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∽の翼

Deep Impact・memorialーhall

〜腥潮の海…揺蕩う夢靄の空を舞う深翼の天馬〜




 ★☆★お知らせ★☆★

♪彡ここはディープインパクトの記録室です♪『ディープインパクト三冠達成記念』コラムで執筆した様々なディープインパクトの驚愕データはもちろん、2006年のディープインパクトが築き上げたあらゆる快挙・レコード・記録を掲載してゆきます!随時更新予定♪お楽しみにぃ〜ヾ(^ー^)/♪彡


【全14戦プレイバック】
〔新馬 2004.12/19、芝2,000m 良〕
好位4〜5番手追走から直線楽々と先頭。馬なりのまま上がり33.1の神脚で大楽勝。レースの上がりが33.4という新馬では考えられない展開にも関わらず、終始馬なりだった。2着はこの後連勝しきさらぎ賞を、06年には金鯱賞を勝つコンゴウリキシオー。調教用蹄鉄を装備。ゴール直前でようやく手前を替えていた。

〔若駒S 2005.1/22 芝2,000m〕
最後方追走から4角後方2番手。大逃げを打った先頭のケイアイヘネシーとの差は10馬身差以上あったものの、全く馬なりのまま追われることもなく33.6の神脚を使い5馬身もちぎる。まだ調教用の蹄鉄を使っていた。当然、ゴール前馬なり。

〔弥生賞 2005.3/6 芝2,000m 良〕
後方2番手追走から大外を回って馬なりのまま坂を上がる。着差は首差だったものの、軽く追っ付けられただけの大楽勝。この時手前は全く替えず、さらには調教用の蹄鉄だった。

〔皐月賞 2005.4/13 芝2,000m 良〕
4馬身差の大出遅れ。バランスを大きく崩すも、すぐに立て直し後方2番手追走。3コーナーで生まれて初めて鞭が入る。ゴールまでに3回、武豊はステッキを使用している。鞭に瞬時に反能すると一気に加速。最後は手綱を抑えられながら馬なりのままゴールイン。GI、しかもクラシックにも関わらず、ディープインパクトは調教用の蹄鉄で望んでいた。

〔日本ダービー(東京優駿) 2005.5/29 芝2,400m 良〕
ディープインパクト一色の異様な空気が朝一から続いた一日だった。
レースは後方6番手待機から3角から一気に捲って先頭集団を飲み込んでゆく。鞭が入るも、ゴール前ではキャンターになる大楽勝。はじめて1ミリのスパイク蹄鉄を装着。
見るものを天国へと誘う走りを見せ付け、無敗の二冠達成。勝ちタイム2:23.3はタイレコード。

  

〔神戸新聞杯 2005.9/25 芝2,000m 良〕
夏を越し、精神面の成長を見せた一戦。後方2番手から4角から一気に加速して他馬を飲み込みながら捲り上げるそのスピードは“風”そのもの。軽く追われただけで、最後はまたも馬なりのまま、手綱を抑えられゴールイン。勝ちタイム1:58.4は初代天馬トウショウボーイのタイムを上回るレースレコード。

〔菊花賞 2005.10/23 芝3,000m 良〕
21年ぶりとなる無敗の三冠達成。道中口を割り、向こう正面までかかるもハンデにすらならなかった。4角7番手、完全に勝利が見えたアドマイヤジャパンを33.3という菊花賞史上最速の上がりを使い颯爽と先頭ゴールイン。この時、ディープインパクトは生まれて初めて2ミリのスパイク蹄鉄を装着していた。

〔有馬記念 2005.12/24 芝2,500m 良〕
生涯初となる敗戦。輸送のトラブル、ハーツクライの覚醒した奇襲戦法など、様々な要因が半馬身差の敗戦につながったようだ。武豊言わく、「今日は“飛ばず”に、普通に走ってしまった。いつもの伸びが無かったし、全然力を出し切っていません」

〔阪神大賞典 2006.3/19 芝3,000m やや重〕
4角手前で一気に加速。薫風吹きさぶ中、初となる重い馬場も颯爽とこなし駆け抜けてゆく。ものすごい強風が向かい風となり、全馬のスタミナを蝕んだが、ディープインパクトは苦にもせず最速の上がり時計をパワーの求められる馬場でも発揮。最後は抑えられ、馬なりでゴール板を駆け抜けた。

