栃木の『青空(キズナスカイ)』

 


  

 

私うみねこの母郷は、時折コラムで述べていることからご存知の方もおられると思うが、栃木県である。
かつて、栃木県は名馬の名産地であり、日本初の公認の名馬とされるバンザイや、大正時代の女傑ピューアゴウルドらも栃木県は那須で誕生した日本競馬揺籃の時代を彩った名馬である。

▲〔バンザイ〕

私は恥ずかしながら、地元の名馬を仔細に至るまで研究できていない。灯台元暗しとは正にこのことで、もちろん栃木競馬に君臨していた地方競馬の名馬たち…ブライアンズロマン、ベラミロード、ドージマファイター、フジエスミリオーネ、古くはトチノミネフジなどは実際に見たり、競走成績を知っている。

しかし、要はそれ以前の、農耕馬や草競馬で活躍していたような馬に関してはいまだ調べ切れていない。以前、馬頭町を来訪した際の踏査や日光市におけるフィールドワーク、そして宇都宮競馬場跡地の視察のみくらいしか、はっきりと精査したと言える機会を設けられていない。

「これは…いかんなぁ」

そう呟いた春の空。国会図書館で古の名馬たちとの咫尺を交わす内に面白い記事に邂逅を果たした。

「せりシーズン幕開け ア系三才馬のせり市 最高は三百万で栃木が」

まだアングロアラブの需要はあった時代…アラブ競馬の黄金時代の頃、栃木は名馬の名産地だったのである。このセリ市には日本中央競馬会、栃木県・群馬県らの馬主会、地方競馬全国協会、そして馬事公苑などの団体購買者が参加して毎年3月、春先に行われていた。九州では鹿児島、佐賀、福岡。東北では宮城、福島、一関、水沢、花巻、青森にて催され、いずれのエリアにおいても栃木産馬は高く評価され、購買者らによる激しい競り合いが繰り広げられたという。

その内の一頭に、唯一かは分からないが、上場された馬の中、判明しうる中で唯一の漢字二文字名馬にふと、目が留まった。

彼の名は『青空』。なんとも清清しく爽やかな名前である。この馬は一関で買われていった所まで行方は分かっているが、その先は判然としていない。不明瞭なその行方を手繰るのは至難のことだが、いずれ突き止められればと思っている。

(あおぞら)

かなり高い評価も受けていたようである。写真として残る唯一の一枚がこれである。

〔写真元:栃木県地方競馬馬主会〕
 

…「あおぞら」というフレーズに思い出したのは「青空市」。晴天の下行われたであろうセリ市…つまりは「青空市」でセリ落とされた『青空』。なんとも朗らかなイメージが眼前に広がった。奇しくも、その名馬の生産地であった栃木県、それもバンザイたちの生まれた那須では、それを忘れてはならないというムーヴメントが起こっている。しかも、そこでは「あおぞら市」が開かれているというのだから、馬と人が織り成す不思議な縁に、強い『絆』を感じてしまう。

  

宇都宮線に揺られ、黒磯の1つ先に「黒田原」という駅がある。この黒田原ではかつて春になると農耕馬のセリ市が行われ、そこでは多くの「那須駒」が馬喰や富豪に買われていったという。いまでも昭和のような空気を取り巻くこの地では失われた「那須駒」たちかつての名馬たちを忘れてはならぬと、町おこしの一環としてのマスコットキャラクターに馬を採用。これがクロロである。

2010年11月に世話係りの少女「ゆめな」と共に商工会が考案した「ゆる&萌えキャラクター」。このキャラ選定は大成功を博し、テレビ出演も増え、町の活性化へと繋げられている。

▲〔新聞にてテレビにおける活躍を報道されたことも〕

▲〔黒田原駅前に立つ那須駒の記念像。これは数年前に草むらから偶然にも発見された馬の木像に金鍍金を施し、再建されたものである。像の傍らには「クロロとゆめな」の紹介のプラカードも添えられている。町では馬のセリは当然行われていないが、あおぞら市は開かれ、それにおける販促活動に「クロロとゆめな」は奮闘しているようである。〕

午年の今年、元旦に某テレビ番組において開催された『ゆる馬ダービー』を制したのは栃木のクロロだった。これも地元民の方々が密かにしたためる、昔日の日々常に寄り添ってきた馬たちへの愛慕が手繰り寄せ、成し得た奇跡だったのではないか。

自分の故郷がかつての偉大な名馬たちの生誕地であったことに再度気付かされた春の長閑な1ページ。

“青空”に感謝の念の眼差しを―夕暮れさす車窓の彼方、久々に望郷の思いが胸をかすめた。

 今回の写真・
  イラスト提供・協力
    参考文献ほか

うみねこ、秋山由美子、Mr.woolhouzen、『競週地方競馬』、『アラブ牝馬系統大鑑』、黒田原商工会、『ひばらさんの栃木探訪』、『那須の我が家は雲の中!!』ほか

どもぉ!美空です。

ここで出張版『トリビア』です!





都市伝説
  トリビアNo.219
リンカーンミスターシービー

時空を超え、両者と闘った
     障害の名馬がいる」


その馬の名は『黒王』。そう!あの『北斗の拳』に登場してくるラオウの跨る、漆黒の巨大馬。その『黒王』は春天でディープの2着したリンカーンや三冠馬ミスターシービーとも対戦していたのです!しかも、障害で(笑)。

…はい、そろそろ冗談もやめにしまーす!

でも、黒王という名前と、当然同名別馬ではありますが、リンカーンとミスターシービーと競走していたという障害馬いることは真実なのです!それは『奇跡の名馬』っぽくご紹介です!!



 〜黒き雷轟、黒き舞姫

―戦前に君臨せし
    驚異の障害女傑。
  日本・障害競馬史上
       最強の牝馬―



父 アスフォード
母 第一サンダーノ三
母父 ラシカツター

生年:1934年
性別:牝
毛色:鹿毛
調教国:日本
生涯成績:30戦15勝

もしかしたら、この馬は障害競馬史上最強牝馬かもしれません。

そのくらい強いんですよぉ〜☆障害に限定すると…18戦14勝2着4回というパーフェクト連対!そして…勝つ時の着差がとてつもない!!3回だけ接戦してるんですが、ハナ差、頭差、1/2馬身差各一回ずつ。しかし、それ以外はすべて1馬身以上の快勝、もしくはそれ以上引き離しての圧勝ばかり!とんでもないのは引退前の5戦は想像を絶するような超絶的勝ちっぷり!

74kgを背負って9馬身!

75kgを背負って6馬身!

72kgを背負って10馬身!

70kgを背負って大差!

70kgを背負って大差!

牝馬ですよ…牝馬がこの強さ!!!ちなみにレコードも2回記録しています。

リンカーンと対戦したのが1938年の9月25日、福島競馬場で行われた障害レース2,700mで、見事下しています。

しかし、さすがに三冠馬ミスターシービーは強かったか(もうええわ)、2着と後塵を拝してしまいます。この歴史的(?)対戦が1939年4月2日、中山にて行われた3,100mの競走でした。

障害において連対率100%で生涯を駆け抜け(シャレじゃないですよぉ)、三冠馬とも対等に渡り合ったこの馬こそ、史上最強障害牝馬で間違いない!?

…それにしても、本当に大きい牝馬ですよねぇ。筋肉隆々でホンと黒王みたい…ウオッカにも似てるような気が…。

 

お邪魔しましたぁ〜!

次回は、私のコラム内でお会いしましょう!

バイバイでーす★(by美空)

奇跡の名馬 (スペシャルColumn) * 20:46 * comments(0) * - *

プロローグフェザー【2014馬年YEAR・FIRSTコラム】


       
       


  
うみねこ&美空
「あけまして、おめでとぉ〜ございます!」

本年2014年も、当サイト『うみねこ博物館』を、『奇跡の名馬』をよろしくお願い致します!


うみねこ:本年は午年!来たね!!来ましたね!!この時が!!!
もうしょっぱなから何かイイことありそな予感♪

美空:うみねこさん、昨年はどんな年でした?今年の抱負とかをぜひ。

うみねこ:去年は予想大会参加の皆様、久米島の井上福太郎さん、元牧場関係者の方、ホースキャンプ茅ヶ崎の高橋世波音さん、元高崎ジョッキーの赤見千尋さん、血統評論家の栗山求さん、レーシングライターの辻三蔵さん、調教査察官の井内利彰さん、喜界島の郷土研究家の北島さん、喜界島獣医師の高坂先生など、たくさんの方と交流が持てた事が非常に自分にとって刺激であり、同時に貴重な財産となりました!
本年も引き続きたくさんの馬事・競馬関係者の方々と交流を重ね、絆の和(輪)を広げていければ…と考えております。
本年度のテーマは「絆の和」です。
2017年の次回作出版へ向けての大事な一年となりますので、当サイト、そして『奇跡の名馬』をご愛読頂いております皆様にもご協力賜りながら、誠心誠意、新たなる夢へと一歩一歩邁進していきたいと思います。


   
年始最初のメイン競走
初詣特別
ジョイアが破竹の7連勝&8馬身差の大楽勝!

