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∽の大宇宙(そら)


 ∽(そら)



Deep Impact
  Memorial hall



   


  お 知 ら せ

♪彡ここは『∽の翼』に続く、ディープインパクトの第二記録室です♪『ディープインパクト三冠達成記念』コラムで執筆した様々なディープインパクトの驚愕データはもちろん、2006年のディープインパクトが築き上げたあらゆる快挙・レコード・記録を掲載してゆきます!随時更新予定♪お楽しみにぃ〜ヾ(^ー^)/♪彡





 驚異の身体能力

[1]驚愕の心肺機能
◇VHRmax
(ブイハートレートマックス)とHR100
心拍数が最大になったときの血液のスピードを「VHRmax」(単位はm/s・メートル毎秒)、ゴール直後から心拍数が100を切るまでの時間を「HR100」といい、前者は持久力を、後者は回復力を示すものである(前者は数値が大きければ大きいほど、後者は数値が少なければ少ないほどよい)。3歳以上の馬のVHRmaxの平均は14.6前後であるのに対し、ディープインパクトは菊花賞直前で16.0を示した。HR100も大抵の3歳馬は10分以上であるが、ディープインパクトは3分程度であった。
また、ディープインパクトは2歳のデビュー時に『16.3』を記録。ちなみに、2歳馬の平均は『13.4』。


◇驚異の心肺機能を
    助ける目と鼻のつくり

ディープインパクトは他馬に比べ非常に目と鼻の距離が近い。よく「美少年」、「ハンサム」と褒められるように利発な印象を与える以上に、この特徴は解剖学的見地からも大きな利点に繋がっているのだという。馬は眼下に気道の通り道になっている。このため、目と鼻が離れているほとんどの馬に比較して、肺への距離も短くなる。またこれに加え、気道の曲がりが少なくなって、空気が前頭洞(大脳の前部に位置する部分)に当たり屈折する率が低くなるため、一直線に大量の空気を吸引することが可能としている。しかも、ディープインパクトは首を真直ぐ水平に下げるため、換気効率はさらにUPしていることが考察される。
また目の位置が鼻に近いということは、脳のスペースが広く取れている証拠でもある。特に小脳は筋肉運動の調節、平衡感覚を司っているため、優れた運動神経を発揮するためには至極重要である。


◇賢さ
普段は人懐っこくておとなしく、厩舎では「お坊ちゃま」のニックネームで呼ばれている。厩務員の市川は「素直な性格」としている。また、非常に利口な馬でもある。武豊は菊花賞でディープインパクトが一周目のホームストレッチでかかってしまった理由として、頭が良いので3コーナーから4コーナーにかけてスパートをかけることを覚えているために、一周目のゴール板を正規のゴールと勘違いしてしまったと証言している。他にも、自分の理想体重を知っているのか、レースが近付くと飼い葉の食べる量を自分で調整することもあると関係者は語っている。
一方、厩務員の市川は、初めてディープインパクトを見た時に馬体が小さい上におとなしいため牝馬ではないかと思い、ディープインパクトが本当に牡馬かどうか確認をしたという。

 

[2]走りのフォーム

◇『空飛ぶ走り』
ほとんど蹄鉄がすり減らないというディープインパクト。その走りに主戦を務める武豊騎手は、「走っているというより、飛んでいる感じ。チーターのよう」と語っている。それはまんざらでもなく、JRA競走馬総合研究所の青木修教授は下記のように述べている。
「フォームに関してのトータルバランスがズバ抜けている。特に柔軟性がスゴい。ディープインパクトの走りは肉食獣に近い。過去の名馬の中でも最もスゴいフォームをしているのは間違いありません」

当初、ディープインパクトの走法は蹄鉄の減りが極端に遅いことや武騎手のコメントから、“滞空時間が長い走り”をしているのだろうと考えられていた。しかし、解析が進むに連れ、驚天動地の真事実が判明することになる。