〔天皇賞・春 2006.4/30 芝3,200m 良〕
後方4番手からなんと、3角からスパート開始。一頭だけ自分だけのマイル戦を後半にスタートさせ、震撼の超加速。4角では先頭に立ち、33.5の神脚を披露。最後は馬なりで流しながらのゴールイン。勝ちタイム3:13.4はマヤノトップガンのレコードを1秒更新するスーパーレコード。

〔宝塚記念 2006.6/25 芝2,200m やや重〕
凱旋門賞への壮行戦。初となる雨中のレースだったが、難なくこなし、最後は馬なりで武豊がガッツポーズ。それでいて4馬身差もちぎってしまった。やや重発表以上に悪い馬場コンディションにも関わらず、最速となる上がり3F34.9の豪脚を披露。

〔凱旋門賞 2006.10/1 芝2,400m 良〕
初となる海外戦にして最大最高峰となった一戦。単勝1.5倍の大本命に推され歴史的一戦へと臨んだ。140%の仕上げと言われ、蹄鉄も海外仕様のものとなって、態勢は万全であった。しかし、レースでは先行策からどうもぎこちない手応えで直線へ。スタートから最後まで息の全く入らない心臓を鷲掴みにされる苦しい展開に加え、他の7頭全馬からの執拗なマークに苦しめられる。それでも直線は勇躍先頭に立ち、突き放しにかかるも、いつもの驚異的な伸びが見られず、伏兵レイルリンクに交わされてしまう。一旦は差し返すも、抵抗はここまで。最後の最後はプライドにも差され、生涯最悪の3着と敗れてしまう。
敗因として考えられるのは、スタートが良すぎたことで苦しすぎるレース展開にされてしまい、全馬の目標となってしまった事、休み明けのぶっつけだった事、調教場のシャンティがあまりに雄大で闘争本能を眠らせてしまった事、風邪薬が使われていたことの反動などが上げられるが、謎の敗戦と言わざるを得ない。ただ一つ言えることは、ディープインパクトは力負け、能力負けは決してしていないということだ。ヨーロッパ圏外の馬で、ぶっつけで臨んだ馬は、ディープインパクトただ1頭を除き全馬着外となっているという、凱旋門賞の歴史が生み出した確たる証拠が、いかにディープインパクトが突出し、奇異な例であるかを浮き彫りにしているのだから。
武豊「残念です。この馬本来の走りではなかった。もう一つ上のギアが、今日は入らなかった…」

〔ジャパンC 2006.11/26 芝2,400m 良〕
帰国緒戦。凱旋門ショックと突然の引退発表、そして禁止薬物イプラトロピウムの検出という重く暗澹としたムードに包まれた中での絶対に負けられない一戦。デビュー以来、初となる逆風が吹き荒れる中での難しい一戦となった。しかも、最大のライバル・ハーツクライ、世界最強女帝ウィジャボード、二冠馬メイショウサムソン、エリザベス女王杯馬フサイチパンドラ、無冠の最強3歳馬ドリームパスポート、サマーチャンピオンのスウィフトカレント、地方最強馬コスモバルクといった、これまでで間違いなく最強のメンバーが結集していた。ディープインパクトは最後方からレースを進め、4コーナーから進出開始。JC史上最速となる33.5の神脚を繰り出し、スローから鋭伸したドリームパスポートを楽々と捉え、最後は武豊がガッツポーズをしながら流してゴールした。
陣営のインタビューからは、薬物騒動での辛く厳しすぎる毎日と、ディープインパクトの輝きをもう一度取り戻したいという強く熱い執念が迸っていた。

〔有馬記念 2006.12/24 芝2,500m 良〕
国内唯一の敗戦となった有馬記念が、ディープインパクトのラストランとなった。この有馬記念の出走馬の重賞勝ち数は史上No.1。事実上の史上最強のメンバーが集結することとなった。一度の4着以下のない最強3歳馬ドリームパスポート、二冠馬メイショウサムソン、最強豪牝スイープトウショウ、シンガポール航空国際Cのコスモバルク、天皇賞・マイルCSとGI連勝中のダイワメジャー、さらにはメルボルンCで歴史的1・2フィニッシュを決めた菊花賞馬デルタブルースと上がり馬ポップロックが参戦。加え、大逃げ馬アドマイヤメイン、サマーチャンピオンのスウィフトカレント、勢いのあるトウショウナイトなども参戦していた。
ラストランのディープインパクトは後方3番手から流れに乗った。3コーナーからじっくりと先団を見据え、4コーナーでスパートを開始すると、疾風のごとく全馬を抜き去り先頭。後は1発だけの鞭に応え、他馬を遥か後方へと沈め、馬なりのままゴールイン。最後は手綱を完全に抑えられていた。中山の2,000m以上のレース史上最速の3F33.8を馬なりで記録し、ラストランも大勝で締め括った。


