闇馬トリビア

トリビア


ここでは助手の美空に紹介を任せられないような、危険な描写・性的描写を孕む馬・競馬トリビアをご紹介させて頂きます。



都市伝説
  トリビアNo.228

(ロバ)
  レイプして
処刑になった男がいる
」◇

※イメージです。

馬は、その昔、拷問にも利用されていた。
その中の一つに、女性受刑者に対し強姦させる…すなわち獣姦させるというものがあった。
しかし、その傍ら獣姦をした者に対しては異常性交、悪魔崇拝の対象だとして厳罰…極刑が下されている社会風潮が常でもあった。また当時は何の罪もない動物とて獣姦された際には獣姦した者の目の前で火あぶりや銃殺、刺殺され命を落としていたという。

そんな黒歴史の中、唯一救われたロバがいる。
1750年のフランス、ジャック・フェロンという男は雌のロバと性交しているところを見つかり、死刑判決を受けた。
普通なら同様に処刑されるはずのロバは、なんと無罪の判決が言い渡された。
ロバは暴力行為の被害者で、フェロンの欲望に嫌々屈したに過ぎない…というのがその理由で、決め手となったのが宗教団体一語であった。
「そのロバは言行ともに、申し分ないほど誠実」…という証言が判決の決定打となったらしい…。

(笑)。ロバがしゃべるんかい(笑)。
ともかく殺されずに良かったですが…。


※(人間に置き換えての)イメージ。

トリビア * 08:12 * comments(0) * - *

【競馬都市伝説トリビア】〜爛灰縫轡タマテバコ瓠


    

…ことトリビアのコーナーです。


都市伝説
   トリビアNo.178■
◇「レース勝ち
  最終レースに
 もう一度登場
し、

 その両レース
 勝った馬がいる
」◇

以前、うみねこさんがトリビアで1年の一番最初のレースで勝ち、
一年で最後のレースにも勝ったエリモパサーを紹介してましたが、
今回のはさらに強烈です!

その馬の名は…


コニシキです!!
そう…



  

相撲界で一時代を築き、ウクレレの上手いハワイの英雄…
って違います!!

全く小錦さんとは関係ありませんので…あしからず!

冗談はさておき、その詳細をお話しましょう。
このコニシキ号が活躍したのは中央競馬ではありません。
大正4年、宮城県石巻市に創設された小さな競馬場でのお話。
その競馬場があったとされるのが、宮城県石巻の蛇田村。
現在のJR仙石線蛇田駅北側周辺に位置していたと言われ、
春季と秋季の2回に渡り開催していたそうです。


▲〔石巻蛇田の競馬の様子。競馬場は1周800m。内埒は木柵、外埒は土塁、土塁の上に審判所があり、他に検量所、賞典授与所、観覧席、救護所、騎手馬主控所、馬繋所、事務所等の設備があったという〕

コニシキ号が走ったのが、大正7年の9月秋季開催。
新馬35頭、古馬10頭の登録があったこの開催は9月12日13日に催されたようです。
この日は全部で7つのレースが予定されており、コニシキはその第4レースの「本県産新馬競走(土1,200m)」にて初登場。見事デビュー戦を飾ると、なんと翌日13日にも出走してくるのです。
しかし、当時はレースの翌日に走ることぐらいは一般的で、1日に2回走る馬もいた程。
ところがです…
このコニシキ、翌日の第一レース「本県産新馬競走(土1,200m)」へ出走。ここでもコニシキは奮闘し見事優勝。さらにはこの日の最終第七競走「本県産新馬ハンデキャップ競走(土2,000m)」にも出走してきたのです!
一気の距離延長、さらには2日続けての上に、この日2回目の競走であったにもかかわらず、圧倒的強さで優勝。秋季開催3勝という大車輪の活躍で馬主はもちろん、観衆を大いに沸かせたのでした。


…コニシキ号おそるべし…!!


ちなみに東北の草競馬にはまだまだおもしろい馬がいまして…
同じく石巻市でも水押地区にあったとされる競馬場においては、昭和6年10月3日の第一レースが何と何と4,000mという超長距離で行われたみたいなんです!そこで勝ったのが、
デンワ(笑)という面白い名前(笑)の馬。現代競馬では到底ありえないことが、当時は日常的に起きていたんですね…


都市伝説
  トリビアNo.179
◇「将棋テレビ出演
  プロに勝った
     騎手
がいる
」◇


「うわぁ〜プロに勝っちゃうなんてすごい!誰なんでしょう…」

それは


川島信二騎手です!!

オースミハルカとのコンビを思い出す方が多いのではないでしょうか。
実は川島騎手は大の将棋好きで、プロ棋士との方とも交流豊富らしいんですよ〜
その時の衝撃の一枚がコチラっ!







