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炭鉱馬物語

   ◆炭鉱馬物語◆

 

近代工業の支柱となっていた石炭鉱業。その行程は甚大なる人と馬との犠牲が横たわってきたことで成り立っていた。その歴史の闇に閉ざされた人馬の惨憺たる記憶を紐解いてゆきたい。

地下に埋もれた石炭を掘り出す仕事である石炭鉱業は、江戸時代〜明治の初め頃、「狸堀」(たぬはぼり)と言われ、中小経営者が主立って執り行っていた。
小さな穴を掘っていき、石炭を鶴嘴(つるはし)で掘り、籠の中に炭(すみ・石炭のこと)をいれ、背負って、鉱外に持ち出す…この延々たる繰り返し作業。鬱積する苦行が石炭採掘の仕事であった。

「夫婦で坑内に入り、夫は石炭の掘り出し、奥さんは石炭を背負って積み出しと言う風景が普通でした」

…とある労働者の弁である。労働条件も悪く、しかも、ガス爆発や落盤事故といった潜在危険を伴う大変な労働。そのため、地上で働く“一般”の人達とは、比べ物にならないくらい高い賃金だったようだ。しかし、そこに「炭鉱の魅力」があった。

その坑内で運搬作業に駆りだされたのが馬である。かなりの酷使をされていたらしく、10日間も坑内で続けさまに使われ続け、命を落としていった馬もあったという。人権無視、馬権無視の暗黒の世界が、広がっていたのである。


  
  〔炭坑内で働く人と馬〕

馬も人間も、労働条件が最悪で、夏は40度を越す温度、湿度90%をこす中で、一方の冬季は極寒の中、防寒具もない状態で1日に12時間以上働いたと言われている。
しかも、薄暗いカンテラの光の中での作業かつ、坑道も低いため、常時、腰をかがめた状態で働かなければならなかった。
明治〜大正にかけての石炭採掘は「納屋制度」で成り立っていたと言われている。借金のかたに連れてこられた多数の労働者たちは、炭鉱に労働力として提供された。彼らは炭鉱の掘削・採炭現場で酷使され、寝泊りは「納屋」と呼ばれる粗末な住宅に、半監禁状態で住まわせていた。まさに生き地獄…劣悪な環境の中で人も馬も日に日に磨耗され、絶望に命を浸蝕されてゆく…。


〔炭鉱馬たちの寝泊りした納屋〕



〔炭鉱の重労働はもちろん海外でも存在した。この写真はカナダのナナイモで作業に従事していた人馬の貴重な写真。底冷えどころか氷つきそうな環境下で人馬とも必死に命がけの毎日を送っていた〕


何不自由なく何気ない毎日を送れる我々現代人は、鉱業の闇影に飲み込まれていった馬と人たちの存在と名も無き彼らへの感謝の意を決して忘れてはならない。それが彼らへの無念を晴らす唯一の癒しの鎮魂歌と成るはずだから…。

奇跡の名馬 (スペシャルColumn) * 20:13 * comments(0) * - *

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