地福のトイトイ

地福トイトイ

山口県山口市阿東地福の集落一帯に古くから伝わる民俗行事。
小正月の夜、毎年1月14日に子供たちが藁で作った縁起物の馬の人形(藁馬)を
持って各戸を巡り、笊に入れた藁馬を玄関口に置いて、「トイトーイ!」と
声をかけて隠れる。
家人は藁馬の返礼として笊に菓子や餅を入れる。
子供たちは家人に見つからないようこれを回収して帰るが、
この時、家の者に見つかってはいけない。
見つかると水をかけられる。この水がかかると、縁起が悪い、風邪を引くと言われている。
2012年、国の重要無形民俗文化財に指定された。


▲〔地福の集落〕

【“といとい”の起源】

その濫觴は江戸時代中期、各地の村落の辻に、建立が流行した道祖神に因む物だとされる。
1月14日、村人が道祖神の周囲の草を刈り、道祖神を洗い清めた。
その日、子供たちは大きな藁馬を作り、これを台車に乗せて道祖神に参拝したという。
大人たちはこの労を労うべく、餅、菓子、果物でもてなしたとされる。
後に、この道祖神祭りは各戸にて行われるようになっていったらしい。


美空
「なぜ藁馬なんですか?調べてきました??」

●なぜ藁馬なのか?
民俗学的に、馬は神の依り代という記号である。
馬は武士や高貴な貴族の乗り物であり、イコール神の乗り物と考えられてきた。
神が乗ってやってくる神聖な者という認識がある。
しかし、馬を収める訳にもいかない。
そこで絵馬や藁馬の存在が希求されてくるのである。

土着の農耕馬への感謝を込めての祭事ゆえ。
戦前にはこの地でもたくさんの馬が飼われていたという。
古の頃より、人に寄り添ってきた馬たちへの感謝、謝辞の
念を込めて、五穀豊穣を祈るため。

昭和初期頃まで、家々それぞれで馬を飼っていたが、そうした馬が納屋を放れ、
他家の門口から入っていくと、「入駒」といって大層喜んだという。
この祭事はそれに端を発するものと伝えられている。

※ちなみに牛が入り込んでくると良くない、縁起が悪い、人が死ぬと言われ、
 実際に牛が入り込んだ家では不吉な不幸が舞い込んだ。
 (三ヶ月の間に家族を2人も亡くされた方からお話を聴きました)

以上の3つの理由が主として挙げられると思われるが、おそらくはの
意向が強いと推考される。

以前は山口県、中国地方の島根、広島の沿岸部を除くほぼ全域、
農山間部を中心として盛んに行われていたという。
しかし、いずれの地域でも廃れ、地福にのみ伝わるものが最後の民俗と言われる。


夕方18時、宵闇に村落が包まれた後、子供たちが公民館に集合し、
といといが始まる。


出発時の様子。私うみねこも同席させて頂きました。
この日は山口新聞の記者さん、香川県から民俗資料館の方が1名、
そしてその他の記者の方が2〜3名という取材陣でした。


民家の玄関前に置かれた藁馬。「といとい」の歴史を遡及していくと、
いまとは違ったルールが設けられていたことが多々見られる。
幾つか挙げておきたい。

・昔は水を掛けられた方が縁起が良かったこともある。
→もともと子供の行事として昼間に行われていたが、
青年らが農事用の手縄などを夜間に行うようになり、
「水掛」が始まり、以降夜間に移っていったらしい。
「水をかけてやった」「上手くよけた」などと、
駆け引きを楽しんでいたという。
水を一杯かけられた者はその年、水利が良いと言われた。

・大人の回る地域もあった。

・藁馬ではなく、絵に描いた馬を使っていた時もある。

・一部の部落で子供たちが勝手に行っていたが、
廃れるのは勿体無いということで、子ども会が立ち上げられ、
今の形の民俗文化が引き継がれていった。


それでは、2016年1月14日に行われた「といとい」の模様を
ご覧頂こう。

(撮影:うみねこ)




といといが終わると公民館へ再度集合し、頂いたお菓子を
みんなで分け合い、温かいお茶、お汁粉、沢庵などが子供たちへ振舞われる。
(私も頂きました。とっても美味しかったです。本当にありがとうございました)

   
▲〔「ほほえみの郷 トイトイ」。平成22年2月、地区内唯一のスーパーが撤退し、住民の不安が高まったことをきっかけに、世代を超えて話し合いの場を持ち、多くの住民の協力(資金面を含めて)により開設された。現在では、多くの高齢者の方々が若いリーダーと一緒に「地域スーパー、交流スペース、移動販売、ごようきき」などの事業を展開されており、地域の暮らしを支えている。NPO法人。施設の中には会議の出来るスペースや休憩できる場所も設けられている。地域憩いの場所である。