ホンとに将棋やっとる…

番組名は伏せときます…。
対戦されているのが女流プロの中村棋士(一級、当時二級)。
ハンデとして飛車角なしで、川島騎手の挑戦(?)を受けて立ったらしいです。
なぜか胡座(あぐら)で鞭を座布団の横に添えている…。
アホか…。
  
女流プロが負けたらこの鞭でまさか…調教!?
…って変な想像膨らまし過ぎましたね(汗)スイマセン。

気になる勝敗ですが、なんと川島騎手の勝利!!
さすがに飛車角落ちなのが効いたみたいですね。
まっそんだけの話です。
ハイ。



今回の写真・
  イラスト提供・協力
    参考文献ほか

うみねこ、秋山由美子、美空、忍ペン万麻呂さん、「地方競馬史」、コブトリさんほか

続きを読む >>

トリビア * 03:55 * comments(0) * - *

ヒコーキ狭


 ヒコーキ
   〜競馬都市伝説〜
 
久々のトリビアです!タイトルは沖縄競馬伝説の幻神駒ヒコーキから…あの馬自体都市伝説みたいな馬だったので非常にお気に入りです。さらに今回一つ目のネタも猴磴鮖つ馬瓩里話だけに、それともかけてのネーミングです。
さて…肝心の内容ですが、新入りの美空にトリビア全項目を見せてあげ、今回も新ネタも見せると…


  …ぽかん…。

…としてました(笑)。
過去のトリビア見ましたが、自分でも改めて目を疑うような記録が並んでますね(笑)。過去のトリビアもぜひお暇な時に再読して頂けたら…と思います。

■トリビアNo.159■
◇「ヒコーキ!?
 
実在した有翼馬
」◇

これは英国のとある農村の一角にある古びた倉庫で見つけられたという猴禹つ馬瓠B腓さはミニチュアホース程しかなく、玩具などではない“気味の悪い”生きていたような感触があったという。
もちろん息はなかったが、不審に思った村人たちは崇敬し、祈りを捧げる者まで現れた。
科学的解析をしたらどうか、という声も掛かったが、「不吉なことが起きたらどうする」と信心深い者が危惧し、それを拒絶。それから数十年の時が経ち、近年ついに科学のメスが入った。
すると…「翼の部分は鳩のもので、それを繋ぎ合わせただけの、単なる作り物ですね…」
…というロマンが木っ端微塵に砕ける結果となった。しかし…しかしである。
なぜこのようなペガサスを作る必要があったのか?なぜあの場所にあったのか?そして、それほどの小柄で白い馬が都合良く手に入れられるものなのか?実のところ謎が謎を呼ぶ爛劵魁璽2号瓩力辰任△襦宗宗

■トリビアNo.160■
◇「複勝馬券
   発売がなかった
    
レースがある」◇

このレースは荒尾競馬にて、2009年5月3日、第2Rサラ系C−22組Cのレースで起きた珍事。
当初5頭立てのところだったレースだが、3番リバーキセキ、5番メイショウロッキーがつぎつぎと出走を取消、あれよあれよと3頭立てに。海外競馬では見ることのある3頭立てだが、近年の日本競馬ではありえない頭数。勝ち馬はJRAからの移籍初戦だったワンダーバラ号。ちなみに配当は…

●単勝…140円
●馬連…130円
●馬単…120円
●三連単…150円

三連単史上最低配当!!
しかも馬連と単勝が馬単の配当を上回るというかつてない珍事も勃発(笑)!
そして驚くべきことに…
複勝発売なし!!!
複勝馬券登場以降、初の珍事!!!!
  
そのご様子を↑の画像をクリックしてご確認くださいませ…。

■トリビアNo.161■
◇「騎手
乗っていないのに
 入線められたことがある」◇

基本的に騎手は馬から落ちたら失格であるが、再騎乗すれば失格ではない。
再騎乗して勝ってしまえば、誰も文句など言えない。
とは言うものの、障害競走ならいざ知らず(障害競走でも相当難しいが)、平地競走で再騎乗することは不可能にも近い。しかし!馬から落ちても、そのままで勝利を認められたという珍事があるのである!それが米国のとある競馬場で起きた事件。

馬から振り落とされそうになった騎手が必死に首につかまり、そのままゴールイン。
これがその時の映像。



確かに…乗ってはいないな!…つかまっとりますな。
残念ながら勝利することはできなかったものの、キッチリと入線をはたし、馬券対象ともなる着順だったことからか、拍手喝采で迎えられたとかいなかったとか…。

■トリビアNo.162■
◇「冷蔵庫を漁る馬がいる」◇

百聞は一見にしかず!
これをごらんあれ!!



いやぁ〜微笑ましくなる光景ですね。
この馬はオーストラリアにいるミニチュアホースのコーダくん。
体高は59cmしかありません。ミニチュアホースの標準サイズはもう少し大きく、80僂らいあるもんなんですが、コーダくんは体に疾患を抱えており、その影響からか、体はミニマムサイズなんだそうです。
今では治療も済み、元気いっぱい。
みんなに愛されて育ってます♪


▲〔体高の比較的低い小さな馬と比べてもこの小ささ…〕


▲〔世界一小さい馬と大きい馬のページは↑の写真をクリックしてジャンプ!〕


「次ページではオマケのコラムみたいです。はぐっ…おやつでも食べながらごゆっくりみてみてくだふぁい」
続きを読む >>

トリビア * 08:01 * comments(0) * - *

ラスト・トリビア2010

ラスト・トリビア2010
  
2010年、最後のトリビアとなります。
今回も目から鱗なネタを…
ささっコーヒーでも召し上がりながら、ごゆるりとどーぞ!