【逸話と記録 〜ディープインパクトのここがスゴいッ!〜】

◇デビュー前の逸話◇
〈その1〉生産者であるノーザンファーム代表・吉田勝己氏は、次のように述べている。
「この世代はヴァーミリアン、ローゼンクロイツ、ラインクラフト、シーザリオと、優秀な幼駒が揃っていたんですが、ディープインパクトは怪我をしていても常に先頭で走っていました」

〈その2〉ノーザンファーム・秋田場長
「速い時計を出す調教ではなかったけど、これまでに見たことのない動きをしていたね。ネコ科の動物のように関節が柔らかくて、横に動くんだ。馬はまっすぐは走れるけど、横へは走れない。だけどディープは柔軟性があるから、そういう動きができるんです。この馬は他の馬とはバネが違うなって思いました」

〈その3〉ノーザンファーム・横手厩舎長
「ディープは気性的に追い詰められるとダメになってしまう。だから落ち着かせるためにも女性を担当にさせようと思った」

 …そしてディープの担当に選ばれた伊津野貴子さんは、ディープについてこう語っている。
「あの子はかわいい目をしているでしょう。初めのころは牝馬みたいなところがあって、ちょっと神経質だったんです。立ち上がったり、馬場でも落ち着かない感じで、キャッキャうるさかったですね」
また、こうも語っている。
「乗っていると、すごいバネを感じるんです。ゴムまりみたいに弾むんですよ」



 左が横手さん、右側の女性が伊津野さん

◇命名の秘話◇
馬主である金子真人氏は、ディープインパクトをはじめて見た時、彼の澄んだ瞳に吸い込まれるような感覚に襲われたという。その汚れのない純粋無垢な瞳に感動した金子氏は「日本競馬に衝撃を与えるような馬になってほしい」という願いを懸け、『ディープインパクト』と、命名したのだという。

◆調教での記録&逸話◆

[1]入廐直後の初坂路を馬なりのまま54秒台で駆け上がり、息一つ乱さなかったという。この時、池江調教師は58〜59秒台の時計を指示していたが、ディープは馬なりで54秒台の時計を出してしまった。

[2]デビュー前の調教時、Cウッドの6Fで77秒6というとてつもない時計を計時。※ちなみに、2004年のJCダートに参戦していたアドマイヤドンが同じコース・距離で記録した時計は83秒4。

[3]雨の降りしきる不良馬場の芝での追い切り。その調教時の最終1Fで11.0という驚天動地の時計を馬なりで計時。

[4]ディープインパクトと併せ馬を行った馬は皆、成績が良くなるという。

☆レースでの記録&逸話☆
[1]2,000m以上の2歳新馬戦では世界競馬史上初となる上がり33.1を馬なりで計時。

[2]このデビュー戦を見た者の中には「吸い込まれるような感覚を覚えた」と話す者が何人もいる。これは金子氏のファーストインプレッションとダブっている。

[3]このデビュー戦のゴール直後、武豊騎手は「おばけや」と呟き、「ついに出たな」と一言発したという。

[4]競馬雑誌・スポーツ新聞のPOGコーナーにて最高級の評価を史上初めて全紙から獲得。

[5]2戦目の若駒Sを分析すると、ディープインパクトは2戦目にしてすでに古馬のGIレベルに到達していたという。

[6]若駒Sはレースレコード。3F33.6もレース史上最速。それを全くの馬なりで記録してしまった。

[7]弥生賞ではあのアイドルホース・ハイセイコーの単勝支持率を抜く、弥生賞史上最高の単勝支持率71.5%を記録。

[8]皐月賞歴代2位となる単勝支持率63.0%を記録。1位は昭和26年のトキノミノル。時代背景を考えれば事実上の1位と言っても過言ではない。

[9]皐月賞のラスト1Fで記録された11.2は、中山で行われたGI史上最速のラスト1F。ディープインパクトはそれを3歳春の時点で、馬なりのまま流して記録してしまった。

[10]競馬の祭典・日本ダービーでもダントツの1番人気。単勝支持率73.4%はアイドルホース・ハイセイコーを遥かに上回る歴代1位。

[11]神戸新聞杯でマークした1:58.4という勝ちタイムはレースレコード。シンボリクリスエス、ゼンノロブロイ、キングカメハメハらのタイムを馬なりで凌駕したばかりか、同じ距離・コースの古馬重賞・朝日CCのタイムを1秒も上回る。これは史上初。

