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  フェアアンドスクウェア  ―Fair and Square― 

フェアアンドスクウェア

Legendary
    伝説を綴りし者

フィリピン競馬
      史上最強馬


 

父ベルグレイヴスクェア
母フェアシー
母父フェアズフェア

生年:1977年
性別:牡
毛色:栗毛
国籍:フィリピン共和国
生涯成績:20戦19勝[19-1-0-0]

その荘厳なる気高き強さは古代アトランティスに光を放ったという超金属オリハルコンのようだった。
その神威的なまでの後光は、日本超古代文明を象徴する超金属ヒヒイロカネを想起させるほどの目映い輝きと煌きを混在させていた――。
その名も爛侫Д▲▲鵐疋好ウェア瓠
公明正大。威風堂々たる相貌――…その名は『伝説』を導き遡及する系譜であり、フィリピンにおける狹狙皚瓩箸廊爛侫Д▲▲鵐疋好ウェア瓩鯱∩曚気擦覿喩の指針たる言葉である。
フィリピン競馬史へと燦然たる光泡を天与する伝説的競走馬が、1980年初頭に颯爽と降臨した。生涯を通し、その敗戦はたったの1回。それも騎手が前半で折り合うことを侃愕として拒み、それが打擲(ちょうちゃく)を悪戯に繰り返す引き金となって失策へと転げ繋がっていった。しかし、このたった一度の慮外千万の失念を持ってしても、それはより伝説を際立たせる光源にしか転換されず、伝説的史上最強馬として、同国競馬史の中、巨神像として屹立し続けている。

フィリピン共和国の競馬の歴史は古く、その起源は1867年まで遡る。マニラジョッキークラブが創誕した歴史的年で、当時はマニラで生産されていたポニーを使って、直線道路での競馬であったという。この時代の競馬の役割は上流階級の社交場としての舞台を担うことを主軸としており、下層階級の民たちは入場すら許されなかった。この流れが断ち切られたのが1901年のことで、当年は民主化を進めるタフト総督が政治主導のタクトを握っており、競馬界の体質改善が図られたのであった。
戦禍の飛び火を避けるように、幾度か競馬開催の中止も行われたが、競馬の質・レヴェルは右肩上がりに資質を高めていった。
競走馬のレベルアップが進むに連れ、密輸入の問題が深刻化。対策の一環として馬匹改良が進められ、サラブレッドやアラブがオーストラリアから数頭取り入れられ、軽種化が暫時進展を見せていった。しかし、世界大戦という名の闇がフィリピン競馬を歪曲させ、中止へと追い込むと、フィリピン競馬の時間はピタリと止まってしまうこととなる。
時は滔々と流れ…1946年、第二次大戦という負のスパイラルを抜け出した時、ついにフィリピンは独立し、競馬界も一人立ち、新たなる巣立ちの時代を受容するターニングポイントに立っていた。
1948年に競馬法が制定されると、政府による管理体制の強化、ブックメーカーの弾圧と廃絶が推進された。レース体系も大きな変化を遂げ、政府が賞金を拠出するフィラコムステークスを次々と創出していく。こうした変遷の中、1978年にクラシック三冠競走のレールが敷かれ、1980年に競馬学校が開校。その2年後にはサラブレッド血統書第一巻が発行され、いよいよ世界水準の競馬開催国へと肩を並べる段階にまで辿り着くこととなる。

  
[ライバルを余裕綽々で圧倒するフェアアンドスクウェア(中央)]

新時代への開拓が進められる中、そのフロンティアの王者として誕生したのがフェアアンドスクウェアだった。真のチャンピオンのみに許される絶烈たるパワーで突き放し、轟然とフィニッシュを決める。全く隙がなく、絶対的安心感と安定感とが天秤で吊り合う無敵の快進撃。それでいて気性はたおやかで夕凪の海のように沈静たるオーラを取り巻いていた。調教師にも非常に従順で、純朴な立居振る舞いは紳士さえ感心感嘆を覚えるほどであったという。
創設から間もない三冠競走を羊角のように吹き抜け、見事手中へと収めていく。第一冠エデュアード=M=コジュアンコ.Jrカップ(ダ1,600m)、二冠目のジェイムVオングピンカップ(ダ1,600m)、そして最終関門のホースマンズカップ(ダ2,000m)…初代三冠馬となり、絶大無比の能力で他馬を完全に屈服させてしまい、もはや国内で走ることは他陣営を震撼させる行為以外の意味を持たなかった。

                  
[偉大なる“伝説”の存在に夜風に吹かれ想いを廻らす――]

フェアアンドスクウェアは古馬となっても絶対神として君臨。
国内最大最高峰・プレジデンシャルゴールドカップ(大統領金杯・ダ2,000m)を二連覇。しかも連続でのレコード勝ちに、その存在は生きる伝説へと昇華した。
種牡馬としても、とてもフィリピン産馬とは思えぬ健闘を見せ、大統領金杯を勝ち、父仔制覇の快挙を成し遂げるフェアスタートほか、重賞級レース勝ち馬を次々と送り出し、奇跡的成功を果たした。

生きながら神話となり、崇高かつ絶界の聖獣と化した一頭の競走馬は、いつしか島民たちから、こう呼ばれるようになった…――

爛譽Д献Д鵐瀬蝓辞

『伝説を綴る者』と―――。

  


  
☆フェアアンドスクゥエアのオーナーはカプト・シーザー・マモン氏。

☆マモン氏は、同馬の母フェアシーを競売で購入。マモン氏以外には見向きもされなかったが、マモン氏はフェアシーに異常なまでに惚れ込んでしまい、迷わず購買に踏み切ったという。
その時お腹にいたのがフェアアンドスクゥエアだった。


今回の写真元:『Gogirl Racing』、『Blank page』

   

奇跡の名馬 (オセアニア・環太平洋エリアの名馬) * 06:15 * - * - *

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