 


■トリビアNo.155■
◇「新馬戦優勝した翌日天皇賞を勝った馬がいる」◇

国から初めて「名馬」の認定を授かった、松方正義(日本銀行の創設者)の愛馬バンザイがその馬。


バ ン ザ イ

大正13年(1924年)、目黒競馬場の東京クラブ新呼馬競走に初出走し、圧巻のデビューを飾った。
この時の強さがあまりに鮮烈だったためか、陣営は翌日に開催が予定されていた帝室御賞典に急遽参戦表明。居並んだ錚々たる古馬の一線級を相手に、歴史的大勝を収め、一世を風靡。
その強さの詳細はぜひ、上記写真をクリックして確かめたい。

しかし、これ…現代競馬では絶対不可能なことだが、やってのけたらとんでもない名馬に持ち上げられること確定ですな〜。デビューの翌日、天皇賞制覇!…って、ありえねぇ〜(笑)。


■トリビアNo.156■
◇「その昔、人力車競走が競馬場で行われていた時代がある」◇

「ジョッキーベイビーズ」に「ジョッキーマスターズ」、さらにはばんえい競馬におけるJRA騎手が参戦するエイシビションレースなど、馬券発売はなくとも、大変な話題と盛況を呼ぶエンターテイメント、いわゆるアトラクション競馬は、実はかなり古い時代から催されてきている。

その一つに、なんと人力車競走も行われていたという。


人力車と言うと…↑のようなイメージを皆さんお持ちのことでしょう。
競馬場でこの人力車競走がはじめて組まれたのが明治5年(1872年)4月の横浜競馬場でのことだったという。この明治の世、当世を牛耳っていた交通機関というと、もっぱら人力車だった。その台数1万3000台とも言われ、一方の馬(馬車)と言うと700台足らず。台数が半端ではないことから、もちろん車夫もそれだけ多くの者がいた訳で、その数に比例して足自慢の男たちも犇いていた。
実際に開催したところ、これが大ヒット!
人力車をはじめて目にする当時の居留異国民にとってみれば、これ以上珍奇な競走はない訳であるし、慣れ親しんでいる日本の庶民にとってみても、大いに興味引かれる競走であったのである。
しかもこの競走、なんと賞金まで出ていたのである(笑)。
1着賞金は約10ドル。2着5ドル、3着3ドルほどで、当時とすれば、これは大変な大金だったとか。

狂騒するほどの競走(笑)だったこの人力車レース。半永久的に未来の競馬会へとも継承されていくかのようにも見えたが、ひょんなことから衰退の道を歩むこととなっていく。

事件は明治7年5月16日、春の横浜競馬3日目のこと。
最終レースのあとに予定されていた人力車競走の準備をしようとフンドシ一丁になり気合を入れていた車夫をたまたま通りかかった警官が目撃。
「人前で裸になるとは何事か!」
鬼神のごとき憤怒の形相、バカボンの本官さん並に怒り猛った彼はフンドシを逮捕しようと競馬場へ猪突猛進。しかし、しかしである。当時の競馬場は外人組織のクラブ。治外法権が世を覆いつくしていたこの時代、自領で起きた事件を日本人に裁かれる訳にはいかんと、逆に警官を追い出してしまった。これが後々まで尾を引き、なんと裁判事件にまで発展。
結局、クラブの書記が謝罪し、一件落着となったものの、同年11月12日に人力車競走が組まれて以降(この時も急遽マッチレースが発生し、時間がなく辺りも暗いから…との理由で中止になった)、競馬番組から姿を消してしまった。


   
続きを読む >>

トリビア * 04:50 * comments(0) * - *

トリビアコンビナート

トリビアコンビナート 

ここは古の記憶と記録が永遠と製造と廃棄とを繰り返されるトリビアコンビナート…
って…薄気味悪い出だしはこれまで(笑)。
今回もオモロー(古っ)でグッジョブなネタ満載です。
また〜りとお仕事の休憩時間や登下校の途中などの電車の中などで…どうぞ!

  ■トリビアNo.149■
◇「パンダのような毛色の競走馬がいる
」◇

世界には白毛以上に珍妙・珍重な毛色を持つ馬がいる。当館でも紹介済みのマジカルゴールドダストやサトー、ゴールドフィッシュやシマウマの競走馬など…。
今回紹介するのは、恐らく史上唯一頭しか登録例のない超稀少な毛色の競走馬である。
それでは!
百聞は一見にしかず。ご覧頂きましょう!






