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ディープインパクト―Deep Impact―

ディープインパクト

〜地球生誕
  46億年の“深”結晶〜

―日本競馬史上
    最高究極の名馬―




                               

                                  
                       
       


                              











  

父 サンデーサイレンス
母 ウインドインハーヘア
母父 アルザオ

生年:2002年
性別:牡
毛色:鹿毛
国籍:日本
生涯成績:14戦12勝[12-1-0-1]
※凱旋門賞は3位入線も失格




多くの世代の多くの人々が彼の走りに感動し、心動かされた。

                          
桜桃ミラージュ…ほんわかなオモヒデの美少女のようなオーラを、彼はその強さと速さの衝撃の内側に抱擁し、その巨神翼から夢色の風を巻き起こし、人々を魅了しつづけた――……・・・。
  


偉大なる英雄の記憶。
衝撃のクロニクルをここに記す―――。

       

※“続きを読む”から本文へ進めます。
『奇跡の名馬』に収録したディープインパクトをそのまま収めてあります。
本の到着が待てないという方や、携帯のみから御覧頂いている皆様にお楽しみいただければ幸いにございます。
 
地球生誕46億年の
    “結晶
 
日本競馬史上
  最強最高の名馬

父 サンデーサイレンス
母 ウインドインハーヘア
母父 アルザオ
 
生年:2002年
性別:牡
毛色:鹿毛
国籍:日本
生涯成績:14戦12勝[12-1-0-0]
※失格一回
主な勝鞍:日本クラシック三冠(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)、有馬記念、ジャパンカップ、天皇賞(春)、宝塚記念、阪神大賞典、弥生賞、神戸新聞杯ほか

 
翼持つ巨星、降臨す。
宇宙の闇を切り裂き、一閃の光翼が真一文字に銀河を貫いて行く――。
音も光もない暗黒の海…向かう先は母なる惑星「地球」。
超巨大彗星、飛来。
地球生誕から46億年、究極の存在が降誕の瞬間を迎えようとしていた。
2002年3月25日。日本北海道はノーザンファーム。
父サンデーサイレンス、母ウインドインハーヘアという超良血馬として生を授かった小さな仔馬は澄んだ瞳をキラキラと輝かせ、走ることを至高の喜びとした。
 
日本競馬史上最高の種牡馬である父サンデーサイレンスは米国の至宝でもある。ケンタッキーダービー、プリークネスS、そしてBCクラシック…。ライバル・イージーゴアとの死闘から幼少時に生死の境を彷徨ったエピソードなど、何もかもがドラマティックな名馬であった。父としてはさらに優秀で、フジキセキ、アグネスタキオン、ダンスインザダークなど、次々と優駿を輩出し、彼らは瞬く間にGIタイトルの数を綿飴式に増やしていった。毎年クラシックに必ず有力馬を送り出し、産出した12世代すべてでGI馬を出し、クラシック三冠・牝馬三冠のタイトルも手中へと収めた。日本競馬のレベルを底上げしたばかりか、根底から総てを覆し、その血はいまや世界全体へと波及し始めている。犂饑廰瓩箸い讃辞だけでは語り尽くせぬ、神々しいまでの「見えざる力」の輝きをこの馬は放散し続けている。
母ウインドインハーヘアは、英国王室ゆかりのメールラインを紡ぐ貴族たちの血統馬。古来よりその血筋はエリザベス女王やその傍らに侍る王族たちが金糸の羽衣を紡績するように、細緻に渡る愛育を施してきた。ドイツGIのアラルポカルのみが大きなタイトル奪取に終わるが、後方から直線で尋常ならざる瞬発性能を全開に、鋭く追い込む戦法でファンを魅了した馬であった。このレーススタイルが一頭の小さな子馬へと継承され、その末脚には母の持ち合わせていなかった米国競馬の“パワー”と“加速力”、そしてその永続機能と大海のスタミナをオプションに加えられ、世紀の天馬が降誕するに至った訳だ。

