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リノックスバル     ―Lenox bar― °・。爽碧なる翼音の貝殻。°。

 【リノックスバル

Winnig46IN1940!

1年間
  46勝を上げた
   奇跡の馬の物語〜
 
父 オーシラ
母 フォアフォウン
母父 フォアグラウンド

生年:1935年
性別:牡
毛色:鹿毛
調教国:米領プエルトリコ島
生涯成績:191戦132勝[132-32-11-6]
主な勝ち鞍:クラシコ・ディア・デル・トラバッホほか、サラブレッドによる年間最多勝利ワールドギネス


どこまでも続く青い海、赤く燃えるブーゲンビリアとハイビスカス…蜂蜜色の砂浜。そよぐシーブリーズに、抒情が玉詞となり乗せられ、ロマンティックな夕暮れの街へと流れてゆく―…。

  

まさに「楽園」の呼称が相応しい島風景と珊瑚礁が広がるカリブ海の島々。この地域で催される競馬を舞台に、個性的な名馬や世界記録があたたかに育まれてきた。それはカマレロの56連勝だったり、コリスバールのサラブレッド世界最多出走記録&最多勝記録(324戦197勝)だったりするわけだが、今回紹介する驚愕の記録も、カリブ海との逢瀬により静誕した幻の名馬によりもたらされたものである。永久不滅の世界記録…


「たった1年間で56戦し、46勝を上げる」


耳を疑いたくなる信じられない記録である。この記録はギネスにも登録され認知された、正真正銘のワールドレコードである。
この全馬未踏の大記録は1940年に、西インド諸島にて達成された崇高なるメモリアルタワーだ。
マークしたのはリノックスバルというプエルトリコへと輸入されてきた米国産馬。
生涯で191戦を消化。内132勝を上げることになる訳だが、その約1/3を1940年のプエルトリコで滑駆している。56戦を一年で消化することがいかに途轍もないことかは、54戦54勝、ハンガリーの生んだ奇跡の名牝キンツェムの成績と対照比較すれば明白となる。

生涯を通し54戦し全勝のキンツェムは、いくら敬恭しても事足りない程の震天動地の神王妃だが、リノックスバルは僅か1年でキンツェムより2戦も多くレースを消化しているのである。また、カマレロの戦績と比較してもその驚異は揺るがないどころか、尚の事凄みを増す。カマレロは56連勝を達成するに、3年の月日を要したが、リノックスバルはたった1年で56戦を消化してしまった。1年間でこれだけ走るには、それこそ休みなく毎週走り続けても達成できない。コリスバールとリノックスバルの残した世界レコードは未来永劫に更新不可能な記録なのである。

古い文献を韋編三絶、眼光紙背に撤すると、ユラり揺らめくカンテラは、おぼろげななる記憶の断片を照らし始めた…。

世界は広い。
まだまだ狎擇蟷キ畄茲瓩琉貅蠅魃し持つように、歴史と言う名の巨人は偉大なる記録を時間と言う名のヴェールへと包み込んでしまう。

 


年間最多勝参考記録


1949年、メイクビリーヴという繋駕速歩馬(トロッター)が53勝を記録したと伝えられている。

1956年、ヴィクトリーハイ65勝という歴史的スーパーレコードを記録。この馬はペーサーだったが、全馬種を含めた最高記録はこの馬の勝利数ということになる。

当然だが、サラブレッドの記録は46勝を上げた同馬、リノックスバルのものである。

※以下の画像をクリックすると世界記録集へジャンプできます!
 
信じられない世界の超絶記録集へどうぞ…


  
名もなき砂浜へ打ち上げられた貝殻。
海の記憶、島の記憶を宿したその奥からは、微かに漣の音…

   

耳を当てれば聞こえてくる――…
碧い海と舞台に、風を切り裂いた勇者の蹄音、いななきが。



未来を見つめる彼のその眼差しの先、
ブルー・ラグーン島のイルカたちが綺羅星の竪琴を爪弾くかのように、セルリアンブルーの世界の中、愛の歌を吟唱している。
 

1940年…その海を舞台として、愚かなる戦火を余所に、懸命に生きた幻朧の名馬が残せし来世への“記憶”。

  


豪放磊落な島民たち。                 

童話から飛び出してきたような、パステルカラーの町並み。

  
▲〔ピンクサンドビーチ〕

エルセーラ島のピンク・サンド・ビーチ。さくら色の砂が、そっとオレンジの空へと舞上ってゆく…。
琥珀色の砂風は、彼が残したノスタルジックメモリー。
シトラスの微香が残る砂浜と島の風景に、名馬の残影が重なって見えてくる――…。

奇跡の名馬 (中米・カリブ海の名馬) * 17:28 * comments(0) * - *

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