかった。もう少し楽に勝ちたかった」


  凱旋門賞へ向けて


前哨戦として100点満点に近い内容だったと言っていい。
最悪の状態に陥っていた宝塚記念から状態が上向いている最中、環境を大きく変え、初の海外、初の競馬場、初の欧州特有の馬場を休養明けで、前半掛かり通しで、キッチリ他馬を引き離して勝ったのだから何の文句のつけようがない。スミヨンも言うように、これでオルフェ自身が大きな自信を抱いた筈であるし、一度ロンシャンとレースへの行程を経験したことは本番へ向け必ずやプラスに働くことだろう。
今回は80%の仕上がりだったというオルフェ。凱旋門賞では100%に仕上げられるだろうが、もう一段階さらに上のレベルのパフォーマンスをしなければ、凱旋門は勝てないだろう。菊花賞や有馬記念以上…あの阪神大賞典で見せた暴走のエナジーを、すべて集約しロンシャンの直線600mで爆発させたい。幸か不幸か、今年は3歳馬の参戦が少ない。地元フランスのダービー馬サオノア1頭くらいで、残りの有力馬は皆同斤量の古馬。キャメロットも回避決定で最大のライバルは戦わずして消えた。しかも、今期の3歳は不作と言われ、現実的にかなり弱い世代であることも判明してきている。オルフェの敵ではない。また、フランケルがいることもオルフェ凱旋門賞制覇にとってプラスに働いている気がする。たとえオルフェが凱旋門を勝っても、フランケル世界最高最強の評価は微塵も揺るぐはずもなく、欧州競馬のプライドが保てるである。
「オルフェーヴルは強いね。でもフランケルはもっと強い」
欧州の競馬関係者は口に出さずとも、確実にこう考えているはず。
凱旋門を勝たれても痛くも痒くもない…そんな雰囲気が立ち込め始めている。ディープインパクトも弾かれた高き狹簡畢瓩砲郎Gに限っては警備も緩く、壁自体にも爛劵哭瓩入っている…そんな印象を私は受けとめている。


 フォア賞
凱旋門賞

フォア賞は1955年から開催されているが、ここをステップに凱旋門賞に臨み、3着以上に健闘したのは以下の12頭のみとなっている。
※青★が牡馬。ピンク★が牝馬を指す。馬名赤文字は日本調教馬。

ライトロイヤル(1961年)1着
⇒凱旋門2着

ミスティ(1963年)1着
⇒凱旋門3着

パークトップ(1969年)1着
⇒凱旋門2着

アレフランス(1974年)1着
⇒凱旋門
1

トリリオン(1978年)1着
⇒凱旋門2着

ゴールドリヴァー(1981年)3着
⇒凱旋門
1

オールアロング(1983年)2着
⇒凱旋門
1

サガス(1984年)1着
⇒凱旋門
1

サガス(1985年)1着
⇒凱旋門2着(1着降着)

スーボティカ(1992年)2着
⇒凱旋門
1

エルコンドルパサー(1999年)1着
⇒凱旋門2着

プライド(2006年)3着
⇒凱旋門2着

ナカヤマフェスタ(2010年)
⇒凱旋門2着

こうしてみてみると、牝馬が本番での斤量面での恩恵を受けてか、凱旋門台頭が覗えるが…いずれにしろフォア賞4着以下に敗れるとその時点で圏外というデータ。この点オルフェはクリアーしている。
1馬身という着差は大きい着差だったと、私は見ている。
競馬における海外緒戦というものは、人間のスポーツ以上に難しい。かつて南米の史上最強級が米国に挑んでも、初戦ではそのいずれもが苦戦していたし、近年の日本競馬における歴史的名馬を見ても、エルコンドルパサーとて2着敗退。タイキシャトルもクビ差の1着。ディープインパクトも3着に終わっている。直近ならばあの史上最強スプリンター、ブラックキャヴィアですら海外緒戦は小差の辛勝だったではないか。そんな中、あらゆる苦境を跳ね除け、超スローの中、フランス最強古馬にキッチリ1馬身先着したオルフェは、この時点で快挙とも言えるのだ。もちろん、上積みは相当見込める。ミアンドル陣営はオルフェには勝てないと漏らし、ペースメーカーを出走させる準備をしていると聞くし、ナサニエルまで回避すると伝えられている。さしたる強敵はデインドリーム、シャレータ、スノーフェアリーら昨年の1・2・3とサオノア、そしてミアンドルくらいのもの。
オルフェーヴルの歴史的大偉業が現実味を帯びてきている。
世界競馬史の覆される10月7日。オルフェーヴルが凱旋門の壁をブチ壊す――!!

とある競馬の金細工師(オルフェ応援コラム) * 04:32 * comments(0) * - *

『とある競馬(宝塚記念)の金細工師』

 
そして迎えた宝塚記念…

復活!!