これからの活躍に期待です♪
 
それでは、まず美空のこのコーナーからいってみよっか!


さて、まずはとある集落に伝わる、とても珍しい民俗行事をご紹介しましょう!
午年ということで、馬と関わりの深い、岩手県は遠野市のおめでたい神楽をご紹介。


 オカメ考『遠野太神楽』

正月の縁起物の一つでもあるオカメのお面。
南部馬と人が営みを送った遠野地方では、オカメの面が重宝され、神楽において舞われています。
下の写真は非常に珍しい一枚。家の中に木?
そこにオタフク、ダルマ、鏡餅と、とことん縁起がイイですねぇ。

日の出町の小正月では、こうしてオカメ、オタフクを祀って新年を祝う習俗があるようです。
オタフクって「お多福」と字をあてられるように、とっても縁起の良いものですからね。
馬と共に幸を運ぶ存在として、信仰されてきているですね。
   

うみねこさんが『SPEC』好きで、私も連れられ映画見に行きましたが、オカメの能面付けた奴出てきてビックリ!
何の関係もないんですが…ね。ニノマエの真似か、指を鳴らす様がウザイです…うみねこさん。

そんなうみねこさんは、未詳事件、都市伝説にやられちゃえ!…ってことでこのコーナー!





おっと…
語り出す前にスペシャルゲストをお呼びしましょう…
一富士、ニ鷹、三茄子!こと、日本調教馬最高となる国際レーティング134を獲得し、世界を驚かせた日本の怪鳥…

※作:うみねこ
エルコンドルパサーさんです!!
年始一発目のトリビアはこの偉大なる名馬にまつわる意外な側面に関するものです…

都市伝説
  トリビアNo.216

◇「
世界を震撼させた
エルコンドルパサー
  冬の道大の苦手
時には震えて膝を付いてしまう
 
こともあるほどだった」◇

11戦8勝2着3回。凱旋門賞で日本馬初となる連対を記録。無限の競走能力を発揮し、いまだに史上最強候補にも推される偉大な名馬。
その世界を震え上がらせたエルコンドルにも苦手なものがあった!
それが冬の凍った道。
引退した後、社台スタリオンステーションで繋養されていた同馬は、ある冬の日、凍結していた道に足を滑らせ、
すってんころりん!
あろうことか転倒してしまったのである。幸いにも怪我はなかったものの、それ以来エルコンはその道を通る際執拗なまでに警戒を払って慎重に歩いていたという。また夏であっても、水で濡れてキラキラと光る道に怯え、ひどい時には萎縮して座り込んでしまうこともあったとのこと。
それほどまでに転んだ時が怖かったのであろう。これは微笑ましいエピソードであると同時に、同馬の記憶力・判断力の高さ・秀逸性を物語るものでもある。


美空:微笑ましいお話ですねぇ…って!もぉ新年早々、滑るとか、転ぶとか言わないでください!!
この『うみねこ博物館』を見て下さっている方の中には、きっと受験生とかもいるかもなんですからぁ!

うみねこ:そーだな(汗)!ゴメン、ゴメン(笑)!!
じゃ、次は100戦不敗の馬の話を!

美空:100戦無敗!?キンツェム号じゃないんですか!?無敗全勝記録って!?

うみねこ:まぁまぁ、とりあえず話を聞いて。

   

都市伝説
  トリビアNo.217

◇「日本には101戦100勝名馬がいた
」◇

これは鎌倉時代に編纂された文献『古今著聞集』に記されている挿話なのだが、真偽の程は定かではない。
あまりの強さから誇張されている感もあるが、とてつもなく強く、ほぼ国士無双の名馬だったことは間違いないようだ。
その馬の名は腋白(わきしろ)誰が乗っても負ける事のない天下無敵の名馬であったという。

この馬については、同文献の第15巻の481話に記されている。唯一敗戦を喫した競馬(くらべうま)では、負けた事に憤怒、激昂し、鞍上を噛み殺したという逸話も口伝されている。
洋式競馬だけでなく、「草競馬」や「くらべ馬」も公的記録としていい…とすなら、日本の最高連勝記録はこの馬か!?



2014年はコイツらから目を離すな!

うみねこ美空
    
期待の馬
たち


【中央】
ハープスター

サングレアル、レーヴデトワールほかを牝馬クラシックへ向かわせ、ハープでダービー獲りを行うと、松田博調教師からも明言あり!どこまで強いのか、全く予測不可能なこの馬。ダービー勝って目指せ凱旋門!

バンドワゴン

京都1,800mをレコード圧勝するトゥザワールドを相手にもしない6馬身差圧勝のデビューに続き、エリカ賞も御しきれないほどのパワフルで大跳びのフットワークで5馬身差の圧勝。勝ちタイムはエリカ賞史上No.2の好時計。
ラジオNIKKEIよりも高いレベルの内容の連勝に期待は高まる一方!

ヒカルカミヒコーキ

昨年の2歳戦、ホウライアキコを筆頭に大席巻したヨハネスブルグ産駒の期待馬!
短距離戦で大活躍の予感。いまだ着外は無く、ネロ、タガノブルグ、ペプチドスピカ、そしてアキコと共に、起こせ!
ヨハネス旋風!!ダートでもO.Kな感触と血統。先々楽しみです。

アジアエクスプレス

芝・ダート兼用スーパーマル外!
果たして次はどこ!?バンドワゴンと共に馬場幸男オーナーは、名字の通り、馬年で当たり年!?
ドバイで見てみたい馬ですね。

ジャッカスバーク
今年の2歳はダートもレベル激高!
アジアエクスプレスをダートで打倒1番手はこの馬。
デビュー戦で東京ダート1,600mでGI級古馬でも出せない上がり35.1を楽々とマーク!
負かしたハットシテグー、アナザーバージョンも次々と圧勝で勝ち上がり、この馬のデビュー戦はちょっと次元が違った感。

【地方】
ナムラダイキチ
休養中で復帰のまたれる金沢史上最強馬。
生え抜きじゃないのが残念ですが…。
早く戻ってこーい!

ハッピースプリント

史上最高レベルの道営2歳の頂点に君臨する、久々の地方生え抜きの大物!
南関東へ一旦移籍し、南関東三冠を目指すようです。
現時点でもシルクメビウス以上の能力といいますから、相当の器でしょう。
JDDでアジアエクスプレス、ジャッカスバークらと当たるまでは負けられない!!

セイントメモリー
本橋騎手と共に覚醒した太井生え抜き万能短距離馬。
今年も地方を代表して中央を倒して〜!

エスワンプリンス
佐賀競馬現役最強馬。この馬の能力なら、全国区でも通用可なはず。

【海外】
トレヴ
世紀の后帝。始動はガネー賞とのこと。
すでに比較対象はアレフランセやダーリア、ザルカヴァらを飛び越え、セントサイモン、リボー、シーバードといった世界競馬史に神話として残る伝説の名馬たち。
はたしてどこまで強いのか。

オ・マ・ケっ!

私、うみねこからのお年玉(?)です!

【オルフェーヴル】


【オグリキャップ】


【ウオッカ&ダスカ】


【ルドルフ&シービー】


スマホやケータイ、PCからダウンロードしてメールの年賀状のアクセサリーとしてお使いくださいませ!

奇跡の名馬 (スペシャルColumn) * 01:01 * comments(9) * - *

祝讃のシャンパンスノー・スプラッシュエピローム【2013FINALコラム】


祝讃シャンパンスノー
 スプラッシュエピローム
  【2013FINALコラム】


それでは発表します!
『うみねこ博物館主催・秋季予想大会FEVER TURF2013』優勝者は…

おめでとうございます!
総獲得ポイント
3,420pt




アサギリさんです!!


美空:全レース参加されただけでなく、難解な海外レースや障害競走にて着実にポイント加算されたことが勝因でしょうか!?
よろしければ、ぜひお喜びのお言葉、ご感想をコメントへ…うかがってもよろしいでしょうかぁ♪

そして…
準優勝、2位は…
総獲得ポイント
2,970pt

T.Kさんです!!

第3位は…
総獲得ポイント
2,650pt

ぬもんちゅがさんです!!


Y子:以下の順位は↓下記の通りとなっております。

4位 美空   2,630pt
5位 わをん  2,220pt
6位 うみねこ 2,140pt
7位 ヤスダ  1,620pt
8位 Y子    500pt

私は参加しなさ過ぎが最後まで尾を引きました(笑)。
わをんさんとぬもんちゅがさんの追い上げがすごかったです!
それから、わをんさんはパーフェクト的中を有馬とJCダートで達成!これもすごいです。
T.Kさんは残念ながら三連覇はなりませんでしたが、それでも準優勝というのはすごい!!
予想上手な上に皆勤賞で、王者の貫禄を見せ付けた感じでしょうか…!?