馬の関わる民俗祭事を研究する者として、実際に参加し、
リアルタイムで肌で感じることのできたこの経験は、何物にも代えがたく、
私の馬研究人生においても、貴重な宝物となりました。
子供達の元気な「といとーい!」「ありがとうございました!」の声に、
元気と幸せを貰った気がします。
 
日本人が忘れつつある、連れ添ってきた古の愛馬たちの記憶、
人と馬との絆のあたたかさを感じれる、日本の宝といっても過言ではない
民俗祭事であると確信致しました。
 
お汁粉を一緒に頂いた際には、自分の小さい頃、母郷の栃木で行われていた
民俗祭事の「どんど焼き」を思い出しました。
懐かしい人のあたたかさが地福にはあるのだと思います。
 
私も及ばずならがら、次回作の出版本にて「といとい」の記録と記憶を綴り、
未来へと伝えていきたいと思います。
またいつか、「といとい」を見に、そして子供達に会いに地福へ伺えたらと思います。
本当に色々とありがとうございました。

   
 

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クレヨンしんちゃん 幻の競馬登場作品 『競馬場はおもしろいゾ』

クレヨンしんちゃん

『競馬場はおもしろいゾ』


出典articleimage.nicoblomaga.jp

クレヨンしんちゃん』(作:臼井儀人)は生意気でいたずら好きな5歳の幼稚園児、野原しんのすけを主人公として、両親をはじめとする周囲の大人たちが、主人公の巻き起こす騒動に振り回される日常を描いたギャグ漫画作品。1990年に『漫画アクション』で連載を開始し、2000年に『まんがタウン』に移籍するが、臼井の死去のため2010年に連載終了。同年からアシスタントらにより『新クレヨンしんちゃん』のタイトルで連載を再開している。1992年にテレビ朝日がアニメ化し、1993年からは毎年アニメ映画が制作されている。いまや誰もが知る日本を代表するアニメの一つである。

さて、この『しんちゃん』の中に、競馬場で1日を過ごす野原一家が描かれた回がある事をあなたはご存知だろうか。

それが以下の『競馬場はおもしろいゾ』である。


【競馬場はおもしろいゾ】


※音声にご注意ください。 

▲〔パドックにて歓談する野原一家。作品中では馬券オヤジのみならず、若いカップルや女性客、そして家族連れが多く訪れるシーンも描写されており、競馬が“ギャンブル”としてのみならず、大衆文化・大衆娯楽として受け入れられてきている時代を描き出している。〕


 

▲〔メインレースに組まれていたのは『双葉賞』。勝ちタイム1:11.1から分析するに、ダートの1000万条件クラスか。1990年代中盤、そして右回りの周回コース、芝コースであることから府中ではなく中山競馬場ではないかと推察される。〕

 

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与論島の昭和浜競馬


与論島昭和競馬

鹿児島県、奄美諸島の最南端に浮かぶ、与論島。
「東シナ海の真珠」とも言われるこの南国の楽園にも、競馬はかつて行われていた。

美空以前、うみねこさんがこの島にいる元競走馬シンセイとセキトに会いに行った時はまだ調査不足もあり明らかになってはいませんでしたが、今回奄美の馬民俗踏査により競馬の記録が発見できたので、お知らせします!


時は昭和30年代、まだ農業の機械化・モータリーゼーションの波が押し寄せる以前、与論島においても馬は農耕、および交通手段、そして荷物運搬の駄載として大活躍していた。
そんな与論の町に、娯楽の一環として競馬があった。年に一度、広い砂浜を舞台にしての競馬大会が催され、老若男女が大いに賑わったのだという。
どの砂浜で行われていたのか、賞品やルール、参加していた馬の詳細については現在調査中だが、知る人ぞ知る島民だけの楽しみだったようである。
写真はその宣伝を行う馬車のパレードの様子を写した貴重な一枚。
写像から見るに、馬に星や鼻白があること、蹄が大きく丸みを帯びている事等の身体的特徴や使われている馬具の様相からして、これらの馬は日本在来種とアングロアラブ、サラブレッドの混血種ではないかと推察される。
この競馬大会がいつ頃まで開催されていたのかは定かではないが、機械化の波が馬たちの存在を侵食していった昭和40〜50年代以降には消失していたのではないかと思われる。


青く透き通った珊瑚礁の海を背景に、白い砂浜を駆ける爽快な南国競馬が、小さな島で催されていたことを、いま知るものはいない―――。

 

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一角獣と七天然石のストラップ



 一角獣
   七天然石
     ストラップ



『和小物屋 燕』にて作製・販売されているユニコーンのストラップ。
七つの天然石には、ロシアンアマゾナイト、シェル、オリーブジェイド、ロードナイト、ムーアカイト、ジャスパー、ターコイズが使用されている。

現在は売り切れとなっており、手作りのものゆえ独特味わいと趣、そして稀少的価値がある。


最後の一つは、私うみねこが頂かせて頂きました。
競馬場・ウインズ、牧場や馬関係の場でこのストラップ付けてるのがきっとうみねこ…かも!?

