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クリフジ

  【 クリフジ

   〜 月の舟 〜

日本競馬
   真・史上最強牝馬


 


父 トウルヌソル
母 ケンフジ
母父 チャペルブラムプトン

生年:1940年
性別:牝
毛色:栗毛
国籍:日本
生涯成績:11戦11勝
フリーハンデ:‐

日本競馬史上最強の女傑。その伝説的な強さは幻想的とまで言える程のものだった。

競馬界においては信じがたいほど強い、牡馬をも蹴散らす牝馬が現れるものだ。古くはピューアゴウルド、ヒサトモ、スターロッチ、テスコガビー、トウメイ、メジロラモーヌ…近年ではマックスビューティー、ヒシアマゾン、エアグルーヴ、スイープトウショウ、シーザリオなどなど…。
日本競馬史という星図の上で、綺羅星の如く輝きを放つ名牝たち。
しかし、クリフジはさらに別格の名牝だった。その端正な顔立ちからパーフェクトな戦績、そして圧倒的パフォーマンスまで、まさに別次元。異次元の強さだった。
まず馬体の作りから違っていた。その巨大な馬体はとても牝馬とは思えないもので、肩から胸、そして脚部の筋肉は牡馬以上と思われるものを誇っていた。

あまりにも別格な上、ミステリアスな雰囲気から、別の星からやってきた馬のように感じられてならない。

             


その綺麗な栗毛の馬体は“月”を彷彿とさせ、もかしたらこの馬、月から舞い降りた使者だったのかもしれない。
この怪牝のヴェールを、少しずつ紐解いてゆこう。

                




クリフジは1940年、下総御料牧場に生まれる。ところが、2歳時のセリでは評価が高くなく、買い戻しの条件付きで買われていった。
名伯楽・尾形藤吉調教師の下で調教を積み、1943年(昭和18年5月16日にデビューを飾った。初戦は軽く1馬身と突き放し、調教代わりのレース。この後一戦をはさみ、6月6日のダービーへと至る。このダービーにて、クリフジは震天動地のパフォーマンスを披露する。

クリフジはスタートがよく、前2走とも逃げて(と言うより能力の違いから先頭に立ち)圧勝してきたのだが、この一生に一度の檜舞台で大出遅れをしてしまう。
当時のスタートはバリヤー式。クリフジはバリヤーが上がってから他馬に挟まれて立ち後れ、さらにはクルッと一回りしてからやっとスタートしたほどだった。
鞍乗の前田長吉騎手は見習い騎手だったが、この馬の圧倒的能力を信じ、落ち着き払っていた。
直線にはいると、神風のような速さで猛進。あっという間に6馬身突き放した上、レコード勝ちでの楽勝だった。このとき鞍上の前田はゴール前で他馬の脚音が全く聞こえなくなったため、何かあったのではないかと気になり、何度も後ろを振り返っていた。
驚愕唖然の東京優駿。クリフジは、当時としてはありえない上がり時計33秒台の脚を使っていたという。あの伝説の投手、沢村投手も当時出せるわけがないスピードの玉を投げていたという伝説があるが、二者とも神格的強さを誇っていたことだけは確かである。

  
〔オークス出走時のクリフジ〕

クリフジの秋はさらに凄まじく、オークス(当時は秋の開催だった)は10馬身差の大差勝ち。ここからが天海絶震の大差勝ち三連。まず、10月23日の芝2,000m戦で古馬一線級を相手になんと63kgもの酷量を背負い馬なりで大差勝ち。つづく10月31日、菊花賞の足慣らしとして出走した2,600m戦では、長距離戦での古馬相手、しかも62kgという斤量を背負うが、ここでも神々しいまでの散光を放ちつつ、キャンターのまま大差突き放し、悠然とゴール板を横切った。この時の伝説として残されている逸話がある。ラジオの実況中継のアナウンサーが、2着馬の馬名を挙げることが出来なかったのである。その時の実況はこうだ。「1着はクリフジ…――…2着は……見えません…!」

   
〔ラジオから繰り返される信じ難いその光景は、今後もう見られないような大差勝ちだった〕

そしてついに迎えたる菊花賞。通例、牝馬にはスタミナ面で分が悪いと言われるが、後続が霞んで見えなくなるほど他馬を引き離し、史上唯一頭大差勝ちをした菊花賞馬に輝いた。しかも、当然とレコードのおまけつき。戦慄なのは、この時の2、3着馬が翌年の春の天皇賞でワンツーフィニッシュしているということだ。

こうして変則三冠馬になったクリフジは引退前の三戦も5、10、6馬身差と楽勝。桜花賞と皐月賞は体調がすぐれず回避したらしいが、でていれば間違いなく圧勝していたはずだ。
伝説の豪牝は他馬を跼天蹐地の状況へと追込んだ後、母親となるため故郷へと帰っていった。


『月の舟』が走り去った航路の後には、幾重にも重なる夢幻の伝説が波の花となり残された。






  ★彡追記メモ★彡

☆皇帝シンボリルドルフを手懸け、アグネスタキオンまでの幾多の名馬を見つめ続けてきた故・野平祐二調教師は「史上最強馬は?」との質問に、「クリフジ」と答えたという。

☆主戦騎手の前田長吉はその後陸軍により徴兵されたが敗戦によりシベリア抑留に遭い、そのままシベリアのチタ州にて1946年に23歳の若さで没している。

奇跡の名馬 (日本の名馬) * 16:20 * comments(0) * trackbacks(0) *

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