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カリユシドルフィン

 
カリユシドルフィン

 〜 ちゅら海い 〜

 ―沖縄伝説の小浜馬


父 ?
母 ?
母父 ?

生年:1940年代
性別:牝
毛色:栃栗毛
国籍:日本 沖縄県・八重山諸島・小浜島
生涯成績:浜競馬無敗

サバニが泡波に揺られる白い砂浜にオレンジのグラデーション。
ここは沖縄本島からさらに南――…八重山諸島に浮かぶ小さな島、小浜島である。
2001年には日本列島を沖縄ブームへと誘うことになる朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』の舞台ともなった長閑で静かなサトウキビ畑が一面に広がる島である。

  

  
〔沖縄出身である国仲涼子さん演じる“えりぃ”の笑顔と元気に勇気付けられた人も多いはず。続編も期待されている〕

スローライフな時間がゆったりと流れてゆくこの島に、かつて存在した在来馬がいることを、いま知る者はほんの一部となった。
喜界島の喜界馬や、かって仙台にいた仙台馬、明治期の根岸横浜競馬で大活躍を果たした南部馬など、日本在来馬は多種多彩であった。しかし、高度経済成長に伴う自動車の波勢に追いやられ、その役目を失墜させられていった。やがて記憶の中からも漸滅してゆき、いまや忘却の時を迎えるに至ってしまった。
そんな隠れた在来馬の一種に、小浜島に棲息していた「小浜馬」がいる。
かつて当博物館の【展示室】コーナーにおいても小浜馬を紹介したが、今回紹介する小浜馬は、かつて島に闊歩していた純血の馬である。しかしながら、現在ではすでに純血はおろかその血の50%を継ぐ馬すら消えかけているという。

かつて小浜馬とともに生きた識名朝三郎氏いわく、小浜馬は小柄だが足が早いことが最大の特徴だったと、当時を思い返しながら語る。

  
〔識名氏と小浜馬。識名氏は小浜馬復活を願い、決起。与那国島で小浜馬の血を母方に持つ馬を発見し、馬の親睦会を兼ねての競馬大会を実施。そこで小浜血統の馬は別物の走りを見せ、周囲を驚かせたという。この熱心な努力が実り、島を上げての種の保存活動が開始され、現在も小浜馬の繁殖活動に力を注いでいらっしゃる〕

八重山諸島の中心地である石垣島でも小浜馬は大車輪の活躍で、蒔運びや牛追いで懸命に島を駆けていた。小浜島で生産された馬たちは乗用馬としても誉れ高く、電話も車も無い時代は最高の乗り物だった。小浜馬を知る島民はこう語っている。

「小浜馬は、車で言うならベンツ。だけれでも、ベンツはお金があればいくらでも買える。しかし、速い馬は天からの授かり物。お金では買えんさ」

昭和40年代に姿を消していった小浜馬。ちゅらさんの島で生まれた名馬たち…そんな名馬終焉の時代に浜競馬で無敵を誇っていたのがカリユシ海豚と呼ばれた一頭の駿馬。正式な名称は『かりゆし』号だったかもしれないが、ここではカリユシドルフィンと呼称させて頂く。ちなみに“かりゆし”とは、沖縄の方言、うちなーぐちで「めでたい」「しあわせ」を意味する言葉だ。

  
[爐りゆし(しあわせ)瓩魑Г襯掘璽機爾里箸發群弌



小浜馬最後にして最強最速を天舞して去っていった南の島の、サトウキビ畑の隠れた名馬。


ざわわ…ざわわ…



シュガーロードを
吹きぬく風が
古き良き、時代の記憶を
呼び覚ます…

風の譜線。
海の琴音。

ちゅら島の願いは
ただ一つ。

小浜馬の産声が呼び込む
“かりゆし”の蹄音。

その唄が島を包む
その日まで――
島民の祈りは
ずっとずっと、
つづいていく…――



【写真・イラスト提供協力】
秋山由美子、アピア様、ひかりTV様、やいまねっと様、情報やいま2002年5月号

奇跡の名馬 (日本の名馬) * 04:37 * - * - *

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