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ジェラバブ      ―Jerabub―

 ジェラバブ

逆風幸風に変えて 〜

アフリカ奥地から
    インド競馬へ…
   異色異端の最強馬




父メッセンジャーボーイ
母バンメルカイト
母父カプト.S.タイオン

生年:1942年
性別:牡
毛色:鹿毛
国籍:ケニア⇒インド
生涯成績:16戦12勝
※確認できるもののみ。

東アフリカ諸国における競馬の歴史は古いが、一部の地域に限定され、その開催は包括的に植民地の英国民たちの旗下開催されていた。とりわけ東アフリカの雄・ケニアは1904年に避寒中の英国貴族たちが立ち上げたジョッキークラブを発祥として発進し、現在では日本の支援も受けつつ、素晴らしい名馬も誕生している。調教師兼騎手を務める女性の手により、牝馬としてダービー・オークスダブルという歴史的快挙を成し遂げたティンセルタウンが記録にも記憶にも残る女傑として語り紡がれているが、史上最強馬となると、その推考は反芻の咀嚼を要することとなる。当時を物語る資料文献が霧散してしまっている他、戦乱や政治情勢の狂乱も禍し、偉大なる名馬たちの記録はほぼ消失or焼失し、忘却曲線は上昇するのみとなっているのが、このエリアの実情である。

そんな境遇ゆえ専門家や評論家の間でも東アフリカ史上最強馬は?との質疑に四苦八苦し、議論は混線鼎談の色合いを深める。現在アフリカで飛躍的発展を遂げている競馬だが、若いファンたちが、かつての伝説の名馬たちの俤も残光も知らぬまま、ただ遮二無二になってなけなしの金銭を放擲してゆく様には悲哀すら感じる。

 
〔ブルキナファソの投票場。掘っ立て小屋のような施設だが立派な屋外馬券購買所である〕

かつてアフリカの奥地、密林に囲まれた農場で産声を上げた馬がいた――。
当時、世界はまだ第二次世界大戦という闇の時代で、母国を離れて暮らすケニアの高貴たちは不安という衝動に日々踊らされていた。そんな暗鳴渦巻く時代を豪放磊落、天衣無縫なまでの強さのみで万民を魅惑した名馬がケニアの地を疾駆していた。その馬こそがジェラバブ。ケニア競馬史上最強の名馬である。
莫大な富を持つインド出身のウハガー・シン・ダーリワァル氏は、1944年にジェラバブとの邂逅を果たした。一目で見惚れ、すぐさまに購入を決めたという。
荒涼たる大地を弾むように駆け、烈動たる躍進。あっさりと連勝・圧勝・大楽勝で一流の領域へと浮翔すると、東アフリカダービー(ケニアダービーの前身、芝2,400m)を隙のない強さで快勝。一気の頂点奪取で決めると、ケニアセントレジャー(芝2,800m)ではフワフワと浮遊浮動するかのような大跳びのフットワークで馬なりの大勝。当時の東アフリカは植民地主義と人種差別の意識・動きが過敏かつピークを迎えており、インド人の移民であるダーリワァル氏には常に逆風が吹き荒れ、白い視線と冷徹な待遇に見舞われるが、ジェラバブの活躍はそれらのマイナスベクトルを跳ね除け、すべてプラスへと転化させるばかりか、幸運という幸運を彼の元へと招来させ、ダーリワァル氏はジェラバブの巨翼に守られて、人生における絶盛の時を迎えようとしていた。その神威的能力の前に愚鈍たる人間の蹂躙など月に向かって石を投げる行為に等しかったのだ。


                  
[心を綺羅めかせる名馬の力に、我々は驚嘆と讃辞の声を述べる他ない]

二冠馬の威光を頂いたジェラバブの快進撃に歯止めは掛からない。
国内最高峰の舞台であるケニアゴールドカップ(芝3,200)では、東アフリカ中の最強級を子供扱いし、その名声は頂点をも劈き、犹望綺廼瓩寮参里気囁かれるようにすらなっていた。

                                      
[ジェラバブとダーリワァル氏。ケニアGC優勝後のワンシーン]

これほどまでの名馬が東アフリカで躍動し、天地鳴動させている事実を世界へと…せめて母国インドだけでも示したい…そんな観念から、戦火も影を潜め、平静が鎮座を始めた翌1946年、ジェラバブは船舶に乗せられ、故郷ケニアに惜別を告げた。
アフリカの神怪獣を乗せた航海の行き先地はインド、ボンベイ。

  
[アフリカの奥地の湖には恐竜の生き残りがいても可笑しくはない!?]

何十時間にもわたる船旅を終えたジェラバブの顔に疲れの色はなかったものの、動きに精彩を欠き、どうやら長時間の輸送が蓄積疲労として顕著に顔を覗かせた。
しかし、それでも一国で最強の玉座を欲しいままにした超怪物である。レースに出走すれば、そのモーションは忽ちに頼もしいまでの豪快なものとなって現れた。
アガカーンカップにブルボンネCといった当時のインドのビッグレースを鯨飲。5戦して2勝2着2回、着外わずか1回という絶対的ポテンシャルを、インドでも変わらず示して見せた。
引退後はオーナーと幸せな余生を送ったと伝えられるが、その深層は不明瞭な混沌の海を彷徨っている。

世界の傍ら、人知れず暗躍せざるを得なかった名馬たちの咆哮が聴こえて来る――。
戦乱や災禍に玩ばれ、記憶からも記録からもそっと消えて行った馬たちへ込み上げる熱い情念はこの先も未来の果てまで、漸滅することはない。そう、彼らと再び廻逢を交わすその日まで―――…。

 

 
  
☆ジェラバブのオーナーであるU.S.ダーリワァル氏はホッケーのスタジアム開設やモータースポーツの先駆けとなったバイク競技の開催に尽力したことでも知られている。

☆ジェラバブ以外にも有力馬を所有していたようで、パノイ、トゥルーブルー、トリアンド、クライアンドハヴォックといった馬名が連なりを見せる。



今回の写真元:『United Document』、秋山由美子、Mr.Magoroku…etc.


   

奇跡の名馬 (アフリカ諸国の名馬) * 06:13 * - * - *

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