  


どうです?
何じゃこの馬ぁ〜って感じでしょう?
彼は列記とした競走馬で、カナダで活躍しております。
この馬の名はイルーシヴスペル。
2006年に米合衆国はアリゾナ州で生まれた牡馬で、父イルーシヴクエスト、母ミススペルデュアン、母の父ホワットアスペルという血統。あまり耳慣れない名前の種牡馬名ばかりですが、父系はサンデーと同じヘイローの血を継いでおり、母の父はボールドルーラー・ナスルーラのラインを継承する馬でございます。
日本でも走って通用しそうな血統背景ですが…こんな毛色の馬が走ってたら白毛馬以上に目立ちますね…パドック一緒に回る馬もびっくりしそう…。

んでもって…彼の目が凄い!
生き物とは思えない、人形のような透き通った目をしているのです!

≪レースへと赴くイルーシヴスペル。チークピーシズを頭部にも装着…競馬をはじめて見る人がこの馬を見たら、「この馬は頭痛と歯痛に悩まされてんのかい?」ってまじめに聞いてきそう…≫




さてさて…続いても奇妙奇天烈な競走馬のご紹介。

子供を放牧先で宿し、周囲が気づかぬまま妊娠したまま走った競走馬の話というのを時々耳にすることがあるが、この代表例が昭和52年・田中和夫厩舎所属だったモリケイという4歳牝馬。そして昭和58年の大久保良厩舎所属の4歳牝馬シバカオル。彼女たちは牧場でこっそりと愛を育み、厩舎で出産している…そんな珍事も現代では徹底した管理体制から滅多に起こりうることではなくなったものの、絶対に起きない事態とは言い切れない。
近年で有名なのが、ディープインパクトの母であるウインドインハーヘア。唯一のGI勝ちとなったアラルポカル制覇時にアラジの仔が胎動を始めていたことは、ディープを語る時、ときたま話題にも顔を覗かせる。また人為的に出産後競走生活復帰という馬は結構いる。その大半は生殖能力に問題を孕むとして現役に戻されるという馬もいれば、馬主の思いつき一つで現役復帰といったものまで様々。牝馬として初めて日本ダービーを勝ったヒサトモも、繁殖生活から戻され地方・浦和競馬で酷使されたという悲話があり、胸に哀涙の波が押し寄せる。その昔は地方競馬で所属馬の不足から繁殖生活から戻されるという最終手段を取られたこともけっこう。タカマガハラの母もそうだった。

さて!こっからが本題なわけで(笑)。
しかし世界は広い…世の中にはこんな馬もおったのです。


  ■トリビアNo.150■
◇「種付け生活と競走生活を掛け持ちした馬
がいる」◇

この馬の名は…

爛┘鵐凜.ぅ蹈鵐瓮鵐肇侫譽鵐畢

…という馬で、なんと3年間にも渡って種牡馬生活と競走生活を掛け持ちしての大活躍だった。

【エンヴァイロンメントフレンド】
生年:1988年
性別:牡
毛色:芦毛
生涯成績:31戦3勝[3-6-5-17]

≪血統≫
父コジーン
母ウォーターウォー
母父トムロルフ


プロフィールはざっとこんなとこなのだが、エクリプスSを勝つなど、かなりのポテンシャルを秘めていた強豪。愛チャンピオンSやコロネーションCでも2着と健闘。一線級の一流馬であったんである。
まぁ…そうでもなけりゃ種牡馬はできない訳で…。
しかし…名前がエコっぽいが…レースと種付けの両刀使いとは…。





  ■トリビアNo.151■
◇「ダービーゴール前乱闘を演じた騎手がいる」◇

レース後に騎手同士の大乱闘が全米生中継されてしまったという、あるまじき事件が起きたのが2010年のBCマラソン。しかし…さすがは米国。過去にはレース中に目に余る乱闘に発展した大事も起きていたのである。それも…最高栄誉の一つであるケンタッキーダービーで!である。
それは1933年第63回を迎えたケンタッキーダービーの直線で勃発。
先頭に立ったヘッドプレイとハーブ・フィッシャー騎手目掛け、ブローカーズティップとドン・ミード騎手が一気の脚で内からスルスルと並び掛ける…とまぁここまではよく見かける直線の攻防である訳だが…
ここからがまずかった!
内から来たブローカーズティップに気づいたフィッシャー騎手は馬を内に寄せ、勝負根性頼みとなる接戦の叩き合い持ち込もうと内へと進路を進めたのである。
しかし、これを見たミード騎手は「内ラチにぶつかっちまう!あぶねぇこの野郎!」と、フィッシャー騎手を掴み押し離した。これに憤慨したフィッシャー騎手もやられっぱなしじゃいらんねぇと、反撃に転じた。こうして掴まえて押し離し、掴まえては押し離すという壮絶な死闘を繰り返し、最後は2頭並んだままゴールイン。


〔内ブローカーズティップ、外ヘッドプレイ。これぞ本当の壮絶な叩き合い!?〕

結果…ほんの数ミリでブローカーズティップが優勝。
「やったぁ!」と喜ぶミード騎手の脳天めがけ、鞭一閃。
バチィコォオーン!!!
怒りに煮え滾ったフィッシャー騎手の会心の一撃。
まぁ…テレビ中継は無い時代で、この愚行が全米へと放送されなかったことが唯一の救いだったなのかもしれない…。


『続きを読む』からさらなるトリビアへどーぞ!
続きを読む >>

トリビア * 03:46 * - * - *

トリビアÅインパクト

トリビアインパクト 
  
久々やってきましたこのコーナー!
今回は3っつと少なめですが…メチャインパクトのあるネタを持ってきました!
心を楽にやわらか〜くしてどうぞ!


