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タイキシャトル

  【タイキシャトル】

 〜いくつかの謎解き〜

―日本競馬史上
     最強マイラー―



父 デヴィルズバッグ
母 ウェルシュマフィン
母父 カーリアン

生年:1994年
性別:牡
毛色:栗毛
国籍:日本
生涯成績:13戦11勝[11-1-1-0]

この世には解き明かせない不可思議な謎に満ちている。たとえば、邪馬台国、日本語のルーツ、与那国島の海底遺跡など、日本各地にも信じがたいミステリアスな伝説・逸話が伝わっている。
世界へと目を向けると、その“謎”はさらに膨らみを増し、解析も困難を極める。現在でも綿飴式に増幅し続ける底の見えないミステリーは、現代を生きる我々に何をもたらしてくれるのだろうか?

世界に散在する奇々怪々なミステリー…ノアの箱舟、ムー大陸、ストーンヘンジ、ナスカの地上絵、イースター島のモアイ像…などなどあるが、まだまだ他にも俄かには信じられない話がある。

       
〔イースター島のモアイ像〕


まず一つ、「翼の生えた猫」がいると聞いて、あなたは信じることができるだろうか?しかし、この猫は実在していたのである。1975年の英国マンチェスターで捕獲された他、ロシアなどでも飼い猫が産んだ例などあり、幾例も目撃談が語られている。


〔捕獲された“翼の生えた猫”〕

またメアリ・セレステ号事件も有名な怪事の一つだ。時は1872年の12月4日、午後3時頃のことだったという。ポルトガル沖480km付近を航海していた英国船のディ・グラチア号が物気の空となった客船メアリ・セレステ号に遭遇する事件なのだが、不思議なことに、船内にはつい先程まで人がいたような形跡が残されていた。テーブルの上には食事が用意され、コーヒーも煎れたばかりらしく、湯気も立っていたという。それならば海賊に襲われた直後だったのではないか…と推測したくもなるが、金品や装飾品、金庫は荒らされた様子もなかったのだという。では、何かの自然災害に巻き込まれたのではないか…とも察しがつくが、船に外傷は全くなく、内部にも損傷は見つからない。自然の猛威の襲撃を受けた…という線も消え、ますます混迷が深まるばかりである。さらに不思議なことには、航海日誌の最後の日付が11月の24日となっており、これが本当ならば10日以上漂流していたということになる。また一方で、救命ボートも消えていたという。これが謎にさらに拍車を掛ける。なぜ救命ボートを使わねばならなかったのか?船に何か異常があった訳でもないのに(最初からボートはなかったという説も)。ちなみに、客員10人の遺体は一人たりとも発見されていない。
                      
                      
                       
〔メアリ・セレステ号〕
                         

世界に揺らめく妖幻なミステリーだが、競馬の世界にも“謎”は満ち満ちている。英国ダービー10馬身差圧勝のシャーガーの誘拐事件、アフリカ史上最強最強馬シーコテージの銃撃事件、ファーラップの毒殺事件は深く濃い闇の霧に包まれている。一般社会とはかけ離れ、外界と閉鎖的な距離・間隔を取る競馬社会は、摩訶不思議な事件事象の宝庫と言っても過言ではないのかもしれない。

謎が謎を呼ぶと言えば、「名馬の唯一の敗戦」がそうした概念の一つに上げられはしないだろうか。理由の解らない謎の敗戦…その代表にして最も不可解な敗戦であるのが、タイキシャトルの菩提樹S(芝1,400m)だと私は確信している。
この直後、GIを勝ちまくり、重賞8連勝を記録。フランスのマイル界の頂点にも君臨する日本競馬史上最強の名マイラー。こんなにも神懸かった名馬が、オープン特別を勝つのもやっと…という馬に負けてしまったのである。
歴史的名馬の唯一の敗戦は数多く類例がある。シーバード(8戦7勝)、ブリガディアジェラド(18戦17勝)、ネイティヴダンサー(22戦21勝)、マンノウォー(21戦20勝)…しかし、これらの名馬たちには、明白な敗戦理由がある。陣営の策略であったり、勝った馬も実力馬であったり、出遅れやハンデの不利など、分析を追求すればその要因が抽出されてくる。これはディープインパクトの国内唯一の敗戦にも言える。
しかし、タイキシャトルの菩提樹S敗戦は全くの謎。この時期のタイキシャトルが本格化しかけていた時期だったとはいえ、この時期にあっても、マイルから短距離で同期のメジロブライト、シルクジャスティス、サニーブライアンに負けるシーンは思い浮かばないし、この直後の大躍進を踏まえると、ますます不可解な敗戦である。なぜタイキシャトルは菩提樹Sで負けたのか。


       