▲〔父サンデーサイレンス。ディープインパクトは、世紀の名種牡馬サンデーサイレンスがすべてを授与し、生命力の限りを尽くして残していった最高傑作であり、英国王室競馬の誇りと歴史を継承しつつ、日本近代競馬を象徴するパフォーマンスを示した史上最強級の競走馬であった。その小さな競走馬は、幼少時より走ることが大好きで、いつどんな時でも、例え怪我をしていても、先頭で走り続けた。他が苦しくなり、走ることを拒絶しても、彼だけは無邪気に欣喜雀躍と緑の上を舞い続けた。柔らかな体とバネのような脚力。絶対的に他馬とは異なる資質をこの馬は宿していた〕
 
 
命名の秘話、最初の衝撃。
当歳時のセレクトセール、この市場へと登場した小さな仔馬に、魅かれた人物が一人いた。金子真人氏、その人である。もちろんサンデーの超良血馬。魅力を感じたのは金子氏だけではなかったが、彼はこの馬の瞳の輝きに見せられたのだという。この時金子オーナーは「瞳の中に吸い込まれそうな感覚に襲われた」と、興味深い証言を残している。そしてこの時の衝撃邂逅を発端とし、「日本の競馬界に…多くの人々に…強い衝撃を与える名馬になってほしい」…との切なる祈念大望を込めて爛妊ープインパクト瓩般震召靴燭箸いΠ鈩辰残されている。
ディープインパクトは幼年時代、ノーザンファームの同期にシーザリオ、カネヒキリ、ラインクラフト、インティライミ、ヴァーミリアンなど、錚錚たる顔ぶれが名を連ねていたが、上記で触れたように、常に先頭を走り、他の馬が走るのを止めても、意にも介さずそのまま走り続けていたという。しかも、それが怪我をしていた時でも相も変わらなかったというのだから、本当に純粋無垢、心から走ることが大好きだったのだろう。
 
そんな無邪気なディープインパクトも、入厩の時を迎えていた。預託先は栗東の名門・池江泰郎調教師の厩舎である。池江氏の袂へとやってきたディープは、坂路調教を施されたのだが、この時最初の衝撃が走り抜けることとなる――。
厩舎へとやってきた直後の2歳馬は59秒台で走ればなかなかのものだという。この時、ディープへは58秒〜59秒で走るよう指示が下されていた。しかし、何ということか、ディープインパクトは54秒前半という超破格の時計で戻ってきたのである。この時、池江敏行調教助手はきっとバテバテになってしまっているに違いないと、心配して駆け寄ったところ、息を乱すどころか、ディープは汗一つかいておらずケロっとしていたという。心肺機能がすでに古馬並にこの時到達している事を、誰も知らない。
 
 
First Flight, Second Impact.
11月、調教も順調に進みデビューの時が迫っていた。
12月19日、名馬たちの多くが旅立っていった芝の2,000m戦がディープの公式初戦となった。あまりの能力の桁違いをすでに熟知していた池江助手は、武騎手へ「あまり派手にかたせないでくれ」と願い出ている。これはディープの脚元を危惧しての発言であった。
新馬戦のゲートが開いた。
先頭を行くのはコンゴウリキシオー。前評判の高い外国産馬で、この後は一気の三連勝できさらぎ賞を勝つ実力馬であった。ディープは比較的前の位置を取り、4コーナー早くも3〜4番手。仕掛けるまでもなくあっという間にリキシオーに並んだかと思いきや、軽くサインを出されると驚異的加速を見せ、上がり3F33.1という超絶夢の上がりで4馬身差の圧勝。まったくの馬なり、最後は抑えながらのゴールで、後のGI2着(安田記念で中距離王ダイワメジャーと接戦)馬のコンゴウリキシオー(他にもマイラーズC・金鯱賞など優勝)を葬り去った。
2戦目は若駒Sに決定。デビュー戦で来年のダービー馬とすでに騒がれていた為、ここも超断然の一番人気に支持されての出走。
テイエムヒットベの大逃げ、ディープインパクトは対照的に出負けし、最後方から2番手という後方からの競馬。先頭からは20馬身〜25馬身以上離された位置取りは3コーナーを過ぎても10馬身以上あり、4コーナーを迎えてもまだ7馬身は悠に差があった。しかし、ゴーサインが出されるや烈風となって加速を開始、とてつもない瞬発力を見せ、馬なりのまま先頭を奪うとそのまま5馬身もの大差をつけ大楽勝。
この勝利で全国区へと名を知らしめたディープ。この後からマスコミの取材攻勢は過熱していった。
 
