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レーヴディソール=Rеve d'Essor

レーヴディソール

 〜ける

悲運・悲涙に暮れた
    幻想的女傑



父 アグネスタキオン
母 レーヴドスカー
母父 ハイエストオナー

生年:2008年
性別:牝
毛色:芦毛
調教国:日本
生涯成績:6戦4勝
[4-0-0-2]
主な勝鞍:阪神ジェベナイルフィリーズ、チューリップ賞、デイリー杯2歳S

それは一瞬のことだった―――…

瞬く間…
一刹那、玉響の瞬刻。

デビューの2010年9月11日から2011年の3月30日までの時節、父タキオンが駆けた光速の軌跡をなぞるかのような、儚くも幾千もの夢がたゆたった至福の時韻。

淡く切ない
サクランボメモリーの旋律…
あどけない瞳に
ピンクホワイトの馬体…
兎の様なサラブレッド。
彼女の駆けた風色を――
ベランダから見つめた青空は…
そう…
あの頃に見上げた空色はいつも猝歓Л瓩世辰拭



飛翔の夢。
クラシックに、世界の空へと舞うことなく夢泡へと帰っした戻らない「想い」。

レースの最終最後に見せた光速すらも超過超越する瞬転の閃き。
あの末脚に、我々はこのあどけない純粋無垢なる可憐な少女に、牝馬三冠はおろか、ダービーを、さらには凱旋門賞を未来の空へ投影していた。
それほどの可能性を秘めた、幻惑的なほどに魅力的だった競走馬。
それが彼女、レーヴディソールだった。
大望巨夢の空を舞った彼女の記憶をここに記す―――…・・・・・・

薄幸の美少女
レーヴディソールは、2008年4月8日、北海道は安平町のノーザンファームに生を受けた。
父アグネスタキオン、母レーヴドスカーという血統。例年POGや一口馬主では注目の的となるが、誰しもが大きな危惧を抱くのもまたこの血統。
それというのも、そのはず。この血筋を受け継ぐ馬たちは皆、呪われたかのように不運・不遇の生涯を送っているのであるから。
下記の一覧を見て頂ければお分かりの通り、レーヴドスカーの仔たちは不思議と体質が貧弱・脆弱な一面を孕んでおり、やけに不幸染みた最期を迎えている馬がほとんどなのである。


レーヴドスカーの子供たち

リーガルシルク(一番仔)
⇒父ドバイミレニアム。ゴドルフィンの持ち馬だったが、2004年に死亡。

ナイアガラ(第二仔)
⇒父ファンタスティックライト。金子真人氏の持ち馬として活躍。地方競馬へと転入。その後
詳しい行方は不明。

レーヴダムール(第三仔)
⇒父ファルブラヴ。阪神JFにて、わずかキャリア1戦での連対を果たすが、2008年12月19日死亡。死因は骨盤骨折による内出血だった。

アプレザンレーヴ(第四仔)
⇒父シンボリクリスエス。2009年の青葉賞を勝つも、左前浅屈腱炎を発症し、引退に追い込まれてしまう。

レーヴドリアン(第五仔)
⇒父スペシャルウィーク。2010年、いわゆる“最強世代”の一頭として活躍するも、調教時の不幸により同年11月11日、この世を去っている。

レーヴは父が有力馬や素質馬に故障離脱馬の目立つアグネスタキオンに変わった事で、なおさら言い知れぬ胸騒ぎと疑惧とを周囲に抱かせ煩慮、憂患を重ねさせることとなった。
血統超一流も鬼胎を抱かざるを得ない薄幸の美少女。
幼少時のレーヴディソールは、そんな外界に飛び交う不穏な囁きなどどこ吹く風と、元気に育ち、天真爛漫と競走馬としての手解きを受けていった。

天翔る夢の閃き
レーヴディソールのデビュー戦は夏の北海道開催、9月11日の札幌競馬場の芝1,500m。中団のインを追走し直線へ向くやあっという間に先頭を捉え、後のアーリントンカップ馬ノーザンリバーを楽に差し切り、見事デビュー勝ちを果たした。
並みの馬ではとても届かないような位置からの追い込みで、これはまた一頭、相当な素質馬が現れたと、あらゆる場所で話題となった。

