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サントリン

   【サントリン】

  〜太陽神の遺作〜

―ペルー競馬史上最強馬―

 

父 ビオミドリン
母 ミッシングムーン
母父 ペチャソォ

生年:1970年
性別:牡
毛色:黒鹿毛
国籍:ペルー
生涯成績:11戦8勝[8-1-1-1]
(写真提供:大岡賢一郎氏)

1970年代というと、日本は高度経済成長の真っ只中。1973年の石油危機でその成長に終止符が打たれようとは、誰が想像できたろう。そんな時代に現われたのがハイセイコーであり、ヨーロッパならミルリーフ、ニジンスキー、ダリア、アレフランス…米国で言えばセクレタリアトが登場。幾千もの人々がスーパーホースと邂逅を重ねた、いわば「名馬の時代」だった。
歴史の潮流に遅れる事無く、南米にも歴史的名馬が降り立った。それがペルーのサントリンである。

ペルーというと、古代文明の遺跡やフジモリ大統領が思い浮かぶ方が多いと思う。この国は太平洋岸に沿って南北に延び、海岸平野の東方をアンデス山脈が縦貫している。アンデス山脈は標高2,000m以上の高原地帯。かつて、この地域にクスコという首都を中心に置き、栄華を極めたのがインカ帝国である。インカ国王は神の化身、太陽神(インティ)であると考え、専制政治を行った。インカの民たちは玉蜀黍(トウモロコシ)やジャガイモを栽培し生計を立てていたのだが、その際使用された段々畑や用水路の整備は、非常に特徴的だった。また太陽神をまつるための巨石を使った神殿などの建築物は、空中都市とも呼ばれる、かの有名なマチュ・ピチュ遺跡にみてとれる。
目を南部に移せば、ナスカ河谷が広がりを見せている。ここには日本でも有名な地上絵が450k屬砲眦呂蝓∈叔の上に描かれている。大地に刻まれた生き物たちは、夜空の星潮を語ることなく、ただじっと眺めている。

神秘的な環境に包まれながら、ペルーの競馬文化も育まれてゆく。1864年に英国式競馬がスタート。1871年に常設の競馬場が開設されると、発展スピードも加速度を増してゆく。1895年にリマジョッキークラブが創設され、1903年にダービーが誕生。そして、ジョッキークラブの会長であったアウグスト・レギーナ氏が大統領に就任することで、その成長は頂点を迎える。その後、様々な紆余曲折をえて、ペルー競馬の顔とも言える現在のモンテリコが開場し、ペルー競馬は現在の形を見る。

そのペルーのすべてを集約したかのような名馬が、1970年に誕生する。その名もサントリン。ペルーの名馬というと、パンプローナ(紹介済み)が有名だが、サントリンは間違いなくペルー史上最強の名馬である。
サントリンはインカの太陽神のごとき輝きを放ち、三冠ロードを猛進撃。ポージャデポトリージョス(ペルー二千ギニー、ダ1,600m)、リカルドオルティスデサヴァージョス(ダ2,000m)、ダービーナシオナル(ペルーダービー、ダ2,400m)では他を圧倒し楽勝。他馬には、生まれた時代が悪かったとしか言い難い程の強さで三冠を手中に収めた。しかし、四冠目は芝の競走、カルロスペリグリーニ国際大賞。ダートで無敵の馬が、果たして芝ではどうか?その永遠の謎とも思える答えが、いま垣間見えるかもしれない…。そんな気運が高まるのも、これだけの名馬ならば当然の話ではあるが…。



〔衝撃の第一戴冠式、ポーラデポトリージョス〕



〔戦慄の二冠目、リカルドオルティスデサヴァージョス〕



〔天地震撼の三冠馬降臨。ダービーナシオナル。壮烈な加速をしていることが、写真からも窺い知れる〕


その最終目標、目指すは南米の凱旋門賞、カルロスペルグリーニ国際大賞(芝2,400m※現在の距離・コース)。そう、真のチャンピオン戦は芝で行われるため、いくら三冠馬といえど、芝での適性がなければ「最強馬」の称号など夢のまた夢なのである。
しかし、この年はある意味幸運だった。この年はパレルモ競馬場での開催…すなわちダート版のカルロスペェルグリーニ国際大賞(ダ3,000m)だったのである。

ペルーのすべてを懸け、サントリンはアルゼンチンへと遠征。南米中の強豪・名馬が揃う中でも、サントリンは圧倒的存在感とオーラを放っていた。そして、レースでも終止他を圧倒し、なんと13馬身差も他馬を引き離し大勝。この瞬間、ペルー競馬の夢が結実し、サントリンはペルーの空に、永遠に輝き続ける太陽になった。名牝パンプローナでも辿り着けなかった頂きへと、サントリンは楽々と駆け上がってしまった。



〔宇宙も揺るがす四冠達成のシーン。13馬身差の大勝…凛冽極まる古の残光が、朧気な射影から、ひしと伝わってくる〕


途方も無き強さから、サントリンはペルー競馬における一つの到達点と考えられるようになり、誰しもがペルー史上最強馬と見なした。正しく彼は、超古代文明の推を集めたような名馬だった。太陽神の遺念を継承した奇跡の馬は、現在、銅像へと形を変え、モンテリコ競馬場からペルー競馬を眩しく照らし続けている。



   




  ★彡追記メモ★彡

☆サントリンは二冠目で14・1/2馬身差、三冠目のダービーでも14・1/2馬身差という想像を絶する大差勝ちで三冠を達成している。
四冠戦の合計着差は、なんと44・1/2馬身差にもなる。

奇跡の名馬 (南米諸国の名馬) * 23:47 * - * - *

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