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羽後町の『石馬っこ』祭典


  羽後町『石馬っこ』祭典

  
秋田県、羽後町は西馬音内の掘回地区にある、「御嶽神社」で行われる一風変わった祭典。
毎年6月、米俵の御神輿(えびす俵と言うらしい)を大人が担ぎ、子供が引っ張るという形で地区の家々を巡り、その後、「御嶽神社」を目指し、険しい山道を登っていく。
俵には10kg近い「ぬか」が入っている。その昔は米が入った俵を使っていたという。

   
▲〔えびす俵。オカメの面が付けられている。馬とオカメは関わりが深いことは何度か記しているが、ここでも何らかの意味合いがあるのだろうか。〕

社殿に到着すると神主からお祓いを受け、いよいよ御神輿は奉納されるのだが、この時、社屋に待ち構えていた人たちが神輿を押し戻す…という奇怪な行動がとられる。激しい押し問答の後、神輿俵が収められると、山を下りる訳だが、帰りは鳥居をくぐらず、別の道から降りる。これは鳥居をくぐることで、神様から与えられた力が落ちてしまうからだと信じられている。

  
▲〔羽後町は「萌え」を取り入れ、町おこしを行っていることで、メディアにも大きく取り上げられたことがある。上のイラストは「あきたこまち」のパッケージイラスト〕

御嶽神社の近くには駒形神社もあり、たくさんの馬像が綺麗に並べられ、鎮座している。
古き良き時代、馬と人とが共生していた時代は米俵を運ぶのは馬だった。しかし、時代は移り変わり、馬が姿を消してゆくと、いつしか米俵は人が担いで運搬を行っていた。
この祭典はそんな時代を懸命に生き、人々に尽くしてくれた馬たちを忘れrぬよう行われているのかもしれない。

  

さて、この神社がある山の麓には、「石馬っこ」と呼ばれる石の馬像が置かれている。
過ぎ去りし昔日の、人と馬との縁を伝える馬像なのだが、不思議な言い伝えが口伝されている。
この馬像の下を子供がくぐると、麻疹が軽度で済むのだという。

馬と共に暮らした遙かなる日々。
どこか切なく儚い記憶を、大切に生きていきたい…
そんな心模様を映す営みが、ここ羽後町にはあった。

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桜桃(さくらんぼ)遊歩馬道

 
山形県村山市にある乗馬クラブ「ホースガーデンむらやま」では、毎年6月を過ぎたサクランボの実る頃、サクランボ果樹園の並木道を馬に乗って通ることができる。日本でもここだけの珍しい乗馬道が、出来上がる訳である。


乗馬をしながらサクランボ狩り…という粋な企画も行われたことがあるという。
数ある乗馬施設でも、サクランボ畑を馬と楽しめる場所はここだけ。
甘酸っぱい果実を頬張りながら馬と心を一つにしたら、何か叶わぬ恋さえ叶いそうな、不思議な慕情が胸中を去来する想いであろう。


     

 
美空こんな場所があったなんてぇ〜ぜひぜひ乗りに行ってみたいですね。
これだけロマンティックだと、もしかしたらその内、恋愛成就の乗馬道…
な〜んて噂も広がるかもですね!
今のうちにレッツライディング!

展示室 * 08:41 * comments(0) * - *

博多駅の〒郵便箱「ハートと馬の妖精ポスト」

 
博多の
  ハート妖精ポスト


福岡県博多駅、博多口側には一風変わった馬のポストがある。
大博通り沿いのホテル日航福岡前に置かれた茶色いポストがそれで、このポストには微笑ましい「言われ」がある。

それはこのポストから恋文(ラブレター)を出すと、両想いになれるのだという。
いわゆる一つの都市伝説だが、その由来はこのオブジェからの連想でスプロールしていったものと思われる。


「馬」、「妖精」、「ハート」には意味があり、「安心と信頼」を、妖精「明日の夢」を、それらを包むハート「優しさ」を象徴しているという。

  
▲〔恋煩いの方は、コチラから手紙を送ってみては?馬と妖精が願いを届けてくれるかもしれません〕

展示室 * 10:24 * comments(0) * - *

競馬を愛するラーメン店 『たかさご家 日ノ出町店』

 