▲〔デビュー戦のゴール前。この時の鞍上は中館英二騎手。以降全戦にて福永祐一騎手が手綱を握る。〕

2戦目に選定されたのが、牝馬限定の重賞ではなく、牡馬混合のデイリー杯2歳Sであったことに、その期待の大きさが反映されていた。
ここにはこの後に朝日杯フューチュリティSと翌年のNHKマイルCを勝つグランプリボス、夏の小倉にて出色の内容で未勝利を圧勝してきたメイショウナルトらも出走してきていたが、全く問題にもせず、大外から一気に巻くりあげ、残り100mで先頭に立ち、流しながらゴール。前脚を高く上げ蹴りつける独特のフォーム、後方からいつの間にか先頭に立つ極上のキレと瞬発力に多くの者が魅了され始めていた。

▲〔デイリー杯の牝馬による優勝は1996年のシーキングザパール以来、14年ぶりのことだった。〕



▲〔阪神JFの4コーナー、一気に上がっていくレーヴディソール。このレースは1着から3着まですべて芦毛馬という珍しい結果になったレースでもある〕

3戦目となったのは2歳牝馬チャンピオン決定戦の阪神ジュベナイルフィリーズ。ここには強敵が揃った。札幌2歳Sで牡馬相手に2着と好走し、翌年の秋華賞を勝つアヴェンチュラ。芙蓉Sを勝ち、翌年の牝馬三冠戦線で崩れず戦い抜くホエールキャプチャ、名門・藤沢厩舎が送り出すダンスインザムードの娘で2戦2勝のダンスファンタジア。ファンタジーSを勝ったマルモセーラ…。
この強力メンバーを相手に、レーヴディソールを福永はどう手繰ったか――。
やはり後方待機策だった。しかし、レースはスローで展開され前方をゆく有力馬たちに勝利は転がり込むかのようにもレース途中から見え始めていた。しかし、福永はこの馬の内包する絶大無比のポテンシャルを信じきっていた。3コーナー過ぎから徐々にポジションを上げ、4コーナーで一気の捲り。ホエールキャプチャ、ライステラス、アヴェンチュラらが粉骨砕身、必死の追い上げを見せる中、なんと一鞭もくれることなく、軽いサインを送るだけで信じ難い瞬発性能を開眼させると、改修後の阪神コースで行われたJF最速の3ハロン、33.9を馬なりで叩き出し、優勝してしまったのである。

「今日は最小限の力で勝たせました」

破顔一笑。白き女傑に惚れ込んだ男が、白い歯を見せ、大願を師走の空へと投影させた。


▲〔空飛ぶ木馬。直線最後のアクセレーションと独特のフォームからその姿は空を飛ぶ木馬のようにも見えた。〕

レーヴディソールはウオッカやアパパネ以上のレーティングを獲得。
同厩舎の大先輩ブエナビスタのレーティングには及ばなかったものの、誰しもがウオッカ、ダイワスカーレット、ブエナビスタといった牡馬をも打ちのめす女傑・女帝の系譜を継承する存在だと、胸中で確信めいた何かが、萌芽しはじめていた。

ところでこの桁外れの瞬発力、いい表現・称号は何かないものかと考えてみたのだが、私は狹傑討詭瓦料き瓩噺討屬海箸砲靴拭この由来となっているのが、週間少年ジャンプにて連載され大人気を博した少年漫画『るろうに剣心 −明治剣客浪漫譚−』の主人公・緋村剣心の使う飛天御剣流、その奥義・天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)。
この奥義は超神速の抜刀術。右足を前にして抜刀する抜刀術の常識(通常、抜刀術は刀は左から抜刀するため、左足を前にすると抜刀時に斬ってしまう危険性があるため)を覆し、抜刀する瞬間に絶妙のタイミングで鞘側の足、つまり左足を踏み出し、その踏み込みによって刀を加速し神速の抜刀術を、超神速にまで昇華させる…というもので、まさに瞬刻の刹那、直線最後に見せるレーヴディソールの天性の瞬速力を現すにふさわしいと感知しての命名であった訳である。
完全に余談だが、あのゴールまえのダイナミックなモーションと豪快なフットワーク、そしてその一弾指のスピードを一言で表現する言葉が、欲しくてたまらなかった。それほどに彼女の瞬発力は魅惑的なものだったのだ。