 【宝塚記念回顧


オルフェーヴルがあっさりと捲土重来、頂点奪還に成功した。これで三冠+グランプリ連覇。GI5勝で、三冠を制し、有馬→宝塚連覇は三冠馬としても史上初の快挙。この馬にはやはり圧勝と快挙の二文字が似合う。
最終週の荒れたインコースを突き破り、最後は突き放す一方で、ルーラーシップに2馬身差の完勝。タイムも馬場を考えれば相当の好タイムであり、ただ一頭だけの34秒台。己の立たされた絶体絶命の苦境を、己の才能のみで打破してみせたのだから、文句なしのスーパーホースだろう。

一方、池江調教師の「7割発言」は慎重に慎重を期し、さらに腫れ物を触るかのような疑念を抱きつつのもので、本音だったのだろう。二度のありえぬ敗戦と精彩を欠く、三冠馬としては絶対に許されない失態を繰り返してしまったのだから、言葉も慎重に選びたくなるのも当然だろう。
この発言には賛否両論、喧々諤々たる論争が引退以降も付きまとうのだろうが、陣営全体の想いを代弁した吐露だったのだと思う。つまり、オルフェーヴルはどんなに低く見積もっても80%以下の状態であったことに間違いない。
絶対的だった自信にも陰りが見えていた。
オルフェ自身覇気が無く、一週前の立ち写真では金色の鎧とも思えた筋肉が削げ落ちてしまい、素人目に見ても絶不調にあるのは一目瞭然だった。
しかし、それでもオルフェは運命を切り開き、「答え」を出して見せた。
三冠の向こう、手繰り寄せた璢瓩呂笋呂蠹渓薪で、そう易々と断ち切れるものではなかったことを、再確認させられた。
グラスワンダーの復活、ウオッカの復活、テイオーやオグリの復活劇を想起させる、久々に胸の空く、スカッとする爽快なレースだった。


  
夢で見たオルフェは、2コーナーから加速開始、「池添、押さえるな!いかせてやれ!!オルフェなら勝てる!!!」
群集の中から夢中になって叫ぶ私がいた。
ビジョンの向こうに映るオルフェーヴルはグングン加速、その差は10馬身以上にもなり、ついには20馬身以上の大差をつけて優勝した。


そう言えば、有馬記念の時にも夢を見た。
私の周囲の境遇もあの時に似た雰囲気になっていた。そして私と井崎先生がオルフェを消した――。
その瞬間にオルフェの復活フラグは立っていたというのに…。天皇賞後、
「だいじょうぶ!宝塚であっさり復活するから!」
…と自信満々に吹いていたというのに…
どうしてオルフェを信じてやれなかったか。
しかし、馬券の当りハズレ以上に、“大切なもの”をオルフェから教えられたような気がしてならないのである。

夢の凱旋門賞制覇。
オルフェーヴルならきっとやってくれる。
そんな気がしてならないからだ。
エルコンドルパサーにもディープインパクトにも無かった猝っ里硫椎柔瓩砲垢戮討鯊してみたい。オルフェなら何とかしてくれるような、見えない希望がパリの空までつづいている―――。

とある競馬の金細工師(オルフェ応援コラム) * 04:41 * comments(0) * - *

『とある競馬(天皇賞)の金細工師』

 

天皇賞惨敗時、
  何があったのか?


うみねこ
  
視解



オルフェーヴルが信じられないような悲劇的大敗を喫した。一体何があったというのだろう。
その真実へルーペをかざす前に、天皇賞の見解をもう一度。

天皇賞(春)
(京都競馬場、芝3,200m)
四冠馬オルフェーヴルと池添騎手にとって最大の試練が訪れた。
凱旋門賞を向けての試験レースの一つと考えていた阪神大賞典にてまさかの敗戦。そしてその敗戦は大きな物議を呼んだ。3コーナーからの大逸走がそれであることは、もはやここに書くまでもない周知の事実であることだが、この一戦は後世まで滔々と語られるのであろう。
凱旋門賞を勝った暁には、このレースはオルフェ=池添にとってあるべき試練だった、この一戦のおかげで勝てたと言えるが、もし天皇賞で敗戦した場合、ただの珍レースとなってしまう。今回、オルフェと池添は何としてでも天皇賞を勝たねばならない。オルフェと池添、二人にはそれぞれ大変重い課題を背負っての戦いとなる。

オルフェーヴル
・調教過程がこれまでと異なる。

・阪神大賞典の反動は?