1997年の7月6日。初夏の木漏れ日が差す阪神競馬場に現れたタイキシャトルは、すでに3歳馬離れした風格とオーラを身に付けていた。パドックで悠々と周回を終えると、スタンドを横目にスタート地点へ。ここまで3戦楽勝のシャトルは、このレースでも先団につけ、最終コーナーを抜群の手応えで回ると、岡部騎手の送るゴーサインに応えパワフルな加速を展開、先頭を行くテンザンストームを捕らえようとしていた。しかし、歯痒くもなかなか並べず、一瞬、目に見えない壁に跳ね返されるような素振りを見せてしまう。しかし、そこは最強マイラー。さらに猛然と加速し、テンザンストームを飲み込むかに見えた瞬間、そこにゴールがあった――。
体調も、展開も、騎乗にも何ら問題はなかった…
因みに、テンザンストームはその後、目立った実績を上げることなく、GIはおろか、重賞も未勝利のまま競馬場を去っている。
タイキシャトル、謎の敗戦。しかし、この敗戦がより彼の神秘的かつ崇高なる強さを倍増させているのは、言うまでもない。

タイキシャトルは聡明かつ、外国産馬らしい気高さを全面に表現した、瞠若たる名馬だった。
デビューは遅く、1997年の4月19日の東京競馬場のダート1,600m。軽い合図が送られると、スッと反応し、ダイナミックな迫力溢れる加速を見せ付け、ゴール板が接近するに連れ速力は爆発。
結局このレーススタイルは、引退まで変わることがなかった。
この後2戦し、あの菩提樹Sを迎える。

タイキシャトルの97年秋は、海外へと夢図を描くに十分な色剤とピースを、完全網羅に揃えたシーズンであった。ユニコーンSで重賞初勝利を飾ると、スワンSで古馬を一掃。さらに勢いは天高い秋空を突き抜けんばかりに猛進。マイルCSを圧勝し、赤子の手を捻るより簡単にマイル界を制圧してしまった。つづくスプリンターズSも万全磐石のパフォーマンス。スギノハヤカゼが100点満点の競馬をしようが、タイキシャトルはさらにその上をゆく150点の競馬を披露してしまう。藤沢和雄調教師は、この一戦を見て、タイキシャトルを短距離・マイル路線のみ歩ませることを固く決断したという。


  
〔圧勝のスプリンターズS〕


年が明け、歴史的センセーショナルな98年が銀幕を上げた――。
タイキシャトルの始動戦が京王杯SCに決定。そして既に視線は水平線の彼方、コバルトブルーの海の向こう側へと移されていた…。シャトルの復帰戦は、百戦錬磨の岡部騎手も体感したことのない程の大楽勝となった。完全に持ったまま、完全な馬なりのまま先陣を切り、ゴールラインを過る瞬間まで馬なりでレースを締めたのである。しかもレコードのおまけ付き。岡部騎手は、この一戦に関し、次のように語っている。
「こんなに楽に重賞を勝てるなんて、想像したこともなかった」

国内のマイル界に敵無し。国士無双のタイキシャトル最後の課題は、「ヨーロッパの馬場をこなせるのか」という一点に絞られていた。
そんな中、壮行レースの意味合いが色濃くなった安田記念。
神様はシャトルへ最後の試練を与えた――…
前日から間断なく降り注ぐ豪雨。さらに競馬場は濃い霧に包まれ、視界も十分に利かない。不良馬場はさらに悪化し、欧州さながらの馬場へと顔色を変えていた。
不安と憶測がファンの胸を叩く中、タイキシャトルは馬場の中央を雄々しく駆け抜け圧勝。

   
〔超不良馬場も全くの問題なし〕

凛然たるタイキシャトルの走りぬいた悪路の府中1マイルは、国外へと羽ばたく滑走路。遠征先はフランス・ドーヴィル。出走レースはジャック・ル・マロワ賞に確定。
現地へと赴き、調整を進めていた陣営に思わぬ朗報が飛び込む。

『シーキングザパール、フランスGI優勝』

タイキシャトルの影を踏むことさえ出来なかったシーキングザパールが、日本調教馬として史上初となる海外GI制覇という偉業をやってのけたというのである。
これを受け、現地の評価も急上昇。当日も日本同様の圧倒的1番人気に支持され、2週連続となる快挙へ、カウントダウンが開始される。
静かにレースのスタートが切られた。岡部幸雄とタイキシャトルは、内ラチを舐めるようにじっくりと進み、ゴーサインをギリギリまで我慢すると、すぐ隣のアマングメンの仕掛けを待ってエンジン点火。

轟然と追う岡部の思いを一心に受けとめ、烈脚へと転化するタイキシャトル。

響き渡る観衆の声援。

天空を伝うジャポネの想い。

日本競馬界・積年の夢、ついに実現。

タイキシャトル、ジャック・ル・マロワ賞優勝。





首差という際どい勝利だったが、そこには敢然たる王者の余裕が垣間見れた。

世界最強マイラーとなり、凱旋帰還のマイルCS。直線に入ると、ロケットブースターを装填したサイボーグのようにグーンと他馬を引き離し5馬身差の大差勝ち。
そして引退レース、スプリンターズSへ向かう。ラストランにして初めて他馬に差し切られて3着と落ちるが、王者の品格は全く損なわれるものではなかった。


日本競馬史上最強のマイラー、タイキシャトル。蒼瘋を纏い、世界へ見せ付けた栄光の宇宙航路。
本当にマイラーだったのか?
何故1.3倍のオッズが多かったのか?
そして何故テンザンストームに負けたのか?

幾つかの謎を残し、第二の馬生へと舵を取った貴方に、幸多かれ。


奇跡の名馬 (日本の名馬) * 23:09 * - * - *

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