  ■トリビアNo.146■
◇「トウカイテイオーという名前のがいる」◇



トウカイテイオーと言えば、タバラさん…とも言いたいんですが、まぁ…
皇帝ルドルフの仔として聡明かつ天才的才能を魅せたスーパーホース…無敗の二冠からマックイーンとの最強決定戦、骨折を乗り越え、激闘を制して手繰り寄せた親子2代JC制覇…そして奇跡の復活。涙溢るる有馬記念ですよ、アナタ。

そんな奇跡のスーパーホースが牛でもいるという!

その牛が






   闘 怪 帝 王

と言う名前(笑)。これはジョークでもなんでもなく、実在した牛。
闘牛なのです。闘牛と言うとスペインのイメージがありますが、日本でも闘牛はあります。
有名なのが沖縄の闘牛。この闘怪帝王も沖縄の牛で、鬼才的パワーで他を圧倒したようですが…

  
   ▲ド迫力の闘牛

一年ぶりの決戦をものにしたとか、騎手…いやいや飼い主が犯罪者に落ちたとかまでは不明である。
追って報告する!!!(ウソ)



  ■トリビアNo.147■
◇「金魚と名づけられた金色の馬がいる」◇

 
金魚って言えば…夜店で見かける金魚すくいを思い出すなぁ…。
夏の夜と金魚すくい…なんでこんなにマッチするのだろうか…本題とズレマシタナ。

さて…この“金魚”という馬名だが、英字表記でGold Fish瓠◆峩盖」で馬名登録されている。
しかも、毛色まで金色というのだから凄い。

んで、この仔↓がその馬。






  

この馬は列記としたサラブレッド。その毛色の正体はパロミノ!
この毛色のサラブレッドは非常に珍重な存在であり…と思いきや、この馬も立派な種牡馬。パロミノの種牡馬はその絶対数から非常に稀少価値が高いといえよう。この金魚…いや馬はヴァージニア州のとある牧場で元気に営みを送っている。
なんだか金運を呼び込んでくれそうな馬である(笑)。



「続きを読む」からもう一個のトリビアをみるんやー!!
続きを読む >>

トリビア * 05:12 * - * - *

トリビア★流れ星  

トリビア流れ星

宵空を流れ行く星たちのように――…
競馬場・牧場・厩舎…そして人々の心の中流れ消えてゆく数々の記憶。
今回は『奇跡の名馬』発売を記念しての超スペシャル拡大版。
どうぞ、冷たいスイーツでも召し上がりながらごゆるりとどーぞ…☆


  ■トリビアNo.136■
◇「初勝利時、兄弟全馬そろって単勝100倍以上だった三兄弟がいる」◇

ノアパンチ
新馬戦時149.2倍の10番人気。

フィールドマックス
新馬戦時238.5倍の15番人気。

極めつけは!長男坊の…

ジャンボプリンス
初勝利時が500万下で179.2倍の11番人気。
(しかも馬体重がプラス40圈)

ノアパンチは父ウイニングチケット。14戦して勝ったのはこの1勝のみ…。1999年生まれの世代であった。フィールドマックスは一つ下の2000年ミレニアム生まれ。ポリッシュパトリオット産駒で8戦して1勝と、やはり稀代の大駆けは値千金の1勝のみにとどまってしまった。
…これら三頭の母はジャンボアトラス。
父バンブーアトラス、母テイタニヤ、父ダービー馬で母は人間に育てられたという稀有なエピソードをもつ歴史的二冠女王という和製良血馬だけに、尚のこと哀愁と寂寥感に苛まれる。
ちなみに、彼女の生んだ仔たちで1勝以上挙げた馬がいない…。侘しく痛切になる珍記録である。


  ■トリビアNo.137■
◇「その名前が狄佑鯣瓩靴泙擦覦扠という理由で馬名変更を要求され、本当に替えてしまった馬がいる」◇

その馬の名前は…

コロンバイン
     イズサッド

“Columbine is Sad”「悲しみのコロンバイン」という意味のこの馬名が物議を醸し出した名前である。“コロンバイン”でピンときた方もいるかもしれない。そう、1999年・米国コロラド州のコロンバイン高校へ銃を持った2名の少年が乱入し、15人もの生徒が犠牲になったという凄惨なあの事件…。この馬の名前は決してあの事件を由来としているものではない。それと言うのも、すでに事件が起きた時、コロンバインイズサッドは12戦を消化して、3勝を上げており、日本円にして約1000万円近く稼いでいたのだ。つまり、事件発生の遥か前に馬名登録が行われており、この事件からとってつけた訳ではなかったのである。
しかし…馬名を見るたびに…この馬が走るたびに…遺族の悲しみを扇情する、それゆえ馬名変更が望ましい、との旨が統括団体に申請され、これがなんと受理されたのである。

