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犖翼天翔のゴスペル


フランスへ届け――
この祈り。
このゴスペルコラム――…
オルフェーヴル凱旋門賞優勝祈願コラムです。


 馬聖地


私うみねこはこの夏、頂いた休暇を故郷の栃木で過ごしておりました。
そしてこの貴重な時間を使って訪れたのが那須郡那珂川町の馬頭という小さな山間の町落。
ここはその昔、名前の通り馬と関わりが深く、馬喰(ばくろう)たちの聖地と崇敬されていた土地なのです。

  
▲〔緑の部分が馬頭。2005年、那珂川を隔てて隣接する小川町と合併し、馬頭町は消滅。後には倏脇瓩箸いγ鰐召世韻残された〕

那須与一の伝説の影響を受け、この地は古くから馬を愛し、地に汗涙を流しながら、懸命なる思いのまま馬と人とが営みをおくってきた神聖なる土地なのです。


▲〔馬頭町を望む〕


   馬


 
馬を飼う家では、昭和15年頃まで、那須郡馬頭町の馬頭院に参拝して馬の安全を祈願した。
そして馬頭院から受けてきた御札を馬屋の柱に貼ったという。
馬頭院からの帰り道には、クマザサの束を買い、馬に与え労を労っていた。
馬を飼う者達は集会を開き、道を通る人に甘酒を振舞うなど、馬頭観音講を催していたという。
またある町では明治45年に設けられた勝善神の石碑があり、これを馬頭観音と呼び12月の不定日、甘酒を作り祭りを開いていた。この場所は馬の洗い場ともなっており、水田で働いてきた馬たちは夕暮れともなると集まり、1日の汚れを落としていた。



  
▲〔馬頭町入口に立つ馬像〕

実家を車で出てから県東へ走ること約2時間。
馬頭町へと到着しました。目的地は静神社。
オルフェーヴルの凱旋門賞勝利と、レースの無事を祈る為やってきたのです。

静神社は、昼間にも関わらず外界とは一線を画すかのような冷涼な空気に満ち溢れ、荘厳なムードに包まれていました。
神社の前には小学校。
まるで20年前の田舎の夏にタイムトラベルしたかのような、牧歌的光景。

   
▲〔神社の前に立つ馬頭小学校。昇降口手前の壁には馬の絵が〕

目眩もするような、切り立った長い長い階段のその先、蝉時雨の中たどり着いた馬頭静神社。

 
神々しい雰囲気に取り巻かれる境内。
二礼二拍手一礼で祈りを込めて手を合わせました。

 
▲〔神社の裏手に鎮座する人馬像〕

人と馬が寄り添い、信愛を酌み交わした古き良き時代の記憶はいつしか人々の心から消えてしまうのでしょうか――…
私は改めてこの地を踏んで静かに誓いました。
馬を愛し、馬と人の歩んできた歴譜を語り継いでゆくことを。

オルフェーヴルの凱旋門賞が、馬を愛する人たちの大きなターニングポイントになることを予感して、馬頭町へ踵を返しました。

  
 
「神様、オルフェに力を…
  オルフェに、光の翼を――」

「天まで翔けろッ!
     オルフェーヴル!!」

 

  【私の実家競馬
 
はい、話はガラリ変わって、今夏のフィールドワークで判明した、私の生家、栃木県今市・木和田島地区の明治・大正時代の競馬状況の調査結果をご報告致します。
相当ローカルでスーパーマニアックな話ですが、宜しければご覧ください(笑)。

 【下野競馬大会

どうやら明治から大正時代、あまり馬と縁深いと思っていなかった旧今市市においても、時折競馬大会が開かれていた様子。

小百競馬
1899年(明治32年) 5月、栃木県河内郡豊岡村小百において開催されたという。
当日は大盛況だったとのこと。また、1922年(大正12年)にも小百にて競馬が開催されたという記録がある。この時の参加頭数は30余頭。山間の小さな農村とはいえ、かなりの規模の大会だったようだ。

篠井競馬
1918年(大正8年)5月にも競馬が催されていたらしい。
開催地は河内郡篠井村。午前中からの開催だったが、午後からは雨にたたられ、人出はまばらだったらしい。

以上は下野新聞の過去の記事を閲覧して発見したもの。
実家の界隈にある馬力神の石碑の横に刻彫された文字を読み解くと、そこには狢臉記瓩諒源が。


▲〔馬力神。実家から南の小さな道の脇、そっと佇んでいる〕

「馬力神」とは、馬の守護神であり、愛馬の供養の為に造立される石塔。
栃木のほかでは宮城県などに多く見られる石碑で、栃木には274の「馬力神」があるという。
自然石を用いており、神名のほか、紀年銘と造立者を記すだけのものが多い。
栃木県下都賀郡壬生町南犬飼北坪に立てられた馬力神が現在知られる最古のもので、1851年(嘉永4年)に造られたものだとされている。

 
▲〔猪倉の小道にある馬頭観音〕


これは実際のその道。
「馬力神」や「馬頭観音」の存在を小さい頃はお地蔵様の一語で、存在を認識していましたが、知識を得て、馬を愛するようになった今、改めて色々な事に気づかされます。
昔、それほど遠くもない昔に、自分の生家の近くにも馬がいて、そしてその馬を愛する人たちがたくさいんいたんだということを。どんな馬だったのかなぁ…どんな生活をしていたのかなぁ…
馬頭観音様にもオルフェの凱旋門勝利と無事を祈願しつつ、生まれ故郷の「古き良き」メモリーを夢想するのでした――。
  

馬民俗学研究探訪誌 * 01:21 * comments(0) * - *

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