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セクレタリアト

【セクレタリアト】

〜深紅の戦艦
    ―黄金の三冠馬〜

全米…否。ダート競馬
  全世界史上最強馬




父 ボールドルーラー
母 サムシングロイヤル
母父 プリンスキロ

生年:1970年
性別:牡
毛色:栗毛
国籍:アメリカ合衆国
生涯成績:21戦16勝[16‐3‐1‐1]※一着降着一回
フリーハンデ:144

マンノウォーと双璧を成す全米史上最強クラスの名馬。
その圧倒的かつ破壊的パフォーマンスと、傲慢なまでに見せ付ける潜在パワー、そして他者を威圧する巨大で真っ赤な馬体から、史上最強馬に推す専門家やファンも少なくない。

セクレタリアトはアメリカ競馬発祥の地、ヴァージニア州にある大牧場のメドウ牧場に生を受ける。生まれた時から巨体かつ骨量豊かで、大物感たっぷりの馬だった。馬主のヘレン・チェネリー・トウィーディ夫人は一目見るや、「ワォ!」と声を上げてしまったという。

至極順調に成長を遂げ、アケダクト競馬場の未勝利戦(1100m)でデビューするも出遅れて4着と敗退してしまう。これがセクレタリアト最初で最後の大敗である。
この敗戦から11日後、再度未勝利(1200m)に出走。今度は集中して走り、ダイナミックに突き抜け6馬身差の圧勝で初勝利を飾る。


初勝利後、アローワンスの一戦をはさみ、半月後にサンフォードS(1200m)に出走するが生涯1度だけの2番人気に落ちる。しかし、レースでは3馬身差の楽勝を果たした。
さらにその10日後には、ホープフルS(1300m)に登場。BCジェヴェナイルがないこの時代、2歳チャンプ決定戦はこのレースにとなっている。
ここで5馬身もの差をつけ大勝、2歳チャンプを決定付ける勝利だった。さらにNYで一戦消化した一ヵ月後、シャンペンSに出走するのだが、かなり荒々しいレースをしてしまい、2馬身差の快勝をするものの降着処分を受けてしまう。この一戦により熱狂的ファンはさらに増えたという。
それならばと、ローレル・フュチュリティ(1700m)では他馬と接触しない大外を通り、8馬身もちぎり捨てた。
2歳最終戦も楽勝し、いよいよ伝説の三冠戦へと帆を向けることになる。

セクレタリアトはフロリダで休息を取った後、3月のベイショアS(1400m)から始動。今回も豪快なレース振りで4馬身半差の圧勝だった。3週後のゴーサムS(1600m)も快走するが、ケンタッキーダービー直前のウッド・メモリアルS(1800m)で3着と謎の敗戦を喫する。

しかし、心配は無用だった。三冠初戦のケンタッキーダービーはシャムに2馬身半差つけ圧勝。この時計時されたレコードタイム1:59.4はいまだやぶられていない。そればかりかこの時計、2分を切ったのはセクレタリアト以外ではモナーコスしかいない上、2分フラットがノーザンダンサーのみという、驚愕の時計なのだ。

二冠目プリークネスSではバックストレッチから猛然と上がって行き、早くも先頭。結局シャムしかついて行けず、2馬身半差の圧勝だった。この時は電動計測機が故障していたため、手動計測となった。記録されたのは1:53.04というコースレコードだった。

三冠最終戦ベルモントSは戦慄の一戦となる。
今度はスタートから突き放しにかかる。シャムも負けじとついて行くが、完全にバテてしまう。セクレタリアトはさらにペースを上げ、殺人(馬?)的ペースでラップを刻み直線へ。最後は馬なりのまま31馬身差という超大差勝ちの大楽勝。この時、電光掲示板には2:24.0というワールドレコードが表示されていた。このタイムもいまだ破られていないばかりか、25秒台を出した馬すらいない。それを馬なりでマークしてしまったのである。ちなみに、シャムはフラフラになりながら霞むほど離れた最後尾でゴールしている。




セクレタリアト、戦慄の31馬身差&超絶スーパーミラクルレコード勝ちのベルモントS


セクレタリアトは三冠戦終了後も圧勝につぐ圧勝でファンを狂喜させ、芝のGIでもレコード勝ちするなど手のつけられない強さを発揮し、全米のファンに惜しまれつつ去っていった。


  

☆セクレタリアトは“ビッグレッド”の愛称で親しまれたが、決してマンノウォーの再来と言われたわけでもないし、比較されたわけでもない。ただ単にそれぞれがそう呼ばれただけである。

☆セクレタリアトは頑強な骨格と優れたバランスを持ち、柔軟で力強い歩様を見せる馬だった。

☆“セクレタリアト”という名は、事務局を意味し、長くメドウ牧場の事務を務めてきて、牧場経営にも参加するようになったエリザベス・ハムさんに因むものだという。

☆セクレタリアトは2歳にして年度代表馬に選ばれている。全米年度代表馬としては史上初の快挙。

   

☆セクレタリアトは3歳春の時点で体高167.6センチ、胸囲191.0センチ、体重525キロというものすごい馬体をほこっていた。

☆セクレタリアトが負けたレースは、すべて集中が切れてのものだったと思われる。

☆セクレタリアトは「タイム」や「ニューズウィーク」の表紙も飾り、競馬の枠を越え、全米のアイドルホースとなった。



☆1989年10月4日、蹄葉炎悪化のため、供用先のクレイボーン牧場で安楽死の処置がとられた。

☆セクレタリアトの等身大の銅像がレキシントンのケンタッキー・ホースパークにある。
またベルモントパーク競馬場のパドックにも、3分の1程度の銅像が立てられている。






     

奇跡の名馬 (アメリカ合衆国・カナダの名馬) * 18:30 * comments(0) * trackbacks(0) *

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