そして優勝のアサギリさん、本当におめでとうございます!
圧勝ですねぇ…うみねこさんと美空ちゃんが全レース参戦していても勝てなかったでしょう。
ぜひ連覇をめざしてくださいね♪


うみねこ
「3位内に入賞された方に関しましては、『予想大会投票所』に記してありますとおりの、賞品を送らせて頂きます!賞品の内容は『投票所』コラムにてご確認くださいませ。また賞品の発送は年明け、10日以降を予定しております。賞品の受け渡し、発送に当たっての詳細は当コラムのコメント欄にて追述致します!」

それでは、これもって2013秋季予想大会を閉幕します!
次回もぜひご参加をお願い致します!
そして最強予想家アサギリさんへ挑戦状を叩き付ける新たなる予想家参戦も待望しております(笑)。
ワムさん、ルカさん、ミューズさん、半蔵さん、復活参戦してくれないかなぁ…。

FEVER TURF予想投票所

▲すぐ飛べるよう、リンク貼ってあります!
確認はクリックorタップでGo!


大会は来春にも開催予定!
どうぞご期待くださいませませ〜☆
それでは、また!



どもぉ〜美空でぇす!
今年も残りわずかとなりました。
仕事納めの方もそうでない方も、本年最後のコチラのコーナーをお楽しみくださいませ☆




都市伝説
  トリビアNo.214

◇「
たったの5頭しかいない
  絶滅寸前の馬
がいる」◇

それがこの馬!

最も希少な馬種、アバコ・バーブです!
2010年7月の時点でたったの5頭しかおらず、しかも悲劇的なことにその5頭全馬に繁殖能力が欠如していたらしく…
ほぼ絶滅確定の状態。かつてはバハマ諸島に多く生息していたらしいのですが、食用やスポーツ用の狩り、そして農薬の影響から頭数は激減。いまや風前の灯となってしまっているのです。かわいそう…。

美空:何とかできないもんですかねぇ…

それこそ、クローン技術とかで…
そう言えば、以前うみねこさんが『クローン馬論考』ってコラムで言ってましたが、ラバやハフリンガーではクローン馬が誕生しているんですよね。
アバコ・バーブをその技術で助けてあげられないもんですかね…
そう言えば、競馬で優勝した馬のクローンていませんよね…?

うみねこ:いるよ。
美空:えぇ!?

都市伝説
  トリビアNo.215

◇「
競馬優勝馬
  
クローン馬はいる」◇

▲〔写真はラバのクローン兄弟馬、アイダホジェム(左)とアイダホスター(右)〕
英BBC放送(電子版)などによると、イタリア・クレモナのスパランツァーニ畜産研究所は14日、耐久レースに優勝した馬(アラブ種)の遺伝子をコピーしたクローン馬の生産に成功したと発表した。クローン馬は2003年5月に同研究所で生まれた雌に続いて世界で2例目だが、優勝馬のクローンは初めて。ピエラズ2と命名されたクローン牡馬は2月25日生まれで、出生時の体重は42キロ。

“親”のピエラズは去勢された牡馬で、1994年と96年に耐久レースで優勝。現在は米国で引退生活を送るが、去勢されたため子孫を残せず、フランスの研究機関が細胞を採取し保存していた。ピエラズ2はレースには参加しないが、種馬としてピエラズのような実力を持った子どもの誕生に貢献することが期待されている。耐久レースは10数キロの距離の持久力を争う競技で、特にアラブ首長国連邦などで人気という。

  
美空:ふぇ〜なんか怖いなぁ…自分のコピーが存在するって…。
ドッペルゲンガーは脳腫瘍の影響で見る幻影だから科学的に説明つくけど…その科学で作られたもう一人の自分…。
オルフェやディープをコピーして、地方競馬で戦わせれば地方は活気付く…なんて意見する人もいるらしいですけど、それって絶対に間違ってると思う。それに地方競馬にそこまでの技術へ拠出するお金が無いと思うし…。
そんことを考えながらコンビニに立ち寄ってホッと一息。
やっぱり何気ない日常がイチバンだ!と思う美空でしたぁ★
これで、本年度の私、美空のコラムは終了となります。来年、午年2014年も宜しくお願い致しますっ!
   



 
跡の名馬
 〜2013総集編


   
本年2012年は以下の14頭の紹介となりました。
2014年はもうちょい頭数増やしてアップしていきたいと考えております。
2010年以前のような大挙のアップ…は今現在厳しい状況ゆえ、地道にちょこっとずつ、超マニアックな名馬から、現役を代表するスーパーホースまでありとあらゆる名馬のお話をお届けしていきたいと思います。
来年度2014年もご愛読・ご愛顧の程、何卒宜しくお願い致します。

≪日本≫
【JRA】

ユメノセテコウユー


ピロマティア

【地方競馬】
〔笠松〕

サンキョウスーパー


〔宇都宮〕

カヌマオペラオー

〔川崎〕

キヨフジ

〔福山〕

クラマテング

〔浦和〕

ハンベエクン

≪米国≫

ホワイトウイングス

≪南米≫
〔ヴェネズエラ〕

バンベラ


≪ヨーロッパ≫
〔大英帝国〕

クィーンオブトランプス


〔イギリス〕

ウサインコルト

≪中米≫
〔プエル・ト・リコ〕

ラヴズプレッシャー


バチアー

≪オセアニア≫
〔ニュージーランド〕

ピコ



美空:2014年はどんな名馬が登場してくるんでしょうね!
私もみなさんと同じように、わくわくドキドキしながら、うみねこさんのアップを気長に待ちたいと思いま〜す☆



こうして今年一年も暮れていく――…・・・・・・・・
舞台は【馬】年2014へ――!!!!!
     
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奇跡の名馬 (スペシャルColumn) * 07:13 * comments(0) * - *

凱旋門賞2013SPECIAL COLUMN〜『絆の翼』


凱旋門賞2013
SPECIAL COLUMN
  絆


遠い夕日を見つめていた――。
いつあの先に行けるのだろうかと。影を帯びたどこか泡沫とした失念を抱懐しながら。
届きそうで届かない、夢の頂。
『凱旋門賞』。

遥かなる古の書肆に積み重ねられた古文の壁のごとき、見えざる鉄壁絶壁なる扉はいま、ついに開かれようとしている。

欧州における芝2,400mは、チャンピオンディスタンス、と呼ばれるがごとく、真の最強馬を選定するヨーロッパにおけるホースマン・王族貴族たちが定めてきた聖なるコッロセウムだった。他の侵犯を許さぬ金城鉄壁の牙城。その最高峰に位置するレースこそ、エプソムのダービーであり、アスコットのキングジョージ、そして世界的最高権威・究極の名誉とされるレースこそ、この凱旋門賞なのである。

リボー、シーバードといった日本競馬界からすればあまりにも眩しすぎる、そして宇宙の彼方のような世界にすまう神話のような存在。伝説的名馬たちが覇を唱えてきた聖界は、日本競馬界にとって憧れと羨望を一身に浴びる神界のような存在位置にあり、そして日本人の根底に根を張る欧州信仰の崇拝のシンボルに他ならなかった。
その夢のまた夢の舞台へと初めて挑戦したのがスピードシンボリ。


▲〔スピードシンボリ〕

1969年。その歴史的挑戦から、日本競馬の宿願・悲願の最高栄誉として凱旋門賞は天をも劈く巨塔として聳え立ってきたのである。
日本競馬が西洋式競馬の道を歩み始めて150年、日本馬が海外へと飛び立ってから55年、そして凱旋門賞に登攀を挑み続けてきて44年もの歳月が流れた。

人も馬も強く、逞しく成長した。
苦難苦闘、屈辱と恥辱にまみれながら、一歩ずつ馬と寄り添い進んできた果てしなき道程。

1999年。
憧れは現実の色を帯び始める――
「叶わぬ夢ではない。奮い立て日本人よ」
夢の翼をもった馬が日本競馬に大きな勇気をもたらしてくれた。

着実に日本競馬はレベルアップ。
サンデーサイレンスという大国アメリカから見捨てられた馬が、大いなる力を、日本競馬に与えた。
その傍ら続いた、時世を統べる最強馬の幾重にも渡る挑戦。
しかし、欧州の牙城はまだまだ分厚かった。こともなげに跳ね返される日本勢。
しかし、2006年ついに光が差す。
日本競馬を救ったサンデーサイレンスの最高傑作にして日本競馬史上最強と謳われし英雄ディープインパクトの降臨である。鞍上には日本競馬の至宝・武豊。
スピードシンボリが凱旋門賞に出走した年に生を受けた名手が、ホワイトマズルでの苦い思い出を糧に、必勝態勢で臨んだ。しかし、英雄は飛ばず、天才は地に落ち、泥にまみれた。

つづく日本の横綱級の挑戦者たちも、欧州列強の力に屈し、夢は夢のまま…
そんな風潮が立ち込めた中、再びコンドルの意志を継ぐ者たちが手掛けるナカヤマフェスタが2着と激走。再び勇気づけられた日本。

そして真打ち、オルフェーヴルの挑戦だ。
武豊と同じ…つまり1969年、日本の凱旋門賞初挑戦の年に生まれた、ディープインパクトの調教師・池江泰夫調教師の子息、泰寿調教師の管理馬として挑む三冠馬オルフェーヴルはナカヤマフェスタと父が同じステイゴールド。ディープと同日に三冠馬となった怪物。その超絶無比なるポテンシャルを世界に見せつけるも、最後の最後まさかの2着。
目撃した誰しもが勝利を確信するも、指の間から抜け落ちていった大きな奇跡。