[12]菊花賞、勝ち馬としては史上最高の単勝支持率79.03%、単勝100円元返しを記録。

[13]史上最短最速、史上2頭目となる無敗の三冠達成。

[14]天皇賞・春で記録されたディープインパクトの通過タイムは2,900mから全て世界レコード。

・2,800m→2:50.9(2:55.2)
・2,900m→2:56.8※推定
・3,000m→3:02.1(3:02.5)
・3,100m→3:07.7※推定
・3,200m→3:13.4(3:14.4)
※( )内のタイムはそれまでの日本レコード。

世界には3,100mのレースも存在することを考えれば、ディープインパクトはたった1回のレースで4つの世界レコードを記録してしまったことになる。それもうまなりのまま。ちなみこの時マークした4F44.8も世界記録。また、レース全体のラップで遅い部分から省いていくと、3,000を通過した時のタイムが3:00.2、2,400を通過した時のタイムが2:21.9という、世界レコードを馬なりで超越する、震天動地・史上最強のベストラップタイムをディープインパクトが刻んでいた事が明らかとなった。

[15]宝塚記念を勝ち、史上最速の10億円ホースに。

[16]ディープインパクトは全14戦してすべてのレースで1倍台の圧倒的支持を受け、展開・馬場状態関係なく国内全レースでメンバー中最速の3Fをマークしている。こんな馬は、世界競馬史上を見てもディープインパクトただ1頭しか存在していない。また、13戦連続1番人気でのJRA出走はあのアイドルホース・ハイセイコーの11戦連続記録を2戦も上回る、驚愕の怪記録である。

・2歳新馬→単勝オッズ1.1倍、上がり33.1(2,000m以上の距離の新馬戦では世界史上最速)。

・若駒S→単勝オッズ1.1倍、上がり33.6(レース史上最速)。

・弥生賞→単勝オッズ1.2倍(史上1位の支持率)、上がり34.1。

・皐月賞→単勝オッズ1.3倍(史上2位の支持率)、上がり34.0。

・日本ダービー→単勝オッズ1.1倍(史上1位の支持率)、上がり33.4(ダービー史上初の33秒台にしてダービー史上最速の3F)。

・神戸新聞杯→単勝オッズ1.1倍(史上1位の支持率)、上がり34.1。

・菊花賞→単勝オッズ1.0倍(勝ち馬としては史上1位の支持率)、上がり33.3(菊花賞史上最速)。

・有馬記念→単勝オッズ1.3倍、上がり34.6。

・阪神大賞典→単勝1.1倍(史上1位の支持率)、上がり36.8。

・天皇賞(春)→単勝1.1倍(史上1位の支持率)、上がり33.5(春の天皇賞史上最速の3F)。

・宝塚記念→単勝1.1倍(史上1位の支持率)、上がり34.9。

・凱旋門賞→単勝1.5倍(欧州調教馬以外の外国馬では史上最高の支持率)。

・ジャパンカップ→単勝1.3倍(史上1位の支持率)、上がり33.5(JC史上最高最速の3F)

・有馬記念→単勝1.2倍、上がり33.8(有馬記念含め、中山での芝1,800m以上の史上最速最高の3F)

[17]日本競馬史上初、世界ランク1位に輝く。

[18]凱旋門賞では欧州外調教馬として史上初の1番人気に支持される。しかも、一時は1.1倍という驚異の支持率も記録。

[19]ジャパンカップでは4コーナー後方2番手から最終的に2馬身突き抜けたが、JC史上後方6番手以降から半馬身差以上突き抜けた馬は、ディープインパクトを除き1頭もいない。また、休み明け・海外遠征帰りで勝った馬もディープインパクトのみ。

[20]有馬記念は日本競馬史上、全該当馬が乗り越えることのできなかった究極のマイナスデータがディープインパクトの前に立ちはだかった。
 (1)前走より6kg以上馬体重が減っていた馬は皆全滅。連対すら出来ずに惨敗。
 (2)前2走とも2,400m以上の距離を使い、前走連対していた馬は3着以下に全滅している。
 (3)前3走すべて2,200m以上の距離を走っていた4歳以上は1着になったことがない。
 (4)デビューしてから2,000m以下の距離を走ったことがない馬は有馬記念を勝てない。