馬名で馬券を買う…馬名でその馬に惚れる…という話はよく聞くが、馬名を見て悲しみに暮れるというのは中々ある事ではない。

   



  ■トリビアNo.137■
◇「故障した馬を止めようと、女性えて乱入したレースがある」◇

この事件は今からさかのぼること、20年前のオーストラリアで起きていた。
東南部に位置する観光都市ケアンズの郊外に構えるキャノンパーク競馬場。1990年の9月9日、第三レースのザ・ダイキョー・ゴールデンハンデ、このレースの最終4コーナーで事件は勃発した。インを突こうと虎視眈々窺っていたチェペロボーイという馬が故障を発生。騎手はその時の反動で柵の外へと投げ出されるも、チェペロボーイは勇敢にもまだ走ろうと、故障した脚をブラブラ揺らしながら競走をつづけた。この光景に感極まった女性が一人。ツバ広帽子に白いロングドレスという、いかにも貴婦人のいでたちのこの淑女がドレスの裾を翻し、柵を越えて馬場内に乱入。チェペロボーイをなだめ、鼻面を擦りながら救護班が到着するのを待ったというのが、この事件の顛末である。


  ■トリビアNo.138■
◇「乱入したレースもある」◇

犬が乱入してきた…という破天荒な事件もあった。
これは2001年の10月、英国のブライトン競馬場で起きた事件である。
とある障害競走にて、スタート直前に馬場内にブルテリアが侵入。あろうことか、本命馬であるトドナへと襲い掛かり、当然トドナは我を失い、狂ったように逃げ惑った。鞍上の名手ファロンもさすがに虚を突かれ、落馬。その後もブルテリアはトドナを猛追。トドナは口から泡を吹きながら必死に逃げ続けた。係員がようやく現場に到着し、ファロン騎手とともに犬を追いかける。こうして逃げる馬、馬を追い掛ける犬、その犬を追い掛ける人という、サザエさんのような(?)大活劇へと状況は発展。
結局、犬の飼い主である婦人が駆けつけ、膝元へ犬が寄り添ったことでようやく事件は落ち着いた。しかし、トドナの関係者が落ち着いていられる訳もなく、ひどく憤慨。特に調教師のマカーシー氏は「エプソムのダービーで本命馬が犬に追いかけられたらどうするんだ!?出走して負けてもファンは納得せんぞ!」と競馬場側へ猛抗議していた。
そんな中、獣医が放馬したトドナにGoサインを出し、30分も遅れてレースは開始された。
やはりというか、何と言うか、トドナは終始精細を欠き、3着と敗れてしまった。
なぜ警備も万全だった馬場内へ犬が?事件の真相はいまだ謎のままである。

  
▲ブルテリア(本文と写真の犬は関係ありません)

欧州のとある競馬場では、直線走路にカモメが大挙殺到し、大事故につながった…なんて珍事も起きている。野生動物の乱入は何の前触れもなく、忽然と起きるから厄介だ。
しかし、次のトリビアは動物ではない予期せぬ珍客の乱入である。


  ■トリビアNo.139■
◇「パンツ一丁の男追い込みをかけたこともある」◇

(笑)。もはや笑うしかない(笑)。
2008年の2月16日。オーストラリアはシドニー近郊のモルヤ競馬場に青いカツラをかぶった下着姿一枚の、ビール腹の男がレースに突如参戦。
あろうことか追い込みをかけ、なんと先頭馬と競り合ってしまった。熾烈を極めた熱戦(?)の末、ゴール前で男が転倒したことで、あっけなく馬に軍配があがった…がしかし!なんと、このレースはなんと不成立に!
先頭に立っていた馬の鞍上はあろうことか、女性!
わいせつ罪で男は御用となったのだった。
これを狙ったのかは定かではないが、このヘンタイ、競馬場内で開かれていたバックスパーティー(結婚式前日に行う新郎最後の独身パーティー)の参加者で、大量の酒をかっ食らっていたらしい…。

直線走路で熱戦を繰り広げる競走馬たちに混じって大外からパンツ一丁の変態が参戦してきたら、唖然としてしまうに違いない。

しかし…野生動物以上に人間の突然の襲撃が、一番予想不能かつ回避不能なものかもしれないなぁ。





  ■トリビアNo.140■
◇「勝った時、単勝・複勝・馬連すべて万馬券だった馬が日本競馬史上1頭だけ存在している」◇


シルバーシカイナミ


【馬券配当記録室】にも展示されている通り、1980年11月15日の京都競馬場第2Rにて、柴田政見騎手騎乗の、16番人気の最低人気の同馬が優勝。単勝49,410円、複勝11,680円、そして馬連複19,180円の大波乱を演出。単勝・複勝ともにいまだJRA(国営時代も通して)史上ベスト3に入る記録であり、枠連でも万馬券という歴史に残る超大穴馬券となった。日本競馬史上、単勝・複勝・連すべてで万馬券となった馬は、いまだこの一頭だけである。当時、馬連・ワイド・三連複・三連単があったらどんな馬券になっていたことやら…。
いつかとってみたいなぁ…こんな馬券。


『続きを読む』からさらなるトリビアへ!