しかし、今年ついにその大きな奇跡が日本に起きようとしている。
その今だ日本が邂逅したことの無い程の巨大な何かを手繰り寄せるべく、運命に廻り寄せられたた2頭が凱旋門賞へと王手をかけた。
  

真・日本近代競馬
 黄金の結晶馬



ディープインパクトは菊花賞の馬場アナの実況にてかの有名な「世界のホースマンよ見てくれ、これが日本近代競馬の結晶だ!」とのフレーズから“日本近代競馬の結晶”と評されるが、父母ともに日本で育まれたオルフェーヴルにこそ、この称号は相応しいと思う。
もはや周知のことだが、母系は日本競馬の黎明期、小岩井農場が導入した星旗へと行き着くメールライン。代々愛育されてきた母系はメジロの血筋。
父系もまさに日本競馬の歴史絵巻そのもので、オルフェーヴルの血統には歴代三冠馬のすべての父系の血を汲んでいるのである。

■オルフェの血に流れる歴代三冠馬の父系■
.札鵐肇薀ぅ箸良礇瀬ぅライト
→五代母のアサマユリの祖父がダイオライト(7代父)

▲轡鵐競鵑良礇劵鵐疋好織
→五代父にヒンドスタン

ミスターシービー三代父・プリンスリーギフト
→5代父にプリンスリーギフト

ぅ轡鵐椒螢襯疋襯佞良礇僉璽愁蹈
→オルフェの5代父にパーソロン

ゥ淵螢織屮薀ぅ▲鵑良禀礇悒ぅ襯肇ゥ蝓璽坤
→オルフェの4代父にヘイルトゥリーズン

Ε妊ープインパクト・オルフェ
もちろん共にサンデーサイレンス系

オルフェーヴル最大にして最強の爛船ラ瓩榔の、重馬場でこそ最大発揮されるのである。ダービー、そして阪神大賞典で見せた驚異的・神威的競走能力。オルフェーヴルは雨天時、重馬場で他馬よりはるかに大幅なフットワークとなることが科学的に解明されている。その一完歩はあのディープインパクトをも凌駕する(ディープは雨天時、一完歩が良馬場時より狭まっていた)。そう、重馬場ならオルフェーヴルはディープインパクトをも上回る能力を全開させることができるのだ。これぞ。この能力の下地にあるのは母父マックイーンの父メジロティターンにある。この血統は、重馬場に恐ろしい程強いことで知られる。
以下に血統評論家であり、『奇跡の名馬』をブログにてご紹介してくださった栗山求氏の一文を引用したい。



■思い出のこの血統(17)メジロマックイーン

力のいる馬場における強さは、古今を通じてトップを争う1頭だと思います。芝の重・不良では4戦して〔2・1・0・1〕。着外となったレースは天皇賞・秋(G1)の18着降着で、じっさいのレースぶりは、後続を6馬身引き離しての1位入線でした。2着はデビュー2戦目のゆきやなぎ賞。初芝でソエが出ていたので致し方ありません。

馬場状態は良好ながら時計の掛かるコンディション、というものもあります。阪神競馬場は、90年夏から91年秋にかけてスタンドを一新し、馬場も改造しました。当時、生まれ変わった新阪神競馬場の芝のレースを見てビックリしました。まったく時計が出ません。ここはヨーロッパかと思うぐらい遅い決着です。

こんな状態が、91年の年末開催から94年の2月あたりまで続きました。パドスールやノーリュートといった、ほかの競馬場では目立つところのない鈍重なヨーロッパ血統が大活躍したものです。

メジロマックイーンは、この期間の阪神で重賞に3回出走し、すべて危なげなく勝ちました。宝塚記念もそのひとつです。芝2200mの勝ちタイムは2分17秒7。どんな馬場だったかお分かりいただけると思います。その2年前、馬場が軽い京都競馬場で行われた宝塚記念では、メジロマックイーンはメジロライアンに敗れています。

メジロマックイーンは「メジロティターン×リマンド×ヒンドスタン」という血統。まさに日本生まれのヨーロピアンでした。

父メジロティターンは、上記の期間の阪神芝で産駒が11戦7連対(連対率63.6%)、メジロマックイーンの成績を除いても8戦4連対(連対率50%)ですから、力のいる芝に対する特別な適性があったのでしょう。

メジロマックイーンのヨーロッパ的な特徴が、オルフェーヴルの非凡なスタミナ、底力、道悪適性を支えています。日本生まれのヨーロピアンの血が、本場ヨーロッパで唸りをあげるシーンを見てみたいものですが……。(栗山求)

不十分な体調で激走した反動が出なければ、近いうちに凱旋門賞挑戦の具体的なプランが発表されるでしょう。ロンシャン競馬場の馬場には間違いなく合いますし、むしろ日本で走るよりもいいのではないか、とさえ思います。
(栗山求BLOGより引用)


以上、昨年の凱旋門コラムの一部引用になるが、この切れ味、さらに磨きがかかった。
いまならば、真・斬鉄剣をも超える究極の切れ味を全開できるだろう。超究極斬鉄剣ならば、罅が入った凱旋門の壁を木端微塵に粉砕できよう。
そのチカラを発揮できるか否かはスミヨンの腕一つな訳だが、メディアをシャットダウンし、雪辱に全身全霊を傾ける今のスミヨンならば確実にコントロールしてくるだろう。
今のオルフェーヴルは無敵に近い。




運命を導く人知を超えし馬
  キ
           

あまりにも劇的だったダービーからキズナはさらにパワーアップ。
歴史的勝利を欧州初戦でもものにした。
震災復興のシンボリックワード『絆』から名前を天授されたこの馬は、昨年の凱旋門賞の日にデビュー。暗渠を彷徨う武豊を光の差す場所へと救い出し頂点に立つ。
そして今度は武豊が、キズナを世界一にしてやりたいという。
この馬、本当に超常的精神力と不思議な感覚を持ち合わせた馬のようで、私の中でもその能力をどのポジションに置くか、今だ判然とできていない。
人間以上に様々なことを知っているような素振りは、過去の世界的な伝説の名馬たちにも見受けられた特徴であり、もしかしたら父以上のポテンシャルを眠らせている馬なのかもしれない。
キズナの父ディープインパクトは京都コースに絶大な適性を持ち合わせているのは、すでに広く知られたことで、その傾向から受けるにロンシャンは絶好の競馬場とも推察されてきた。その答えを出したのがニエル賞であり、あの時から2kgも減量され、古馬とは3.5kgもの斤量差が生まれる本番は大チャンス。そして今度は2度目のロンシャンで中2週をベストとし、成長著しい伸びしろから、オルフェーヴル逆転の目は残している。スタミナ面だが、オルフェがジャパニーズスタミナ血統を母系に持つなら、キズナは母系の奥底にアクロポリス…ブレニム…ブランドフォード…スインフォード…と遡及される、スタミナの鬼の血脈を眠らせている。潜在的スタミナは抜群。オルフェ以上の可能性すらあるのである。
この馬も、前田オーナーも、そして武騎手も「持っている」人。
望む最高の枠番「11」はノースヒルズ、そしてキズナにとってのラッキーナンバー、運命数の「1」を2つも持つ。タップダンスシチーの想い、佐藤哲三騎手の想いも、きっと乗り移ったものだろう。ニエル賞が3番で今度は11番。そしてノヴェリスト回避により隣枠が消え、より集中しやすくなっただろう。そして人気も3番人気。「3.11」という日本人にとっては決して忘れえぬ数字がここに浮かんでくる。
そして最も心強いのが武豊騎手。
ダービー以降完全復活。以前の輝きを取り戻し、冴え渡る手綱捌き。そしてこのキズナに対しては絶大なる信頼と信念を持って騎乗しており、メディアへのコメントも悟りの境地へと入ったような、明鏡止水の心境であることが窺い知れる。歴史的大事をやってのける時の、武騎手はいつもこんな感じだ。歴史的GI100勝目を、このレース戴冠で決める。

 
未曾有の大惨事をもたらした東日本大震災の年、現れた三冠馬オルフェーヴル。
メジロ牧場の閉場、ルドルフ崩御という災禍と悲報が取り巻く苦境をシグナルと悟ったか、覚醒したかごとく、連戦連勝。シンザン以来の東京開催の二冠馬となり、三冠の名誉を手繰り寄せた。
大震災の年、命名され復興の力となるべく現れたキズナ。
天才を復活へと導き、いま父の夢を叶えるべくロンシャンに立つ。