ディープを超えた奇跡
レーヴディソールが、桜花賞へ向けての始動戦を迎えることとなった。
牝馬、しかもまだ2歳のGIを1勝しただけの馬。その馬がなんと新聞各紙の一面を飾っている。
信じられない光景である。そしてその単勝支持率は史上空前のものへと昇っていく。
チューリップ賞の最終単勝支持率はなんと81.4%。
ディープインパクトの菊花賞が79.03%を超える驚天動地の支持率である。
ファン、関係者皆の仰望を一身に受け止めたレーヴディソール=福永は期待通りの大楽勝を展開させる。
ステッキどころか、一度も追われることなく、見せ鞭とゴーサインだけで、馬なりのまま4馬身差の超楽勝。これほど楽に重賞を勝つ馬がいようとは…。ディープの阪神大賞典やタイキシャトルの京王杯SC以上の衝撃的大楽勝だった。
この大勝に犧までに乗ったことがない馬瓩班召掘遠回りながらもかつて自らが手綱をとった名牝シーザリオ、ラインクラフトらを上回る評価を与えている。
そしてチューリップ賞後、親しい仲の者には「この娘、マジはんぱねぇーよ!!」と興奮気味に語っている姿もあったという。
桜花賞はもちろん、牝馬三冠確定の声も上がり、中には「ダービーへ出て欲しい」と願う者も現れ始めた。栗東や美浦のトレセンでもこの馬の噂は凄まじく、「凱旋門でもきっと勝負になる」との囁きもあったという。
敵は己の中潜む悲運の血筋のみ。
誰もが無事と幸運を願った―――。


悪夢に飲まれた
     儚き夢の物語
2011年3月11日、午後2時46分。
宮城県牡鹿半島の東南東沖の海底を震源としたマグニチュード9.0という日本史上最大規模の大地震が発生。太平洋沿岸部を中心に壊滅的甚大なる被害をもたらした。
この未曾有の大震災直後のことだった。


3月30日。レーヴディソール骨折。
右前脚のトウ骨遠位端部分の骨折が判明したのである。


天翔る銀髪の少女の夢物語は、儚くも散った。
そう、この日の空に。
 
ガラス玉のような、いつ砕けてもおかしくない繊細精緻な脚だった。
誰しもが、懼れていた。
「いつかきっと故障してしまう日が来るに違いない…いやでもこの馬は特別に違いない」
レーヴディソールのニュースが上がる度に上がる心拍数。
無事だ。今日も何事もなかった…
とにかく無事にクラシックへ…――。
しかし、それは悪夢は現実となった。
まるで大震災に飲み込まれるかのように、夢を追う少女の物語はバラバラに砕かれてしまったのである。

「このまま引退したほうがいい。」

「もう一度あの走りがみたい」

意見は二つに分かれていた。骨折後も競走能力を変わらず発揮できる馬もいるが、大半は長期休養を要され、復帰後は怪我前とのギャップに苛まれ、全開することなく競馬場を去るか、怪我の再発に蝕まれる運命。レーヴディソールのあの天空を翔る走りは、もう二度と戻らないだろうと、私はこの時、心のどこかで確信めいたものを感得していた。

その後レーヴは放牧に出され、陣営の弛まぬ努力から、レーヴディソールは復帰の道を歩み出していった。

しかし――…・・・

復帰戦エリザベス女王杯、11着。

二戦目の愛知杯、4着。

あのレーヴディソールは、天翔る夢の閃きは、輝き方を忘れ、空を舞うことすら叶わなくなっていた。少女は翼をもがれ、地面へと叩きつけられた――…
大いなる大空を、翔舞する夢を断たれた少女が、インフェルノの亀裂へと転げ落ちてゆく――。

2012年、2月29日。
レーヴディソールの引退が決まった。

夢の空、遠き空。
あの日あの時、
飲みこまれていった夢の空を、
白い翼で一瞬の閃きを見せた彼女との日々、その空たちを。
私たちは、ずっと忘れない。

  
いつか見る夢の空を翔ぶために――・・・・。

奇跡の名馬 (日本の名馬) * 06:05 * comments(0) * - *

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