 
空を飛ぶ馬
三戦目は初東上にして初重賞挑戦となった弥生賞(芝2,000m)。ここは相手が揃った。1:33.4のグラスワンダー超越レコードで2歳王者に君臨したマイネルレコルト。そして京成杯を勝ったアドマイヤジャパンが出走してきたのである。しかし、ディープの強さを恐れ、弥生賞としては少数頭の10頭立てでレースは行われた。ダイワキングコンが逃げ、マイネルレコルトが2番手で掛かり気味に飛ばす。
ディープインパクトは他馬が全く伸びず手こずっている大外強襲捲くりを敢えて取った。音もなく、スルスルと3コーナーから進出。4コーナーではすでに先頭を射程圏に収め、坂の途中、瞬く間に先頭に立つ。最後、アドマイヤジャパンが並びかけてくるも、鞭を一度たりとも使うことなく、馬なりで完封してしまった。
そして迎えたクラシック第一弾、皐月賞(芝2,000m)。競馬の神様はディープにまたしても試練を与えた――。ディープインパクトは躓いて出遅れてしまったのである。それも只の出遅れではない。4馬身差もの出遅れ。しかも武豊騎手が一瞬落馬を覚悟したほどに態勢を崩す程のもので、身体能力の高いディープだからこそ体勢を瞬時に修正できたものの、並の馬はおろか、オープンやGI級の馬ですらその時点で圏外に落ちていたことは容易に想像できた。最後方から前方の17頭を見据えるディープ&武豊の2005年クラシック。そう簡単には行かないことを、天が告げているかのようであった。しかし、ディープインパクトは能力も何もかもが他とは違いすぎた。4コーナーまだ後方にいたディープを見て誰しもが絶望を覚悟した。ステッキがついにディープへと放たれた――突然の鞭、はじめての鞭に驚いたディープだったが、ゴーサインであることを瞬時に理解し、一気の加速。超次元の瞬間推移スピードを全開に坂下ですでに先頭。坂の途中、さらに凄みを増幅させて疾駆すると、駆け上がってからは手綱を抑えられながら、圧勝のゴールイン。超常的驚愕の光景に誰しもが「強い!」「すごい!」と絶賛の絶叫と拍手喝采に明け暮れていた。
この皐月賞時の勝利インタビューにて、武騎手はこう答えている。
「走っているというより、飛んでいる感じ」
この言葉に各メディアはディープインパクトの走りを研究・調査し始めた。また東京大学やNHK、その他の研究機関も強い関心を示し、ディープインパクトは社会現象を起こしつつある兆候をすでにこの時点で見せていたことは見逃せない。
 
第72回の東京優駿大競走・日本ダービー(芝2,400m)は14万人もの大観衆が見守る中、行われた。その視線の先をカリカリと尻っぱねする小さな馬がパドックを周回していた――ディープインパクトである。
レースが近づいてきたことを察知し、一刻も早く走りたい気持ちを前面に剥き出しにするディープ。これではスタミナを必要以上に消耗し、直線伸びないのではないか…とさえ思えたが、それは完全な杞憂に終わることとなる。
単勝支持率73.4%。あのハイセイコーをも上回る超絶無比の1番人気に支持されたディープインパクト。レース直前で平静を取り戻していたディープは向こう上面からピタリと折り合い、後方に待機。3コーナーから漸進をはじめ、4コーナーではいつの間にか外へ。京都新聞杯を勝った新星インティライミが佐藤哲を背に絶妙のペース配分で直線抜け出し先頭。さらに後続を突き放し、逃げ切り態勢を万全なものに固めたが、ただ一頭、外も外、大外直線のど真ん中から真一文字に突き上げてくる馬が一頭。そう、ディープインパクトである。空を舞う馬そのままだ…翼を大きく広げ、颯爽たる風と一つになって府中の緑を切り裂き、まるで天から放たれた聖愴のごとく、玉響の刹那インティライミを劈き、抜き去っていくとあとは完全に独走態勢。5馬身もの大差をつけ、最後は流しながらの大勝。歴史的ダービーを歴史的大勝で飾ったのであった。
「感動しています。この馬の強さに――。」
ダービー4勝目、そしてGI勝ちも何十回と経験し、幾千もの名馬と出会ってきた武騎手をして「感動」の一語を口にさせるディープインパクトは、すでに生きる伝説の名馬へと昇華しつつあった。
残すは菊の一冠。しかし、陣営はダービー発走直前まで首を上下に激しく振り、飛び跳ねていたディープに不安を覚えていた。
 