流れゆく景色の中、様々な想いが心を巡る――。

日本近代競馬150年の集大成。
悲願大願の凱旋門賞を今こそ――
夢を現実に。叶わぬ夢などない。夢は叶えるもの。


病魔に蝕まれた少年がキズナへとメッセージを寄せる(実話)――
ダービー制覇に勇気をもらった、生きる力をもらった少年が。

福島では未来の騎手を夢見る少年たちから熱いエールがオルフェに、キズナに届けられたという。

先人たち、過去の名馬たちの糧を、記憶を経験を教訓と訓戒に積み重ねられた想い。
いま一つにしてロンシャンへと祈りを捧げよう――。



かつて馬は人と苦楽を共に生きてきた時代が、確かにあった。
機械化の波にのまれ、消えていった名も無き馬たち。

もし、凱旋門賞が勝てるなら…競馬の世界的勢力図を激変させることができるかもしれない。
世界的有名なオーナーやホースマンたちが、日本馬の市場を活性化させてくれるかもしれない。



そして――
ありえないことなのかもしれないが
いま競馬へとスポットライトを当ててもらうことで、ファンの拡大、ひいては馬という存在自体が見直されはしないか――。

日本在来馬たちの存在、社会的位置・役割も最近ようやく見直されつつある。
いまここで凱旋門を取ることは、競走馬だけでなく、すべての日本馬に光をもたらす可能性があることを、私たちは知る必要があるのではなかろうか。

歴史が動く。
いま、たしかに。



見届けよう。
その瞬間を――。





そしてその先にある、まだ見ぬ未来を―――。



愛おしい友のために。

オルフェとキズナが駆け抜けるゴールの先、馬たちの幸せがあることをただ信じて。



未来をかけた一戦。


日本中の祈りと想いを『絆の翼』に、2頭がいま天空(ミライ)へと飛翔する―――!!
  

  

奇跡の名馬 (スペシャルColumn) * 03:31 * comments(0) * - *

『瑠璃色【爍抬畴蓮柤盛諭

 
瑠璃色のこの地球(ほし)へと降誕した名馬たち。

それらの中から私うみねこが真の史上最強馬、“Z馬(ゼットホース)”を
模索する探求型スペシャルコラムです。


“Z馬”とは、アルファベット最後…つまりこれ以上後…上無き、国士無双比類無き名馬という意味のうみねこ造語です。
結論から申しますと…シーバードセクレタリアトディープインパクト…このいずれかがこの星へと降誕した史上最強馬、爍敘廊瓩世隼笋蝋佑┐討ります。

もちろん、グラディアテュール、リボー、ダンシングブレーヴ、フランケル、キンツェム、セントサイモン、ヤタスト…こういった所も最強馬候補であることは重々承知しております。


▲〔シーバード〕


▲〔ディープインパクト。どれだけ凄かったか、振り返りたい方は当サイトの【ディープインパクト記念館】へどうぞ〕

しかし、あらゆるデータ、競走したライバルのレベル、残された記録の数々から鑑み、私はこの3頭に絞りました。
シーバードに関しては、トップページに常時アップしてある『シーバード ―Sea-Bird―【超完全版】』をご参照頂ければと思います。
またディープインパクトに関しては、もはや口にする程すべてが皆様もよくよくご承知と思いますので、説明は割愛させて頂きます。
ここでは、全米史上最強馬と謳われるセクレタリアトに関して詳細を綴らせて頂こうと考えております。



セクレタリアト史上最強論


       裏立てする脅威的記録の数々

【究極生物の証、ベルモント神話】
セクレタリアトと言えば、確実に話題に上るのが全米三冠を達成した際のベルモントSにおける31馬身差という驚愕の着差だが、それ以上にとてつもない、超常絶する記録がそのタイム。

2:24.0。

最後200mは流しながらのゴールインでこのタイム。
このタイムは今だにレコードであるばかりか、24秒台はおろか25秒台突入した馬すら皆無という超究極的タイム。おそらく、この地球上で最後まで残るレコードであろう。
それは施工回数が少ないこともあるが、これまで26秒台へようやく踏み込んだ馬すら7頭という事実が、何よりも雄弁に物語っている。

しかも、ゴール後もケロっとしていたという。
空恐ろしい真の怪物、バケモノ中のバケモノであろう。


▲〔伝説の31馬身神話。ベルモントSゴール前。(クリックするとご覧頂けます)

≪ベルモントSラップタイム≫
12.70-11.35-11.15-11.3-11.8-12.0-12.0-12.1-12.35-12.6-11.8-12.85

[1000m通過58.30]
上がり3f
37.25
〔6.3-6.3-6.2-5.6-6.35-6.5〕

レース序盤、ケンタッキー、プリークネスと2着のShamが唯一ついて行ったが早めに力尽き後退。他3頭はまったくペースについて行くことさえできなかった。
ベルモントの通過ラップ(400m:23秒6-800m:46秒2-1200m:1分9秒8-1600m:1分34秒2-2000m:1分59秒0)と馬なりでもの凄いラップを刻んで行く。
ちなみに800m以降の到達タイムは、未だにベルモントSのレコードタイムとなっている。
5回の敗戦はスタートで出遅れたり、道中で不利を受けたり、進路妨害で2着降格になったり、熱発が原因だったりである。
牝馬に勝ちを譲る様に負けているのも、毛色的にも破天荒な所も、何だかオルフェと被るのが何とも不思議な心持ちにさせられる。


セクレタリアト神話


伝説的タイムの数々

★ダート1000m→57秒0

★芝1000m→56秒8

★ダート最速上がり3ハロン→32秒6(11秒2-10秒8-10秒6)

★ゴーサムS(D1600)→R1分33秒40

★マールボロC招待H(D1800)→R1分45秒40

★ケンタッキーダービー(D2000)→R1分59秒40
(いまだ破られず)

★ベルモントS(D2400)→R2分24秒0(2分26秒台が数頭いるのみ)<31馬身>

★マンノウォーS(芝2400)→R2分24秒8<5馬身>

ベルモントSの正確な距離は12Fゆえ、メートル換算にすると2,414m。
つまり、2:24.0のタイムは2,414mのレコードで、2,400m通過時のタイムは、なんと2:23.2という地球上のものとは思えぬものに。
また一方で、あまりの超絶的タイムから、スタート地点が例年より1/2F手前にあったという目撃談や、記録係が計測のスイッチを遅らせたという密告といった異論も諸所で囁かれるが、他場の時計からも言いがかりであることは明白である。

死亡後、解剖にて明るみとなった事実であるが、セクレタリアトは心臓が22ポンド、約9.6もあったという。ちなみに日本馬で巨大な心臓の持ち主と解明されたテイエムオペラオーですら7圈張妊ープやアグネスタキオンも7堋兇髪修気譴討い襪…通常のサラブレッドは5垓疂佞任△襦すなわち、セクレタリアトは現代サラブレッドの約2倍の心臓を持っていたということになる。


美空
「ほんとすごいお馬さんですね〜セクレタリアトって…」

「ちなみに、うみねこさんの現時点の各カテゴリー最強馬は以下の通りらしいです。以前と変わってますね〜」

【日本】
≪芝短距離≫
ロードカナロア

≪芝マイル≫
ウオッカ(東京限定)
タイキシャトル

≪芝中距離≫
サイレンススズカ(左周り)
アグネスタキオン(右周り)

≪クラシック≫
ディープインパクト
オルフェーヴル(重〜不良時)

≪長距離≫
ディープインパクト
(次点)
ゴールドシップ

≪砂短距離≫
サクラバクシンオー

≪砂マイル≫
クロフネ

≪砂中距離≫
クロフネ

≪砂クラシック≫
クロフネ

≪砂長距離≫
エルコンドルパサー

≪牝馬≫
ビリーヴ(短距離)
ホクトベガ(ダート)
ウオッカ(マイル)
ダイワスカーレット(中距離)
ジェンティルドンナ(クラシック)
ブエナビスタ(長距離)

【世界】
≪芝短距離≫
ブラックキャヴィア

≪芝マイル≫
フランケル

≪芝中距離≫
フランケル

≪クラシック≫
シーバード

≪芝長距離≫
グラディアテュール

≪砂短距離≫
ロストインザフォグ

≪砂マイル≫
ドクターフェイガー

≪砂中距離≫
インヴァソール
(次点)
ドバイミレニアム
スペクタキュラービド

≪砂クラシック≫
セクレタリアト

≪砂長距離≫
セクレタリアト
(次点)
ヤタスト

≪牝馬≫
ブラックキャヴィア(芝短距離)
ゴルディコヴァ(芝マイル)
トリプティク(芝中距離)
ザルカヴァ(クラシック)
キンツェム(芝長距離)
ラフィアン(砂短距離・マイル)
レイチェルアレクサンドラ(砂中距離)
ゼンヤッタ(砂&AW中長距離)


この瑠璃色の星で、伝説と神話は馬と人をつなぐ絆として、語り紡がれていく――…・・・・・・


P.S 皆様の最強馬論も、ぜひぜひお聞かせください!
自分はこうだ!この馬だ!というご意見、コメント、どしどしください!
当コラム・コメント欄へと寄せられたご意見・ご回答の数々は、次回出版本の付録ページに掲載させて頂きます。