・ブリンカーを着用しての初のレース。


池添謙一
・二度と敗戦の許されない状況

・負ければ今度こそ乗り替りもある。

・負ければ凱旋門賞挑戦白紙の可能性もある。

逸走だけはさせられない。

そして…
試練の大外枠家

データではオルフェはかなり不利な立ち居地にいることがわかる。

 ≪オルフェ
     
不安データ

◆フルゲート時、1番人気馬が大不振。

◆ステイゴールド産駒の長距離不振
芝2,600m以上において[1-3-1-11]。
(唯一勝っているのがオルフェ自身なのだが…)

◆阪神大賞典の着順はひっくり返すのは困難。

…はたして、オルフェーヴルはこれらのデータを木っ端微塵にぶち壊すことが出来るのか。そして池添は人生史上最高レベルのプレッシャーに打ち克つことができるのか!?
フルゲートの欧肋,辰燭海箸發△蝓⊆いの院↓でなかった分よかったかもしれない。それに一番外なので、最後の枠入れとなるし、外から擦られることもない。
今回もしあまりに行きたがるようなら、抑えずオルフェの行きたいように行かせてしまうことも池江調教師は考えにあるとほのめかしている。
現在、英国ブックメーカーではオルフェーヴルは凱旋門賞の1番人気!
ディープの時すらこれはなかった。ヨーロッパの注目も否応に高い。
もう逸走する訳にはいかないぞ(笑)!
暴走せず英雄を超える強さで五冠目を強奪するのか、
それとも…
暴君となり、またもレースをブチ壊すのか…
はたまたサイレンススズカとなり、歴史的大差の圧勝で犹望綺廼瓩侶章を不動のものとしてしまうのか…


…しかし、結果はオルフェらしからぬレースぶりで目を疑うような大惨敗。
これはただごとではない。
敗因について池添騎手は「下(馬場)を気にしていた」というが、オルフェーヴルはこれまでどんな馬場にも適応してみせてきた。それが主因にあるがゆえの崩壊とは思えない。私が考えている誘因は以下の4つ。

ブリンカー装着により、オルフェの闘争本能が眠ってしまった。

阪神大賞典の反動。

血統的バイアスによる影響。

調教再審査がもたらした精神的トラウマ。

,呂笋呂衫¬椶暴个討靴泙辰燭箸いΥ兇検
オルフェはこれまでレース直前にブリンカーをはずしていた。あれが馬への一つの合図・シグナルとして理解していた可能性もある。レース本番ではずされるものが外されず、レースをレースとして見なさずオルフェが走っていた可能性もあると思う。
△亡悗靴討蓮△△譴世洩巴禧戝磴淵譟璽垢屬蠅波親阿出ない方がどうかしている。3コーナーまで掛通しで、そこからは大きく外へと逸走。200m近くのロスをしておいて一旦停止してからの急激な加速。ダメージが残らない方が不思議なものだ。
、ステイゴールドが京都長距離と水と油の関係であることは上述した通り。いつものオルフェならここも突破出来た筈だが、「ただのステイゴールド産駒」と成り果ててしまった今回は血統の壁を超越できなかったものと思われる。
い海譴最大の根源にあると推断する。オルフェーヴルはこれまでその自我を尊重され、我慢することだけは制約として教えられてきていた。しかし、あの逸走事件を気に周囲の見る目が変わり、さらには不慣れなコースで調教されるようになった。馬は身の回りのムードにも非常に敏感。ピリピリとした場の空気と周囲が向ける心情の変化をオルフェは感じてしまっていたのではないか。そしてこれまで自由奔放に走って褒められてきたにもかかわらず、今度はそんな向きがない。ブリンカーとリングハミを装着させられ、Eコースで日々追われることでストレスが蓄積。これが酷い胃潰瘍を招き、陣営はこれに胃薬を投与。異様な雰囲気の中での制約が課せられた状態での調教⇒過度のストレス⇒胃潰瘍⇒胃薬の投与…これがサイクルとなり、オルフェはひどい下痢症状まで訴えるようになってしまう。完全な悪循環。ストレスを与えられ、薬漬けにされる毎日。こんな環境で走ることを嫌いになってしまうのは当然だろう。
一度狂った歯車はそう簡単に戻せない。
次は体調も整う筈だし、ブリンカーも外してレースに挑める。
しかし、それでも天皇賞のようにレース途中から走ることに嫌気を見せるようならば、相当な危険信号であることは間違いない。

それでも、私は信じている。
次でケロっと復活し、圧勝してくれることを。
そしてゴール後雄叫びを上げ、池添騎手を振り落とす(笑)、“いつもの”オルフェーヴルの姿を。
ただ、いまはゆっくりと休んでほしい。
何もかも忘れ、走ることの楽しさを思い出してほしい。
いいじゃないか、こんな人間味あふれる三冠馬も。   



夢はまだ途絶えない。次走は宝塚記念。凱旋門賞にもまだ出走意思があったことが救い。次は凱旋門のことなど頭から捨てて、オルフェの為だけに全身全霊・誠心誠意の努力をしてほしい。
願いはただ一つ。

オルフェオルフェらしく走ること――。

ファンは、それだけを願っている。

とある競馬の金細工師(オルフェ応援コラム) * 04:39 * comments(0) * - *

+ 1/1PAGES +