■写真提供・協力■
秋山由美子、星夜さん、かぽえらきっく氏ほか

続きを読む >>

トリビア * 00:10 * - * - *

とりびあ☆ぽけっと

 【とりびあぽけっと

子供のポッケには色んなモノが入ってる。
それと同じように、競馬・馬という名のポケットにも
まだまだたくさんの雑学が溢れ返っている。


今回もほっと一息。
カフェを楽しむようなご気分でどーぞ!


  ■トリビアNo.131■
◇「南アフリカ勝利を上げた日本人ジョッキーがいる」◇



FIFAワールドカップで熱狂の坩堝と化している南アフリカ。
なんとこの地で勝利を上げた日本人騎手がいることを、ご存知だろうか?
それが…



  加賀武見騎手


…なのである!
加賀武見騎手と言えば、武豊騎手に新人最多勝記録(69勝)を上げられるまで記録を保持していた騎手で(美浦所属の騎手としては三浦皇成騎手に抜かれるまでの48年間も保持)、現役当時は“闘将”とも称された名騎手。主なパートナーはクライムカイザー、アサカオー、ミハルカス、カネミノブ、タカマガハラといった往年の名馬が並ぶ。ミハルカスに騎乗してのvsシンザンは語り草にもなっている…という名騎手なのだが、1972年に単身南アフリカへと乗り込み、見事勝利を掻っ攫っている。

ちなみに、海外で初勝利を上げた騎手は“ミスター競馬”ことシンボリルドルフを後に手がける野平祐二氏で、1959年のオーストラリアで開催された国際騎手招待競走でアカタラワという馬に騎乗し、優勝。これが日本人騎手の海外初勝利である。
海外で勝つのは競馬もサッカーも大変なんである。
もひとつオマケに…お隣韓国の競馬で初勝利を上げた騎手は…
清田十一騎手で、1969年に勝っております。



  ■トリビアNo.132■
◇「ビートルズポール・マッカートニーは父の誕生日にプレゼントしたことがある」◇

世界中で大ヒットを記録した歴史的名バンド『ビートルズ』。そのメンバーの一人、ポール・マッカートニーは父親の誕生日に馬をプレゼントするというサプライズなことをやっている。
時は1964年。そのプレゼント馬がドレークスドラムという馬で、1966年の3月、エイントリー競馬場にて、あの栄えあるグランドナショナルの前座レースとして組まれたヒルトン・プレートという6Fのレースに出走し、見事勝利を収めた。
しかし…馬名もやはり音楽に関係ある名前と言うのは、ビートルズらしいなぁ…と思う訳です。ハイ。

ドレークスドラム
父ファイティングドン
母ハーヴェストメイド
母父アミッドウォー
生年:1961年
性別:せん馬
毛色:鹿毛
国籍:英国



  ■トリビアNo.133■
◇「馬がいないはずの波照間島野生馬がいる」◇

沖縄本島からさらに南…日本における有人島としての最南端であり、南十字星と漣のシンフォニーが白い砂浜をなでる楽園『波照間島』。
ここには2005年、私も来島し、調査したが人に飼われている馬が1頭いるのみ(ちなみにこの馬、私は“波照間”と名づけ、当サイトの『奇跡の名馬』でも紹介している)で、野生の馬は棲息していないはず…なのであるが、波照間島で徘徊する馬にあったという報告が入った。

これがその馬!

   

…波照間の容姿と見比べてみても…足にソックスがないし、流星の形も違う…どうやら別馬らしい。
別の島民がこっそりと持ち込んだ可能性も否定できないが…正に謎。
“波照間馬”なのか!?謎が謎を呼ぶこの馬。
どうやらもう一度この島を来訪して調査するしかなさそう…。


『続きを読む』からはさらなるトリビアへ!

続きを読む >>

トリビア * 03:31 * - * - *

トリビアFilm

 【トリビアFilm

めくるめく競馬奇譚ワールド…
今はもう、記憶の彼方、
忘却の島へと追いやられてしまった
不可思議な記録が
まだまだ世界には存在するのです…!