平成17年10月23日、菊花賞当日、JRA競走馬総合研究所のプロジェクトチームがディープインパクトの走行フォームを撮影するため、1秒間に250コマを撮影できる超高速度カメラを京都競馬場のゴール板手前100mの位置に設置。ディープインパクトの歴史的三冠を決めた瞬間がフィルムに収められた。
このフィルムを元に分析され、導き出されたデータが以下のものである。


◆秒速

他馬→16.1m(時速58km)

ディープインパクト→17.8km
(時速64km)


◆1完歩

他馬→約7.08m
ディープインパクト→7.54m

※サラブレッドが全速力で走る時、四肢を「反手前後肢」→「手前後肢」→「反手前前肢」→「手前前肢」の順番で地面を蹴り、次に「反手前後肢」が着くまでを1完歩という(人間でいう一歩の歩幅)。


◆エアボーン
(どの脚も地面に接していない“空を飛んでいる”瞬間のこと)

他馬→0.134秒

ディープインパクト→0.124秒

⇒このことから、ディープインパクトの滞空時間は短いことが明らかに。
つまり、時間上は他馬より空を飛んでいない。しかし、ディープインパクトの真のすごさはここからで…


◆エアボーン中の飛行距離

他馬→2.43m

ディープインパクト→2.63m


つまり、滞空時間が短いにも関わらず、飛行距離が他馬より20cmも長かったのである。
このディープインパクトの走法は、全米史上最強馬セクレタリアト(『奇跡の名馬』にて紹介済み)に酷似しているという。
1978年、米マサチューセッツ工科大学のプラット氏が米獣医学試に発表したセクレタリアトのデータでは、1973年のマールボロC(ダ1,800m)でセクレタリアトの記録した1完歩は『7.38』だったと記述されている。コースが芝とダートと違うものの、520kg台もあった超大型馬であるセクレタリアトの1完歩を、ディープインパクトは凌駕しているのである。
また2006年の春の天皇賞時は、1完歩が8m20を超えていたという。


   

◆ピッチ(1秒間に何完歩できるか)の速

他馬→2.28回

ディープインパクト→2.36回


◆究極の走り
サラブレッドのスピードは1完歩の長さ(ストライド)×頻度(ピッチ)で決まる。つまり…

スピード=「1完歩の長さ」×「ある一定の時間にに何完歩できるか」

これをディープインパクトに当てはめると…

7.54m×2.36回
    =
秒速17.8m

このデータに関し、JRA競走馬総合研究所の高橋敏之氏は「ディープインパクトはストライドとピッチの両方が優れていて、バランスがいい。例えば、8mのストライドで走る馬もいますが、ピッチも速いとは限らない。速度はストライドとピッチの掛け算なのでこのくらいが限界なのでは」と述べている。
つまり、ディープインパクトの走りは物理学・生物学両見地から見ても、極限とも言える“究極の走り”であると言えよう。
ちなみに普通の馬は、どんな一流馬でも26完歩かかるところを、ディープインパクトは24完歩で走り抜けるという。


◆全速力時のフォーム
他の馬よりも体を伸ばし、頭を低くして走るという、実に重心の低い走りをしている。要するに、低く飛んで馬体の上下の動きを抑え、(時間を)短く飛んでいるため脚が地面に十分に着き、力を伝えられ、空気抵抗をも最小限に止めている。また、脚も1本1本が別々に地面に着地し、後ろ脚を大きく前方に出している。
つまり、ディープインパクトの「空飛ぶ走り」は…

1、体を伸ばして走る

2、頭を上げるタイミングが遅い

3、それぞれの脚が別々に着いて走る

4、後ろ脚を大きく前方に出す


…という4つの特徴があり、これによって体勢が低く、体の上下運動が少ないため、「空を飛んでいるように感じる走り」になると推察できるのである。


[3]究極無比の
      柔軟性

ディープインパクトの装蹄を担当する西内荘氏いわく、ディープインパクトは「後肢で耳を掻くことができる」という。犬や猫のように体が柔らかいのである。また皐月賞スタート時の躓きを一瞬にして立て直した一場面を見ても、それは容易に想像できる。