 
札幌競馬場。調教から帰途につくディープがやけに誇らしげに夕日に映えていた――。
夏の札幌、ディープインパクトは菊花賞へ向けてのトレーニングに暮れていた。前方に馬がいると全力で交わし去ろうとするディープを宥め、スタミナを温存させる調教である。池江敏行助手は日々、付きっ切りになって調教に従事。一生懸命走ろうとするディープを故意に押さえつけることに、失念を覚えつつも心を鬼に、「教え」を施した。この夏の強化合宿が秋に結実することになる。
史上6頭目の三冠馬を目指し、神戸の港からディープインパクトは狼煙を上げた。始動戦・神戸新聞杯(芝2,000m)、夏の日の誓いを守り、穏やかにパドックを巡回。レースでは3コーナーから一気に捲くり、4コーナーですでに先頭を射程圏内に収め、直線では軽く仕掛けられるだけで圧勝。勝ちタイム」1:58.4はレースレコード。初代天馬トウショウボーイの記録を凌駕するものであった。
歴史に残る三冠へ向けてのカウントダウンが至る所で始められていた。金曜日の前々日オッズの単勝支持率はなんと90%超という空前絶後のもの。最終的には79.03%まで下がったものの、単勝は当然の1.0倍。勝つことがすでに夏前に決まっているような雰囲気すらあった。
第66回菊花賞、発走は明日に迫っていた―――。
 
 
天地神明の三冠達成
運命の夜明けは、秋らしい透徹とした空気が覆う中、朝日は祝福の華燭のように、漸次、明けていった――。
遠くから聞こえてくる列車の轣轆。
ひっそりと忍び足で小道をすり抜けて行く子猫。
ポツンとテーブルの上佇むシュガーバインまでもが、どこか今日起きるであろう歴史的大事を息を潜め、心待ちにしているかのようだった。
 
菊花賞が直前までに迫る頃、この頃になると色んな場所、色んな時間で誰しもがディープインパクトの走りを脳裏に浮かべるようになっていた。
登校時間中の電車の中。あるいは授業中。
パソコンに向かい合う時。恋人と手をつないで渡る橋の上や坂道。
入浴中や就寝前のまどろみの中…。
ディープインパクトが全力疾走するそのシーンに、恍惚を感じ心酔するといった人が老若男女問わず、急増していたのである。
こういった不可思議な現象は過去の名馬にはなく、理論的・物理的な解析を行えば説明がつくのだろうが、ここではあえて触れずにおく。
 
10月23日、日曜日。時刻は15時を回っていた。
日本全国、競馬場で、ウインズで、自宅、職場、十人十色、各々の場所でディープインパクトの三冠を見守る静観の儀式が始まろうとしていた。
また世界からもこの一戦に向ける注目は大きく、特に母系ゆかりの地、英国での注視は並々ならぬものがあった。
パドックへと姿を現し、悠々と闊歩するディープインパクトにはすでに名馬の域さえ超えるオーラを放っており、単勝支持率はグングンと上昇の急カーヴを描いていく。
入場人員も菊花賞レコードの13万6701人、京都競馬場の記録としても史上2位の記録を達成したところで、ディープインパクトはゲートへ身を納めるべく、スタート地点へキャンターで向かっていった。
中継はNHKとフジテレビ・関西テレビが担当したが、民放の放送としては史上初の関東・関西のコラボレーションが実現。井崎脩五郎・杉本清の予想合戦までもが実現し、益々ムードは最高潮に。
 