  ■ トリビアNo.125 ■
◇「パドックで馬名をめぐってファン厩務員口論になった珍事があった」◇

その昔、福山競馬場で起きた出来事。
カチカチヤマというアングロアラブがパドックに現れたところ、この馬の名前を見た老人二人組みが「ケツから火噴くんじゃないか(笑)」と嘲笑したところ、これを聞いた厩務員が激怒。
軽い口論で事は収まったものの、レースはすんなり収まらず、二人は腹の虫が収まらぬこととなり、頭からは怒りの炎が噴出。結局火を噴いたのは二人だったそうな。

  
▲『かちかち山』は民俗学上、想像を絶するような凄惨な話である…。
(絵:牧野宏志氏)

カチカチヤマ
父オカノヒリュウ
母ジャンボレディ
母父ニューサラトガ
生年:1998年
性別:牝
毛色:鹿毛
生涯成績;65戦9勝
※アングロアラブ


  ■ トリビアNo.126 ■
◇「34年間開催休止になっていたダービーがある」◇

世界中には燦然と輝くあまたのダービーが存在しているが、なんとその途中34年間も競走が休止されていたダービーがある。それが…

ルーマニアダービー

…なんである。ルーマニアダービーは、その創設は1875年と古く、創始年度はあのケンタッキーダービーと同じ。第一回は芝2,000mで行われ、勝ち馬はギゼルダ。1875年〜1886年・第一回から第11回の11年間は2,000m、1887年から1895年の8年間は芝2,200mへと条件が変更され、1896年からは現行の芝2,400mへと落ち着いた。ちなみに全年度とも例外なくバネアサ競馬場で施行されている。
開催が休止されたのが1961年からで、1995年の34年間、国家の大きな変動の影響をもろに受け、34年間もの長期間に渡り、この国のダービーは眠りにつくことになる。
その間にルーマニア共和国はルーマニア社会主義共和国…そして現代の爛襦璽泪縫↓瓩箸靴討料移をたどり、1996年から再開されるに至った。


しかし…

このダービー、とんでもなく珍名馬が勝っているのである。
第2回がコーラ
1889年の第11回はロッテリア(笑)。
1892年、1893年とパルティザンという同名馬が優勝(笑)。
1940年にはS.O.Sという馬が優勝し、救済(?)を求めた(笑)。
救いを求めた翌年はボア(笑)。
1944年にゴルフが優勝し、その翌年にモタン
何がもたねーねよ(笑)?
そうかと思えば、1946年にはモスキート(日本語で牴祗)が優勝し、ドラキュラばりに血を吸ったらしい。
1954年にはついに(?)マックが優勝し、競馬史上初となるマックとロッテリアの名が同競走史に刻まれるという夢の競演が実現。
そしてトドメとばかりに1958年にはギャルが優勝しましたとさ(笑)。


  ■ トリビアNo.127 ■
◇「全く同じ名前の種牡馬同じ国で供用されていたことがある」◇

その奇妙な過程を辿ることになった種牡馬2頭の名前が…

ルサンマーティン

一頭が1895年にフランスで生まれ、のちウルグアイへと輸入され、1910年にはアルゼンチンへとやってくることに。
もう一頭のルサンマーティン号は1893年生まれ。1898年にフランスから一足先にアルゼンチンへと足を踏み入れていたらしく、1910年、2頭のルサンマーティンが相並ぶこととなった。
ちなみに前者のルサンマーティンは1912年〜1925年の間で産駒が367勝を上げている。




“続きを読む”から2ページ目へ!
続きを読む >>

トリビア * 04:28 * - * - *

Жトリビアカフェ凶


今回もとびっきりの珍ネタ、奇話をご用意してますよぉ♪
まったりとコーヒーでも飲みながら…ごゆるりとどうぞ!



 ■ トリビアNo.119 ■
◇「早口言葉がある」◇

生麦 生米 生卵…

魔術師手術中…

隣の客はよく柿食う客だ…

この日本には多彩な早口言葉が存在するが、馬がネタになった早口言葉があるのをご存知だろうか?馬好き競馬ファンなら知っておきたいところ。
それではここだけで公開!馬の早口言葉!

黒馬の黒より黒い暗い沼。ぬばたまの馬、ぬばたまの沼』

※さぁ早口で三回言ってみよう!


…むづかしいな…コレ…。



■ トリビアNo.120 ■
◇「その昔、馬にビールを飲ませていた時代がある」◇

  

「馬にビールを飲ませると速くなるんだよ」

これは中央競馬で調教師を務めていた某有名人の弁。
中央競馬が現在の体系を確立させる以前の、横浜根岸競馬時代、厩舎関係者たちの一部は、馬にビールを飲ませ、レースへと出走させていたというのである。
これは本当の話だが、もちろん現代競馬でやれば失格。
人間と同じ、馬もビールを飲むと気持ちが弾むんでしょうねぇ…。でも酔っ払ってコーナーを回り切れないとかは勘弁ですな(笑)。



■ トリビアNo.121 ■
◇「自国のダービー3回も制した馬がいる」◇



自国のダービーを数回も…勝つ!
そんな奇跡の珍事を起こした馬がいる。
マレーシアのオポージングフォースという馬がその馬で、ペラダービー(芝2,400m)を2001年、2002年と連覇。さらにこのレースがGIへと昇格すると、2005年にもう一度優勝!なんと自国のダービーを3回も勝ってしまった。
世界広しと言えど、自国の同じダービーを3回も勝った馬は、この馬しかいない。

出走制限ないダービーって…なんか価値が軽薄な気がしてならないが、偉大は偉大な記録である(?)。

『続きを読む』からさらなるトリビアへ!
     
続きを読む >>

トリビア * 23:44 * - * - *

+ 1/13PAGES + >>