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ブルースオンザルース ―Bruce on the loose―


〜夕映えの空、心の彼方
   響け轟け、白きブルース〜

ジャマイカ競馬
   史上最強馬

父 ホイールアウェイ
母 ロードトゥジャスティス
母父 リットデジャスティス
生年:2006年
性別:牡
毛色:芦毛
調教国:ジャマイカ
生涯成績:29戦22勝
主な勝ち鞍:ジャマイカ二冠[ジャマイカ2000ギニー、ジャマイカセントレジャー]、トリニダード二冠[ミッドサマークラシック、トリニダードダービー]、カリビアンチャンピオンS四連覇、トリニダードゴールドカップ、ステュワーズカップ2回、サンタローサダッシュ三連覇、ダイアモンドステークス2回、プレジデンツカップ、ストレイトステークス、スプリントチャレンジトロフィ、デュラントメモリアルほか

「ブルースとは、心の状態であるとともに、その状態に声で表現を与える音楽である。ブルースは捨てられたもののすすり泣きであり、自立の叫びであり、はりきり屋の情熱であり、欲求不満に悩むものの怒りであり、運命論者の哄笑である」
ポール・オリバー著「ブルースの歴史」より

彼はジャマイカに生まれながら、トリニダード国民に崇愛・宝愛され続けた奇特な存在であった。
その走りは、まさに“ブルース”そのままに…情熱の咆哮であったと言っても過言ではなかった気がする。

耳をすませ、波の音に聞き耳を立てると、あの白い馬の走り抜ける蹄の音と、勇気溢れる姿が瞼の中浮かんでくる。

トリニダードの、ちょっぴり叙情的な競馬ファンは皆そう口にするという。
ブルースオンザルースの戦法は捲り。
日本で言うならばディープインパクトの走りを連想して頂ければいいだろう。
ジャマイカには、古くはレーガルライト、ロイヤルダッド(11戦全勝、心臓発作で倒れた伝説的存在)、近年ではミラクルマンや魔法少女シンプリィーマジック(ジャマイカ三冠ほか、西インド諸島史上最強と謳われる名牝)など、世界にも誇っていい、かなり高いレベルのサラブレッドも降誕しているが、このブルースオンザルースは先にあげた伝説の名馬たち以上の歴史的戦績、どんな距離にも対応できる順応性、そして隣国トリニダードでの世紀の大活躍と、過去に無い全てを持ち合わせていたのである。


▲〔ブルースは、フィールド・ハラーと呼ばれていた労働歌とヨーロッパから白人が持ち込んだ大衆音楽バラッド Balladsが組み合わさったものと言われている。労働のためのかけ声にアフリカから持ち込まれたリズム感を持ち込むことで発展したフィールド・ハラーは、当初は限られた歌詞を繰り返し歌うごくごくシンプルなものだったようで、定まった形式などをもってはいなかった。それに対してバラッドは、文字を知らないヨーロッパの一般大衆のために歴史や伝説を歌のかたちで表現する芸能の一ジャンルとして発展したものであった〕

デビューはジャマイカであったが、早くからその鬼才を開眼させ、圧勝楽勝の連続でジャマイカ2000ギニーも大楽勝。
しかし、ジャマイカダービーでは、ザガンマーという馬に短首差のみ差し届かず、心機一転トリニダードへと渡る。
そこでさらにこの馬のポテンシャルが全開することとなる。

参戦したトリニダードダービー、2コーナー過ぎから早くも捲りを開始。3コーナーでは先頭へと並びかけ、早くも4コーナーでリードを広げ始める。直線を向いた時すでに2位との差は5馬身以上あり、歴史的大差勝ちは約束されたも同然であった。
追われるとさらに猛烈な加速を始め、残り100mですでにスタンドからは大きな拍手喝采と祝福の声があちこちから上がっていた。ゴールを過ぎた時、その着差はなんと15馬身差も開いていた。


▲〔ダービーでの口取り式。馬主のトレス・アミーゴ氏と共に〕

サンタローサ競馬場へ雷轟が鳴動し、詰め掛けたファンは震撼すると共にスーパースター飛来を確信。
白い勇者に魅惑されたファンたちは、以後この馬に首っ丈になって声援を向けることとなる。

ココすご
       ブルースオンザルース


1.2009年から2012年、四年間にも渡り年度代表馬に選出される。
 これはカリブ海競馬史上初の快挙。

2.
最優秀スプリンター、ステイヤー同時選出までされる。
それもそのはず。1,200mで1:09.2(いまだ抜かれていない)のレコード。
ダービーもレコードで大圧勝なのだから…

3.
ダービーを10馬身以上で勝った、21世紀初の馬に!
 ダービーに相当する競走で大差勝ちをした馬はあらゆる国と地域の馬を見ても数える程度。




▲[ホースオブザイヤーのトロフィを受け取り、喜色満面の笑みでいっぱいのトレス・アミーゴ氏と妻のキャロルさん]

無敵のスーパーホースとして君臨し続けてきたブルースオンザルースだったが、
2013年を迎えた1月16日、サンタローサ競馬場内の馬房の中、強烈な疝痛に襲われ、のた打ち回り、絶命してしまう。
史上最強馬を襲った突然の不幸。
ジャマイカのみならず、トリニダード競馬界全体が深い悲しみに暮れた。
偉大なる白いブルース奏者を、こよなく愛したサンタローサの地に埋葬することが、関係者と主催者側との協議末一致。
サンタローサ競馬場にブルースオンザルースは埋葬される運びとなった。
向こう20年間はこれほどの名馬は現れないだろうと、現地では言われている。


▲[シャベルカーで土葬の穴へと運ばれるブルースオンザルース。もし生きていれば2013年も快進撃を続け、2014年も現役を続けていたに違いない]


美空
「ブルース」という音楽の誕生は、黒人たちがアメリカで今後も生きて行くことを決意したことの証明だったと言えるのかもしれません。彼らはどんなに厳しい環境でも、どんなに残酷な差別を受けながらも、「もう自分たちはここで生きて行くしかない」そう覚悟を決めたのです。(その逆に、アフリカへ帰ろうと呼びかけた音楽がレゲエであり、その中心思想だったラスタファリニズムでした。ボブ・マーリーはその運動の先頭に立っていたからこそ、ジンバブエの独立運動を応援し、アフリカへと何度も出かけたのです)


「アメリカにいるアメリカ人が、自分たちはアメリカを離れることなどないと
気づいた瞬間からブルースは始まった」

リロイ・ジョーンズ著「ブルース・ピープル」より

ブルースオンザルースもミッドサマークラシックを勝ち、ダービーを歴史的圧勝で締めくくったその瞬間から、トリニダードこそ天命の地であり、離れることのない第二の母郷と感知していたのかもしれない。
その戦績の勝利の実に15勝がトリニダードでのものだった。


カリブの空、夕映えの空へ、レゲエとも、ジャズともとれない凱歌のトランペット・ミュージックが鳴り響く。
偉大なる名馬へ手向けるレクイエムは、どこか儚くも切ない、邯鄲の「ありがとう」に聞こえてならなかった――。
夕凪の中、心へと吹き流れるブルースの旋律に乗せて。

  

奇跡の名馬 (中米・カリブ海の名馬) * 06:08 * comments(0) * - *

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