うみねこ、超一押しのラーメン店がこの『たかさご家』。
京急日ノ出町駅前、駅を出てスグ目の前にあるお店です。
横浜にいた頃、かれこれ約6年間足繁く足を運んではラーメンを食べながら店長はじめスタッフの方々と競馬談義に熱くなった思い出のお店です。
スタッフの方々はみんな競馬好きで、とっても詳しいんです!
特に店長は熱い方で、マヤノトップガンの大ファン。

 
  ▲〔マヤノトップガン〕

トップガン好きの方は絶対に足を向けて頂きたいラーメン店です。気さくに競馬の話をしてみてください。きっと盛り上がること間違いありません。
ちなみに私も横浜を訪れる際には顔を出そうと思っています。もしかしたら皆さんにお会いできるきっかけの場所になるかも…(笑)。

  
店内はこんな感じです。
いかにも老舗のラーメン店って感じでしょ!?
この雰囲気も好きなんです。
朝の5時までやっててくれるのもGood!

ウインズ横浜のすぐ近くにありますから、休憩がてら立ち寄るもよし、競馬が終わってからラーメンに舌鼓を打って1日の反省会をするも良し…馬の博物館の帰り…はたまた横浜観光の際に訪れるのもまた一興…。

看板に「とんこつラーメン」とある通り、お味は豚骨ベースのダシに醤油ダレを合わせた、鶏油の抜群に利いた正統派スープ。
私の場合、実家で母の拵えてくれたラーメンを思い出す味で、一口で気に入ってしましました。

  【メニュー
 
ラーメン(並)
キャベツラーメン
チャーシューメン(並)
ライス
600円
700円
800円
100円

トッピングで玉子、チャーシュー、ほうれんそう、のり…
一度食べたら、病みつきになること間違いなし!
ぜひ一度足をお運びください。

  
美空:「うみねこさんは来店する度に相当オマケしてもらってたらしいですよ!私も今度行ってみよぉ〜っと♪」

うみねこの愛してやまない、とあるラーメン店のご紹介でした。

展示室 * 01:51 * comments(0) * - *

『夜荒らしの名馬』


  夜らし名馬


埼玉県は比企郡ときがわ町の慈光寺に伝わる馬像。
左甚五郎作と口伝されるこの木彫りの馬像は、夜な夜な動き回り畑を荒らし回ったという伝説が残されている。
農作物が食い荒らされるという奇怪な事件が起こり始めた当初、百姓たちはまさか像であるこの馬の仕業と思う筈も無かったが、夜になり幾人もが協力し畑で見張っていると、なんと本当にこの馬像が動き、畑道を歩いてきたという。
困った農民たちは数人掛りでこの馬を捕らえ、口を縛り、尾も切り落とし、観音堂の上に納めた。
するとそれ以降、馬も観念したか闇に紛れて徘徊することもなくなったという。


馬像にまつわる噂


現在の馬像には切ったはずの尾が生えている。少しずつ伸びてきたのだろうか。

動こうとしているのだろうか。日によって位置が若干異なることがあるという。

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『東京競馬』のネオン


 東京競馬
スタジオジブリ製作の映画『コクリコ坂から』は、東京オリンピックを控えた1963年の横浜を舞台に描いた少女と少年の青春群像劇ものの作品だ。
この映画の中に、一箇所だけ馬にまつわるものが登場してくる。
それが…「東京競馬」というネオンサイン。



ジブリ作品に「競馬」の二文字が登場してくる作品はこの「コクリコ坂」のみ。
大変貴重な一倏(ば)疚未任△襦
1963年というと、シンザンが三冠を達成する前年。
東京五輪を翌年に控え、人々が皆希望を胸に生きていた時代。
それがこの作品には滲み出ている。
物語が終わった後には、どこか懐かしくもこれ以上無いくらいに、きっと爽やかな心持になっているはずだ。何か大切なものを思い出した心象を抱いてしまうところが、この映画のすごいところだと思う。



▲〔『コクリコ坂から』の狹豕競馬のネオン瓩亡悗靴討蓮◆惱鬼GALLOP』にて井崎先生もコラムを執筆されてどこにあったのかの、解析を試みておられる。こちらも必見だ。〕

   
あの煌々と淡いピンクの燐光を放つ燹愿豕競馬』のネオン瓩1960年代の「横浜」という舞台、そして主人公の恋心が、現代社会において希薄になった“もの”を象徴しているような気がしてならない。
それが何なのか、一言では言い表せられないのが非常にもどかしく歯痒い。

 
前を向き、古きを大切に、新しきを力に、そして強く逞しく生きてゆく狄喚瓠

  
夏空と夏の雲を背景に、心が躍る。
さぁ…今年も夏がやってくる――…・・・・・・
アツいヨコハマの夏が。


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