奇跡の名馬 (スペシャルColumn) * 04:13 * comments(0) * - *

星屑の奇蹟。・.゜☆.゜°ミラクルスターダスト


この世界には信じられない事が溢れ返っている。
その数多幾千幾万ものさざめく堯光の中、数奇極まる運命の巡り合わせとしか思えないようなものや、神の見えざる力により導かれたような奇動を我々は“奇跡”と呼ぶ。




うみねこ美空
「今回は、そうした出来事の中で、実際に競馬界において起きた真実のモノガタリを、いくつか綴ってみたいと思います。夜寝る前なんかに読んだら、素敵な夢を見れるかも…と思いきや、けっこう興奮して寝付けないかも(笑)。おそらく、後者の方になるかと…それではいってみましょう!」


米誌『アメリカン・タイムス』は、10年に一度のスペシャル企画として「私はいまだ信じられない!」というタイトルで、読者からの投稿を募り、究極の「信じられない話」、そのベストワンを選出している。
その栄えある1位を、競馬の内容で選ばれた時が、過去に一度だけある。

それはセクレタリアトの31馬身差圧勝でも、マンノウォーの100馬身神話でもなければ、ネイティヴダンサーの歴史的生涯唯一の敗戦でもない。ジョンヘンリーでも、シービスケットでもない。
地方競馬の取るに足らない一介の競走馬が呼び寄せた犂饑廰瓩力辰任△襦

1964年9月24日。
東京オリンピックが二週間前に迫った頃、米国はテキサス州ヒューストン郊外のノーフォーク競馬場で、それは起きた。
当日のメインレースは「ノーフォーク・メモリアル」(ダ2,000m)。
出走馬はわずか8頭だったが、新たなるスター候補誕生の可能性に、観衆は胸を膨らませていた。ダントツの1番人気(1.1倍)ニューアイルランド号は3連勝中ですべて大差勝ち。コースレコード1:58.4の時計は破格のもので、小さな競馬場に納まって終わるような馬ではないと、ファンもその未来のヴィジョンを脳裏に描く程の素質馬だった。戦法は逃げ。この日も同じように電光石火のスタートを切り、火柱のごとく立ち上がる砂煙を、背土産に、後続を突き離してゆく。あまりにも能力に差がありすぎたか、ニューアイルランドの加速は尋常ではなく、立ち上る砂塵、その様はロケットエンジンから排出されてゆく煙のようだった。
最終コーナーをカーブした時、確実なセーフティリードにそれは広がっていた。完全な独走態勢。
しかし、真黒な馬体が狂った弾丸のように、凄まじい勢いで伸びてくる。最低人気、単勝オッズ438倍という超大穴馬だった。ここ9戦すべてシンガリ負け。しかも前走はニューアイルランドから32馬身も引き千切られていた、とても掲示板すらないような脆弱馬。それがどうだ、みるみる内に黒い影は大本命を飲み込み、交わし去ってしまったのである。残り50m。勝利はもう間違いない。場内も騒然となり、悲鳴が飛び交い、中には頭を抱え絶望する者も。

その時である。
何とこの世紀の大駆け馬が、卒倒し転倒。
突然倒れこんでしまい、ピクリとも微動だにしなくなってしまった。
青天の霹靂、宙へと放り出された騎手もなすすべなく、馬場へとたたきつけられてしまったものの、幸いにも騎手の命に別状はなかった。
その横でニューアイルランドとその鞍上は拍子抜け、唖然としながらのゴールイン。

ところが、払い戻しは一時棚上げとなった。
ゴール直前で猛然と伸びていた馬が倒れるなど、どう見てもおかしい。
不正があったのではないか――。
大本命の絶体絶命を救うべく、何者かが穴馬へ発砲したものと、最初ジョッキークラブ側は判断。しかし、獣医による診断結果が、それは間違いであると証明した。
傷口から弾丸が見つからなかったのである。
緊急事態に警察も駆けつけ、馬の倒れた周辺もくまなく捜査が行われた。
そこで小さな血のついた石が発見された。
馬は、この石が当たって絶命したのである。

いや、待てよ…石を投げ入れた者などあの場にはいなかった。
メジャーリーグの選手を持ってしても、馬の額に命中させ、さらにはその命を奪うことなどできようか?
この石はさらなる精査の必要性があると、ノーフォーク署の化学研究室へと搬送された。
時経たず、この石の正体が明らかとなった…

それは…


隕石だったのである。

大差勝ち連続の1.1倍の馬が、438倍の連続シンガリ負け中である大穴馬の強襲を喰らうこともかなり稀な話であるが、その馬があろうことか隕石に打たれ、ゴール直前で命燃え尽きることは、それこそ天文学的数字の話である。

しかも。

この隕石と衝突した馬の名前は…





「星屑」という名前だったのである。



ひぇぇえぇ〜すごい話ですねぇ!
確率的にいったら…

もう目が回るような数字ですよぉ!
でも…


隕石と衝突して命の炎を燃やし尽くす為に生まれてきたような馬で、切なくなります…。






「天文学的数字」…科学的な論拠を連ねた話なら、こんな話もある。

うみねこ:だ、誰すか…


予想をするなら
     


1978年、米カリフォルニア州はサンタアニタ競馬場にて行われた実験の様相と、その衝撃的結果を記したものである。

実験の内容
タイトル【サンタアニタ/競馬予想名人戦】
実施者:コンポート大学・心理学研究チーム

1.競馬好きの男性40人を集め、彼らを4人ずつ、10のグループに分ける。

2.グループごとに馬券の検討をさせ、1日全9レースで持ち金の300ドルをどこまで増やせるか競わせる。

3.10のグループはそれぞれ10箇所の個室で予想させる。

4.全レース終了した時点で、収支決算を行う。

5.最後に手元に残ったお金はグループの4人が四分割して持ち帰る事ができる。

…この大会は「実験」という名目は伏せられていたが、馬券は実際に購入され、しかも5回に渡って催された。

残金の多い順で順位付けがなされる訳であるが、全5回を通しての各部屋の平均順位は以下の通り。

●1号室…2.8位
●2号室…3.4位
●3号室…2.8位
●4号室…4.6位
●5号室…4.8位
■6号室…6.0位
■7号室…5.2位
■8号室…7.8位
■9号室…8.6位
■10号室…8.8位

お気付き頂けただろうか?
1〜5号室と、6〜10号室では、かなりの差が生じていたのである。
各部屋の違いは何か?
実は1〜5号室には丸いテーブルを。
6〜10号室には四角のテーブルを置いて検討させていた…
というのである。


すなわち、この実験結果からするに…
「丸いテーブルの方が競馬予想が閃きやすい」
という結果がもたらされたのである。
またこれは、丸いテーブルの方が数人での話し合いに適しているという証明でもある。
ちなみに、同大学のワトキンス教授によれば、四角のテーブルを使っていたグループは意見にまとまりが無く、馬券の買い目の点数も多くなる傾向が顕著であったという。



▲〔予想をするなら丸いテーブルで!?〕

しかし…この世には科学的分析すら不可能な摩訶不思議な事態も競馬場で起きている。




“白い闇”事件



1949年6月26日、米中部イリノイ州のスプリングフィールドにあるチャッツワース競馬場にて起きた怪事件。この日のチャッツワースは霧が周囲をに立ち込め、内レースを迎える頃には視界が2mを切る、ミルク色の世界に包まれてしまっていた。
ジョッキークラブ会長のJ.トンプソンはサブマネージャーのL.ケント氏と話合い、7レースを最後にこの日の開催を終了とすることを決定。定刻が来て、出走したのは8頭。
スタンド前に集合した8頭はトラブルもなくゲート入りを終え、霧の中へと飲み込まれていった。
向こう正面は全く見えない。3コーナーも、4コーナーも霧で視界は遮られていた。
間もなく、霧の中から姿を現したのは本命馬のモレリア。2着も対抗2番人気のサンルーカスで、穴党の期待も虚しくガチガチの本命サイドで決着。開催側は配当以上に無事レースが終了したことにホッと胸を撫で下ろしたが、レース後の検量時7頭7人しかいないことが判明。
ただちに場内と競馬場の周囲を捜索が行われたが、その姿はどこにもなかった。
この競馬場は外ラチ沿いが小高い木立と民家、そして工場の塀に囲まれており、飛び越えられるような環境でもなかった。消えた馬はライトヘンダーソン。そしてその鞍上はC.ハーニー。
最外8番からスタートした彼らの姿は、スタンド前のファンも、レースに参加していた騎手たちも認めている。向こう正面以降、その姿は忽然と消えてしまったのである。


▲〔カナダのとある競馬場にて。濃霧の中の直線〕

これが後に“白い闇事件”と呼ばれる米国競馬における怪異現象である。
結局二人は戻ることがなかった――。
この“白い闇事件”、1950年のノースダコタにあるファーゴ競馬場と、1952年のカナダ中部に位置するサスカツーン競馬場でも発生している。
中でも、サスカツーンの事例では3頭3名の競走馬と騎手がレース中、霧の中で行方不明となり、消失してしまったのである。
彼らに姿を消すような理由もなく、その後彼らの姿を見る者もいなかったという。

