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ネヴァード

   【ネヴァード】

〜シュガーウインドの
坂道越えて〜

‐環礁から旅立った
異色異端の名馬‐


父 ノーティカル
母 キュビレット
母父 ?

生年:1928年
性別:牡
毛色:白毛(パールバックスキン)
国籍:ヴィエケス島
生涯成績:254戦29勝

この世には信じがたい戦績を残した馬がいる。ハンガリーのキンツェムは54戦全勝。イタリアのトルネーゼは229戦133勝。またプエルト・リコの競走馬たちは常軌を敢然に逸脱していると表現できる程に凄まじく、ガルゴジュニアが159戦137勝、カマレロが77戦73勝をマークし、同馬は56連勝の世界記録を刻んだ。そして、極め付けは324戦197勝の世界最多出走&最多勝の世界記録を競馬史の譜線に乗せたコリスバール。神威的な大記録はこれだけに止まらない。さらにはもう一頭、驚天動地、無双の競走戦績と稀覯の馬生を送った馬が、カリブ海に浮かぶ小さな島に存在していた――。

彼の名はネヴァード。不可思議な色調のトーンを、競馬の歴史の影にそっと残した盲亀浮木の一生を、ゆっくりと推敲していきたい。
プエルト・リコの東南に浮かぶ島、ヴィエケス島。小さな小さなこの島に、ネヴァードが降誕したのは1928年の暮れ、12月のことだった。南半球ならともかく、北半球に位置するエリアの生産馬としては余りにも遅すぎる生誕である。


〔ヴィエケス島の子馬たち〕





誕生の際、立ち合った生産者ミゲル・シモンズ氏は、ネヴァードの馬体や毛色を見るなり、目を丸くしてゴクリと生唾を飲み込んだ。ネヴァードはその全身が純白であっただけでなく、その体毛がパールバックスキンと呼ばれる生物学的にも稀有な毛質を成していたのである。真珠色の眩耀な燐光を纏い、白鹿のような毛並みをした子馬。その額には白い星が戴かれ、前両脚の蹄は漆黒の黒色。反照するように後ろの両脚は膝元まで白いソックスを履いている。それらの内、左後ろ脚の蹄はまるでシマウマのような、ストライプ模様になっており、また一方で右後ろ脚は真っ白で純白な蹄をしている。馬学史上唯一無二の毛色をもつマジカルゴールドダスト(紹介済み)の稀少価値には一歩譲るかもしれないが、このネヴァード独特の特徴も見逃せない。

ネヴァードはあまりに遅生まれだったためか、1929年生まれの競走馬としての扱いを受けた。初出走となったのがこれまた遅く、1931年の11月26日、プエルト・リコ島へと渡ってのプエルトリコフューチュリティというレース。ここからネヴァードは波瀾万丈の競走生活にスタートを切った。
悲願の初勝利が叶ったのは翌1932年の2月28日の日曜日のことであった。真っ先にゴール板を通過したネヴァードを、関係者たちは喜色満面の笑みをいっぱいに出迎え、ネヴァードを愛撫し、囲んで拍手を送り続けた。そしてさらにさらに、明くる日も、また次の日も、ネヴァードは走り続けた。プエルト・リコ島の大きな競馬場から簡易的な小さな競馬場まで、東奔西走、春夏秋冬、一年を通し日進月歩、下を向くことなく誠心誠意、日夕かかわらずただ疾駆し続けた――。
1939年7月28日。11歳になったネヴァードは万感の想いを胸に、引退レースを迎えていた。ひた走ること8年間…そのレース数はなんと、254戦という当時までにおける世界競馬史が目撃したことのない、前例の無き全馬未到の領域へと踏み込んでいた。これは物理的に限界を超絶する震天動地の大記録で、それは250戦以上のキャリアを持つ馬と比較することで明白となる。日本競馬史上最多出走記録を保持していた益田競馬場のアイドルホース、ウズシオタロー(アングロアラブ種、牝馬)は、生涯成績250戦15勝。4歳から14歳(旧齢表記)までの10年間をほぼフルに使っての達成。彼が持久力に秀でたアラブ馬であった、というアドバンテージがあった点も忘れることなく留意しておいて頂きたい。また2007年、この記録を塗り替えた高知競馬のヒカルサザンクロスは、12年かけてようやくウズシオタローの250戦に並んだものであった。
さて、着眼点を記録達成の歳月に置きつつ、話をネヴァードへと元に戻そう。ネヴァードは8年間で254戦というレース数を紡ぎ上げた訳だが、これは一年で32戦を消化しなければ到達できない怪記録。32戦と言うと、驚異的なタフネスぶりと勝負根性を満天下に示したオグリキャップが一生涯を通して辿り着いたレース数。また現代競馬における競走馬の年間を通しての出走回数が多い馬で8〜10戦である訳だから、ネヴァードが如何に超夢次元の世界を生きた馬かが窺い知れる。しかも、デビュー戦が11月末日で、最後の一年を7月末で締め括っているわけだから、実質7年と半年での大記録達成と言えよう。





ヴィエケス島のサトウキビ畑がざわわと揺れる…一本の白亜の坂道を麦わら帽子の少女が自転車に乗り、颯爽と走り抜けてゆく――……彼女の髪をなびかせる潮風に、波音のメロディと砂利道を往くタイヤの轣轆が乗せられ、島を優しく包み込んでいく……――。

しかし、現在この島は「第2の沖縄」と呼ばれ、危急存亡の岐路に立たされている。米軍が演習のため、軍事基地を乱立させたことにより、島民との間に大きな亀裂が生じてしまったのである。飛行場からの轟音が今日も夕湫の空を切り裂いてゆく――……。
誰も知らない…この島から巣立っていった伝説の名馬の記憶を…。


人影も疎らな白い砂浜に寄せては返す漣灑(れんさい ※小波がしきりに動くさま)は、遥か汪線の彼方から届けられた姚珱(ようえい ※美しい宝玉の意味)。桜桃の実る坂道に竚む恋人二人。未来を見据える視線の先に映えるのは、月下の海に舞い散るブルー・スノー。
眩梦の光景広がる海影に、ネヴァードの謠が、今も朧気にたゆたっている――。
















★彡追記メモ★彡

☆ネヴァードのオーナーはアントニオ・キャティンチ氏。

☆ネヴァードにとって、キンタナ競馬場は一番のベストコースだった。

☆ネヴァードは引退した1939年の暮れ、崩御した。常軌を逸したレースへの連戦と酷使がその遠因となっているのかどうか、その因果関係に関しては不明である。

☆ネヴァードの母、キュビレットの血統は不詳。それでも競走馬として登録されたことに、昔日の憐愍を感じてしまう。

奇跡の名馬 (中米・カリブ海の名馬) * 21:24 * - * - *

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