…これらの最凶データを粉微塵に粉砕。データなど全く通用しない馬である。

[21]ディープインパクトの3コーナーからの捲りは凄まじいものがあるが、ラストランとなった有馬記念の4コーナーは戦慄、震撼とも言えるほど壮絶なものだった。推定約2.8秒ほどで10頭を交わし先頭に立っているのである。通常ならば、コーナーを周る際、減速するのが物理上の法則であり、鉄則でもある。しかし、この時、ディープインパクトの時速は80k/mを超えていたと武豊は語っている。ちなみにサラブレッドの最高速度は74〜78k。ディープインパクトは減速するコーナーでこれを上回っている。この瞬間を如実に物語る証言が残されている。「勝負服を着た北風が横を吹き抜けていった」これはコスモバルクに騎乗していた五十嵐冬樹のコメントである。またあまりの強さから、ついに「あの強さは反則」という声まで飛び出してしまった。またこの時、ディープインパクトは坂を上る時から抑えられ、最後は馬なりのキャンターでゴールしている。それで有馬史上最速の33.8を叩き出したとなると、4コーナーを周る際、9秒台で駆けていた可能性まである。

                          
                      

                          
                         
★社会現象★

☆皐月賞を前にして特番が組まれる。

☆ダービー当日に馬像が登場。

☆三冠達成時、「三冠祈念弁当」が発売され、「ディープインパクト三冠おめでとう!」と書かれた飛行船が空を飛んだ。

☆三冠の翌日、新聞全紙にてディープインパクトの三冠が一面に。ちなみに凱旋門賞、JC、有馬記念2006も全紙で大きく報道された。

☆東京のとある大手デパートではディープインパクト・コーナーが設けられ三冠を応援。
また当日は館内放送にて菊花賞の実況が流された。

☆三冠達成前にも関わらず、イギリスから報道陣が池江厩舎へ訪問。また英紙レーシングポスト紙にディープインパクトの三冠達成が大きな写真付で報道される。日本の競走馬がここまで大きく取り上げられるのはもちろん、掲載されるのも紙上初の快挙。ちなみに有馬記念の際は出馬表まで掲載されたという。

☆JR京都駅前に三冠へ向けてのメッセージボードが、馬像とともに設置される。

☆京阪電気鉄道では菊花賞当日の京都競馬場の最寄り駅である淀駅ではディープインパクトの三冠達成を見てから帰宅した競馬ファンで菊花賞終了後にプラットホームが大混雑し、そのため急遽予定にはなかった特急を停車させて混雑を緩和させたという。

☆ディープインパクトのライターがコンビニに。

☆三冠達成の翌週、金子オーナーは東京競馬場にて、天皇皇后両陛下より「ディープインパクトの三冠おめでとうございます」とのお祝いの御言葉を頂く。

☆野球界だけでなく、日本の英雄とも言える長嶋茂雄氏。金子オーナーは長嶋さんから30本のバラの花束と共に、「ディープインパクトの三冠おめでとうございます」と祝福されたという。

☆六本木ヒルズの33階から放送されているラジオ放送のスポーツ番組では、ディープインパクトの現役時、コーナーを設け、ディープインパクトを応援していた。

☆競馬雑誌『優駿』のアンケート調査で、「ディープインパクトはどのくらい強いと思うか」との問いに、あまりの強さからか、「ルドルフ級、またはそれ以上」、「史上最強」といった回答から、「朝青龍より強い」、「ゲームの馬より強い」、「20代の性欲より強い」といった珍回答が飛び出す。

☆ディープインパクトの日本ダービーの映像が、2005年12月デビューのアーティストのプロモーションビデオに使用される。競走馬がPVに採用されるのは史上初のこと。

☆東京大学にてディープインパクトの科学的分析が試みられる。

☆ディープインパクトの焼酎が造られる。

☆“ディープインパクト”が流行語大賞にノミネートされる。

☆ディープインパクトの主戦騎手、武豊がスポーツ雑誌『Nunber』の年間大賞に選出される(全スポーツの中から1人だけ選出される)。競馬界からの選出は史上初の快挙。

☆ディープインパクトの三冠達成記念切手が発売される。

☆ディープインパクトがグラビアデビューを果たす。

☆ヤングサンデーにて、ディープインパクトの漫画『ブレイブハート』が連載される。

☆グラビアアイドル矢部美穂は大のディープファンで、自身の写真集でも『Deep & Impact』というタイトルの作品を発表している。

☆ボクシング界の風雲児、浪速の闘拳・亀田興毅もディープインパクトが大好きらしく、「ディープは俺の兄弟や」と語り、実際にも有馬記念で300万円を賭けた。また自身の不可解な判定勝ちのバッシングとディープインパクトの禁止薬物事件はだぶるものがあり、両者とも疑念を払拭する見事な復活劇を展開した。