これらの3場で起きた現象の正体は一体何なのだろうか。
飛行機や船が突然消失するという海域・場所が存在しているのは有名な話であるが、まさか競馬場でそれが起きようとは…
バミューダ島と西インド諸島の中間点にある爛丱潺紂璽瀬肇薀ぅ▲鵐哀覘瓠△修靴謄▲薀好州はバロー岬沖のボーフォート海。このれら2者が消失事件多発のミステリーエリアである。

  
▲[飛行機や船舶の失踪が後を絶たない“魔の海域”バミューダトライアングル] 

偶然なのか、それとも何らかの因果関係があるのか、“白い闇事件”の起きた3つの競馬場は、上述した2つののミステリアスゾーンを結ぶほぼ一直線上に点在していたのである。
はたして、一体何があるというのか…?
事件から60年以上が経った今も、消えた人馬の行方は分かっていない――。


▲〔はたして人馬はどこへ消えたのか――こちらクリックして頂くと霧の中で行われた日本のレース映像・バイオレットSをご覧頂けます〕



奇跡の名馬 (スペシャルColumn) * 22:56 * comments(0) * - *

イニシエの神馬たち爨岫



 
※タイトルに牴瓣有爨岫(12/8変更)が加わりましたが、これは写真の追加とデンコウ号についての詳細を追加した為です。ぜひご覧ください。


遙刻に消えていった記憶の銀河。
幾千幾万もの時の足跡を遡り、伝説の存在を知る。

古の農耕馬たちは、農閑期において倏篭遒鵜甅犂競馬甅狒雍デ廊甅倏枠瑤个鍬瓩覆鼻地域折々の名で綴られた競馬大会で活躍。その中にはサラブレッドも顔負けの、信じがたい駿馬・龍馬・天馬が翔走していた。


これは山梨県、笛吹にて催されていた競馬大会「岡の馬かけ」の様子。
毎年4月3日、蚕影山祭典行事として催されていた。


こちらは神奈川県小田原市にて行われていた「馬耕講習会」の様子。
娯楽の少ない時代、人が余興として楽しんだのが「競馬」だった。
そんな狭いエリア・時代でも、他を圧倒する突然変異的異端児が現れるもの。

群馬県ではデンコウという馬が無敵を誇り、県内周辺地域敵無しの状況だったという。
デンコウは童唄としてその名を残すほどの、偉大な名馬だったようである。

 駒形デンコウ

   
群馬県勢多郡富士見村時沢で飼養されていた農耕馬だったが、草競馬で特異なまでの能力を発揮していた。県内各地の農閑期や社寺の縁日に催されたハグサ競馬(草競馬)・旗競馬に出走。現代のサラブレッドも顔負けの迫力で他場を睥睨し、威圧、そして圧倒していたという。
百姓馬の足の太い馬たちが鎬を削る中、ただ一頭、異次元世界の競馬を見せ付けた。その天下無双の比類無き強さは、上述したように唄に残されている。

デンコウの唄
「ハイホラ
 デンコウ三十回
 イナヅマコロガル
  ハイホラハイ」♪



▲〔草競馬の様子〕

一方、函館においては
ジヨンアールという馬が、抜きん出た強さを見せていた。
明治22年10月13日、血統不詳のこの馬は当時のレコードより1秒速い時計を楽々とマーク。驚異的強さを見せたと、函館新聞は報じている。



琉球、南国は沖縄に実在していた白い伝説の馬ヒコーキこそ「いにしえの神馬」の称号がふさわしい。その詳細については当サイトにしるしてあるので、ぜひ御覧頂ければと思う。


琉球古式競馬で無敵無敗を誇った幻の名馬ヒコーキ。


そして、極めつけはサラブレッドと互角の力を示した、雑種馬史上最高クラスの名馬が、横浜・根岸競馬に君臨していた。


ヤングオーストラリア



生涯成績は判明分のみで
28戦22勝
雑種馬のチャンピオンたちの中でもさらに抜きん出ていた。
その神威的ポテンシャルが全開されたのが明治24年11月4日に開催された根岸競馬場の第5レース、ハーフブレッドS(土2,400m)。この時の勝ちタイムはなんと当時のエプソムダービー。サラブレッドの本場、英国最高峰の競馬と同レベルの、最上級のパフォーマンスを見せていたというのだから、目を丸くしてしまう。次元の違う雑種馬である。
その時の様子を、横浜で発行されていた英字新聞「ジャパンメイル」は以下のように記している。


2分56秒はこのコースの最高タイムであり、注目に値する。雑種にしては素晴らしい出来ばえである。事実これは、1876年にセフトン号がダービーで出したタイムであり、ダービー・タイムと呼ぶにふさわしい記録である。ヤ号(ヤングオーストラリア)は6歳馬であり、ダービーの体重より25ポンド(約11.3kg)以上もある騎手をのせた。


 富山競馬・伝説の名馬
   トヤマミドリ

トヤマミドリ

富山競馬が生んだ幻の伝説少年騎手・橋本武(タケシ:本来は常用漢字でない1字が当てられる)の実家で生まれた富山の誇る伝説馬。
富山競馬でほぼ無敵の快進撃を見せ、中央馬事会長賞を当時中学2年(15歳)の橋本氏へと天与し、さらには旗競馬に幾度となく参戦。その優勝旗は数十棹を数え、石川県や京都の地方競馬にまで遠征していた強豪中の強豪馬だったらしい。
得意戦法は追い込みで、速歩から通常の競馬まで様々なカテゴリーと距離をこなしていたようだ。



遙遠なる昔日の彼方、私たちの知らない伝説はきっとまだどこかに存在している―――…
きっと――。

奇跡の名馬 (スペシャルColumn) * 23:17 * comments(2) * - *

Saint-Memorium       狎蚕淡固魯ぅ屮薀┘ム


 セ

世界の片隅、静謐を帯びながら彳む(たたずむ)聖廟。
まるで子供に忘殺された玩具箱のよう。
そこには、かつて存在していた聖獣が今も哭いている―――。


古の沖縄を席捲していた幻の競走馬ヒコーキ。
彼のような存在は海外にも存在しています。
それが東欧トルコに生まれた白い聖獣イブラエィム号なのです。



 聖馬イブラエィム



父 ヘイジェール
母 ラフィット
母父 ?

生年:1899年
性別:牡
毛色:芦毛(白毛?)
調教国:トルコ⇒ポーランド
生涯成績:???

19世紀末、ダマスカス近郊に降誕したという白きアラブ馬。
小さくコンパクトな頭と白妙の鬣(たてがみ)と尾、
そして絹のようになめらかな馬体が際立った特徴だったという。
1907年、コンスタンティノープルにてコート・ジョセフ・ポトックィ氏の目に留まり、海を渡りオデッセアへ。同年、ポーランドのアントニニースタッドで種牡馬として活躍。
直仔からアラブ全体へ多大なる影響を与えることとなる、歴史的アラブ・スコロウネックが誕生。

 
▲〔スコロウネック。ロシアに生まれ英国へと渡った彼は、最初絵画用に使われる一介の乗用馬に過ぎなかった。〕

この馬の世界的な躍進により、アラブ馬は劇的な進化を見せることとなった。
イブラエィムがどのような生活を送っていたか、どのような競走成績を残していたのか、その詳細は不明瞭なところが多い。
しかし、異様なまでに他馬とは雰囲気や取り巻くオーラが異次元のものだったことは間違いなく、スコロウネックを輩出したことからも相当のポテンシャルを宿していたことだけは間違いなさそうだ。


今日のところは、ここまで…
世界のどこかには、いまも知られざる名馬が逍遥しているに違いありません。
その一頭一頭に語りかけることは、星に囁き、爛ヲク瓩1ピース1ピースを手繰り寄せる不可思議なテレパスのよう…。



彼らの記録を沈思黙考し、思惟を束ねることで、物語は息を吹き返すのではないでしょうか。


まだまだ続く幾千幾多もの昔噺…
一つ一つが異なるカタチ。


異なる色と光を放つ、狎嗣伸瓩離譽献Д鵐鼻

奇跡の古伝の数々を、ご愛読してくださるアナタと、これからもずっと、ずっと――…・・・・・・。

奇跡の名馬 (スペシャルColumn) * 06:59 * comments(0) * - *

Destiny‡∬ダブル§デスティニー∬‡Double



Destiny
  ダ ブ ル
    
§
 デ ス テ ィ ニ ー

        Double
〜記憶の隅へ消えた
   2頭の伝説的名馬〜


世界各国に鏤められた天授の玉石、犹梓馬瓠
そして不敗という名の久遠の神話、猝鞠塲廊瓠
ここでは、語られる機会の無い数奇なる運命を送った2頭の伝説的競走馬を紹介したい。


 スクゥアンダーラー

インド競馬
    真・史上最強馬


父 ヴァローロソ
母 ミルキーウェイ
母父 スキャンパーデール

生年:1973年
性別:牡
毛色:鹿毛
調教国:インド
生涯成績:19戦18勝[18-0-1-0]
主な勝鞍
インド三冠〔インド2000ギニー、インドダービー、インドセントレジャー〕、RWITC招待カップ、バンガロールセントレジャー、マハラジャゴールドカップ、大統領金杯連覇、インドターフ招待カップ連覇、ニザムズゴールドカップ、インドエクリプスステークスほか


