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聖なる一角獣“Unicorn” 〜角が生えた馬の話



《聖なる一角獣“Unicorn”〜角が生えた馬の話〜》

ユニコーンにまつわる逸話は、『展示物』にても何度かに渡って紹介している。
ここでは、日本と世界に伝わる角が生えた馬の話について見ていくことにしたい。


●「三宅島 神着村に現われた角馬」

伊豆七島の三宅島に角馬が現われたのは、昌泰元年(898年)の1月24日。
この島の壬生という家の妻女は、首山という山の方へ向かっていつも小用を足していたのだが、これを毎回見ていた馬がいた。ある時、妻女はからかい半分でこの馬へ話かけ、こう言った。

「お前に角が生えたら、何でも言う事を聞いてあげる」

妻女は、馬などが人間の言葉を理解できる訳がない、万一理解していたとしても、角を生やす事など出来るわけがないと思ったのだろう…それは当然のことである。
しかし、何という事か、この馬に本当に角が生えてきてしまったのである。妻女は何とか誤魔化そうとしたのだが、時すでに遅し。
妻女は馬の玩具にされ、最後は角で突き殺されてしまった。

現在でも、事件の起きた1月24日の夜は、決して外へ出るなと戒められている。この角をもつ馬は、首神社に三島明神として祀られている。また、妻女を祀ったのが、こばし神社とされている。


●「“潮まつり”の馬角」
 
「馬角(ばかく)さん」と呼ばれる馬の角をご神体とする珍しい祭りとして知られる和歌山県、海南市の「潮まつり」。組合員や沿岸の企業関係者らが参加し、豊漁と海上の安全を祈願する。

寛文10(1670)年、紀州徳川家藩士が、初代藩主・頼宣公から拝領した馬の頭に生えた釣り針の形をした角を切り取り、冷水浦近くの藤白神社に奉納した。漁師は不漁の際、この角を積んで出漁したところ、大漁が続いたというのが祭りの由来とされ、明治末期から毎年、催されている。



祭りの当日、漁港前に「馬角さん」を納めた木箱やタイなど海の幸をささげた祭壇が設けられ、神事が行われる。この後、大漁旗を飾った10隻の漁船に分乗し、「馬角さん」を積んだ漁船を先頭に沖合に繰り出し、企業前で海中にお神酒をささげるなど、豊漁と企業の発展を祈願するという。


●「沖縄県 久米島にある“馬の角”」

久米島の浜川家という民家に、馬に生えてきたという角が保管されている。観覧料200円を払うことで、この角を見ることができるという。




●「木いちごのパイと一角獣」

どこの国か、また何年頃の出来事かは明らかでないのだが、とある町に、マミーヤという女の子がいた。マミーヤの住む町のはずれには大きな森があり、そこでは美味しい木苺が摘めることで有名だった。
ある時、マミーヤは一人で木苺摘みに出掛けた。時間も忘れて苺集めに夢中になりすぎてしまい、辺りが暗くなりはじめた時に、ようやく帰り道が分からないことに気付くのだった。誰かを呼んでも応える者などいるはずもなく、言い様のない不安と寂しさから、マミーヤはついに大声で泣き叫んでしまう。
泣き疲れていつの間にか眠ってしまっていたらしかった。おぼろげに映る視線の先に、小さな白い馬がいることに、マミーヤは気が付いた。
「あなたはだれ?」
微睡みながら話し掛けるマミーヤを、子馬は首をかしげながら見つめていた。
たてがみは長く、銀色に輝いている。そして、不思議なことに、額には角が一本生えていた。
マミーヤは道に迷ったことを子馬に話てみた。すると、子馬はマミーヤを乗せ、走りだした。着いた先は、森の入り口付近だった。気が付くと、白い子馬はいつの間にかに姿を消していたという。
数日後、マミーヤはお礼として、森で摘んだ木苺のパイを作り、森の入り口に置いておいた。

もともと、この森には一角獣が現われるという話があり、道に迷った子供を助けてくれるという噂が立っていた。
この森は迷っても子供は必ず帰ってこれるという不思議な森で、それは白い一角獣が案内してくれるからだ、と現在でも信じられている。
マミーヤが木苺を添えたことを切っ掛けに、森から無事に帰れた子供たちが、木苺のパイを森に置いてくる、という風習ができたのだという。

                        


●ペガサスユニコルン


ディープインパクトのイメージか?

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