☆銀座の松坂屋では、ディープインパクト福袋が販売された。

☆菊花賞ゴール前での馬場鉄志アナウンサーの実況「世界のホースマンよ見てくれ!これが日本近代競馬の結晶だ!」は2005年のFNSアナウンス大賞を受賞した。

☆菊花賞当日の入場者数は13万6701人を記録し、菊花賞記録となった。京都競馬場の入場者記録としても史上2位の記録である。菊花賞の単勝支持率は79.03%であり、この支持率は菊花賞としては1963年のメイズイ(6着)の83.2%に次ぐ史上2位、菊花賞優勝馬としては1943年のクリフジの75%を超える史上最高であった。単勝の配当は100円元返しで、GI級競走での元返しは1965年の天皇賞(秋)を優勝したシンザン以来、40年ぶりの記録となった。また、全ての馬券において、ディープインパクトが絡んでいる馬券は、売り上げの89%を超えた。

☆天皇賞後、ディープインパクト陣営へエリザベス女王から手紙が届く。その内容は「ヨーロッパ以外の国でトレーニングされた馬としては間違いなく最高の馬」と称賛され、キングジョージへも招待されたとのこと。

☆ディープインパクトの名が、パチンコ店のイベント名やアダルト商品関係にも相当の深い影響を与えたようで、多くの箇所で引用されている。

☆新聞や競馬雑誌によるディープインパクト特集増刊が幾度となく発売される。

☆ディープインパクトを見たいがために、海外の競馬ファンも来日。

☆ディープインパクトの世界ランク1位がニュース速報で発表される。

☆女子プロゴルファーの藤田幸希さんは大のディープファンで、グッズをお守りとして試合に臨んでいるという。

〔藤田幸希さん〕

☆ディープインパクトの凱旋門賞挑戦がNHKから発表される。NHKが1頭の競走馬をここまで追いかけるは史上はじめてのこと。

☆ディープインパクトの凱旋門賞挑戦のCMが放送される。

☆凱旋門賞ではロンシャン競馬場に5000人以上の日本人が押し寄せ、日本国内でもウインズ後楽園・ウインズ道頓堀・プラザエクウス渋谷の3箇所でパブリックビューイングを行ったが、2000人以上の観客が集まった。また、NHKによるテレビ中継の平均視聴率は関東地区で16.4%、関西地区で19.7%、さらに瞬間最高視聴率は関東地区で22.6%、関西地区で28.5%となり、深夜にもかかわらず高視聴率を記録した。また、日本全体での瞬間最高視聴率は48%超と言われ、TV放送だけでも、優に2,000万人以上もの日本人がディープインパクトを応援したことになる。

☆いじめによる自殺で命を落とした福岡の中学生は遺書に「次はディープインパクトの子に生まれたい。ディープインパクトは最強だから」と記した。これに対し、武豊はサイン入りの色紙に「天国から応援してください。 武豊・ディープインパクト」と記し、少年の家族へプレゼントし、哀悼の意を表した。遺族の方々は「喜んでいると思います」とコメントを残した。

☆ディープインパクトの禁止薬物検出をメディアは大きく取り上げ、非難する者も現れたが、中でも、みのもんた氏は朝の報道番組『朝ズバッ!』の中で厳しく中傷したことで競馬ファン、ディープファンの猛反感をくらった。これを考慮したのか、JC・有馬記念圧勝を月曜のトップで伝え、「いやぁ〜やっぱり強い!もぅブッチギリ!私は信じてましたよぉ〜」、「すばらしい!スタジオに呼びたいねぇ」とひたすら褒めちぎった。さすがのみのもディープ効果に根を上げたようである。

☆ディープインパクトのイメージCD『栄光』が発売される。

☆公務員試験や就職試験の時事問題にディープインパクトが登場。

☆ディープインパクトの関連商品はよく売れ、競馬グッズの売り上げの1/3がディープインパクトの関連商品だったという。

☆単勝馬券を払戻せずに取っておくファンも数多く存在し、単勝馬券がインターネットオークションで万単位の取引をされることもあった。

☆京阪電気鉄道が鉄道の乗車カードである「スルッとKANSAI Kカード」にもディープインパクトのカードが発行されていた(図柄となった写真は報知新聞の協力であった。カードには「淀から凱旋門賞へ」と記載されていた)。