インド競馬の史上最強馬となると2択に絞られる。
1頭がイルーシヴピムパーネル。
そしてもう一頭がスクゥアンダーラーである。
言わば「インドのディープインパクト」。
圧倒的性能の違いでインド三冠を圧勝。唯一の敗戦がデビュー4戦目で迎えたバンガロールでのレースにて。レッドサティン・インザコルツ・トライアルSにて致命的不利を受け、3着と惜敗。出遅れ、さらには挟まれての絶望的状況で屈したもので、力負けではないし、本格化前でもあったので完全な参考外のレースとして考えていいだろう。

オウンオピニオン、ロイヤルターン、イルーシヴピムパーネルといった歴史的強豪や歴代三冠馬以上の絶大なる評価を得ている。
日本でその名が知られないのは、やはりインド競馬が日本にとってあまり身近でない為か。おそらくその実力は当時の日本の最強級さえ圧倒していた可能性すらあるのであるから。


 
▲〔オウンオピニオン。生涯成績43戦27勝。396kg(ジャパンカップ出走時)の小柄な馬体でありながら69kgの斤量を背負い勝った事も。インド競馬史上に残る名馬の1頭であり、第1回ジャパンカップに出走されたことで日本では有名。「インドのシンザン」の触れ込みで紹介された。また、「ゾウと併せ馬(調教)をした」「飼い葉にはカレー粉が入っている」等とまことしやかに噂されたこともあり、ある意味注目を集めていたが、全盛時の勢い無く、日本の馬場も合わなかったため大敗に終わった〕


▲〔ロイヤルターン。生涯成績32戦26勝。インドダービー、2000ギニー、バンガロールダービー、インドエクリプスS連覇など、インドの大レースをかちまくった。オウンオピニオンと同期で常にオウンを跳ね返し、名勝負を2頭で展開した〕

  
〔インド競馬史上最強馬イリューシヴピムパーネル。詳しくは『奇跡の名馬・イリューシヴピムパーネル』を参照されたい〕


  インドの歴代三冠馬

※()内は三冠達成年度

コモンナー (1954)
ロイヤルモンツァール (1962)
プリンスプラディープ (1964)
レッドラフス (1966)
アワセレクト (1968)
スクゥアンダーラー (1977)
アルマナック (1982)
アストニッシュ (1992)
インディクトメント (1997)
スマートチーフタン (2000)


スクゥアンダーラーが絶大無比のポテンシャルを発揮したのがR.W.I.T.Cインヴァイテーショナルカップでのことだった。招待された外国馬の迎撃を買って出たスクゥアンダーラー。しかし、直線に入って最内の侠屈な位置に封じ込められ抜け出せない――。
すでに先頭には英国から遠征していたサーテンティーが勝利を確信しきった涼しい顔で躍り出ている。残り300mでも抜け出せないスクゥアンダーラーはラチ沿いで手綱を絞られたまま。連勝も最強の名声もここまでか――そう思われたその時だった。
残りゴールまで200m。ようやく馬群がばらけ視界が広がったその先には、もはや覆せない程の距離が開いていた。前をゆくサーテンティーまで約3馬身。のこり1Fを切ってバテていない相手を差し切るにはもうどうにも出来ない距離。
しかし――
手綱を緩められ、解放されたスクゥアンダーラーは、猛獣のごとく咆哮をあげるかのように激動しワープしたかのように瞬時に並びかけると、一気に勝負を決めてしまった。
このパフォーマンスは今だインド競馬で語り草になっており、スクゥアンダーラーは三冠馬にして最も多くGI級競走を勝ち、最高勝率を持って引退していった。伝説と神話のスパイラルを人々の記憶に刻み込んだ爛哀譽ぅ謄好肇汽薀屮譽奪畢瓠それは彼が三冠の栄誉を勝ち得たことで、より箔が付き、他の
名馬にはない燐光を放散しているような気がしてならない。
インド競馬評論家の一人も、「彼こそがもっとも偉大なインド史上最強馬」と讃えている。
犹梓馬瓩了代を統べる威光はインドでも健在なのである。


(後編へとつづく)
※後編はフランスのとある伝説的無敗馬が登場!
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奇跡の名馬 (スペシャルColumn) * 22:08 * comments(0) * - *

『白い麒麟』を追って


   白い麒麟

伝説の幻獣『麒麟』。しかし、それすらも上回る倏鬚ん蔑朖瓩存在するという。
その存在を追う内に新たなる幻の存在に回り逢うこととなった。
今回はそんな珍重な短編集を綴らせて頂きたい。


瑰蔑朖とは―――
 




――とある大学の一室…

ミソラ「はい…もしもし…あっ!うみねこさんですか!?どうしたんですか…」

うみねこ「ミソラ、白い象の写真もってたじゃん?あれで白いキリンのってないの?」

ミソラ「?唐突ですねぇ!キリンはないですよぉ…てか白いキリンなんているんですかぁ?」

うみねこ「いるんだよ。アフリカでは伝説の動物と言われているらしい。」

ミソラ「馬っぽい動物だからって…また…狹狙皚瓩箸にほんと敏感に反応しますよねぇ!?」

「いーから(笑)。」


「ビールじゃないからね!」

ギクっ

「そ、そんなくだらない親父ギャグ、私がやるはずないじゃないですかぁ!」

「だよね(笑)。でもビールの麒麟と伝説の麒麟は無関係じゃないんだ。とある社寺の麒麟像に魅せられた人がキリンビールを立てだってさ!」

ミソラ「えぇ!」

うみねこ「ウソです。」

ミソラ「はぁ!?」

「ホンとは中国の霊獣である麒麟が縁起がいいから…ってのと、日本人受けしやすそうだから…っていうのが由来の諸説なのだよ〜」

ミソラ「馬鹿にしないでくださぁい!もうぉ…じゃー調べておきます。白麒麟について」


では、白い麒麟について…

実は、日本には白い麒麟像があるのです。たった2つのみですが…

一つがキリンビール本社。
そしてもう一つが気仙沼市にある博物館。

  【白麒麟の象

見る者により、違った風に見えると言う。
ある者は馬…またある者は龍に見えるという。
龍馬とは優駿のことであり、麒麟を馬偏に変えると、同じ意味になる。
私は辰年の今年、「龍」と「馬」で一つのリンクが発生していること。そしてまた、それが被災地の気仙沼ともリンクしている点から、「白い麒麟」が脳裏から離れないでいるのである。

そして…アフリカ、タンザニアには白いキリンが実在していることも分かった。



とつぜん、両親を失い南アフリカに連れてこられた孤独な少女は、雷鳴が轟く真夜中に白いキリンと出会う。引き合うままにライオンが吠え、蛇がとぐろをまく夜の保護区に入り込む。
 白いキリンは白っぽい金色の毛皮とシナモン色がかった銀色の斑点を持つ。気品のある幽霊さながら滑るように走る。
 白いキリンの背中に乗って飛び降りた秘密の谷の壁画は、戦い、飢饉、豊かな実りのあった時代を順に描き出していた。そして、キリンの群れは捕獲され、たった2頭になり、倒れたキリンの横には、白いキリンに乗っているこどもの絵が描かれていた。
 「白いキリンに乗る人は、すべての動物に力をもつ」アフリカの伝説にでてくる、祖先が予言したその選ばれた子供がこの少女だった。
 少女を助けるのは、アフリカのサンゴマ。伝統的な薬を使う治療師だ。骨占い、言い伝え、薬草。古くからこの地に住み生き抜いてきたサンの人、ズール人たちの知恵や勇気を受け継いでいる。
 少女は不思議な才能を持ち、動物の命を助ける。翼の折れたエジプトガンに触れると手のひらが熱くなり、少女は、大地と同じぐらい昔からある力が海の波のように自分の中を通るのを感じた。銃で撃たれたクーズーの血を止めるのは、白蟻に噛ませて傷口を縫うという、かつてのシャンガーン人たちのやりかた。文明、科学でなく、動物を癒せるのは、人間の心と、古くから、このアフリカに祖先から伝わる習わし。 
 幻想的な物語のなかに、近年まで続いたアパルトヘイトを書き込んでいる。
 美しく整備されたカーステンボシュ植物園内にも、奴隷の逃亡ルートだったスケルトン[骨格]川がある。学校で星の五人組と呼ばれるのは、支配者階級の選ばれた仲間たちだ。鳥獣保護区で、おばあさんの片腕になって働くテンダイは、ヨハネスブルク近郊で差別をうけ、体や顔に傷跡を残している。今はどんな状況なのだろう。
 物語は、密猟者に捕まったキリンを助け出しキリンの背中に乗って動き出す船からジャンプして終わる。このあとも、南アフリカを舞台にイルカやヒョウと心を通わせる冒険シリーズを発表するそうだ。動物園でながめるのではなく、危険と隣りあわせに生きる野生の命を感受できる物語は、新鮮だ。

(『子どもの本棚』2008年7月号掲載)


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