ブラウン管から荘厳なメロディが流れ、馬場鉄志アナウンサーらしい流暢な舌調で
実況が世界へと発信されていった。
 
第66回・菊花賞、歴史的大レースとなりそうであります。3,000m先の栄光に栄光の瞬間が待っています。新しい歴史の扉が開かれようとしています。テレビの前の貴方も歴史の目撃者です」
 
ファンファーレが秋天へと高らかに放吟され、スタートの時を告げる。
 
『ガシャん』
 
青天を劈く大歓声に後押しされるかのように、ディープインパクトはデビュー以来最高のスタートを切った。以外にも前方7番手につけるという展開。しかし、思わぬ落とし穴が天才と英雄を待ち受けていた。ディープインパクトは一周目の3、4コーナーで加速をはじめようとし、武豊は必死に抑える。賢いこの馬の知性が仇となる。3、4コーナーで加速することを覚え、ゴール板を勘違いしてしまっていたのである。折り合いを激しく欠くこの心苦しい光景は、なんと向こう上面の直線まで続けられることに。
武豊はインコースへとディープを導き、壁を作って懸命に長手綱で諌めた。祈るように、見つめるファン・関係者は、この時まさかの“絶望”を察知し、「まずい」「頼むユタカ…」と悲壮感すら漂わせた。
 
「手綱を通して血が通う、武豊とディープインパクト。お互いを信じきって、さぁどっから行くか!」
「シンザンが、ルドルフが、そしてブライアンたどった三冠への道!」
馬場アナの名調子が綴られてゆく中、爽麗なる秋風に我を取り戻したディープインパクトが、微動だにせず脚を溜めはじめていた。
4コーナー、先頭に立ったアドマイヤジャパンがラストスパートを開始。ディープインパクトはようやく4コーナーでポジションを上げたものの、先頭のアドマイヤジャパンまでは悠に10馬身近くあった。失速せず、まるで肉食獣から逃げるように凄絶な加速でアドマイヤジャパンはゴールへと向かっていた。
 
ディープインパクトが、宇宙を翔る翼を広げる――。
瞬時の超加速。
武騎手、全身全霊の右鞭。
 
ディープインパクトが先頭に立った。
並ぶ間もなく、まるで地球誕生の瞬間から、この瞬間が決められていたがごとく。


〔2005年菊花賞ゴール前〕

「世界のホースマンよ、見てくれ!これが日本近代競馬の結晶だッ!ディープインパクトぉ!!」
 
歴史と大地を揺るがして、天地神明・三つの冠が天空へと賜かげられる――!
上がり3F33.3という超神速の末脚。あれほどの長時間かかった馬が繰り出せえるタイムではない、この世のものを超絶した究極のポテンシャルを全開させ、アドマイヤジャパンを並ぶ間もなく2馬身半交わし去り、21年ぶり、史上2頭目の無敗三冠を達成したのであった。
 
数々の名馬と数々の名場面、そして時としては修羅場を潜り抜けてきた超天才騎手・武豊をもってしても無敗の三冠の重圧はとてつもないものだった。
「感無量です」
インタビューで答えたその一語に全てが凝縮されていた。
 
万民の祝讃を浴びるディープインパクト。秋爽なる晩陽に競馬場が包まれる中、ついに武騎手の三本指が天へと突き上げられると、大きな拍手喝采が起こった。英雄誕生を祝うほのやかなムードと賞讃のことばは、日が暮れても止むことがなかった――。

