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オレアンダー

 【 オレアンダー

  〜夾竹桃の息吹〜

 ―ドイツ競馬の皇帝

 
父 プルヌス
母 オルシデーII
母父 ガルティモア

生年:1924年
性別:牡
毛色:鹿毛
国籍:ドイツ
生涯成績:23戦19勝[19-1-2-1]

同一家系のオーナーにより、同じ場所に継続している世界最古のサラブレッド牧場であるシュレンダーハン牧場は、ドイツ・ケルン市の森を抜けた、郊外の美しい高原に立てられている。そんな名門中の名門から巣立っていったドイツ史上最強馬、その馬こそオレアンダーである。

オレアンダーはシュレンダーハン牧場の専属調教師ゲオルグ・アルヌル調教師の下へと送られ、順調にトレーニングメニューを消化し、ベルリン・ホッペガーデン競馬場のアドレッセ・レネン(芝1200m)でデビューし、3馬身差の楽勝。2戦目のジェールシュトルプロフ・レネン(芝1000m)では楽々と4馬身差つける快勝。オレアンダーの未来は光で満ち溢れているかに見えた…。

調教中のことだった。オレアンダーはバランスを崩し転倒、不運なことに骨盤が砕け、立っていることさえままならない状態に陥ってしまう。
獣医の下した判断は「安楽死」…あまりにも残酷すぎる現実が、陣営の眼前に横たわっていた。

しかし、アルヌル調教師は諦めなかった。昼夜を問わずオレアンダーにつきっきりになり、看病し、自由の利かない身体をサポートし続けた。馬もそれに応え、驚異的な回復を見せた。歩ける状態にまで戻ると、飼い葉をもりもりたらい上げ、ついには全快するのだった。陣営もこれほど早い回復を見せることは完全な想定外だったため、クラシックの登録をしていなかった。これにより、オレアンダーのクラシックは夢と消えてしまう。

オレアンダーの復帰戦は、ホッペガーデン競馬場でのハーデンベルク・レネン(芝1400m)に決定。まるで大事故など嘘だったかのように、あっさり4馬身抜け出し楽勝する。

ドイツの2000ギニーにあたるヘンケル・レネン当日。オレアンダーはニッケル・レネン(芝1800m)に出走し当然と楽勝。
ドイツダービー当日は古馬相手のハンブルク大賞(芝2200m)に出走するが、この時期の古馬相手はさすがに厳しかったらしく、3着と敗退してしまう。

敗戦後休養に入ったオレアンダーは復帰戦のライン賞(芝1600m)を調教代わりのキャンターで楽勝し、バーデン大賞に照準を合わせ、調整をすすめていく。
そのステップレースを10馬身と大差引き離し、ついにバーデン大賞(芝2400m)を迎える。サカパピエ、グリレモン、そして同世代のダービー馬マージャンといった強豪が揃う。オレアンダーはサカパピエをねじ伏せ優勝。マージャンは大きく離された4着と終わっている。

古馬となったオレアンダーは、さらに逞しい成長を遂げていた。オレアンダーにとってもはや相手は世界だった。まず、オーストリアへと遠征。オーストリア大賞(芝2400m)では地元のダービー馬ほかを完全撃破。連勝爆勝を続け、2度目のバーデン大賞はなんと5馬身突き放し楽勝。
グラディアトレン・レネン(芝2800m)というレースでは、63kを背負って快勝している。無敵のオレアンダーの最終目標は凱旋門賞となった。

凱旋門賞も当然楽勝するに違いないと、誰もが考えていた。しかし、オレアンダーは精彩を欠き5着敗退。オレアンダー、生涯最初で最後の着外である。敗因は不明だったが、年が替わり、オレアンダーはさらなるパワーアップを遂げる―凱旋門でのリベンジを果たすために。

2度目のオーストリア大賞は、地元オーストリア、ドイツ、ハンガリー、フランスの一流馬たちを10馬身も引き離し、2連覇達成。
ベルリン大賞(芝2600m)を8馬身差、サンシモン・レネン(芝2200m)でも簡単に2・1/2馬身差引き離し、3度目のバーデン大賞へと向かう。
この年の独ダービー馬、グラフイゾラニがオレアンダーのバーデン大賞3連覇を阻止せんと立ちはだかる。しかし…オレアンダーにとっては、ダービー馬すら調教代わりの相手でしかなかった。なんと軽々と4馬身差の圧勝。あのキンツェム以来という、バーデン大賞3連覇を涼しい顔で達成してしまった。

競馬史に残る快挙を成し遂げたオレアンダーは、この後の目標を凱旋門賞だけに絞り、トレーニングを重ねていった。必勝を期し、ゆったり、しかしじっくりと調整しパリへ。

この年の凱旋門賞、前年の覇者カンタール、イタリア最強馬オルテルロほか、パリロイヤル、ヴァトー、カランドリアといった強豪が参戦していた。
オレアンダーは、すべての力を集約するかのように直線、素早く先頭に躍り出る。オレアンダーをマークしていたオルテルロがオレアンダーに馬体を合わせる。カンタールも猛然と追い上げてきていた。
オレアンダーは最後の最後、2頭に交わされてしまうのだった…。ゴール板を過ぎた時、オルテルロが勝利の雄叫びをあげていた。オレアンダーは、2頭の目標とされたのが痛かった。

この凱旋門賞を最後に、オレアンダーは種牡馬入り。パリでの2度に渡った失敗は、種牡馬として取り返した。

  
〔種牡馬時代のオレアンダー〕

9年にも渡り、ドイツリーディングサイアーに輝き、世界中へとダークロナルドの系統を広めた功績はあまりにも偉大という他ない。
世界最高峰の頂きに立つことはできなかったものの、やはり彼、オレアンダーはドイツ史上最強馬だ。


  ★彡追記メモ★彡

☆オレアンダーは母馬に似て武骨なところがあったが、堂々たる骨格の力強い歩様をみせる素晴らしい馬だったという。またこの逞しさから、夾竹桃(きょうちくとう;Oleander)の名が与えられたとのこと。


〔夾竹桃〕

奇跡の名馬 (仏国・独国・伊国・愛国の名馬) * 23:31 * comments(0) * trackbacks(0) *

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