[4]震天動地の
      成長力

西内荘装蹄師いわく、蹄の成長度合いからディープインパクトの本格時期を予想すると、2006年以降になるはずだとのことだった。
実際に完成されたのは、ジャパンCから有馬記念のあたりだったという。




 関わる


[1三冠レース時の
    馬番の一致

これは運命の悪戯なのか、それともただの偶然なのか、ディープインパクトが勝った皐月賞、日本ダービー、菊花賞の馬番が主戦騎手である武豊の初制覇と同じ馬番だったのである(ただし、菊花賞は下一桁のみ。出走頭数の違いからか?)。その内約は以下の通り。

☆皐月賞
武豊
→『14番
ナリタタイシン

ディープインパクト
→『14番

☆日本ダービー
武豊
→『5番
スペシャルウィーク

ディープインパクト
→『5番


☆菊花賞
武豊
→1『7』番
スーパークリーク

ディープインパクト
→『7番


  

[2]主戦騎手の年齢
初代不敗の三冠馬シンボリルドルフの主戦を務めたのは岡部幸雄だったのだが、無敗の三冠を達成した年、彼は『36歳』だった。そして2005年、武豊騎手は『36歳』で無敗の三冠を達成した。


[3]“21”
ディープインパクトは『21』年振りに無敗の三冠を達成したわけだが、菊花賞勝利後までにつけた着差をすべて足すと、『21』になる。ちなみに『21』は「究極」を意味する数字である。凱旋門賞でも『2』枠『1』番となった。

[4]“6”
ディープインパクトの三冠神話のプレリュードとなった皐月賞。ディープインパクトは出遅れるも馬なりで楽勝し、史上1『6』頭目となる無敗の皐月賞馬に輝いた。また2着は『シックス』センスだった。ディープインパクトはつづく日本ダービーを無敗で勝ち、史上『6』頭目となる無敗の二冠馬に。
そして10月23日、『66』回 菊花賞、月と日付を足すと(1+0+2+3=『6』)またも『6』となるこの日、ディープインパクトは史上2頭目となる無敗の三冠を達成し、史上『6』頭目となる三冠馬に。
2着は馬番『6』かつ、『6』番人気のアドマイヤジャパン『6』着がアドマイヤフジ。彼らアドマイヤ勢の日本ダービー初制覇は、ディープインパクトが三冠を達成する『6』年前に当たる、1999年(9を反対にすると『6』)の『6』『6』日、第『66』回 日本ダービーで武豊騎手騎乗のアドマイヤベガ(皐月賞、菊花賞はともには『6』着)により達成されている。そのアドマイヤベガを父に持つのが『6』着アドマイヤフジ。ちなみに
『シックス』センスには『6』馬身差つけていた。

さらには、武豊騎手の登録番号が『666』当日『6』鞍に騎乗しており、2005年のJRA開催GI勝利数が『6』だった。また、菊花賞は7番→『6』番で決まったが、一つ前のレースが『6』番→7番で決まり、馬連配当が『66.6』倍で決着するなど、異様なまでに『6』という数字がディープインパクトにはまとわりつくのである。

また、ディープインパクトのGI『6』勝目となったジャパンCは、昭和5『6』の創設で、ディープインパクトが勝った年は、200『6』年の11月2『6』日で第2『6』回。ディープインパクトは宝塚記念からマイナス『6』kgの馬体重43『6』kgで『6』枠『6』番から発走し、楽勝。2着には同じ『6』枠のドリームパスポートが入線。この2着で同馬の2着は通算『6』回目。ディープインパクトはこの勝利により、GI『6』勝目、そして『6』冠馬に見事輝いた。そして、この勝利により、サンデーサイレンス産駒の通算GI勝利数が『66』に(サンデー自身のGI勝利数も『6』さらにサンデーの誕生年は198『6』死没した際は1『6』だった)。ちなみに、前日のジャパンCダートは、『6』文字名コンビの『アロンダイト』と『ごとうひろき』騎手が優勝を飾っている。ジャパンカップ優勝により、武豊騎手の通算GI勝利数が5『6』になり、池江調教師の通算GI勝利数は1『6』に。