 
世紀の敗戦、そして世界へ。
三冠馬ディープインパクトの2005年最終戦は国民的祭事レース、有馬記念に決定された。三冠達成後はさらに報道が加熱し、その熱は世界にまで波及。過熱の一途をたどるのみだった。日々かかる重圧はさらに重力を増し、陣営へと負荷をかける。
「勝たなければいけない。絶対に。」
その見えない重圧を敏感に感じてしまったのか、ディープインパクトは有馬記念に変調をきたしていたという。また輸送の際、雪によるトラブルで調教のリズムまで狂わされる羽目に。しかし、それでもディープインパクトが負けるシーンなど、誰も想像しなかったし、できなかった。
しかし――。
ハーツクライの予想を反した先行策で始まった第50回有馬記念。ディープインパクトは向こう上面から少しずつポジションを上げ、4コーナーで先頭を射程圏に収めるも、どこか手応えがぎこちない。直線に入ってハーツクライの脚が鈍らず、ディープもジリジリとしか伸びない。あの神速スピードはどこへ?ゼンノロブロイ、タップダンスシチー、リンカーンといった強豪たちを置き去りにするものの、結局ハーツクライに半馬身差まで迫ったところがゴールだった。
ありえない。あってはならなかった信じがたい光景。
「今日は飛ばなかった…普通に走ってしまった」
とは武騎手の弁。その敗因はいまだ謎のままである。しかし、引退後武騎手は自らの騎乗ミスだったと述懐しており、また上述したような不測の事態が誘因となっていたのかもしれない。
 
凱旋門賞・キングジョージ参戦が陣営から発表され、2006年の始動戦は絶対に負けるわけには行かなくなった。
阪神大賞典。すでに多くの者がディープインパクトがステイヤーであることを感知しており、ディープはその分析を証明するかのように調教のような大楽勝を披露。
軽く仕掛けただけで、強烈な逆風が吹きさぶ中、涼しい顔で猛進し3馬身半差。最後は馬なりで抑えられての調整レースだった。
天皇賞春では歴史を覆す3コーナー手前からの超ロングスパートを展開。ただ一頭だけ別の星からやってきた異生物のようなモーションで一頭一頭、また一頭、飲み込んで4コーナー手前ですでに先頭に立つという豪胆・傲慢なるままのパフォーマンス。しかし、ディープインパクトはさらにスピードを上乗せし、3F33.5でフィニッシュ。この空前絶後の圧勝劇に世界も高く評価を与え、ディープインパクトは世界ランキング1位に輝くことになるのであった。
しかし、1位タイ。並んでの一位は欧州最強馬の名を欲しいままに跋扈していたハリケーンランだった。日本人にとっては因縁のライバル・エルコンドルパサーをあと一歩のところで飲み干した憎きモンジューの仔である。世代を超越し、またもモンジューは日本最強馬の前に立ちはだかることになるのか。
宝塚記念では初の雨中も、まったく動じず4馬身差の圧勝。コース形態の似た京都2,200mで、プレ凱旋門賞を敢行し、見事大楽勝で結果を出した。
あとは本番、凱旋門賞を勝つだけだ。
招待状を受け取りながら、自重したキングジョージは苦杯を舐めさせられたライバル・ハーツクライが大健闘の3着。ハーツ陣営は「ディープなら勝てる。凱旋門賞をかってもらって、有馬で再戦したい」と漏らし、ライバルへエールを送った。
 