☆関西大学大学院教授の宮本勝浩は観客動員数と売り上げの増加分から、ディープインパクトによって262億円の経済効果があったと試算している。これは2006年の日本シリーズに44年ぶり2回目の優勝を果たした北海道日本ハムファイターズの経済効果220億円やセ・リーグ優勝をした中日ドラゴンズの経済効果200億円を上回るものである。またグッズやメディアを通しての経済回復効果としては、約3,000億円もの波及効果があったとのことである。

☆演歌歌手・和田青児が2006年12月19日、都内で新曲「翔んで ディープインパクト」の公開レコーディングを行った。馬主としても知られる師匠の北島三郎の付き人として修業中に、あちこちの競馬場に通って競馬の魅力に取り付かれたとのこと。2007年1月24日に発売され、有馬記念(2006年)の前日から先行配信された。これにサブちゃんは「馬は国民的英雄なんだから、お前も国民的歌手になれ!」と激励したという。

☆ラストランとなった有馬記念では、ディープインパクトの最終戦ということからか超の付く大混雑が予想され、競馬場に入れないと勘違いを起こしてしまったファンが大量に現れた。こうしたファンたちはTVが設置され、競馬が放送されている至るところで溢れ返り、24日午後3時の日本は騒然となった。特に新宿アルタ前では歩道をびっしりと埋め尽くす程の人が集まり、警官隊まで出動する騒ぎとなった。

☆ディープインパクトのラストランとなった2006年の第51回有馬記念の同日に大阪の住之江競艇場で競艇界のグランプリである賞金王決定戦が実施されていた。その決定戦で見事に賞金王になった地元の松井繁が有馬記念を見ていた様で、インタビューで「ディープインパクトに負けない足に仕上げた」と言った所、隣の競艇イメージキャラクター優木まおみを始め住之江・中央ホールの場内に居た全員を笑わせたという。

☆ディープインパクトの引退セレモニーは夕闇が競馬場を包む中、フラッシュが瞬く幻想的な雰囲気の中挙行された。英雄の最後を一目見ようとこの引退式を5万人ものファンが見送った。競馬評論家の清水成駿をして、「これ程の人で埋め尽くされた引退式は今まで見たことがない」とまで言わしめた。

☆引退後の2007年にはCMに出演を果たした。これは、ハリウッド俳優、トミー・リー・ジョーンズ(60)とディープインパクトが、人気缶コーヒー「BOSSレインボーマウンテン」(サントリー)の新CM「牧場」篇で共演したもの。「宇宙人ジョーンズ地球調査シリーズ」の第7弾。
引退後、牧場で暮らすディープと、世話役の厩務員にふんするトミーが登場。そこにテレビの取材が入り「種馬となったディープインパクトは、何と1日3回も種付けするんです。やっぱりディープはすごいですね!」とリポート。
その光景を横目に、トミーは厩舎に戻ってきたディープの鼻をなでながら「この惑星では退職してからも、キツイ」としみじみ調査報告するコミカルなストーリー。2007年4月26日からオンエアされた。


〔トミーとディープインパクト〕


☆ディープインパクトは引退後、北海道は安平町の社台スタリオンステーションで種牡馬として繋養された。ターフで“飛んだ”ディープインパクトに、サラブレッドの枠も飛び越えた評価がなされた。2007年2月14日、「ありがとう! ディープインパクト〜衝撃的な感動をたたえる夕べ」が行われ、安平町の滝町長はこの日、「世界が認める町の財産であり宝。感謝の気持ちを表現したい」と話し、町民栄誉賞を贈呈する意向を示した。
安平町は2006年3月27日、早来町と追分町が合併して誕生した。栄誉賞は旧2町を合わせても過去ただ1人。スピードスケートと自転車で計7度の五輪に出場した橋本聖子氏が、スピードスケート選手時代だった86年に受賞したのが唯一の例だ。顕著な功績を残した「個人、団体」と定義されているが、滝町長は「合併した記念すべき年にディープインパクトは多大なる活躍をしてくれた。十分に値します」。特例ともいえる表彰を約束。
そして同年の4月25日、町長は社台スタリオンステーションを訪れ、吉田勝己ノーザンファーム代表に記念のレイを手渡した。人間以外に栄誉賞が送られるのは史上初のこと。


