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ロマンティコ

〜衰退の果てに
    見えた競馬浪漫〜



父 カボークロ
母 ロサフロラ
母父 ?

生年:1935年
性別:牡
毛色:鹿毛
国籍: ウルグアイ
生涯成績:23戦14勝

ウルグアイはかつてその昔、南米のスイスとよばれるくらい豊かで平和な国家を築き、称賛されていた。一方、競馬の質としても、アルゼンチンに次ぐ上質のものがあった。

第二次大戦後の国力の低下が著しいものの、貧富の差が激化したことで、馬産の質・量はともに急落を免れている。とは言え、パート宜颪らパート兇悗罰瞥遒舛靴討靴泙ぁ競馬レベルの低下は否定できない。
ロマンティコはそんなウルグアイ競馬が送り出した史上最強馬であり、ウルグアイ最後の名馬である。

ウルグアイの地にはじめてサラブレッドがやってきたのが1874年。そして最初の英国式競馬が行われたのが翌年の1875年とされている。1888年にはホセ・ペドロ・ラミレス博士を中心とし、モンテヴィデオ・ジョッキークラブが設立。本腰を入れての競馬がスタートする。

ロマンティコはウルグアイ三冠を隙なく勝ち、栄えある三冠馬となる。さらにはウルグアイの古馬三大レースのムニシパル大賞、ホセペドロラミレス賞、オノール大賞も快勝。この三大タイトルを手にした馬はロマンティコの他にセスターオとカルカドという馬が2頭いるだけである。


〔流して楽勝するロマンティコ〕


ウルグアイの競馬浪漫を乗せ、ロマンティコは走り続けた。そして空前絶後の金字塔、カルロスペレグリーニ国際大賞典2連覇という大偉業を打ち立てる。その翌年ことだった。3連覇をかけた年のこと、ライバルにはアルゼンチンの三冠牝馬ラミシオンが出走してきていた。南米最強の古馬として、またウルグアイの名誉と誇りにかけても、ロマンティコにとっては絶対に負けられない一戦だった。しかし、ロマンティコは競走中に故障。そのすぐ脇をラミシオンが駆け抜けていった…。崩れ落ちてゆくロマンティコ…その姿は、一度栄華を極めたウルグアイが、経済破綻を引き起こし、失墜してゆく様を投影しているかのようだった…。

ロマンティコはウルグアイ競馬の最後の輝きであり、最後にして最高の名馬であった。
以後、ウルグアイから国際的名声を得る馬が現われることはなくなり、経済的にも混沌とした状態の中、先の見えない低迷を続けることになる。

奇跡の名馬 (南米諸国の名馬) * 14:24 * comments(0) * trackbacks(0) *

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