 
世紀の一戦、凱旋門賞
日本を旅立ち、フランスへと飛んだディープインパクト。この年の凱旋門賞はハリケーンラン、シロッコそしてディープインパクトという世界古馬3強が絶頂の勢いをもって臨戦してきたことにより、8頭という史上2番目の少頭数となった。
日本ではディープインパクトの報道が延々と幾度となく新聞・インターネットを通しながれ、扇情的に煽り立てた。
1日1日が経過するごとに大きくなってゆく期待と不安。
この馬なら勝てるのではないか…が、近年の日本馬の強さから測るにディープなら確勝…あるいは圧勝、歴史的大楽勝さえあっておかしくないのではないか?という雰囲気さえ立ち込め始めていた。
10月3日、世界競馬の革命を起こす1日が始まった。
ロンシャン競馬場へと大挙押し寄せた日本人、日本のディープサポーターはディープインパクトの単勝を買い漁った。これによりなんと一時はディープの単勝は1.1倍にまで下がり、欧州のファンを驚愕させる。
「今年は勝たれてしまっても仕方ない…」そうフランス人の中には諦めを口にするものがいたが、そう簡単に数十年…いや数百年に渡り守られてきた欧州競馬最高峰の栄誉を、プライドを東洋の果てからやってきた小さな馬などに破壊される訳には絶対にいかなかった。自分たちの馬たちが絶対であることを歴史の中、絶対忠誠する者たちの心底から根を張る、あまりにも堅固かつ高くそそり立つ猯鮖豊瓩箸いμ召諒匹蓮▲妊ープインパクトにとって最大の見えない敵となって立ちはだかる。
レースではディープインパクトへ執拗かつ徹底したマークが全馬から押し付けられ、苦しい展開へと陽動させられる。超ハイペースとなり、ディープはそんな流れを先行して追走してしまった。菊花賞の時同様、思わぬ好スタートをしたことも、ピンチを誘発させ、マークを助長してしまう。出走馬が少ないことはディープにとって有利に働くと戦前には分析されていたが、蓋を開けてみれば全くの逆。ディープは窮地にたたされたまま名物フォルスストレートを通過。直線に入ると馬なりで先頭に並びかけ、追い出しをギリギリまで我慢し、残り400m地点を通過したところでゴーサイン。鞭が放たれ、ディープも全力疾走へと移行。ハリケーンランを突き放し、シロッコはすでに圏外。ついにディープが先頭に立った。しかし、外から急襲する影。3歳馬のレイルリンクだった。ハリケーンラン、シロッコらと同厩舎の秘密兵器がヴェールを脱いだ。ディープはレイルリンクと併せる形となり、交わされるももう一度加速し、突き放す素振りをみせた…しかし、抵抗はここまでだった。最後はプライドにも交わされ、3着入線。
小さな馬体で59.5kgの斤量。対してレイルリンクは56kgという斤量面でのハンデを敗因に上げる者が大半だが、展開と体調によるところが多かったと思う。また少頭数になってディープにマークが集中したことも不運だった。本来ならば、ドバイWC馬エレクトロキューショニスト(キングジョージ2着後死亡)や米国のバーバロも三冠馬となって参戦する予定だった(ケンタッキーダービー圧勝後故障し、壮絶な治癒生活後死亡)や、ブラジルの当時の最強馬ドノダライアもディープを凱旋門賞で倒したいと陣営が明言するも結局回避と、参戦予定だった世界中の最強馬たちが不幸に苛まれたのもディープにとっては想定外の事態を招く結果となってしまったようだ。
    
▲〔深夜のNHK、それも海外競馬中継にも関わらず、瞬間最高視聴率はサッカー顔負けの数値を記録。パブリックビューイングも行われ、海外競馬に興味のない馬券オヤジたちから子供、若い女性まで熱烈な声援が日本各地から上がったが、凱旋門賞と歴史の壁はあまりにも厚すぎた…〕


心が空っぽになってしまった日本人。
日本競馬はまたしても闇の歴史の陰謀により、敗戦を余儀なくされた。
仕組まれた敗戦…とまではいかないが、ディープインパクトという怪物から欧州競馬を、馬の歴史を守ったというのが欧州要人の本音であろう。
 