〔瀧孝安平町長〕


◆まだまだあるよ!その他の秘話・エピソード集◆

◇東京優駿(日本ダービー)当日の第11競走秋川特別(1000万条件)で、近走5走で勝利どころか掲示板(5着以内)にも入ってないオートゼウスという馬が人気を集めた。オートゼウスは馬番が5番で、東京優駿(日本ダービー)におけるディープインパクトの馬番と同じであった。これは、通常の競馬開催ではメインレースは第11競走であるが、この日はメインレースである東京優駿(日本ダービー)が第10競走で行われたことで、第11競走を東京優駿(日本ダービー)と間違えて投票した人が多かったためであるといわれた。当のオートゼウスは秋川特別で3着と健闘した。

◇ディープインパクトは様々な強運振りを発揮している。東京優駿(日本ダービー)当日、午前10時頃から降り出した雨は、午後1時頃にピークとなり、ターフにも湿りが目立っていたが、メインレース直前に突如晴れ間が差し込み、出走時にはすっかり晴れ上がっていた。そのおかげで馬場状態は良を示しており、人間でも馬でもどうしようもない一番の不安がなくなったと思われる。また、凱旋門賞の時も運の良さを証明した。10月のフランスは雨が多く、重い馬場になることが懸念されたが、晴れの日が続き、当日は良馬場でレースをすることができた。

◇日本では2007年に産まれてくる産駒から個体識別のためにマイクロチップを埋め込むことが義務付けられるが(2006年に産まれた産駒や現役馬は順次導入予定)、フランスでは2006年から全ての出走馬にマイクロチップを埋め込むことが義務付けられており、凱旋門賞に出走したディープインパクトにも2006年7月2日、マイクロチップが埋め込まれた。これは日本産馬としては導入第1号となった。

◇ディープインパクトが勝ったGIレースの2着馬は7頭いるが、その内の5頭(シックスセンス、インティライミ、アドマイヤジャパン、リンカーン、ナリタセンチュリー)はそろってその後に故障を発症して引退に追い込まれるか、復帰したとしてもその後未勝利に終わっている。また3着馬や接戦した相手を見ても、バランスオブゲーム、ウィジャボード、ハーツクライ、マイネルレコルトらもその後身体に不調・疾患を抱えるか屈腱炎を発祥し、引退へと追い込まれている。

◇ディープインパクトと対戦した競走馬に騎乗していた騎手もその強さを認めている。東京優駿(日本ダービー)の際には四位洋文が「サラブレッドの理想形」、ケント・デザーモが「セクレタリアトのようなレース運びだった」と語っている。また、思わぬ敗戦を喫した2005年の有馬記念の後には、勝ったハーツクライの調教師である橋口弘次郎がインタビューで「もうディープインパクトとは対戦したくない」と語っている(その後、ジャパンカップでハーツクライはディープインパクトに敗戦している)、またハーツクライとプライドで2度ディープインパクトを破ったルメール騎手も「次もディープに勝てるかは怪しい」と述べている。さらに天皇賞(春)で対戦したリンカーンの調教師である音無秀孝も後に「この馬が負けることを考えること自体が無理」と言い、ともにディープインパクトに勝つのが難しいと述べている。

◇2006年の始動戦となった阪神大賞典の4コーナーでは、強風の中、超絶な捲りを見せるディープに、調教師たちが釘付けとなってしまい、陣営の集まる席は静寂と異様な空気に包まれたという。

◇有馬記念から1週間後、武豊はこう語っている。
「本当はフェブラリーSを勝って八冠馬になってから引退させてやりたかった。ダートでもあの走りは変わらない。むしろ向くんじゃないかな。マイル戦も使ってみたかった。多分、物凄いレースをしていたと思う」

◇ディープインパクトの国際クラシフィケーションは127という、エルコンドルパサーの134に次ぐ歴代2位の高評価を与えられたが、この査定には誰しもが異を唱えた。
実際にイギリスのレーシング・ポスト紙は、「2006年のワールド・サラブレッド・レースホース・ランキングのレイティングは日本の競馬のレベルを低く見すぎていて保守的である」と不満を唱え、独自のレイティングでディープインパクトを133ポンドで世界一にしている。ほかにも、香港の競馬記者で「35年間競馬を見てきた中でディープインパクトは一番印象的だった馬」だと述べた人物もいる。このように海外の競馬記者の中にもディープインパクトを高く評価する人間が多くいる。また引退レースとなった有馬記念を目にした競馬先進国・各国の重鎮たちは「ディープインパクトこそ世界最強に間違いない」と、異口同音に語っている。

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