ラストランの有馬記念。200『6』年の12月24日、2+4=『6』となるこのクリスマス・イヴのグランプリ、ディープインパクトは圧勝でターフを去った。武豊騎手はオグリキャップ以来1『6』年ぶりの優勝。そしてJRA重賞23『6』勝目だった。そして200『6』年の武騎手のJRA通算GI勝利数も2005年に同じく『6』だった。

さらに付け加えるなら、ディープインパクトの初重賞制覇が3月『6』の弥生賞だった、日本ダービーの史上最高の単勝支持率を記録したが、それ以前の記録はハイセイコーの『66.6』だった、三冠達成時の勝ちタイムが3:04.『6』だった、ディープインパクトの引退した年が200『6』だった、またディープインパクトが初の敗戦を喫した有馬記念の馬番が『6』だった、さらには菊花賞のプレゼンターに呼ばれた井上和香さんが「いのうえわか」で『6』文字、ディープインパクトに初めて土をつけたハーツクライが『6』文字名凱旋門賞でディープインパクトを破ったレイルリンクも『6』文字名だったとか、上げれば切りがないほど。
産駒の初のGI制覇がマルセリーナで、『6』文字名馬初のダービー制覇を成し遂げたディープブリランテは『6』戦目でのダービー優勝。そしてこれが産駒の通産GI『6』勝目となった。

考えても見れば、『6』という数字はこの地球を支配する数でもある。1分は秒算すれば『6』0秒だし、1時間なら『6』0分になる。そしてこの地球が誕生してから4『6』億年もの歳月が流れたことも、これだけの名馬ともなれば何か大きな天命が起因しているようにも思われてくる。


  
「これ…偶然にしては出来すぎじゃあないですか…」

[5]“1”
ディープインパクトは2002年(ちなみにこの年は馬年)に父サンデーサイレンスと同じ3月25日に降誕したわけだが、父サンデーサイレンスはその年にこの世を去っていった。そのサンデーサイレンスが生まれ育った地、アメリカでは200『1』年9月『11』日、世界を変えることになる大惨事・同時多発テロ、いわゆる9.『1』『1』が起こる(足すと「2」になる)。その「2」年後、ディープインパクトは『1』歳を迎え、競走馬としての道を歩んでいく。2005年、ディープインパクトが無敗の三冠を達成した年、アメリカは衛生探査機を使った『ディープインパクト計画』を実行し、大成功。そして競走馬ディープインパクトは『11』年振りの三冠馬に。またディープインパクトは全出走レースで圧倒的単勝『1』番人気に推されているのだが、なぜか『1』.『1』倍が多い。SS産駒が手にすることが出来ずにいた“トリプルクラウン”のタイトル。サンデーサイレンス産駒が登場してから『11』年の時を経て、ディープインパクトは三冠神話を完遂させた。ちなみに父サンデーサイレンスは『11』00万ドルで買われ、日本へとやってきたのだが、最初の種付け料は『11』00万円だった。


 


[6]“4”
ディープインパクトは200『4』年のデビュー戦、『4』番で、デビュー。『4』馬身差の圧勝で見事デビューを飾ったわけだが、そのラストランも奇しくも『4』番で優勝し、引退戦を飾った。ちなみにこの日はクリスマスイヴで2『4』日であった。ちなみに『4』歳馬の優勝はディープインパクトの勝利により、『4』年連続となった。また、同年にジャパンCと有馬記念を制した馬としても、史上『4』頭目となった。


[7]“51”
ディープインパクトは『51』億円のシンジケートが組まれ種牡馬入りした訳だが、引退レースも第『51』回の有馬記念となり、その雄姿を一目見ようと来場した観客の数も11万72『51』人という運命的な巡り合わせとなった。





[8]“7”
まとわりつく“1”“6”の数字を足すと、三冠を達成した菊花賞の馬番に!ディープインパクト勝、33.3の神脚で冠達成!

  

ディープインパクト記念館 * 04:25 * - * - *

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