 
復活のジャパン・ドリーム
失意の帰国後、東京競馬場で調整中だったディープインパクト。
大きなショックが…衝撃的に報道され日本全国、世界を駆け抜けた――。
 
「ディープインパクト、凱旋門賞失格」
 
凱旋門ショックに加えてのダブルパンチに、陣営もファンも完膚なきまでに打ちのめされた。NHKの報道でも異例といっていい通行人への感想を求めるシーンが。
「今までの強さはドーピングだったの?」
心無い無知な者たち、にわかファンたちの愚言が心に刺さる。
しかし、本当にディープを信じ、愛するファンはディープを支えることを誓い合っていた。必ず雪辱の時は訪れる。絶対に。
その舞台はダービーの栄冠をもたらしてくれた東京2,400mの一戦というのが、何とも因果を感じずにはいられないが、2006年のジャパンカップにはディープインパクトとハーツクライの存在を恐れ、ウィジャボード、フリードニアたった2頭の牝馬しか来日しなかった。地元であの2頭を相手に勝てる訳がないと踏んだのだろう。
ディープインパクトとハーツクライ、2頭の宿命の再戦にもかかわらず、ディープの失格報道やハーツクライが喘鳴症であることが陣営から公表されたことを受け、暗い影が帯びる一戦となったが、ディープインパクトは府中で全てを取り戻すかのように、最後方から一気に突き抜け、流すように楽勝。日本競馬の威厳と誇り、そして己のすべてを自らの力で奪い返すことに成功した。涙雨の中、何度も繰り返された万歳三唱。沈鬱たる茫漠なるファンの心の霧が一気に吹き飛んだ。やはりディープは最強馬だったのである。
カルティエ年度代表馬と世界一のジョッキー・デットーリを完全に墜滅させ、屈服させた。デットーリは「あの馬こそ世界最強」と称えている。ちなみに、本書製作に協力・南米馬の原稿も執筆してくださった世界的南米競馬の権威・大岡賢一郎氏もディープインパクトを最強馬に推していることも見逃せない。
 
 
未来への飛翔
復活を果たしたディープインパクトとは対照的に惨敗を喫したハーツクライは、引退を表明。結局、万全な状態での2頭の対戦というのは実現することなく終息を迎えてしまったことが残念でならない。
一方のディープインパクトも、すでに引退しての種牡馬入りが凱旋門賞直後、JCを前に発表されており、有馬記念が引退レースと位置付けられていた。
ディープインパクトが完成され始めたのがJCから、ラストランの有馬記念だったという。もう一年現役での凱旋門賞参戦も望まれたが、金子氏の決意は揺ぎ無いものだった。それもそのはず。これだけの馬が万一怪我でもし、種牡馬入りが消えてしまえば大変な損失をもたらすことは誰の目から見ても明白なのだから。
12月24日、クリスマスイヴにラスト飛行。ファンへと最後にして最大のインパクトをプレゼントするべく、英雄が最後の馬場入り。芝の感触を確かめ、別れをささやくように帰し馬へと入って行った。
ディープインパクトの最後のレースは生涯最高のものとなった。はじめて何の不利もなく、道中も後方から3コーナー進出。4コーナーで捲り一気の先頭。あとは馬なりで3馬身差突き放し、歩くようにゴール。それでも上がりが有馬史上最速の33秒8。別次元、超夢次元の競馬を見せたのだった。最終コーナーをカーヴするディープインパクトは大きな翼を広げ加速し始めていた。







ファンの想い。

生産者一同の想い。

池江調教師の想い。

敏行調教助手の想い。

市川厩務員の想い。

武豊騎手の想い。

そして見つめるすべてのものたちの心をすべて集約させた狄射祗瓩最後のパフォーマンスで遺憾なく発現したのだろう。
 
あの時のディープインパクトには世界のどんな名馬を連れてこようとも勝てなかったと確信しているし、今もその思いは微塵も揺るがない。
 
  
 【引退式】
ファンとの別れを果たし、北海道で種牡馬生活を始めたディープインパクト。
日本近代競馬の結晶は未来という名の大空へ、そして歴史という名の天空へ、これからも衝撃を残し続ける。




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地球が誕生してから46億年もの時が刻まれた。
その中で人類が生きた時間はほんの一瞬であり、馬と出会い彼らと共有した時間はさらに短いものでしかない。しかし、この馬はその一瞬の中でもさらに特別、一際にキラメキ輝く存在であることに間違はない。
ひょっとしたら、私たちは新たな種の生誕を目撃し、そして共生していたのかもしれない。
 
DEEP IMPACT瓩箸いμ召了代を。
Deep Impact瓩箸いμ召凌啓錣寮己と共に。
 
“衝撃”の強さ。

“衝撃”のスピード。

“衝撃”の捲り。

“衝撃”の身体能力。

“衝撃”の三冠。

“衝撃”の競走馬。

“衝撃”の英雄。
 
爛妊ープインパクト
 
それは、地球46億年の紡いだ史上特別なる名馬の名前である。

 

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